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戦闘準備1

 大馬鹿もん、とイブリオンは怒鳴った。へこたれる若い兵士のケツを蹴り上げて、彼はメイスと盾を打ち鳴らした。


 「A・Woooooo!」


 雪塗れの赤髭を振り乱し、筋骨隆々のドワーフは吼える。

 それに応えて盾を突き出す彼の同胞、遠く南部の大山脈からアッズワースに増援として現れたペンドリトン戦士団。

 大盾が次々と重なり合い壁を形成した。彼らはそのまま一歩踏み出した。


 「受け止めろォッ!」


 気合一つ、顔を歪ませ、口を蛸か何かのように尖らせ、ペンドリトン戦士団は魔物の群れの突撃を受け止めた。


 相手は何でも居た。小さいの、大きいの、ペンドリトン戦士団は構いはしなかった。

 鉄の神ヘベンの加護を受けし赤髭の子等は、如何なる攻めをも受け止める。オーガもゴブリンも無い。嵐も津波も無い。


 鉄の軋む音が無数に響いた。吹き付ける激しい雪と風。誰かが足踏みし泥が舞う。

 そしてメイスを振り上げた。手に伝わる鈍い感触。毛皮、筋肉を打ち据え、その下に隠れた骨を砕く感触だった。


 「さっさと立たんかクラウグス人! うぶ毛も揃わん内に死んだのじゃぁ、先祖に失望されるぞ!」


 そういうイブリオンの肩にはワーウルフががっちりと噛み付いたまま死んでいた。牙が鎧に食い込んで中々外れない。


 彼の背後には尻餅を突いた若い兵士が、そしてそのまた後ろにはアッズワース要塞門がある。


 ペンドリトン戦士団は水際での防衛線を行っていた。シンデュラとマトの内外両面攻撃にアッズワースの防衛能力は麻痺した。

 要塞門も破損し、両開きの左側が今にも倒れ掛かっている。ペンドリトン戦士団が抜かれれば、アッズワースは要塞内に更なる魔物達の侵入を許す事になる。


 「俺はもう二十四だ!」

 「俺の三分の一ぐらいだろ!」

 「ドワーフと比べるな、老い耄れ!」

 「老い耄れのケツに隠れて這い蹲っとるようじゃぁなぁ!」


 仲間達が敵を受け止めてくれている間にイブリオンはワーウルフの死体を引き剥がす。

 途端に傷口から血が溢れ出した。戦場に持ち込んだ火吹き酒を口に含み、乱暴に吹き掛ける。酷く痛んだ。


 「そら、立てるか?」


 イブリオンは兵士に手を貸したが、彼は血を流し過ぎている。

 周囲では負傷兵が次々と後送されていく。彼もそうされるべきだった。


 「我らペンドリトン戦士団に任せ、要塞に戻れ。俺達の腹に付いているのが贅肉だけじゃないと証明してやる」

 「そうも行くか。ドワーフだけを置き去りに引き下がったら、妻に腕を圧し折られる」

 「恐妻家か。そういう家は上手く行くぞ」


 イブリオンはげらげら笑った。兵士が更に何か言う前に引き摺り倒し、手足を縛って別の兵士に押し付ける。

 押し付けられた者は慣れた様子でぎゃあぎゃあと喚く兵士を後送していった。イブリオンは再びメイスと盾を打ち鳴らし、同胞の戦列に復帰した。


 「お、弓手どもが始めたぞ!」


 ペンドリトンの一人が城壁上を見上げて言った。戦いに大きく出遅れた弓手達が漸く準備を整え射撃を開始したのである。


 「寝坊すけどもめ!」

 「団長、ワシらも人の事は言えんでな!」

 「うはは!」


 這い回るゴブリンを蹴っ飛ばしてイブリオンは笑った。ペンドリトン戦士団も本人たちに言わせて見れば寝坊組だ。


 北にオーガが出たと言う報せが来た早朝、彼等は散々痛飲して酔い潰れた後だった。それが無ければ彼等もイヴニングスターなどと共に北に向かい、結果シンデュラと一戦交えた筈だ。

