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ティタン アッズワースの戦士隊  作者: 黒色粉末
猛き風、真紅の太陽
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猛き風、真紅の太陽4



 ダンティエ・ムーナス。潮騒の地よ。



 大陸南東、そこは嘗ては有数の港だった。

 ティタンも戦った戦役の影響だ。ダンティエの港は争いによって栄えたのである。


 戦役は百年の後まで残る爪痕をクラウグスに刻んだ。各勢力の独立跋扈。致命的な治安の低下。

 混乱しきったクラウグスを横断して物資を輸送する事は難しく、商人達はその解決の為に海路を欲した。


 結果ダンティエの港は栄えた。だがそれも神君クアンティンとクラウグス歴代の王が情勢を安定させるまでだ。


 歴史を重ね、クラウグスが回復していく程にダンティエの港は必要とされなくなった。

 クラウグスの造船技術が未熟だったせいもある。陸の販路を行くほうが早く、安上がりで、そこから危険が取り除かれたのなら当然そうなる。



 「あの寂しい海辺の町がそれ程栄えたとはな」

 「私だってそれを目にしたわけじゃないわ」


 ゼタがダンティエを治めるアクリッセに嫁いだとき、既に港は寂れていた。


 ティタンはダンティエ・ムーナスを知っていた。三百年前あの地で戦った事もある。


 海を越え、恐れ知らずにもクラウグスを襲う異国の海賊達。しぶとく、執念深い連中だった。

 それと戦う為に何度か傭兵が集められた物だが、その海賊達もとうの昔にクアンティンに征伐されたと言う。


 「シグは……賢くて、優しい子よ。酷い病に冒されていたのに、恨み言一つ漏らさなかった。私のせいなのに」

 「病の事をディオや巫女達から少し聞いた」

 「あの子を産んだのは十七の時。そこから三年は何も無かった。

  よく夫と一緒に、あの子を抱いて海辺を歩いたわ。あの子は波の音が大好きで、いつも笑ってた」


 ゼタの目は虚ろだった。何処も見ていないような目付きだ。


 「私に魔道の力なんて無ければ、あの子は普通に成長出来た筈」


 魔の力に関して遺伝はそこまで関係がないと言われている。

 だがゼタのように強い力を持つ魔導師の子には、稀にこういった奇病に罹患する者が出る。


 病の詳細についてパシャスの巫女、タボルが少し知っていた。

 巷では「悪魔の熱病」だとか、「残酷な知恵熱」だとか呼ばれている。市井の民の悪意ある話のタネなのは間違いない。


 赤子の内は何とも無いが、言葉を覚え始める頃に発病する。酷い熱にうかされ、一年の大半を寝て過ごすようになる。

 しかし罹患者自身は常に寒気を訴える。近くで魔法の力が行使されると敏感に反応し、激痛にのた打ち回る。


 「お前はシグを抱く事も許されなくなった」

 「……そうよ。私の力は強すぎた。私が触れると肌が火傷の様に爛れるの。

  文字を教える時も本を読んであげる時もベッドから三歩離れて、寝る前の口付けも出来なくなった」

 「ふぅむ」

 「治す術を探して何処へだって行ったわ。各地の神殿を巡ったし、南の蛮族の胡散臭いシャーマンとだって取引した。何度も騙された。私は世間知らずだった」

 「そこまでしても、駄目だった」

 「シグは熱にうかされながら私に……何処も行かないで、傍に居てと言ったけど……」


 ゼタの息が荒い。ひぃひぃと病人のように喘ぎ、じっとりと汗を掻いている。


 だからと言ってティタンは歩調を緩めなかった。


 「私は聞かなかったわ。それどころか……ど、怒鳴りつけた。

  ここまでしてるのに、どう、どうして、治ってくれないのって。

  あの子は泣いていた。私は狂ってたわ。おかしくなってた」

 「お前の執念深さは罪悪感からか?」

 「あの子を愛している。今でも」


 ティタンはもう一度ふぅむ、と唸った。


 「……やっぱり止めましょう。これ以上話したくない」

 「分かった、もう良い。戦いを前に詰まらん質問をした。謝罪する」


 ゼタは唇を噛み締めながら荒くなった息を必死に抑えた。


 シグに酷い仕打ちばかりをした。そんな事望んではいなかったのに。逆に母らしい事など何も出来なかった。


 その癖自分は自分の感情に逆らえず、常に張り詰めていて、夫すら遠ざけた。みっともない八つ当たりをした。家人には嘲笑された。

