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2017年/短編まとめ

腐っていく正義

作者: 文崎 美生

ガンッ、と鈍い音が響く。

壁に背中を押し付けた(サク)は、瞬きをして鼻から流れる血液を舌で舐め取る。


「オミくん、顔、怖い」

「誰のせいだと思ってんだよ」


作の胸倉を掴み、壁に押し付けたまま言えば、本人は緩く首を傾ける。

眉間の皺が深くなるのを感じた。

しかし、そうさせている本人には一切自覚がない。


「ちょっと下敷きにしただけじゃない。今度は失敗しない。大丈夫」


重力に従って落としていた手を上げ、垂れてくる鼻血を拭う作は、長い睫毛を細かく揺らす。

不健康なくらい白い肌に、擦れた赤が嫌に映えた。


「そんなに重かった?」

「軽い」

「……あぁ、そう」


掴み上げた胸倉の下には、柔らかな曲線を描いた丘があり、プリーツスカートから伸びる足は白く細い。

どうしようもなく、女の体だ。

軽いに決まっている。


当の本人は、重くないという発言には、不服そうで自身の足元を見つめた。

俺が言いたいのは標準よりも軽い体重についてではなく、自分が何をしてどうなったのかについてだ。

膝下丈のソックスから覗く、白い膝には大きな青痣が出来上がっている。


「変なことするなって言ってるだろ」

「変なことを言うね、オミくん。人間は、と言うより今のボク達は生きているんだよ。死ぬことは、自然の摂理に従っていて、全く以て、何ら変なことではないはずなんだ」


Yシャツとセーターが皺になるのを見ながら、作はゆるりと首を傾ける。

長い前髪が同じ方向へ流れ、片目を完全に隠す。


「ちょっと階段から落ちてみただけじゃない」


事も無さげに言われれば、頭に血が上り、掴んだままの胸倉を引き寄せ、再度壁に叩き付ける。

鈍い音と小さな呻き声が響く。

人気のない階段と踊り場と廊下には、俺と作の影が二つだけ伸びている。


揺れたプリーツスカートと、見えそうで見えないその中身には、ドキリともしなかった。

むしろ、ヒヤリとしたもので、硝子玉の様な黒目と視線が交わった時には、体が動き、落ちてくる華奢な体を包み込んだ。


階段の段差に背中を打ち付け、腕を足を打ち、揃って踊り場へと落ちた。

腕の中の華奢な体は、非常に居心地が悪そうに身動ぎ、眉を寄せていたのだ。

「また、死ねなかった」と、聞き慣れた言葉に、反吐が出ると思った回数は、覚えていない。


「……汚れるよ」


一度止まったように見えた鼻血が落ちる。

リノリウムの床を汚し、俺のシャツに跡を残す。


「だったら止めろよ」

「いや、離せよ」


白いシャツが汚れていくのを見ているが、汚してる本人は俺の手を見ている。

鼻から流れ落ちる血は、鮮やか過ぎる赤で鼻下を伝い、唇を汚す。

両唇で挟み込んで飲み込む。


先程より流れ落ちる量が多い。

口紅とは違う生々しい赤に染まった唇に、同じように唇を寄せる。

ぬらり、とした感触と鉄錆の匂いは不快だ。


「むぐ……」

「止まったろ」

「うへぇ。不味い」


眉を寄せた作が、壁に後頭部を預けて舌を出す。

唇以外にも舌も赤くなっていた。

鼻血は止まっている。


「ねぇ、オミくんも落ちてみる?」


弧を描く唇は厭らしく、嫌らしかった。

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