 そして或いはイブリオンも死んでいただろう。


 弓手達が射撃を始めると共に、倒れ掛けた要塞門の隙間から編成を終えたらしい隊が現れる。彼等はペンドリトンの両脇に展開し、更に厚く戦列を保った。

 多くの将校が死に、後方は未だ混乱している筈だが、現場は充分では無い物のまずまず問題ない程度に回っている。


 ディオ・ユージオ・セリウの功績だ。今も最前線から一歩下がった門の中で、矢継ぎ早に指示を飛ばしている。

 若手達を取り纏め、流れと勢いで現場指揮官の座をもぎ取った。彼女の尽力が無ければアッズワースは急な攻撃には対応できなかっただろう。


 「イブリオン爺! 下がって頂戴!」

 「だぁーれがじい! だ! お前みたいな孫を持った覚えは無いぞ!」


 戦いを続けるペンドリトン戦士団に、そのディオ・セリウが呼び掛けた。

 イブリオンは思わず憎まれ口を返すが、ディオは全く取り合わない。


 「良いからとっとと下がれと言っているの! 準備出来たわ!」

 「準備?」

 「土嚢よ!」


 ドワーフ達の戦列はがっちりと敵を受け止めながら二歩、三歩と後退した。

 ディオが声を張り上げて、城壁上の弓手達が射撃を中止する。かと思いきや今度は矢の代わりに土の詰まった袋が落ちてきた。


 城壁上ではストランドホッグの兵達が猛烈な汗を掻きながら土嚢を運搬し、それを放り投げている。

 土の詰まった麻袋を担いで階段を駆け上がり、降りて、また駆け上がり、降りて。そうする内に湯気まで立つ。


 土嚢は凄まじい量が準備されていた。この短時間によくもまぁ、とイブリオンが唸るほどの土嚢が降り注ぎ、敵を押し潰して小山となる。


 それは低いながらも防壁になった。イブリオンとしてもそのまま戦うよりは土嚢にぶつかって勢いが殺がれた相手の方がやり易い。


 「あの小娘よう働くのぅ」


 ポツリと漏らすイブリオン。ディオの指揮は更に続く。


 「アルコン・メンシス! 大きいのは威勢ばかりじゃないと証明しなさい!」

 「Woooooo!」


 叱咤激励を受けて飛び出してくるのは褐色の肌の戦士団だ。クラウグス西部、ダニカス地方に名高い荒野の大顎、アルコン・メンシス。

 アルコンは西部固有の魔物だ。強靭な顎、鋭い牙を持ち、一度食らい付いたら獲物か己か、どちらかが息絶えるまで離さない。


 彼等も、そうだ。その攻め方は熾烈でしかも執念深い。恐るべき戦士達だった。


 そして更にディオの声が……。


 「あ、え? ちょ! 貴方!」


 不測の事態かとイブリオンは気を揉むが、ディオの元に戻る余裕は無い。次々と迫る敵を受け止め、跳ね返す。


 ディオの困惑の原因はそう間を置かず壁の上に現れた。周囲の兵がどよめいて、彼の為に道を開けた。


 「Woooooooo……」


 イブリオンも城壁上へと視線を遣り、そして呻く。


 ティタンじゃないか。生きておったのか。


 「Aaaaaaaaa!!」


 そしてティタンはそこから跳んだ。眼下、十五メートルはあろうかと言う高さだが、一際大きいオーガ目掛けて。


 大体の者は唖然とした。戦士達と、雄叫びに引き付けられた魔物達の視線の先で、ティタンは着地点の魔物達を巻き込んでもみくちゃになって倒れた。

 オーガは頭蓋を叩き割られて死んだ。折れた剣の破片が脳漿の中で怪しく光っていた。


 周囲に居たゴブリンや狼が、突如として降って来た怪物に、生存本能を刺激されて逃げ出す。


 「怪物かアイツは。本当に人間なのか?」


 イブリオンが言うと、ティタンは転倒したままギロリと睨み返した。



――



 パシャスは言った。


 『二日稼げ。シンデュラやマトは一先ず我が抑える。戦力を整え、逆襲の作戦を練るのだ』


 パシャスは全ての信徒達に戦いの号令を下した。信徒達は北部の不穏な気配にとっくの昔に気付いており、パシャスの号令が下された途端に北へと向かった。

 想像を絶する速さでおよそ八十名が集った。更に時が経てばこれに数倍する神官戦士が揃うだろう。


