2人で下校2日目【橋本シンヤの勘違い4】
翌日の放課後。
「おーい橋本、2年の神埼先輩が呼んでるぞ。」
終礼が終わり、帰り支度をしていると委員長が俺に声をかけてきた。
声が聞こえてきた教室のドアの方を見ると、また氷結姫が立っていた。下校は昨日1日で終わりではなかったのか?
まぁ、加害者の俺は氷結姫様の命令は断わったりはできないんだけどな。
ある意味王様ゲームと同じようなものだ。
あ〜っ、死ぬまでに一度でもいいからポッキーゲームがしてみたいな。
「リョウスケ。罪っていうのはそう簡単に償えるものではないし、忘れさせてもくれないものなんだな?」
俺は齢15にもなって初めて人間の業について思い知った。まぁ、思い知ろうが、そうじゃなかろうが結果は一緒だ。俺は奴隷みたいなものだ。
急いで帰り支度を終えて神埼先輩の方へ向かって行った。
「こんにちは、帰ろっ」
すると、氷結姫そう言ってそのまま先に歩いて行く。
俺は思わずためいきをついてしまった。
また、あの介護モドキの後ろ向き下校をするのか?
ハッキリ言って正気の沙汰ではないが氷結姫とか呼ばれている人なんだから、間違いなく彼女はドSなんだろうな。
「あの‥先輩。今回はあの体勢で歩くのは勘弁して欲しいんだけどダメかな?じゃなくてダメですか?」
俺は懇願した。さすがに昨日のような変な手繋ぎ下校はしたくなかった。
あれじゃあ、タダの不審者だ。
「‥‥なんでそうなるの?‥あっ、シャイなんだ。うん、今日は普通に歩こっ」
あの物凄く恥ずかしい『後ろ向き手繋ぎ下校』を断っただけでシャイ扱いか‥‥彼女は俺にどんなご奉仕を求めているんだ?
まぁとにかく、あの苦行から解放されたのは心底ありがたい。
しかし予想と違い、氷結姫が左手を差し出す。
『有り金を出しなよ、ニイちゃん。』
なんてチンピラみたいな事を言うキャラには見えないが。なにが欲しいんだろう?
貴金属?新作のバッグ?
そういうものならまぁ、頑張ってバイトすれば買えるけど、『元気だったあの頃の私を返して』なんて言われたら俺は彼女にかけることばが見当たらない。
「手…繋ぐ?」
しかし、彼女が発した言葉でやっと理解した。
今日は普通に手を引いて下校するってことか?
別に両手を使わなくても片手で引いてあげるだけで、問題なく歩けるということなんだろうな。
手汗が付いていないかハンカチで拭いてから彼女の手をとった。すると、そのまま彼女の体が俺に密着する。
や、柔らかい。
それになんかいい匂いがするんだが。
ちょっとこれは意識しすぎるとヤバイな。
なんとか理性を保ちつつ、ようやく俺たちは氷結姫の豪邸に向けて歩き出した。
2人で無言で歩いていく。
とても、気まずいのだが。
なにか話題がないのだろうか?
あっ、そう言えば聞きたいことがあったんだ。
「先輩は部活とかバイトとかなにかしてないのか?終礼終わったらすぐ来るけど一緒に帰る友達もスポーツ先輩以外いないの?」
そう、スポーツ先輩は恐らく部活だから一緒に下校できないだろうが、毎日一人で帰っているんだろうか?
「‥‥スポーツ先輩??‥‥あっ、凛のこと!
してない、帰ったら習い事あるし。もしかして、しししっ、んっ、しん、やっく、んは部活入ってた?」
…氷結姫が動揺している。
スポーツ先輩しか友達が居ないと言った感じの話題は禁句だったか?
そう言えば、屋上で『一人しか友達が居ない』と言っていた彼女の羞恥に染まった顔は、実は結構可愛かった。
まぁ、どちらにしても今回は、俺の言い方が無神経だったのかもしれない。
「いや、入ってないよ。それにしても、頭の調子はどう?」
うん、そろそろ良くなってもらわないと俺も心配なんだよな。
「んっ、定期(検診)は期待できそうだけど、、」
彼女はどこか歯切れが悪そうに答えた。
ちょっと待て!!!
なんで定期検診まで待つんだよ?
あれって年に一回しかないやつだろ?
早く検査しないと脳の中なんてどうなっているかわかんないんだぞ。
俺は彼女のマイペースぶりに段々腹が立ってきた。こっちは氷結姫のことをどれだけ心配していることか?
