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ティタン アッズワースの戦士隊  作者: 黒色粉末
その名を称えよ
23/58

その名を称えよ2

 彼等は山陰を、谷間を進んだ。馬を使えぬ過酷な道を徒歩で踏破して行く。


 ティタンから見たイヴニングスターの戦士達は確かにその気位に相応しい能力を備えていた。通常の兵よりも重装であるのに、軽々と険しく起伏の激しい地形を駆け登る。

 ディマは、大体の場合腹心を傍に控えさせながら前に居る。警戒の必要な局面でティタンを斥候に出すくらいで、部下達が堪らず「後ろに下がれ」と懇願するほどに指揮官先頭だ。


 「敵が居たらそのまま蹴散らせ! 後退する余裕は無い!」


 吹き出る汗。砂埃に塗れながらディマは怒鳴り、兵達を前進させる。


 「どうだ、俺の自慢の兵達は」

 「良い戦士団だ。俺もこんな風に鍛えたいな」

 「あの傭兵隊か」


 言ってからティタンは後悔した。自然と口に出してしまったが、ティタンは彼等のシェフになった心算は無い。

 不出来な部分の多い連中だからついついあれこれと口を出してしまう。そういった事が多過ぎて、何時の間にか面倒を見るのが当然のように感じてしまっていた。


 何だかんだと絆されてしまっている。大きく溜息を吐き、話題を変えた。


 「それよりディマ、前に出過ぎじゃないか。……いつもこうだとしたらアンタの部下達は大層苦労をしているんだろうな」

 「常にこんな事をしている訳ではない。しかし今回は特別急がねばならん」

 「……ま、アンタがそうすると言うなら従おう」

 「時間は限られている。この戦いのみならず、人間は気忙しく生きるくらいで丁度良い。ティタン、お前とてそうだ」

 「何が言いたい」

 「お前の傭兵隊、あれらは他と比べればマシな手合いかも知れんが、矢張りお前は相応しい場所で戦うべきだ」


 ディマの言葉の途中、ティタンは何処からか響いた何かの唸り声を聞いた。

 風の音や草木の擦れる音に紛れていたが聞き間違えはしない。ティタンはディマを制止し耳を澄ませる。


 「どうした」

 「敵だ」

 「何処に?」

 「さぁな。だが間違いない」


 ディマは即座に命令する。


 「戦闘態勢! 各々、隣の者の背を守れ!」


 谷間を行軍中、陣形を組めるほどの空間的余裕は無い。

 ディマの周囲を腹心達が囲み、一際厚い防御体勢を取る。


 「斥候は戻ったか?」

 「まだです」


 その時彼等の頭上、崖の上の森から無数の影が現れる。


 生々しい血色に白い筋が不規則に走った肌。皮膚を剥ぎ取った剥き出しの筋肉のような醜い有様は見る者の嫌悪感を煽る。

 人型だが、奇妙に肥大した頭部。痩せた猿のように細い下半身とは対照的に広い肩幅。指は四本で全てが鍵爪のように硬く発達し、乾いた泥と血をこびり付かせている。


 グール、人も魔物も関係なく腐乱した死体を貪る唾棄すべき存在だった。煩わしいのはこの忌むべき魔物が、人類に対し激しい敵意を抱いていると言う事だ。


 「来たか、汚らわしい魔物どもめ」


 吐き捨てるディマ。途端、グール達は血色の身体を震わせて三メートルの崖から転がり落ちてくる。


 何匹も何匹も、数えるのが馬鹿らしくなる程の群れだった。


 「無礼者が!」


 谷間を進む中、伸びた隊列を横撃された形になる。ディマの部下達は主を守る為に得物を扱いて飛び出したが、無数のグール達から僅かな数がその防御を抜けてディマへと迫る。


 ティタンが一呼吸の間に二体のグールを貫いた。この魔物は特に優れた能力を備えている訳でもなく、その上余りにも頭が悪い。狼のように相手を威嚇したり、周囲を取り囲む事もしない。死肉を漁る不愉快な存在と言うだけだ。