 卑怯で無分別な女だ、私は。ゼタは昔を思い出すと胃が引っ繰り返るような気持ちになる。



 シグが痛がるのは分かりきっているのに堪らず抱きしめた事があった。泣き叫ぶシグを目の前に残ったのは後悔だ。

 本当に稀にシグの体調が良い時、矢張りゼタは触れられないのだから、乳母が相手をした。

 ゼタは嫉妬した。嵐の折、ダンティエの岸壁に叩きつけられる大波よりも激しく。

 乳母は追放した。ゼタは卑怯者で、己が惨めで、堪らなかった。矢張り後悔ばかりが残った。


 「お前の心の隙をマトに突かれねば良いが」


 ぐるりと首を回してティタン。ゼタはハッキリと断言する。


 「無いわ」


 それだけは無い。



――



 枯れた世界を進む中、ティタンは遠方に渦巻く砂塵を見付けた。


 強い風が吹いていて砂が襲い掛かってくるように感じる。二人は腕で顔を庇いながらその砂の嵐の中を進む。


 強い風と砂の音の隙間から、忌々しい声が聞こえる。

 ティタンを呼ぶ声だ。咄嗟に構える。


 「……ティィィ……タァァァン……」

 「ゼタ、俺の傍に来い!」


 ティタンは神経を研ぎ澄ます。側面、背後、如何なる所から敵が現れようと遅れは取らない。



 震えるぜ。掛かって来いよ、カステヤノン。


 「ティィィィ!」

 「Woooooo……!」

 「タァァァン!」

 「aaaaaaaA!!!」


 右だ。砂嵐を突き破って跳躍する影。俊敏だった。

 巨躯である。隆々と盛り上がる体躯は以前と比べて倍ほどに膨れ上がっている。


 潰れた右目。赤く光る左目。所々皮膚が剥がれ筋肉が顕になった身体。

 この男の顔など知らないが、例え知っていたとしても面影は見つけられないだろう。


 コイツは何がどうなったんだ? ティタンはゼタを庇ってカステヤノンの前に飛び込む。


 カステヤノンが右手を出す。ティタンは左手を出してそれをいなし、、カステヤノンが続いて左手を繰り出す前に牡鹿の剣で突いた。


 その切先は間違いなくカステヤノンの心臓を貫いたが、まるで怯む様子が無い。

 地下牢で一突き入れた時と同じ感触だ。奴は死なない。


 カステヤノンの左手がティタンの首を締め上げた。


 「心臓が無いのよ!」


 ゼタが両手を振り上げる。彼女の頭上で炎が踊り、渦を巻いて砂塵を掻き消す。

 それは意思を持って降り注ぎ、器用にティタンを避けてカステヤノンを嬲った。


 目の前に炎の海が広がる。猛烈な熱を感じる。カステヤノンは海の中で悲鳴を上げて踊り狂った。

 好機だった。身を捩り、小さな挙動で鋭い一振り。

 上手い具合に左腕の関節に食い込む。ティタンはゼタの炎に炙られるのも構わず、そのまま剣に身を押し付け、腰の捻りで引いた。


 「ふん、血潮の代わりに泥か」


 べと、と鈍い音をして転がる腕と、溢れ出る黒い泥のような何か。

 カステヤノンは左腕を拾い上げて距離を取り、ティタンは牡鹿の剣に付着した泥のような物に舌打ちした。


 カステヤノンは呻きながら切り離された腕を傷口に押し当てている。ティタンは目を細めた。カステヤノンの腕はずるずると嫌な音を立て、次の瞬間には繋がっていた。


 「面白い、どういう理屈だ」


 油断無く睨み合いながらティタン。


 「奴はマトに心臓を捧げた。肉体など見せ掛けに過ぎないの。マトの人形よ」

 「笑わせる! 急所を克服して、戦士として強くなったとでも?」


 ティタンは獰猛に笑って左手を胸に叩きつける。

 二度、三度。心臓の位置だ。言うまでも無く挑発だ。


 「Woo! Woo! Woo!」


 胸を叩く音とティタンの雄叫びが響くたび、カステヤノンは薄気味悪い唸り声を上げて二人を威嚇した。


 「ティィィ、タァァァン!!」

 「それで怯えると思うのか!」

 「オォォアァァッ!」

 「Van・Rau・Lown!!」


 吼え合う。面白味がある。

 心臓を貫かれても死なず、腕を落としても治ってしまう。強敵だ。


 ――だが、クラウグスの戦士は如何なる魔物も退けて来た。


 この世に不滅の者など存在しない。とある神話を思い出し、ティタンはにやりと笑った。


 「古き神々の争いの時代、不滅を誇った海神エドラナータ」


 どれ程の傷を負っても死ななかったと言う真なる不死の神が居た。

 しかしその神ですら打倒された。


 「戦いの果てに海神は五体を切り離され、鉄と共に固められた。

  カステヤノン、お前もどうだ?」


