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ゼタとシグ2

 「オーメルキン」


 ベッド上のオーメルキンに声を掛ければ、彼女は何でも無い風を装いつつ身を起こした。


 「……ティタン」


 ティタンは椅子に座り、ジッとオーメルキンを見詰める。彼女はたちまち疲労が濃く現れた顔を俯かせ、唇を噛み締め。


 「同胞に……同胞に……忠誠を……」

 「あぁ、忠誠を」


 そのまま二人は何を話すでもなく、長い間沈黙を共有する。

 夜の闇の中、小さな蝋燭の火だけが部屋を微かに照らす。


 やがてオーメルキンは震える声で言った。


 「もう分かんないよ……どうしてこうなっちゃうんだ……」

 「奴は良き死を迎えた。奴に最後の相手として選ばれたのは光栄な事だった」


 ロールフが死んだ。それだけならばオーメルキンだって受け入れる準備は出来ていた。

 常日頃から並外れた言動、並外れた戦い方をしていた男だ。いつ死んでも不思議ではなかった。


 だが、その直接の原因となったのがゼタだと言う事が彼女を打ちのめした。そしてティタンがそれに対し、どういった行動を取るのかも。


 オーメルキンは大きく息を吸い込んで震えを止めた。ティタンはほぅ、と意外そうな声を上げる。


 「あたしはロールフの事を本物の兄弟だと思ってる。アイツの事を忘れない。いつか、あたしが死ぬ、その日まで」

 「そうするが良い。死者を語り継ぐ者が必要だ。酒の肴にでも奴を思い出してやれ」


 てっきりピーピー泣いて宥めるのに苦労するかと思ったが……。ティタンに取っては嬉しい誤算だった。

 しかし続く彼女の言葉にティタンは表情を消した。


 「でも、ロールフはゼタを恨んでなかった」

 「だろうな」

 「なら」

 「苦痛には苦痛を。流血には流血を。そして……まぁ、後は分かるだろう」

 「誰も喜ばないとしても?」

 「もう損得なんかの話じゃ無い。これは義務だ。俺達の」


 尚も何か言いたげなオーメルキンにティタンは言葉を重ねた。

 これ以上の議論を封じる為の冷たい言葉だった。


 「ロールフとゼタが争った時……俺はその場に居た訳じゃない。どんな状況だったかは分からない。だが、お前は其処に居た。何か出来たとしたらお前だけだ」

 「それって」

 「お前は嘆く前に剣を抜いたか?」


 オーメルキンは信じられないものを見るような顔になった。


 「同胞に剣を向けるなんて出来ない」

 「友と戦うのは時として敵と戦うより何倍も難しい。以前にも言ったかも知れんな。だが、それが必要な時もある」

 「あたしなら止められたって?」

 「その努力をしたのかと聞いている」


 言葉を失うオーメルキン。ティタンは立ち上がり、部屋の扉を開いた。


 「俺もゼタがどうしても憎い訳じゃない。尊敬できる部分の多い女だ。……その時が来ても苦しませない事を誓う」


 オーメルキンは声を殺して泣いた



――



 翌日、まだ日も昇らぬ内からヴァノーランを訪ねてきたのはパシャスの信徒ではなかった。


 ディマニード・バシャーだ。赤毛を逆立てたこの若い指揮官は、最悪の時に最悪の情報を持ってきた。


 「オーガだ。北の監視塔周辺で既に戦いが始まっている」


 ティタンは舌打ちした。


 「以前の会戦で撃ち漏らしたアークオーガ。あの時のように馬鹿げた数ではないが、手強い。急襲に対応し切れず、兵達は無秩序で非効率な防衛戦を強いられている」

 「矢張り禍根となったか。狙いすましたようなこの攻撃、偶然じゃない」

 「巨人の神カヴァーラはパシャスに撃退されたと聞く」

 「マトがオーガを操ったとして、それを不思議に思うか?」

 「忌々しい! だが苦境に強敵を迎えてこそのイヴニングスターだ」


 肩に積もった雪が溶けそうな程、ディマは熱を発していた。


 「北へ向かうのか」