 邪魔物を突破し即座にディマの援護に向かう。ディマは剣を抜き放ち、迫るグールの首を締め上げて吼えていた。


 「矢張り、奴の部下は苦労している……」


 ティタンが呆れたように呟く瞬間、ディマはグールの腹に剣を突き立てた。そのまま痙攣する汚らしい身体を蹴り倒し、新手を迎え撃つ。


 全く身を守ろうとする気配が無い。ディマの部下達が泡を食って救助の為に走り出す有様だ。


 「殿、我等にお任せを!」

 「うろたえるな! 木端にかかずらっていられるか! 跳ね返せ、突破しろ!」


 二体のグールがディマに組み付く。屈強な体躯はびくともせず、ディマは一体のグールに頭突きを食らわせ、もう一体のグールの首を圧し折った。


 乱暴だが技術を感じる。剣と共に格闘の技を磨いているようだ。それも入念に。

 救助は必要ないな、とティタンは隊列の後方に足を向けた。


 「戦士ディマ、殿を任せてもらう!」

 「好きにやれ!」


 イヴニングスター戦士団は余りにもあっさりと敵の奇襲を退けた。

 被害が出なかった事にティタンは感心する。常に精神を戦う為のそれに研ぎ澄ませて置かねばこうは出来ない。


 矢張り、一味も二味も違う。満足げに頷くティタンを尻目に行軍は続く。



――



 ゴブリンばかりの群れ。数は20程。谷に近く、起伏は激しく、岩なども多い険しい地形。


 「突破せよ!」


 ディマの号令でイヴニングスターは敵を突き破り、追い散らして行軍を続ける。



 ゴブリンとオーガの混成。ゴブリン10にオーガが3。森の小道で、敵の奇襲を警戒する必要がある。


 「突破せよ!」


 ディマの号令でイヴニングスターは敵を突き破り、追い散らして行軍を続ける。ティタンは喜び勇んでオーガに襲い掛かった。



 グールの群れ。数は10程。アッズワース軍とオーガ達との交戦跡らしく、グールに食い荒らされた人間やオーガの死体が転がる丘陵地帯。


 「さぁ突破せよ!」


 ディマの号令でイヴニングスターは敵を突き破り、追い散らして行軍を続ける。ディマは相手にするのも馬鹿らしいと言わんばかりの表情だった。



 「突破しか言ってないな」

 「合理的な判断を下している」

 「斥候が消耗しているぞ」

 「必要なだけ無理をする用意がある。そしてその時の為に鍛えてもいる。俺の兵達はこの程度はへこたれん」

 「……そうだな、愚問だった」


 肩を竦めて見せるティタン。早朝の薄暗い時間帯に出発し、今や日が落ち始めようかと言う頃合。ここまで強行軍を続けてきた。

 四度の交戦を経て被害は皆無だが、兵達は疲労の色が濃い。斥候を勤める熟練兵は特に負担が大きいようだ。


 しかし彼等にはそれを取り繕う余裕がある。ディマの自信を裏付けるのが、彼等の体力と練度だった。


 監視塔周辺の交戦地域まで大分近付いた。かなり遠回りで、そこいらを跋扈する魔物達を避けた行軍経路だったが、ティタンとイヴニングスターはとうとうそれを踏破した。

 ディマは斥候を走らせ兵達を小休止させる。程なくして戻った斥候の報告に、苦み走った表情になる。


 「想定以上に押されている」


 ディマ達が必死の思いで押し返した戦線はオーガ達の更なる攻勢によって再び押し戻されていた。

 人と魔物が押し合い圧し合い、僅か数百歩の距離を巡って心技体を振り絞る。苦しい戦況にティタンは不思議な懐かしさを覚え、不謹慎だが口端を歪めた。


 「敵は強いか」

 「何せオーガだ」

 「それでこそ価値がある」


 ティタンが目を細めて言えば、ディマも応える。

 歯を食い縛り、ギィィと歯軋りの音をさせながらディマは笑う。虎の二つ名に相応しい凶悪な笑みだ。


 「同感だ。ゴブリンを虐めて得られるような栄誉ならば、俺も俺の部下達も望んでいない」


 ディマは傍に控える部下に自身の手甲を外させ、羊皮紙を持って来させる。マントが泥まみれになるのも構わず四つん這いになり、それを地面に広げた。これまでの戦いで散々汗を掻き、汚物に触れ、汚れと言う汚れを浴びている。今更何を気にする事も無い。