 雄叫びと共に走る。カステヤノンが低く掠れた唸り声を繰り返す。

 その身体の周囲で何かが小さく、連続して爆ぜた。唐突に冷気を感じた。凍てつく風の魔法だ。


 「(この距離で俺を止められる物か)」


 カステヤノンが青白い風を纏った右手を突き出す前に、ティタンは懐に飛び込む。

 心臓を貫いても意味が無いのは漸く理解できた。狙ったのは足だ。


 膝頭。するりと滑り込んだ刃が軟骨を断ち、ティタンはそのまま肩から体当たりする。


 如何に肉体が膨れ上がり、膂力と体重が増していたとしても、踏ん張りが利かなければどうと言うことはない。

 カステヤノンの巨大な身体が背中から倒れこみ、ティタンはがはぁと息を吐く。


 奇妙な感触だ、面白い。化物にも軟らかい骨があるんだな。


 「アァァァァァ!」


 カステヤノンは絶叫と共に跳ね起きる。今引き裂いたばかりの左の膝は既に治ってしまったようだ。


 「延々お前に付き合う事はしない。まずは足を落とす。次に両腕、最後に頭だ。穴を掘って埋めればある程度時間が稼げるだろう」

 「……その時間が惜しいわ」


 ゼタが顔を顰めながら進み出てくる。右手にシグの小箱が握られている。


 「シグ……もう少し辛抱して」


 ゼタが小箱を掲げると奇妙な振動が大地を揺らした。

 砂嵐の中に黒いもやのような物がが舞い込み、それがカステヤノンを取り巻く。

 カステヤノンは身を捩り、苦しげに己の身体を掻き抱いた。


 「跪け、跪け」


 ぶつぶつと呪文を唱えるゼタ。


 「竦み、慄け。鉛の肺、泥の血、お前は苦しみ悶える。

  ……跪け……跪け……跪け……!」


 カステヤノンの肉体に亀裂が走り始めた。余りのおぞましさにティタンはハッキリと顔を顰めた。


 カステヤノンは正に苦しみ悶え、己の首を掻き毟っている。

 全身に走る蜂の巣状の亀裂。そして其処から次第に溢れ出る血、黄色い膿。カステヤノンはとうとう力を失い、膝から崩れ落ちた。


 ゼタの呪文通り跪いたのだ。吐き気を催す光景だった。

 戦いの高揚は薄れ、溜息が漏れる。


 「……残念だ。英霊たちは決してこんな勝利を喜ばないだろうな」

 「ウゥゥゥ……フゥゥゥー……」


 ティタンは跪き、首を掻き毟るカステヤノンを蹴り倒した。

 そして叫ぶ。


 「マト! 嵐を消し、姿を現すが良い! 今からお前の下僕の首を撥ねる!」


 剛風が薄れる。襲い来る砂が大人しくなり、音が消えていく。

 再び乾いた世界が広がる。しかし口の中に入り込んだ砂を吐き出す内に、今度は霧が充満し始めた。


 マトの悪意と奸智の表れ。謀りを覆い隠す奴の衣。


 煤色の霧に、ティタンとゼタは取り込まれていた。


 「何これ……寒い……」


 唐突に震え始めるゼタ。凍える身体を必死に温めようと身を竦めるが、ティタンには全くその寒さが感じられなかった。


 声が響く。


 『おまえ、おまえ』


 耳障りな声だ。頭の奥底に鈍痛を感じ、ティタンは首を振る。

 これに比べればパシャスの神託に付いて回る耳鳴りなど可愛い物だ。


 何かを擦り合わせるような音と言うべきか。極めて表現し辛い、不快な声。

 これがマトの声なのか。


 『面白い物を持っているな』

 「面白い物?」

 『鎧の内側に隠していても分かる』

 「紋章旗か」


 何処から語りかけてくるのか、あちらこちらから山彦のように行き来するマトの声。

 マトは竜眼の紋章旗に興味を示している。ティタンは鼻を鳴らす。


 『不思議だ。お前の事など手に取るように分かるのに、しかしマトは追い詰められている』

 「妙な言い草だ。お前はマトではないのか?」

 『我は、マトである。我は、霧である。お前達が眠りに落ちるころ、お前達を誘うために、死者の川をその権能で満たす者』

 「その死者達の魂を今こそ解放させて貰う」

 『そう、お前は本気でそう思っている。パシャスと、死者達の助けがあれば、このマトを殺せると』

 「出来ない、とでも言いたそうだな」

 『分からぬ。マトは余り死に思いを馳せない。今までマトを殺すと言った者は大勢居た。マトはその度に期待したが、結局今こうしてお前と語らっている。マトは、死ぬのか?』


 なんだコイツは。会話の内容にまるで手応えを感じない。それどころか純粋な疑問を返された。


 多くの無辜の人々を恐怖のどん底に叩き込み、また邪悪な力と下僕達を用いて命を奪ってきた悪神の言う事がこれか?

