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ラスト・ウィッシュ

 私は喫茶店でいささか緊張している。


「改めて自己紹介しますね。私は浅井(あさい)(みお)です。一年です。実は息野(いきの)先輩目当てで洛田陽(らくだよう)に入学したんですよ。それが全てではないですが」

 

「お! みっちる~モテるじゃないか!」

 

 あなたのお気に入りの後輩でしょ? 余裕? ノリノリじゃない。

 

「う、うるさいよ! エア子さん」

 

 彼は迷惑そうに応える。少しは女子に興味ないのかな? 偽エア子さんにはベタベタだけど…。まるで姉と弟という間柄のようだ。

 

 今、お茶を飲んでいる。ジャジーな曲が流れる。特に趣味ではないが落ち着いた気分にさせる。偽エア子さんという存在も少しは寛容に認めてよい気持ちまでもっていけそうだ。相手が余裕なのだ。負けていられない……。

 

「ほら、(みちる)も自己紹介しな」

 

「僕は満。はい、終わり」

 

「それだけかい? 態度がよくないぞ」

 

「ところで、エア子さん生徒会長は失礼ながら、今朝初めて知りました」

 

「本当かい…。おっかしいな~何度か朝礼とかで顔を出しているぞ」

 

 そもそも、生徒会長は仙洞(せんどう)霧子(きりこ)なのだ。

 

 って、誰かしらね? 内緒。

 

 入れ替わるにしても偽エア子さんとは…。仙洞元会長はどうなったのかしら。別にあいつはどうでもいい。息野先輩を気にかけていて本物のエア子さんにもご執心なのだから。邪魔なのだ。

 

「この人が知らないのは僕と同じで居眠りでもしているんじゃない? あっ!」

 

「み・ち・るー! あれほど全校集会は気を抜くなと言ったのに。なんだい、なんだい」

 

「ごめん! エア子さん。今度からは寝ないよ、気をつける」

 

「すみません、私が記憶にないことを言ったせいで息野先輩がとばっちりうけて……」

 

 こういう時は意地悪しないで味方になってあげる。

 

「本当にアタシを知らないのかい?」

 

「ええ」

 

 私は悪意の視線で偽エア子さんを見据える。本人も気づいたようだ。だけど肝胆が落ち着いているとういうか、優しく見据え返してくる。手強そうだ……。

 

「でも、今日知ってくれた。それでいいさ」

 

「私が知りたいのはエア子さん生徒会長と息野先輩の関係」

 

「なるほどな、気になるかい? 満は世話がかかる後輩だ。普通に友達さ」

 

「それだけ?」

 

「まあな、大好きな友達ではあるな。アタシはこう見えても立場的に人から遠ざかれる。生徒会長という肩書きだけで不思議なもんさ。だもんで、ある日、満、コイツがボッチ飯をしに生徒会室に迷い込んだんだよ。調度その時アタシも用があって生徒会室に行ってな、ばったりさ。驚きと同時にコイツ馬鹿だなと思ったら親近感わいてきてな、それ以来親友だ。どうだい? 満足したかい?」

 

「短めのストーリーありがとう」

 

 偶然の出会いか……なにか必然性に感じてしまう。満とエア子、憧れているのに私の目の前に立ちはだかる存在でもある。私のものにはならない。でも、私には本当のエア子さんがいるんだ!

 

 それを無に帰すかのように偽エア子は口にする。

 

「覚えておいてくれないかい? アタシの消滅はあともう少しだ」

 

「消滅?」

 

 寿命というなら兎も角とも言えなくもないけど消滅とはなんだ?

 

「エア子さんそれは……言わない方が……」

 

「いや、もうひとりの私も聞こえているだろ? 私達は存在しない。だけど、こうやって満が、澪が、皆がアタシを認識してくれる。認めてくれる」

 

『アタシに人格の歴史をつくったのはここでは澪お前さ。だけど、アタシは人間でありたいのさ』

 

「エア子さん何を言って…」

 

 

 


 ――――――――――私たちは虚構と現実の住人―――――――――――― 

 

 

 


「私達は満から呼ばれた存在」

 

 そう、偽エア子さんから、黒塗りのノートを渡される。

 

「これは、(あんず)のラスト・ウィッシュ!」

 

 あの、中二病の娘が持つ自己設定が書かれたノート。なぜ、コイツが持っている。

 

「召喚したのさ。因果は一体としている。アタシ達のルーツはまだ謎だけど、アタシ達はいつだって満の傍にいる不滅の精神」

 

『澪、アタシに出会ってくれてありがとう。さよならじゃないぞ。だけどここはお前がいる世界じゃないからな。ここではお別れだ。向こうの世界で満を通してまたアタシと仲良くしてくれな』

 

 


 そんな!

 

 


 私は息野先輩が気に入り終始付け回った。中学時代、本人は覚えていないようだが満先輩を奪い合う争奪戦があった。それを制したのは私で拒絶したのは満。


 あいつの不思議な力で皆の記憶を消し去った。私はなんとか忘れた振りをして耐えて覚えていた。


 それはどうでもいい。はっきり言おう五年間の恋だ。憎しみで近づいたが嘘だ。あるいは憎しみも愛も同じもの。そして、満先輩にはエア子さんがいることが気づく。私にもエア子さんが欲しい。憧れていた。それがわたしの全てだ。

 

「異能力は思春期にもらえるプレゼントさ。大丈夫、思えばアタシはどこへでも存在する。寂しいことはないさね」

 

『さあ、フレーゴ・カポリウスを呼ぶぞ!』

 

 それって、杏の妄想に出てくる龍。いるわけがないでしょ。

 

 しかし、外は慌ただしい羽ばたきと人の驚きの声がまざって騒がしい。まさか、本当に……。私は外に飛び出す。

 


 漆黒の龍

 


 漆黒の龍は確かにいた。途方もなかった。そして、それを御しているのは梨園(りえん)(あんず)だった。しかし、私の知っている梨園杏とはどことなく違う雰囲気だった。

 

「ククク、妾はディメンショナル(次元の)アービトレーター(調停者)ことルヒュールだ。さあ、異世界の女よ、妾と来い」

 

 あの、へなちょこの杏とは思えない力が無理矢理私の手を掴んで龍の上に乗せられる。

 

「私は」

 


「私は!」

 


「私はね、息野先輩をいつもチョッカイして、私だけエア子さんとお話している生活を願望していたの。お願い、最後のお願い、夢を叶えさせて!」

 

「バイバイ、澪」

 

『バイバイな、澪』

 

 そうして、見たこともない次元と次元の狭間とでもいえばいいだろうか? そこを通り嗚咽して何もかもがわからなくなった。

 

 

 


 そして、現実に戻り、いけ好かないあの女からいただいた言葉がこれだった。

 


「私もちょっと前に到着したところよ。現実へようこそ。気分はどう?」

 


桃萌(ももも)か…あなたの仕業? 殺しなさいよ」

 


 一番に望むことを失った私はどうでもよくなった。

 

「杏の書いたラスト・ウィッシュにのっていた内容なのよ。過去も今も。杏、彼女はね皆と笑って騒ぎたいだけ。中学の時と同じよね。そして、今回も満先輩の争奪戦がはじまる。それだけのこと」

 

「でも、満先輩は拒絶するわ。あの時のように羅刹に変わるだけ。あの可愛らしい顔とは似つかない怒りに満ちた羅刹に」

 

「今回はそうなるとはわからないじゃない?」

 

「ふん、それもラスト・ウィッシュに書いてあるのかしらね?」

 

「さてね?」


 それでも、私、浅井澪は希望にすがった。

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