 迫るグールを双剣で引き裂き、腸をぶちまけたりもした。血とグールの糞便、そして悪臭を浴びながら凄絶に兵達を煽り立てる様は、ティタンを微笑ませるに充分な雄姿だった。


 羊皮紙は地図だった。ディマがあれこれと書き殴ったらしく、乱暴な筆跡でインクが踊った様子がある。


 「あの不気味な群れもじわりと動いているようだ。背後を突けるぞ」

 「友軍は交戦中なのか?」

 「セラン川だ。巧みに攻め、時には隠れ、オーガ達を釘付けにしている」

 「……セラン川」


 ティタンは吐息を漏らした。セラン川、忘れ去るには早過ぎた。

 バルドが死んだ森の近くだ。ティタンはあそこで神々に誓いを立てた。


 「一月前、あそこで戦いがあった。名誉ある男が死んだ」

 「ほぉ?」


 ディマが眉を持ち上げる。唐突な切り出し方に意表を突かれたようだ。


 「成程、お前達は監視塔のレンジャー達の救援に向かい名を上げたそうだな」

 「思い出す程に惜しい。勇者ばかりが死んだ。俺は神々に彼等の死後の安らぎを願い、その代価として強敵の首級を捧げると誓った」

 「実に良い。戦いは激しくなる一方だ。機会は幾らでも訪れるだろう」

 「……戦士ディマ、無理にとは言わないが」


 立ち上がって羊皮紙を丸めるディマ。牡鹿の剣に手を遣り、その感触を確かめるティタン。


 「先鋒を任せて貰いたい。急な日程に付き合ったんだ、その程度は良いだろう」


 ディマの部下達は顔を見合わせた。先鋒は言うまでも無く最も危険な位置だ。これを願い出る傭兵など、彼等はこれまで見た事が無かった。


 「突撃の勢いは先鋒で決まる。途中で止まってしまえば戦いの流れが変わる。故に、勇敢で、屈強な者にしか先鋒を任す事は出来ない」


 詰まり。

 ディマはわざとらしく溜めを作った。


 「お前ならば文句は無い。任せたぞ、ティタン」


 ディマは羊皮紙を放り投げた。マントを翻らせ、部下達を睥睨しながら握り拳を掲げてみせる。


 「兵ども、遊びはここまでだ」


 休憩を取っていた兵士達が即座に立ち上がりディマの前で隊列を組む。五人で一列、それを組み終えた端から跪き、ディマの言葉を受け止める。


 「今日、俺達は四度の戦いの全てに勝った。だがあんな物は俺に言わせれば“おままごと”に過ぎん」


 でかい事を言う。ティタンはディマの大口を気分良く聞いている。

 バシャーの虎の名に相応しい威勢の良さ。これまでこうやって兵達を煽り立てて来たのだろう。指揮官、兵共に自信に満ち、気位の高い戦士団だ。


 そしてこの男は現状に満足していない。或いは、この男は決して満足しないのかも知れなかった。

 更なる力と、栄光を。ティタンにとって好ましい野心だった。


 「俺達が勝つのは目に見えていた。勝利が約束されているとしたら、如何な戦果も虚しいばかりだ。戦士の真の価値は苦境でこそ試される。そしてその時が来た。

  さぁ奮え兵ども! 北から攻め寄せる知能の無い馬鹿面どもに、バシャーの戦士の恐ろしさを教えてやれ!