 またパシャス教に属する者だけでなく、純粋にアッズワースの戦況を憂う者達や、戦いを生業とする者達も続々到着する。

 王都では援軍の編成が始まっている筈だ。それらが戦いに間に合えば心強い。


 オーガ達と激しく争った夏と同じだ。あの凄惨な夏が、この凍えるような冬まで続いている。



 「何処も彼処も酷い有様よ。以前から雑多な場所ではあったけれど、今はあちこち瓦礫だらけね」

 「人も物も大きな損害を受けた。だが反撃の準備は進んでいる。……ディオ、客だ」


 頬を煤で汚した上等な身形の男が路地から現れ、ディオに羊皮紙を差し出した。


 「此処に居たか。例の件、確認は済んだ。後は私の方で片付ける。これとは別にメルクオの未帰還兵に関して指図を頂きたい」

 「ディラン殿、損な役を任せて済まないわね。メルクオの隊に関してはフォーマンスが手筈を整えているわ」


 男はきびきびと敬礼し、足早に去っていく。無駄に出来る時間は無かった。誰にもだ。


 ティタンはディオと並んで通りを歩く。崩れた壁、焼かれた家屋、血痕。激しい戦いの痕跡が様々な所に見受けられる。

 若手の将校達が走り回り、様々な指図をディオに求めた。それはディオとティタンが話し合っている間も遠慮なく行われた。


 ディオは混乱に強い女だ。素早い決断が求められる場面で特に実力を発揮する。混乱の坩堝となったアッズワースで、ディオは正に活き活きとしている。


 「パシャス教の様子を聞いても?」

 「知っての通りだ。レイスから人々を守る為に盾となり、神殿は死者と怪我人で溢れ返っている」

 「痛ましいわね……。でも南方から援軍が現れたと聞いたわ。

  ……セル、後で人を遣るわ! 職工街の顔役を集めておいて!……で、期待出来そう?」

 「耳が早いな。八十二名が既に戦闘に参加している。北門に押し寄せていた魔物達を退けた後、巫女アバカーンが彼等を率いて北に向かった」

 「あぁカイル、休んでいる暇は無いわよ! 例の物を北の陣地へ! ……目的は間引きかしら?」

 「敵の注意を引き付けるのが主だ。パシャスの号令が轟いて即座に集結した者達だ。士気は高い」

 「頼れそうね」


 今度はティタンが聞き返した。


 「政庁の様子を聞きたい」

 「大混乱。ペルギス指令が卑怯な手で討たれ、副将グラムダン殿も傷を負い半死半生と言った有様よ。

  その他要職にあった将校達も目を覆いたくなるような被害を受けているわ。カステヤノンと言う男、流石は元、湧水と言うべきかしらね」

 「アンタは良く無事だったな」

 「事が起きた時、私の傍には神君と湧水の魔法戦士団、そしてパシャス教の神官戦士達がいたもの。極めて効果的に対処出来た」

 「陣頭指揮はアンタが?」

 「他に頼れそうなのが居なくてね。……バシャー殿がいらっしゃれば、と思う事もあるわ。

  個人的な好悪は別にして、彼にはこういった事態に兵達を落ち着かせる力がある」

 「アンタもそうだと俺は感じているが」

 「ふ、貴方にそう言わせるならば私も捨てた物ではないわね。……兎に角、なし崩しと言う奴よ。

  流石は戦闘要塞アッズワース。非常事態には、実力を示せば大きく融通を効かせてくれる」


 ディオは一年間でその優秀さを大いに見せ付けてきた。その気性と能力から衝突も多かったようだが、争う以上に人を惹きつけた。

 そして事此処に至っては大きな影響力を発揮している。大した女傑だった。


 二人は様々な情報を確認、共有しながら瓦礫の街を抜け、政庁付近にある屋敷の一つに辿り着く。

 政庁は要塞内で最も激しく攻撃された場所の一つだ。建物は無残に荒れ、しかもその地下牢では未だマトの領域に通じる穴が開いたままになっている。


 仕方なく将校達は政庁の近くに陣を敷いている状態だ。これもディオの差配で、未だレイスやグールの駆逐が完了していない要塞の各所に、迅速に出動する為の準備が整えられている。


 ディオとティタンが訪れたのは戦死したとある将校の使っていた屋敷だ。ディオが指揮所に近いこの屋敷を半ば強引に手にし、ストランドホッグの待機所にしてしまったのである。