 「当然だ。そして、お前が今何をしているのかはある程度知っているが、それでもヴァノーランに参戦を願いたい」

 「…………悩みどころだ」


 眠気覚ましの一杯を引っ掛けながらアーマンズが現れる。

 どうやら戦いの準備を整えた後のようだ。ティタン達の会話を尻目に、ヴァノーラン達は続々と戦いへの備えをしている。


 「シェフ、俺に任せてもらえないか」


 アーマンズはふてぶてしく笑っていた。


 「アンタは残ってカステヤノンを追えば良い。俺たちだけで行く。心配しなくても、名誉を損なうような戦いはしない」

 「言うようになったな、アーマンズ」

 「敵を叩いて叩いて叩きまくってやる。オーガを蹴散らしたら次はマトだ。

  ……おっと、もし間に合わなかったとしても、マトのクソったれにきっちりと思い知らせてやってくれよ?」


 そうは言いつつ、隊の者達は既に戦いの準備を整え終えようとしている。「戦え」と命令されることを誰も疑っていない。

 ティタンはディマを見遣った。ディマは深く、何度も頷いた。


 「お前がいないのは残念だが、俺とケイロンで兵達に睨みを効かせる。ヴァノーランが参戦するとなれば全ての者達は奮い立つだろう」


 ヴァノーラン達は準備万端、一階広間に整列してその時を待った。

 ティタンは右足を高く上げ、床に叩きつける。その足音と共に彼等に怒鳴りつけた。


 「同胞に、忠誠を!」

 『忠誠を!』

 「行け! 存分に戦え! 敵を殺せ! 血を浴びろ!

  お前達こそヴァン・オウル・アッズワース! 邪悪な怪物達に思い知らせてやるがいい!

  北の大地に吹き荒ぶ、猛々しき風の手強さを!」

 『Woo!! Woo!! Woo!!』


 ティタンはアーマンズを顎でしゃくって見せ、ディマに紹介する。


 「ディマ、既に知っているかも知れないがコイツはアーマンズだ。どのような戦いに置いてもアンタに恥をかかせることはまず無い」

 「何度か見た顔だ。弓が優れていたな。オーガと戦うには有用な才能だ」


 一傭兵の戦い振りまで把握しているとは、とんでもなく目端の利く貴族様だ。アーマンズは生意気そうに笑った。



 ヴァノーラン達が出撃していく最中、筆頭に付き添われオーメルキンが二階から降りてくる。

 彼女は完全装備で足音高く出発する同胞の姿に目を白黒させた。そして、怒った。


 「ティタン、これ何さ!」

 「彼等は北へ向かう。アーマンズが纏め役だ」

 「……あたしも行く。もう大丈夫だ。直ぐに準備する」


 ティタンはオーメルキンの足を払った。いつもならば猫のように素早く体勢を立て直すであろうオーメルキンは、盛大に床と接吻する。


 「何処が? 大人しくしている事だな」


 オーメルキンの頭の中は一気にぐちゃぐちゃになった。隊の仲間達の顔が次々と浮かび、ロールフやゼタの事で何をどうしたら良いか分からなくなった。

 置いて行かれる。それが堪らなく悲しい。


 筆頭はオーメルキンを支えて立たせ、毛布で包んでやる。


 「状況はこれから更に悪くなるでしょう。この娘は神殿に。此処に置いておくのは危険です」

 「危険?」

 「マトは貴方を見ています。いつだって貴方の隙を探している」

 「面白い、受けて立つ。……だがコイツを此処に置いておくのは確かに拙そうだ」

 「ティタン、あたしは」


 オーメルキンに何を言わせる事も無く、ティタンは彼女を神殿まで引き摺って行った。



――



 「オーガだ。マトめ、散々引っ掻き回してくれた挙句これとは、やってくれる」

 「要塞は問題ないの?」


 死んだように眠っていたゼタはティタンに叩き起こされて大慌てで準備を整えた。

 神殿にある井戸で身を清めながらゼタは戦況を聞く。濡れた銀髪を掻き上げれば雫が跳ねた。


 「普段通りとは言い難いな。ここまでの混乱から漸く抜け出せるかと思いきや、敵の方が更なる手を打ってきた。即応出来た部隊は極僅か。後の連中は準備を整え次第北に向かうだろう」

