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アルフィードに連れられ、やって来たのは城外の木材で囲まれた訓練所だった。そこには何人もの兵が集まり、切磋琢磨していた。それだけに近衛騎士であるアルフィードが連れてきた規定外の来訪者に視線が集まる。
「突然の来訪、お許しくださいマザー・ヘルバ。重ねて模擬戦闘のお許しをお願いしたく参上しました」
訓練所の門の前に座る一人の女性に頭を下げる。木箱に座り指揮棒を暇潰しのように音をさせながら壁にぶつける片足義足の彼女はヘルバ・グリッド。エルフにしてはできあった筋肉質な体と柔らかそうに膨らんだ胸部ををあまることなく見せつけるタンクトップにホットパンツというなんとも眼福な格好をし、マザーと名称される彼女はこの訓練所を取り仕切る訓練長である。
「ようアル坊。そこにいるのは大事なご来賓じゃないか。いいのかい。そんな勝手やっても」
「双方同意の上です。姫様に認められた腕、余程のものとお見受けしご教授をお願いしたのです」
ヘルザは興味深そうに総司とアルフィードの双方の顔を眺め、続けてシンビに視線を向ける。
「建前はバッチリってか」
「申し訳ない。迷惑かけるわヘビー」
「三日三晩殺しあった仲じゃないか。何を今さら」
「その話はよして」
くくくと喉を鳴らすヘルバとそれをジト目で睨むシンビ。
「さて、冗談はここまでにして置くかな」
ヘルバはにやりと不敵な笑みをうかべると先ほどとは比べ物にならない勢いで指揮棒を壁にぶつける。轟音をたてて吹き飛ぶ木材の壁。そしてその音源に仁王立ちするヘルバとそれを額に手を当て呆れ顔で見ているシンビ。その摩訶不思議な風景にその場の全員の視線は集まらざるをえなかった。
「お前たち、アルフィードとお客様の模擬戦だ。場所空けな!」
『ウォー』
兵たちが一気に観衆へと変わる。即座にヘルバの吹き飛ばした木材を片づけ、各自が段々の椅子を用意し簡易的なコロシアムの完成だ。手慣れ過ぎたその光景に呆気にとられずにはいられない。
「お前たち、エルフのくせに血の気が多いな」
「そりゃあ、このヘルバ様が指導してんだ。当たり前だろ」
「自慢することではありませんよヘビー」
呆れる総司を見ながら話に興じるヘルバにシンビ。そんな二人は他の衆とは違い臨時コロシアムから離れず木箱に座っている。いつのまにかエレアノールとグリズベアの席(木箱)まで二人の隣に用意され、目が点になったままそこに座っているのはなんともおかしな光景だ。
「で、ルールは」
「お互いが負けを認めるかそれに近い状態になれば決まりだ。それ以外は特にない」
「ふ~ん。武器の使用は」
「べつにかまわん」
「へ~い」
ルールの確認を済ました総司は準備体操を始め、その余裕たっぷりの態度にアルフィードは舌打ちをする。そして台頭している剣を空に掲げ、大声を張る。
「彼奴は我らが姫さまに不埒をはたらいた。それは我らが誇りを穢したも同義。そんな無礼者にいま天誅を下そう」
『うぉー』
歓声と怒号が入り混じった叫びは一瞬にして重圧としてコロシアムを埋め尽くす。それを近くで感じるグリズベアは額にうかんだ嫌な汗を拭う。
「このアウェー感。大丈夫かよ頭」
心配そうに視線を送る仲間の気持ちなぞ我知らずといった感じで羽織っていたローブを綺麗にたたんでいた。
「・・・その腕」
「ん?ああ、義手だけどなにか」
「ふん。エルフでないと言うだけで我慢ならんのに、機械仕立てとは笑わせる」
「笑うのは勝手だけどよ―」
総司はアルフィードの眼前まで迫る。そして、親指を地面に向けながら笑顔で言うのだった。
「泣きっ面見せて笑い物になんのはあんただぜ」
「・・・」
びきびきと額に青筋を浮かべ、ひきつった笑みを浮かべるアルフィード。怒気に全身を震わせ、今にも切りかかりそうな勢いだ。
「その戯言もその右腕ごと切り落として、両方とも義手にしてやろう。そちらのほうがいくらか見栄えが良いだろう」
「じゃあ、俺が勝ったら土下座して『私はあなた様の犬です』と言いながら靴でも舐めてもらおうか」
お互いに笑顔での罵り合い。開戦前にすでにお互いのテンションはマックスまで上り詰めていた。