 「眠るわ、二時間後に起こして。フォーマンス、暫くお願いね。……ティタン、来て」


 ディオはこちらも忙しそうにしている鷲鼻の腹心に言い付け、ティタンを部屋へと招き入れた。

 戦いの始まりからこちらまともな睡眠を取っていない。気力に体が追い付かなくなっていた。


 ディオは部屋へ入り、ベッドに腰掛けると深い溜息を吐いた。通りで見せていた自信満々の指揮官然とした態度は脱ぎ捨てたマントと一緒に何処かへと飛んでいってしまった。


 外の喧騒が壁を一枚隔てただけで遠くの物に聞こえる。

 鎧を外し、肌着のみになったディオは、埃塗れになった髪を手櫛で梳いた。


 何処も彼処も汗や何やらでべたついている。油っぽくなった肌を乱暴に拭いながら彼女は言った。


 「……未曾有の事態ね。正直、私も何が何やら、と言う感じよ」

 「冷静に見える」

 「戦っているからよ。誰も彼もね。戦いは、クラウグス人の心を研ぎ澄ませてくれる」


 ティタン。

 片膝を抱え込み、ディオはか細い声で呼ぶ。


 彼女だって動揺していない訳ではなかった。指揮官としてそれを表に出さないだけだ。


 「……でも矢張り、唐突過ぎるわ。……部下が沢山死んだ。フォーマンスが生きて戻ってきてくれたのは不幸中の幸いよ」

 「あぁ。だがそれはアンタ達だけじゃない」

 「慰めもしないのね?」

 「すまない」

 「……辛くて、苦しいわ」


 ティタンはディオを肩を押し、強引に横にさせる。

 流石のディオも驚いた様子で身体を強張らせた。ティタンはそれを尻目に小さな鉄鍋の前に膝を突くと、器具を使用し手早く火を着ける。


 ぱちぱちと音を立て、鉄鍋の中に放り込まれていた薪が燃え始めた。ティタンは立ち上がり、ディオに向き直る。


 「眠れ。俺の用は済んだ」


 ティタンはディオと情報を共有しておきたかったのだ。そして道中でその目的は果たした。


 ディオは物憂げだった。


 「……私は、兵を無駄死にさせなかったかしら?」

 「恐らくはそうだ。たとえそうで無かったとしても、アンタに泣き言は許されない。義務を果たせ、指揮官」


 枕が飛んできてぼす、とティタンの頭に当たる。

 跳ね返ったそれを掴み、投げ返すティタン。


 「……アンタには言うまでもない事だったな」

 「不思議ねティタン。もう随分と長い間貴方と友人で居る気がするわ。まだたったの一年なのに、貴方の言う事ならば何でも許せてしまいそう」

 「この一年は問題が多過ぎた。多くの敵が攻め寄せ、そしてそれは今も続いている」

 「濃密な時間を過ごしたわ。シンデュラ、カヴァーラ、マト。……流石にこの戦いが片付いたら、少しは休めるかしら」

 「休みは名誉ある死を迎えた後で取れ」

 「相変わらず、厳しいわね」


 ディオは笑った。


 「貴方の事、少しは聞かせて貰おうと思っていたのだけれど……」

 「睡眠時間を削ってまですべき事じゃない。此処から先は更に苦しい戦いになるぞ」


 素気なく返す。栗毛を塩の浮いた頬に張り付かせたディオは、残念、とだけ言った。


 「……ティタン」

 「あぁ」

 「生きていてくれて良かったわ」

 「俺もアンタが無事で良かった」


 ディオが寝そべったまま拳を差し出してくる。

 ティタンも拳を差し出し、打ち合わせた。それを心臓に、額に、そして再び差し出し、打ち合わせる。


 「この後も何とか切り抜けたい物ね」

 「そう願う」

 「……眠るわ。ティタン、ありがとう」


 瞳が閉じられる。ディオは本人が思うよりもずっと疲労していて、まるで失神するように眠りに着いた。

 ティタンはそれを見届けて部屋を出る。


 ストランドホッグの待機所と化した屋敷の一階広間では、相変わらずフォーマンスが忙しそうにしている。


 行き交うストランドホッグの兵達がティタンに親しげに声を掛けてくる。彼等は一様に拳を掲げて敬意を示すと、時を惜しみ己の使命を果たす為に去って行く。


 彼等の内、何人が生き残るだろうか。ディオは出来るだけ多く兵が生き残る事を望んでいるが、上手くは行かないだろう。


 ティタンはフォーマンスに声を掛けた。


 「フォーマンス」