せめて、病院位しっかり行って欲しい。
‥‥だめだ、熱くなるなよ。
俺はもう部活はやっていないからな。
熱血ももう引退だ。
俺はタバコを一服できない為、代わりに深呼吸する。肺に初夏の爽やかな空気が送り込まれる度に心が浄化されていくようだ。
落ち着いたところで彼女について再度考えてみた。
‥そして冷静になると見えてくるものもある。
あの豪邸からして氷結姫はお嬢様ってわかる。
それに彼女はちょっと天然入ってる気がする。
そして、お嬢様ってのは自分が動かなくても周りが勝手に動いてくれるものだ。
ここまでの情報を整理すれば自ずとやるべき事は見えてくるというものだ。
ちょっと俺は消極的過ぎたのかもしれない。
多少強引でも、ここは俺が責任を持って彼女を病院に連れて行こう。
最初は非難されても最終的には感謝されるはずだし、やるしかない。
俺はハッピーエンドが好きだからな。
「じゃあ、あそこに行かない?俺もついてってあげるし」
俺はこの地域では一番大きな総合病院を指差して、彼女に検査を勧めた。‥今、手持ちが少ないんだけど病院はツケとかきくんだろうか?
「えっ?あの、えっ、、あっ、、、でも、、、まだ、早いと思う」
しかし、彼女は戸惑いながらも俺の提案をハッキリと却下した。想定外だ。
いや、俺にオンナコゴロが分かるはずがないか。
「いや、一刻も早い方がいいよね。」
「ごめんなさい、まだ心の準備が出来ないの」
彼女はそう言うが、『心の準備』ってガンの宣告でもうけるつもりなのか?
‥‥お嬢様って思ったより世間知らずな生き物だったんだな?
「え〜、一回家族に相談してみたほうがいいって。絶対行けって言う筈だから」
やはり、ほとんど知り合い程度な上に加害者の俺では説得は難しいかもしれないが、家族ならそうはならないだろう。
「えっ?家族に相談するの?おかしくないです?それって普通なんですか??」
しかし、氷結姫は簡単には首を縦に振らない。
「普通っていうか当たり前だよ。こんな大事なこと家族に相談しなくてどうするんだよ?しっかりしろよ」
俺は熱い気持ちを氷結姫にぶつけた。
しばらくの沈黙の後…
「うん‥‥相談してみる。ところで、他のところだと何処がオススメなんですか?」
神埼先輩は少し考えながらそう答えた。
まずい、オススメの病院は調べてはいなかった。
なんて答えれば正解なんだ。
いや、普通かかりつけの医師に相談するものだが、わざわざ俺に聞いているところをみると、もしかして家に主治医が訪問してくれるのがお金持ちスタイルなのかもしれない。
「家とかがいいんじゃないですか?」
だから、思いつきでそう言った。
「い、家ですか?で、 も、家にいるときはメイドのマリと大体一緒に居ますので難しいかと。」
しかし、彼女は首を横に振ってしまった。
「じゃあ、一緒に(検診)しちゃえばいいのに?」
俺はまた考えもせずに質問して後悔することとなった。
「なに考えてるんですか?マリと一緒なんてダメに決まってるじゃないですか?」
そう、社長令嬢である氷結姫が使用人ごときと一緒に
検診なんてするはずがないどころか、かなり心外だったようだ。
要は、身分が違うので『この平民風情がっ。身の程をわきまえなさい』って言いたいんだろう。
もしかして、俺なんかと2人で帰るのも実は不本意だったりするんじゃないのか?
なんだか氷結姫がとても遠い人に感じられて気軽に質問することすらできなくなってしまった。
気まずい雰囲気のまま俺たちは歩き続け、彼女の豪邸に着いてしまった。
「あの‥‥ライオンの‥‥」
別れ際、彼女がおずおずと口を開いた。
「えーっ、うそっ?ライオン飼ってるの?想像以上のお金持ちなんだな。」
俺はやっと話題が出てきたと言うこともあり、食い気味で彼女の話題に乗っかったのだが
「えっと‥‥あの‥‥送ってくれてありがとう、またね」
俺の前に前に出すぎた態度に引いてしまったようで、先輩は歯切れの悪い感謝を残して家に入ってしまった。
相変わらず、礼や所作は綺麗だった。
やっちまったわ‥‥
まぁともかく、家まで送っていくのはこれでおわりだろうな。
よく考えたら、ライオンを飼っているような金持ちの家なら運転手に送り迎えして貰えるだろう?むしろ、そっちの方がいい。
俺はスッキリしない気分を抱えながらも家路を急いだ。