「両者ともに気合いは十分ってとこか。審判はこのあたしが務めるよ!文句はないね」
ヘルバの声に二人は頷く。今にも触れそうな位置で睨みあう二人。周りは開戦を今か今かと息をのんで見守った。
「模擬戦・・・開始!」
「ふんっ!」
ヘルバが言い切るより先にアルフィードの抜刀が素早く総司を襲う。しかし、総司もそれを予想していたのか数歩下がることで上手く避ける。続けざまにアルフィードの細身の剣が次々と振られるが総司はどれもぎりぎりのところで避ける。
「逃げるだけとは流石下等種だな!」
「はん。いっとけ」
何度かの剣撃を避けた総司は少し距離を取った。
「おい、そこの耳長優男」
「それは俺のことか」
眉間にしわを寄せ、八重歯をむき出しにする怒り心頭のアルフィードを無視し総司は言葉を続ける。
「俺はいまから本気の三〇パーセントを出す。死なねえように気をつけろ」
「おいおい。避けることしかできなかった鼠が何をいう」
「まぁ、見てろって。アストレア!」
その叫びに呼応して左手の甲の部分が赤く光る。
「ちょっと恋に夢中の馬鹿野郎に目覚めのビンタをくらわせてやる。準備はいいか」
『Yes、My Master(はい、御主人様)』
赤く光る部分から人工的な声が聞こえ、左腕の義手はそれを体現するように白い煙を吐く。
「アストレア・・・剣鬼か」
アルフィードはぼそりと呟く。聞きなれない名前にエレアノールはシンビの袖をひっぱり説明を要求する。
「剣鬼とは二〇〇〇年ほど前、エレアノール様のお父上がまだ幼かったころの話です。剣聖と称されるほどの凄腕の剣士がいました。しかし、彼は剣に魅入られ、剣に溺れました。その結果、彼は魔族への道に堕ち、人々を恐怖に陥れました。彼が戦う姿はまるで鬼の様で、そこから剣鬼と呼ばれるようになりました。その男のファミリーネームがアストレアだったと言われています」
「へぇ~」
シンビの説明にわかっているのかどうか微妙な軽い返事を返すエレアノール。その説明の間も目線はアストレアと呼ばれた黒い鋼鉄の義手に向いたままだった。
「鬼の名前を持つ義手か。しかし、しゃべったからっと言って何だというのだ」
「だとよアストレア」
『I'll teach he a thing or two.(目に物見せてやりましょう)』
「だな。アストレア、バスター」
『yes、version bastard sword』
総司が義手の手首をつかむとそれは更に一層の蒸気を吐きだし、次の瞬間総司の体を離れ次々と変形をとげ、総司の左腕だったものは巨大な一本の大剣へと姿を変えた。その光景を見て目を点にする観衆へ総司は得意気に語り始める。
「このアストレアはノヴァメタルって呼ばれるもので出来ててな。自由に形の変形ができんだぜ」
『Then it's lack of the explanation.My Master.(それでは説明不足です、御主人様)』
「でもだいたいそんなもんだろ。それ以上は今は必要ないだろ」
『・・・・・・』
「拗ねんなって。お前の性能話してたらあの婆も来ちまいそうだしな」
観衆を無視して大剣となり総司の右手の中にいるアストレアと会話する総司。その空気に飲まれ、茫然と立ち尽くしていたアルフィードもはっと我に帰り剣を構えなおす。
「そんなことをしても大道芸の域をでんぞこのペテンが」
「ふっ、言ってろ。お前も本気ださんと死ぬよ」
「安い挑発だ。だが・・・良いだろう。乗ってやろう」
そう言うとアルフィードは剣を地面に突き刺し、詠唱を始める。
「我は問う 氷は拒絶 彼のものは悪意 その先は断罪であれ」
詠唱が終わるとアルフィードの周りに六つの氷塊が現れた。そして、続けざまにアルフィードは詠唱を続けた。
「星を読み 風を呼ぶ 我は雷とならん」
今度はアルフィードの体が薄い光に包まれた。
最初に発動した呪文は<切り裂く者>。属性は人それぞれだが自動で近づく者を撃退する防御魔法である。二つ目は<体力強化>。これは単純な能力強化で発動者の魔力量によって性能も変わってくる。普通は後衛が前衛にかける魔法だが、これは魔法騎士だからこその使い方だろう。
「流石、エレアノール様の近衛騎士アルフィード様だ!あんな素早く二つの魔法を」