 「おぉティタン、甦りし英雄よ。殿、と付けてお呼びしようか?」


 目に隈を作り、髪も少し乱れた様子のフォーマンス。

 ティタンは彼の冗談に肩を竦める。


 「好きにしてくれ。ただ、俺は何処も変わったつもりはないぜ」

 「では、好きにする」


 フォーマンスは羊皮紙に何事か書き込んでいた手を一時止め、ティタンに向き直る。


 「出来ればゆっくりと語らう機会を設けたかったが、中々そうも行かんな」

 「あぁ。特にアンタはディオの為に喜んで苦労を背負い込みたがる」

 「仕方の無い事だ。あの方が可愛くて堪らんのだよ。目に入れても痛くない」


 ティタンは笑った。フォーマンスが普段絶対にしない物言いだ。

 この男も大概疲れ果てているようだ。フォーマンスは北へ向かい、顕現したシンデュラに散々に打ちのめされた者達の一人でもある。


 「北で何が起こったかアンタにも聞いて置きたい」


 フォーマンスは目を細め、額を揉み解した。


 「何が起こったのか、詳細までは語れない。最初、オーガ達相手には有利な戦いを展開した。被害が無いでは無かったが、問題なく勝利出来ると思われた」

 「シンデュラと戦ったか?」

 「あの……巨大な狼に跨る怪物とは、戦いと呼べる程の物にはならなかったのだ。奴は味方の兵を散々に食い破り、逃げ惑う様を見て満足そうにしていた。

  狩りだ。我々はただの獲物だった」


 フォーマンスの言葉は重苦しい。監視塔付近での戦いを思い出し、背筋も凍える思いのようだ。


 「即座に撤退を決断した。判断はディマニード・バシャー殿に委ねられた。彼率いるイヴニングスターが殿軍となり、我々は散らばって逃げた。

  兵達は半分も戻らなかった……。他の隊も同じような有様だと聞いている」

 「……あぁ。我が団の同胞も半分が戻らなかった。仇は取る」

 「私は……正直確信を持てないでいる。アレが本当にシンデュラだとして、我々は勝てるのか?」


 兵を指揮する者としてフォーマンスの疑問は当然だった。ティタンは未だシンデュラを目にしていないが、フォーマンスはその脅威に晒された。


 「圧倒的だった。軍団をどれほど強固に再編しても、アレとどう戦った物やら」

 「弱気だな」

 「……士気を下げるような事を言って済まん」


 フォーマンスは周囲を伺った。幸いな事に、周囲には今誰も居ない。


 「いや、アンタの立場ならば当然の疑問だと思う」


 フォーマンスは誤魔化すように羊皮紙に目を落とした。


 「本音を言うならば、ディオ様には直ぐにでもご帰国頂きたい」

 「そんな事をすれば彼女とセリウは名誉を失う。未来永劫、臆病者として誹りを受けるだろう」

 「義務ならば、我等だけでも果たしてみせる。ストランドホッグが正に一兵残らず討ち死にすればセリウの名誉は守られる」


 ティタンは無言でフォーマンスを見詰めた。

 フォーマンスは直ぐに観念した。


 「まぁ、な。言っても詮無き事だ」

 「フォーマンス、俺はこれまでどのような奴にも、こんな言い方をした事は無かったんだが」


 ティタンはディオとしたように、フォーマンスに拳を突き出した。


 「俺を信じて貰いたい。例えシンデュラが、ザウが、瞬く間に千里を駆け、巨大な城壁を叩き崩し、千人の精鋭を丸呑みにする化け物だったとしても。

  俺は勝つ。俺とパシャスは、命に代えても奴を殺す」


 フォーマンスは少しの間己の手を握ったり開いたりした後、ティタンの拳に打ち付けた。


 「正真正銘、神話に残る戦士にそうまで言われては、受け入れる他無いな」


 そういうフォーマンスの面構えは、これまでとは明らかに変わっていた。


 「ティタン、これからどうする」

 「要塞を回る。話したい奴が沢山居る。その後、すべき事をする」

 「人通りの多い所を通るがいい」


 ティタンは首を傾げた。


 「お前が戦意に満ち満ちて、足音高く歩いている姿を目にすれば、多くの者が勇気付けられるだろう」


 そうかな。ティタンは苦笑して屋敷を出た。


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