 「詰まり、要塞は更なる混乱状態。誰が何をしていようと誰も気にしない」


 矢張り以前の会戦で、どれ程の犠牲を払おうとオーガ達を皆殺しにしておくべきだった。

 しかし今更それを口に出しても仕方ない。ティタンはボロ布をゼタに投げ渡す。


 「その通りだ。さっさと身体を拭け。お前の屈服させた猟犬に働いてもらう時が来た」


 ゼタはローブを纏い、装具を整え、準備を終えた。


 神殿の中庭にパシャスの巫女と神官戦士達が集結する。それらが見守る中、ゼタは魔法陣と向かい合った。


 呪文唱えると共に小箱を突き出す。羊皮紙に描かれた魔法陣からおぞましい呻き声が響き、間を置かずレイスが現れた。


 半透明の赤黒い身体。枯れ木のような手を揺らめかせる姿。

 無数の魂を喰らったであろう強力なレイスは、曇天に向けて絶叫した。


 「ゼタ! ソイツを黙らせろ!」


 レイスの絶叫には生ある物を衰弱させる力がある。鍛えぬかれた神官戦士達はそれに耐えたが、抗いきれず膝を突く者も居た。


 ゼタは小箱を掲げ更に呪文を唱える。レイスは苦痛に身を捩り、漸く大人しくなる。


 「ティタン様、屈辱です! 如何に敵を追うためとは言え、このような邪霊を使わねばならぬとは!」


 不愉快だと全身で表現しているアバカーン。ティタンは喧しいと冷たく返す。


 「今は時が惜しい。やれ、ゼタ」


 ゼタはレイスを解き放った。しかしそれは好き勝手をさせると言う事ではない。

 レイスはゼタの命令に従い何処かへと移動し始める。浮遊するレイスの後を追い巫女と神官戦士達が動き始めた。


 ゼタは羊皮紙を拾い上げ、油断なく小箱を握り締めてレイスを操った。


 「噺屋の……大して面白くもない商売の種になりそうだな」

 「ティタン、皮肉は後にして頂戴」


 レイスを使役する魔導師とそれをがっちり取り巻いて進むパシャスの信徒達。異様を通り越し、何と表現すれば良いか分からない集団だ。

 要塞内を慌ただしく駆け回っていた兵士達が目を剥く。無理もない。レイスなど普段目にする事はまず無いし、それを人間が使役しているなど思いも寄らないだろう。


 ガチャガチャと騒々しい足音がして兵団が現れる。先頭は臨戦態勢のディオ・ユージオ・セリウ。彼女はレイスの姿を見て流石に唖然とした。


 「これは……一体どういう状況かしら」

 「話が行ってないか? 闇に堕ち、マトの下僕となった者が居る。コイツで追い詰めてやる」

 「危険はないの?」

 「危険に決まっている。だがアッズワースはこれよりも遥かに大きな危険に晒されている」


 ディオは何とも言えない表情だった。当然の反応である。邪悪な存在の代名詞であるレイスを使って敵を追い詰めると言われても、全く意味不明だろう。

 魔物や邪悪な精霊は相容れぬ滅ぼすべき物。そう言われて育ってきた筈だ。


 だがディオは話の分からない女ではない。


 「兎に角、それが必要とされているのね?」

 「そうだ。……ストランドホッグはこれより北へ?」

 「……そのつもりだったけれど、どうやら要塞内も油断ならぬ状況のようね」

 「俺達の作戦が上手く行かなければ、要塞はコイツのお友達で溢れ返るだろうな」


 ティタンは凄まじい形相のレイスを親指で指し示しながら言う。

 ディオは唾を飲み込んだ。


 「黒い小箱……」

 「難しい問題だが、全力を尽くす」

 「ティタン、私も協力したい。ゼタ殿のように」

 「北の戦況も厳しい筈だ」

 「今、要塞内で浮足立っていない部隊は極僅かよ。我が隊は貴方にはどう見える?」


 パシャス教の力も無限ではない。その力の大半は依然避難民達を守る為に使われている。

 隊の同胞は北に向けて送り出した。確かに戦力は乏しい。


 ストランドホッグが手を貸してくれると言うならばこれほど心強い事はないだろう。


 「フォーマンス、半数率いて北に向かいなさい。バシャーの虎殿が上手く取り計らってくれるでしょう」

 「ディオ様? お考え直し下さい。ティタンの居る場所では常に熾烈な戦いが起こる。彼に協力するとしても全力を以て当たるべきです」

 「要塞の危機に、我々はセリウの名代として血を流す必要があるわ。任せられるのは貴方だけよ」


 ディオの命令に鷲鼻の副官は何とも難しい顔をした。しかしディオの気性をよく理解している彼は、やがて恭しく跪く。


 「承りました」

 「フォーマンス、苦労を掛けるわね。……難しい事を言うけれど良いかしら?」

 「なんなりと。このフォーマンス、ディオ様の我儘には慣れておりますゆえ」