 ティタンの中で怒りが大きくなった。


 「悪神め。余程自信があるらしいな」

 『マトはお前達が自信と呼ぶ物を持たない』

 「そうか? 少なくともクラウグス人はお前を強敵と認識しているぞ」

 『あぁ……そうだな。クラウグス人、ティタンよ。少なくともお前達は、賢くは無い』


 ティタンは足元でビクビクと痙攣するカステヤノンの胸板を踏み付け、剣を振り下ろした。


 太い首が断ち切られカステヤノンの頭部が転がる。口、鼻、目、耳、そして切り口。穴と言う穴から黒い泥を溢れさせながら、カステヤノンは呪詛を吐き散らした。


 赤い瞳と睨み合う。踏み付けた身体が矢張り痙攣し、首を求めて身を捩る。

 自然に復活は出来ないらしい。


 「時に理性無き蛮勇が道を切り拓く」

 『お前は自分の事を勇敢だと思っている』


 霧が濃くなった。ばたばたとのたうつカステヤノンの身体が泥になって崩れ落ち、首がふわりと浮き上がる。


 恨めしげな視線がティタンを射抜く。口がパクパクと動いた。


 「そんな事は無いのだ、ティタン殿」


 その声は今までのカステヤノンとは違う、明らかな理性を持った声音だった。


 「無謀な挑戦と乱暴狼藉が勇気の証明ではない。貴殿のそれはただの勘違いだ。もう少し歳を取れば自然と理解できるだろう」

 「カステヤノンに理性が残っているとは思えん。マト、コイツの口を使って俺を挑発してもやる事は変わらんぞ」


 途端、カステヤノンの顔が歪に歪む。奇怪な音を立てて頬骨がへこみ、眼球が爆ぜ、聞くに堪えない悲鳴が上がる。


 「ゼタ、これは?」

 「分からないわ」


 霧の向こう側からほっそりとした腕が伸び、カステヤノンの頭を握りつぶした。


 『これはもう要らない。ティタン、ゼタ、おまえ達がマトの新しい人形だ』


 四方八方から雄叫びが聞こえた。ティタンとゼタは背中合わせに身構えた。



――



 馬蹄の音がした。ティタンはまさか、と思った。


 霧の向こう側から騎兵隊が駆けて来る。これまで見たマトの下僕達とは明らかに違う。

 ちゃんとした人間の装いだ。だがこんな所にまともな人間が居る筈が無い。


 「アァァァ! アルビアッドーラァァァッ!」


 横一列で槍を構え、騎馬突撃の構えを見せる騎兵隊。その雄叫びは異国の言葉のようにも聞こえた。


 「あれは何?!」

 「見覚えがある! だがこんな所に居る筈は無い!」

 「あぁ、燃えろぉ!」


 ゼタが炎を躍らせるが、騎兵隊は怯む事無く炎の海を突っ切って来る。

 魔法の聞かない重装騎兵。


 逃げる余裕は無い。ティタンはゼタの腕を引っ張り、自分の背後へと放った。


 「蹲れ、頭を上げるな」


 ゼタを庇いながら剣を引き寄せる。五騎の中央、筆頭と思しき騎兵を睨み付け、交差の一瞬を待った。


