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聞きたくなかった本心

 僕は崖を登った。触っただけで身がちぎれそうな断崖は常人の能力では登り切るのは難しいだろう。普段の僕なら間違いなく大怪我するので迂回して別のルートで登山する。だが、今は違う。


 ブドさんは運動神経抜群だが彼女はこの崖を選んだだろうか? わからない。ブドさんの身を案じる。


『たく、(みちる)に心配されるとはな、舐めるなよ』とか言葉が返ってくるかもしれない。


 ボッチの僕が中学の時から相手をしてくれた貴重な女の子。性格は男ぽいが、彼女も彼女で世話焼きだったよね。まあ、部活に熱心な人だからそこまで面倒をみてくれる暇がないので寂しかったけどね。


 僕にトライアスロンでリベンジするのは本気だろう。最初で時間を食った僕は未だにブドさんに追い付けていない。待ってあげることは毛頭にないようだ。僕に対して容赦なく阻むだろう。それがブドさんの僕に対する相手の仕方。


「相変わらず、僕を鍛えようとする人だな~」


 僕は崖を細心の注意で登りながら、独り言ちる。ここでエア子さんが言葉を返してくれるのが日常だが今日は僕の相手をしてくれない。エア子さんは今どこでトライアスロンを監視とサポートをしているのだろうか?


 こんな時に彼女は『しっかりおし』といって言葉だけで引っ張ってくれる。エア子さんは僕だけに関わらず皆に認識してほしいから、僕をほっておいて頑張ってほしい。なので、すこし物足りない気持ちはあるけど元気づけてもらうとか期待していない。


 まずは、ブドさんに想いをぶつける。そのために僕の体は突き動かしている。心の奥底にも何か秘めたものが僕にあるとも思ったけどよくわからない。今はブドさんだ。


 そう、考えながら崖を登りきる。我ながら不思議なほどの結果だ。時間もあまりかけていない。


 しかし……。


 ここって、下山するほうがさらに地獄なんだよな。崖を登り、そこから降りる。山に魔物がいるとしたら、魔物すら嫌がる断崖絶壁の岩肌。少しでも見誤ると怪我だけではすまない。無論、安全ルートはあるけど。


 最短はこっち。僕は躊躇なく降り始める。そもそも、高いところから降りる行為は得意だ。母やら兄に散々やられたから、あまり恐怖を感じない。だからといって油断は禁物だ。


 僕は目標へとむかって確実に降りていく。さほど時間もかからず平地へと辿り着く。山の下山として最短ルートだから早い。これで一歩ブドさんに近づいたと思う。


 そして、僕はまた走りだす。目的地が知らされていないしナビもいない。だけど、まあ、僕は突き進む。問題があればエア子さんか(みお)さんが知らせてくれるだろう。


 僕は恐れず走った。先ほど梨園(りえん)さんことルヒュールを抱いて走ったスピードよりそれ以上だ。自分何処にそんな底力があることが驚きであるが、リミッター解除した僕の実力だろう。自身で理解していない。


 そうこうしているうちに人影が見えてくる。ブドさんだろう。僕は更に加速した。


「ブドさ~ん!」


 彼女は僕を一瞥してすぐに顔を前にする。そのまま、走り続ける。え? そういう反応? なんか、頑張った僕に感動的な再開とかではないの?


「む、無視しないで」


「ああん? もう追い付かれたのかよ」


 物凄くどうでもいい扱いで返されたよ。これって酷くない?


「頑張ったよ」


 僕は健気にアピールする。それでも力をこめて。ブドさんもなよなよした人間は基本的に嫌いだ。僕以外だったはず。思い込みだけだけど。


「頑張っただ? 普段からお前はそうすべきなんだよ。だから俺から卒業できない」


 ブドさんはぶっきらぼうに返してくる。うん、ちょっとでも燃えでも萌えるでも言葉をくれないかな。もともと、こういうやりとりは今に始まったわけではないけど。褒めるときは褒めるそんな人なのに。どうも、僕に関心がうすれているような……。


「僕のこと嫌いになったの?」


 本気モードにリミッター解除した僕はそれでも弱弱しく見えるだろうけど躊躇なく尋ねた。恐れてはいけない。逃げてはいけない。


「そうではないけどな。今まで、お前に勝つことが目標だったからな。お前が本気をだして俺に追い付けた時点で俺の負けだな。ちっ、もう少しはいけたと思ったのによ」


「そんな、ブドさんらしくない」


 諦めるという言葉はブドさんの辞書になかったはずだ。どんな時でも負けん気が強くて、僕に対しても気合入れろっていう人なのに。


「そうでもないぜ。お前迂回ルート使わなかっただろ? 俺には無理だ。つかわせてもらった。やっぱり、お前と俺には壁がある」


「そ、そんなことないよ」


 そもそも、迂回ルートつかってこんなに速いなんてやっぱりブドさんは凄いのにな。どうして、僕に距離を置こうとするんだ? 僕に劣等感? まさかね。


「いーや。最初はへなちょこ野郎だと思ったお前が実はそうでもない。そんな、お前が俺を頼っているのを相手するのも嫌ではなかったんだ。だけどな」


 ブドさんは少し間を置く。次の言葉が気になる。


「だけどな、俺は負けたくない。それがお前に対する正直な気持ちだよ」


 僕はブドさんに甘えていたい。敵対とかライバルとかそんな感情をもってほしくはない。初めて癒しを与えてくれたひとなんだよ。今でも好意は変わらない。


「ブドさんね。僕は何度も言うけど……」


「ああ、言わなくていい。俺を口説くな。お前の気持ちが嫌ってわけでもないが……」


 なんだ、この嫌な流れは。それ以上は聞きたくない。でも、聞くしかない。



「俺には好きな人がいる」



 うん、この台詞は昔から何度も聞いたけどね。何度も失敗しているブドさんがいる。それはね……。


「え? また、他の女の子を口説くとか考えているんでしょ?」


 これが、今までのブドさんのパターン。急に同性に求愛しても向こうだって反応しづらいから断れる。だから、ブドさんは今までに恋人がいない。時間がある時はいつも僕と一緒。そうではなくなる……? 女性でしょ?


「いーや。ちゃんとした異性だ。好きな男がいるんだよ」


 はあああ? 嘘だよね。ブドさんに限ってそんな……。しかし、嘘をついている感じではない。いたって真面目な空気をだしている。


 誰だ? 好きな男って? 男でブドさんに近しいのは僕だと思っていたけど、この人は誰にでも仲良くなるからな。わからない。ブドさんをよく理解していない。


「だからな、ごめんな」


 本気で謝られた。いつものブドさんと違う。女子を口説いてはふられて、めげずにいるブドさんではなかった。その想い人を考えているのだろうか乙女の顔だ。こんなことは初めてだ。どうなっている?


 僕は愕然とした。めまいがする。吐き気がする。


 コテンと倒れる僕。どうでもいい気持ち。


「おい! 満」


 僕は意識を失った。

ふって、ふられるという( ´艸`)


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