 「ふふ、では、出来るだけ兵を生還させて。勘だけれど、戦いはまだ続くわ」


 フォーマンスはディオに敬礼を捧げ、命令通り兵の半数を手早く編成し、北へと向かった。

 ティタンはディオに心から礼を良い、助力を受け入れた。


 「感謝する、ディオ」

 「急ぎましょう。ゆっくりと語らう時間は無い筈よ。誰にもね。

  ……ゼタ殿、また共に戦えて嬉しいわ」


 ディオの言葉に、ゼタは俯き気味に微笑みを返した。



――



 幾許も歩かぬ内に、一同の表情は険しい物となった。


 レイスは常に大きな通りを進む。速さは常に一定で、迷う様子もない。


 着実に近付いていた。アッズワースの政庁に。


 「まさか……冗談にしておいて欲しい所ね」


 ディオがそう言ったのも無理は無い。結局レイスはアッズワースの心臓部、将校達の集う政庁へと辿り着いてしまったのだ。

 当然、カステヤノンが忍び込める筈もない場所だ。アッズワースは魔物との戦いの最前線。その最重要施設の守りたるや、推して知るべし。


 「此処が狐の巣穴だと?」

 「逆に納得できます」


 筆頭は青褪めた顔で言う。


 「カステヤノンはパシャス様の目すら掻い潜って蠢動して来ました。寧ろ何者かに匿われていると考える方が自然でしょう」

 「……行けば分かる。レイスを政庁に連れ込めるか?」

 「正攻法では難しいかと」

 「だが、ここで指を咥えて見ている訳にもいかん」


 ティタンが唸っていると、政庁を警備する兵士達も殺気立ち始めた。


 無理もなかった。パシャスの信徒とセリウ家の兵達が完全武装で政庁前に押し掛け、剣呑な気配で政庁を睨み付けているのだ。

 しかもその先頭にはレイス。幾多の魂を喰らって変色したと見られる赤黒い身体の強力な邪霊だ。反逆を疑われて当然だろう。


 即座に詰め所から兵の増員がなされ、政庁の門に陣を組む。

 ティタンは彼等と相対し、宥めるように言った。


 「待て、争う気はない!」

 「ティタン殿とお見受けする! このアッズワースの一大事に斯様な徒党を組んで政庁を騒がせるとは、何を考えておられるのか!」

 「敵を探している! パシャスの巫女から話は伝わっている筈だ!」

 「それは……確かに聞き及んでいる! しかし何かの間違いであろう! ここは要塞で最も堅固な所だ!」

 「ここで問答しても仕方ない。ペルギス司令に話を通して貰いたい」


 何にせよ建設的な話の出来る人物が必要だった。しかし其処にふらりと一人の男が顕れ、警備の兵達を押し退けてティタンの前に立つ。


 「まぁ……少し待たれよ」


 ティタンも知っている男だ。僅かな間だが共に戦い、勝利の栄光と名誉有る死を、そして主神の美酒を分かち合った。


 「……シュラム」

 「久し振りだな、ティタン殿」


 襷掛けの革ベルトに提げられた黄金の聖印。使い込まれた武装と、鍛え込まれた体躯。

 主神より雷の奇跡を預かり、またそれを存分に使いこなす希代の戦士。


 レイヒノムの勇者シュラムだった。


 「シュラム、何故アッズワースに? お前はシャーロス殿に従い邪教徒との戦いに赴いたと聞いた」

 「その通り。なら、そういう事だ」


 ティタンのマントを引っ張る者が居る。

 ゼタだ。彼女は険しい顔をしてティタンの背後からシュラムを睨み付けた。


 「ティタン、彼はレイヒノムの勇者よ」

 「知っている。何を怯えてる?」

 「分からないの? 貴方の大好きなクアンティン王は主神レイヒノムに溺愛されている。恐らくクアンティン王は死後大いなる神々の席に連なるわ。

  勇者シュラムに取ってクアンティン王の言葉はレイヒノムのそれに等しいの。もし彼が小箱を奪うように命令されていたら、私たちは殺される!」


 ティタンはゼタの手を振り払った。シュラムに向き直ろうとするが、またもやマントを掴まれる。今度はディオだった。


 「ちょっと待って欲しいのだけれど、今の話は何? クアンティン王とはまさか、あのクアンティン王の事?」

 「そうだ」

 「その、一体何が起きているの? まさか……お、恐れ多くも神君がアッズワースに? それに、神君が小箱を奪うとは」

 「ディオ、後にしてくれ」


 今度こそティタンはシュラムに向き直る。彼は涼し気な態度で腕組みし、ティタンを待っていた。


 「シュラム、俺達はカステヤノンを追っている。お前は何か知っているのか?」

 「凡そは。……うむ、だが……シャーロス殿は、出来るなら、ティタン殿にはこの件に関わって欲しくないと考えて居られる」