 「アルバドルの重騎兵か!」

 「Woooooooooo!!」


 ティタンは勢いの乗った突撃にも怯まず斜めに飛んだ。

 一瞬の交差。馬の頭を左手で掴み、逆手に持った剣を振り下ろす。分厚い馬鎧を貫通し、剣は首に突き刺さった。


 がくりと膝を崩れさせる騎馬。馬上から騎兵が投げ出され、落下の勢いそのままに首を折る。ゼタは目の前に吹っ飛んできた騎兵と馬に目を白黒させている。


 「亡国の兵だ。クラウグスに流れてきて少しの間傭兵働きをやっていた」

 「三百年前に?」

 「そうだ」


 騎兵と馬は二人の見ている前で、矢張り泥になって崩れ落ちた。カステヤノンの肉体と同じように。


 残りの四騎は振り返りもせず駆け抜けて行き、霧の向こう側へと消え去る。


 「古の勇者達すらも、マトに囚われている!」


 怒る暇も与えずに新たな雄叫びが上がる。次は歩兵隊だった。

 装備は不揃い。提げている神々の聖印や、人種も違う。


 だがどれもこれも見覚え、聞き覚えのある装いだ。


 深緑のコートの軽歩兵。投擲用の手槍を構えている。

 「ウダール槍兵」

 全身鎧に青いマント、両手持ちの大剣。

 「ディムグリッサの勇士」

 大盾に鋼の槍。ずしりずしりと進む小山の如き体躯には、聖なる羊の紋章。

 「まさかクラウグス・ガーダ? 王室近衛の一員か?」


 二十名ほどの名だたる勇者達が、ティタンとゼタに狙いを定め、一歩一歩近付いてくる。


 「……マト、貴様ァッ!」


 マトは事も無げに答えた。


 『彼らは幸福の内に居る』

 「戯言をッ!」

 『マトは彼らの父母であり、兄弟であり、妻であり、子であり、王であり、神である。

  マトの声は、彼らにそのように聞こえている。

  彼らは本懐を果たすべく戦っている。祖国、家族、王、神、彼らの信ずる物の為に』


 貴様が彼らを騙している!

 ティタンの怒声。マトは何ら痛痒を感じていない。


 『マトが思うに、矢張りクラウグス人は愚かなのだ』

 「クラウグス万歳! 勝利の栄光を、陛下に捧ぐ!」


 戦士の一人が叫んだ。彼の声は誇りと自信に満ちていた。


 「ウッダール! 槍を取れ! ウッダール! 敵を突け! 麗しの女伯爵が、俺達にキスを下さるぞ!」


 マトの言うとおり、彼らは幸福の中で戦っていた。彼らの中に一片も恥じ入る部分はなく、彼らは彼らの使命を果たそうとしているのだ。


 『ロールフは残念だった』

 「何だと?」

 『貴様が手を下さねば、アレもマトの人形にしてやったのに』


 怒髪天を衝く、とは正にこの事だった。

展開の順番を変えたのは失敗だったな……。

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