「これで奴もおじゃんだな」
観衆は目の前で発動したアルフィードの技量に歓声を上げ、勝利を確信していた。エレアノールやグリズベアもアルフィードの実力に総司へ不安の眼差しを向けていた。誰しもがアルフィードの勝利を疑わなかった。相対する総司を除いて、だが。
「そんな程度でいいのか。あと二つ三つは待つぞ」
「なん・・・だと・・・!」
流石にこれはアルフィードだけでなく観衆も罵倒を飛ばす。
「調子にのんな」
「怖くて動けねぇだけだろ」
「そんな無礼者、やってしまってください!」
観衆の声に手をあげ応えるアルフィード。そして、再度剣を構えなおし、総司の態度を鼻で笑った。
「その強がりはいつまで続くかな」
「その言葉、そっくりそのままギフトカードもつけて返してやるよ」
「ぬかせ!」
アルフィードが剣を突き付けながら突進をかました。総司は先ほどと同様それを避けるが、それをリッパ―が追尾し追撃する。大剣となったアストレアでそれも防ぐが続いて体力強化したアルフィードの斬撃が総司を襲う。
「そらそら、先ほどまでの威勢はどうした!」
「お前こそそんな攻め急いでどうした」
押されているはずの総司がにやりと笑う。その一瞬、背筋に走るひどく冷たい寒気。アルフィードは飛び退き距離をとる。
「おお、良い神経してんな」
「何を・・・はぁはぁ・・・笑ってる」
アストレアで肩をポンポンと叩き、余裕の笑みで立ち挑発する総司。アルフィードはそこへ飛び込み剣撃と魔法を組み合わせた連鎖攻撃を向ける。総司はその攻撃を紙一重で避け続ける。
「お、おい。なんで押してるのはアルフィード様なのにあんな汗だくなんだ」
周りがその矛盾した光景にざわめきたつ。攻撃を受け続ける総司は余裕を保ったままで、攻めて攻めて優位に立っているはずのアルフィードが汗だくで疲労困憊の様子。しかし、そこにいた大半のものはそのタネがわからずにいた。
「ありゃいいね。次はあたいもお相手願おうかしら」
「やめさない。あなたじゃ模擬戦で済まなくなるわ」
「そう言うあんただってうずうずしてんだろ」
「・・・ノーコメントで」
どうやらシンビとヘルバにそのタネがわかったらしい。どこから出したのか手に持った酒瓶を楽しそうに傾けるヘルバと注意を促すシンビだが、どちらも総司に対し狩人のような視線を向けていた。
「さて、もうそろそろ飽きてきたな」
そう言って総司はアストレアを地面に突き刺し、指をぱちんと鳴らした。その瞬間、アルフィードの周りを浮遊していたリッパ―が一斉に砕けた。
「なっ!」
驚愕するアルフィード。総司はにやにやしながら、一歩一歩アルフィードへと近づく。じりじりと迫る総司に間合いを保ちながら後退するアルフィード。しかし、総司は自分がコロシアムの中心に来たところで足を止めた。
「さて、これで最後にしようか!」
道化じみたわざとらしい仕草と演技がかったセリフ。
「おい、耳長優男。さっきの倍は障壁だしとけ」
「何をなめたことを!」
切りかかったのはアルフィードが先だった。それこそ体力強化を更にかけてのトップスピード。自分の剣が届き、この勝負は終わりだ。そうであるはずだった。少なくともアルフィードの中ではそれで勝負は完結していた。しかし、気付けば自分は総司に見降ろされていた。スローモーションで訪れる浮遊感。その後に突如、強襲をしかけてくる痛み。血反吐を吐き、全身に神経がめぐる頃にやっと状況を理解する。
自分が地面にたたきつけられたのだと。
「まだまだぁ!」
総司の蹴りで空中に浮かされ、もう一度蹴られ吹き飛ばされる。二度目の蹴りを何とか剣で防ぐがそれでもダメージはでかく立つのも必死だった。
「見せつけだ。死ぬなよ」
なんとか立ちあがったアルフィードに総司の追撃。アストレアの大きさに見合わぬ連撃。なんとかアルフィードも防ぐがそれも空しく次々と刻まれる切り傷。そして、最後の生命線である剣が折れて刀身が吹き飛んだ。
「ぐっ・・・」
「人の腕切り落とそうとしたんだ。同じ覚悟できてんだろ」
総司はにっこり笑い、そしてアストレアを大きく振り上げた。
そしてそれを勢いよく振り下ろす!
「そこまで!」
コロシアムに響いたのは悲鳴でもなく、歓声でもなく、第三者の制止の声だった。