 「何故だ。俺が小箱の存在を許さないからか?」

 「それもあるのだろうな」

 「…………彼と連絡が取りたい。彼はアッズワースに居るのか?」

 「なんとしたものか」


 ティタンは一喝した。


 「ハッキリしろ! 俺達はお遊びでレイスを引き摺り回している訳じゃない!」

 「だったら? その剣幕で俺を切り倒し、政庁に押し入ってみるか?」


 シュラムは肩を肌蹴させ短槍と手斧を握り締めた。彼の肩は見る見る盛り上がり、赤く色づく。


 ティタンは目を細めた。シュラムは尋常の使い手ではない。その上、主神レイヒノムより雷の奇跡を与えられている。

 意味もなく同胞に剣を向ける気はティタンには毛頭ない。だがもしシュラムが戦うつもりなら、この男は一突きで殺さねばならぬ。でなければ俺達は全滅だ。


 「先程の話な、より詳しく言うならば……ティタン殿を通すなと、命令されて居るのだ」


 全てのパシャスの信徒は剣を抜き放った。彼等が魂を捧げるのは当然レイヒノムでなくパシャスである。レイヒノムの勇者がパシャスの勇者に明確な敵意を見せたとあっては、戦う他無い。

 戦争である。パシャスとレイヒノムの。


 「剣を納めろ。彼にその気はない」

 「何故分かるのです」

 「この状況で同胞が相争うことがどんなに愚かしいか、彼に分からない筈はない」


 ティタンは不機嫌顔で肩を竦めて見せる。シュラムは残念だ、とちっとも残念ではなさそうだが、そう言った。

 武装を納め装いを正したシュラムは穏やかな気配のまま佇んでいる。


 「そのレイスを引っ込めるならばシャーロス殿の元へ案内しよう。探しものも其処にある筈だ」

 「ふん……要求しておいて何だが、良いのか?」


 シュラムはさっさと踵を返した。


 「実は俺も、その小箱は好かん」


 ゼタは羊皮紙を広げ、レイスを魔法陣へと閉じ込める。


 警備兵達は釈然としないようだったが、何処からか来た伝令が彼等に指示し、結局はティタン達を通した。

 ティタンはシュラムに先導され、政庁へと入った。



――



 政庁に地下牢が存在している事をティタンは初めて知った。黴臭い空間には効果の程も定かではない拷問器具の類が幾つも設置されており、異様な雰囲気がある。

 そして、地下牢の最も奥まった場所に彼は居た。顔の上半分を覗き穴の無い仮面で覆った少年。


 今はシャーロスと名乗るクアンティン・ユージオ・クラウグス。彼は灰色に塗られた鎧を纏う戦士達に周囲を守らせ、ティタンの到着を待ち受けていた。


 「結局、通してしまったか」


 いつぞや、穏やかに語り合った時とは全く違う冷徹な声。シャーロスの言葉は剣呑だ。


 ティタンは部屋の中央に居る椅子に全裸で縛り付けられた人物に注目する。麻袋を被せられた男で、全身に無数の傷がある。

 拷問の痕だ。今は失神している。ティタンは鼻を鳴らす。


 「コイツがカステヤノンか」

 「その通りだ。ティタン、そなたには此処に来てほしくなかったが、まぁ無理という物か」


 そして視線を滑らせ、仇敵を睨むような目でシャーロスを見た。


 「いつからアッズワースに居た、シャーロス」


 最早敬称は付けなかった。ティタンの頭のなかでは以前のゼタとの会話がぐるぐると回っていた。


 巨大な国家の王が常に清廉潔白で居られる筈がない。玉座を退いたとしても、シャーロスはクラウグスの為に様々な暗闘を続けてきた。


 そして今シャーロスの周囲に侍る灰色の鎧の戦士達。特殊な繊維で居られたローブと、その上から着込んだ灰色の鎧の着こなしには覚えがある。

 長い年月を経て彼等の装備も随分と進歩したようだが、灰の鎧と闇に紛れるローブは魔法戦士の象徴だ。


 シャーロスは邪教徒達との戦いに積極的に湧水の魔法戦士団を活用し、また彼等は黒い小箱を欲しても居る。

 その彼等がアッズワースに大き過ぎる影響力を持つパシャス教に先んじ、カステヤノンを捕えている。邪推するには充分だった。


 「アンタは事態を把握していた。そうだな?」

 「全てではないが、否定はせぬ」

 「いつから?」

 「……カステヤノンを補足した、と言う意味では一月前からだ」


 ゼタは動揺した。自分の戦いが、半ばシャーロスの掌中にあったと気付いたからだ。ディオは困惑した。状況は彼女にとって全く意味不明だった。


 そしてティタンは激怒した。


どんどん巻いていきます。

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