  我等はイヴニングスター! その輝きは、奴等には消せぬ!」


 草原を越え、丘陵を越え、遠く山々に黒い鎧の精鋭達の雄叫びがこだまする。



――



 彼等はディマの命じるままに突破した。

不気味な静けさを保っていたオーガの群れ。ディマが追撃部隊と予想していた集団。

 次に周囲を奔放に走り回るゴブリン達。押せば押す程に逃げ散る語る価値も無い木端達。

 そして友軍に翻弄されながらも着実に追い詰め、戦線を圧迫していた魔物達の混成部隊。


 彼等は戦って、戦って、戦って、戦った。息すら忘れるほど苦しく、濃密な時間が流れた。



 ティタンは隊列の先頭に立ち夕暮れの荒野を行く。ティタンの後ろに多くの者が続き、半分程は大きな怪我を負っている。


 「散々に叩いてやった」


 横を歩いていたディマが言った。威勢は良かったが流石のこの男も疲労を隠し切れていない。

 ティタンは満足げに頷き、応える。


 「良い戦いだった。語り草になるだろう」

 「バシャー家が召抱えている歌い手にこの戦いの歌を作らせよう。ティタン、お前の働きも当然盛り込むからな、楽しみにしておけ」

 「冗談だろう? アンタ、とんでもない目立ちたがり屋だな」

 「命を懸けて戦った部下達に正当な評価を与えたいだけだ。今の世の中、黙って戦っているだけでは損をする。不誠実な者ばかりがのさばった結果だ」

 「……そうかもな」


 ふと、ディマが表情を消す。呆、と視線を泳がせ、思索しているようだった。


 「先程の戦いで、奇妙なオーガを見た」


 ティタンは当然食い付いた。


 「奇妙なオーガ?」

 「あぁ、お前は最前線で敵に囲まれていたから見えなかったかも知れないが、俺は確かに見た」

 「どんな奴だ」

 「黒い肌だった。体躯は他と比べて大分小さかったように思うが、周囲にオーガ達を跪かせていた。あんな奴は見た事が無い。オーガの指揮官かも知れん」


 黒い肌の小柄なオーガ?

 ティタンは堪らず大きく息を吸い込んだ。焦燥と喜びが綯い交ぜになった複雑な感情に身体が震える。


 「見間違いでは無いんだな」

 「目には自信がある。遠目だったゆえ大きさは断言出来ないが、少なくとも色は黒かった」


 そういった特徴を備えた存在に、ティタンは大いに心当たりがあった。


 「黒い肌、小さな体躯が、周囲にオーガ達を跪かせていた……か。成程、お前が次に何を言うか当ててやる。その黒いオーガは人骨を繋いで作った首飾りをし、手足には銀の鎖を装飾のように巻き付け、咆哮一つで魔物の軍勢を巧みに操っていた。そうだな?」

 「操っていたかどうかまでは分からん。しかし、その様子だとお前も見たのか」

 「いや、見ていない。だが、ソイツの事は知っている」


 沈む夕日を見遣り、次にティタンは北を見る。遠く巨大な山脈に雲が掛かり、異様な気配を放っていた。

 其処に蠢く魔物達、そして悪神達の意思をまざまざと感じた。


 「アークオーガだ。体躯の小ささなど問題にならない。奴は強く、賢く、素早い。周到さと狡猾さ、俺はオーガ達がそれを手に入れる事を悪夢と言ったが、正にその悪夢が……実体を持って現れた」


 少しの間一言も話さずに歩き続ける。背後から負傷者に肩を貸す兵士の声が聞こえてきた。

 彼等の声、鎧の擦れる音、風鳴り、…………そして遥かなる山脈に響き、遠雷の如くティタンの元に届いた何かの咆哮。


 ティタンは武者震いし笑みを浮かべる。強敵の到来に打ち震えているのだ。


 ティタンの立てた誓い。英霊達のため、神々に捧げるべき強敵の首級。

 正にそれに相応しい好敵手が現れたらしい。命を賭して戦うに相応しい相手が。


 拳を力強く握り疼く身体を宥めるティタン。ディマはそれに気付き、笑う。


 「ティタン、言葉の割には嬉しそうだな」

 「アンタもな。……恐らくアンタが思っている以上に苦しい戦いになるぞ」

 「侮るな」


 ディマは背後を見遣る。彼自慢の兵士達が其処にいる。

 傷を負い、疲れ果てていたが、誰一人として泣き言を漏らさない。彼等は今此処で敵の大軍が現れたとして、ディマの号令一つで喜び勇んで突撃するだろう。


 「宵の明星の輝きは、何者にも消せぬ」


 大した男だ、とティタンは評した。



 更に暫く歩き続けるとディマの放った斥候が戻ってきた。

 何か異常かと問うと、帰路上に小規模の部隊が待ち構えているらしい。


 「若者ばかりの部隊です。“ティタンを探しに来た”と言っておりますが」

 「だ、そうだが?」


 ティタンはディマに溜息を返した。


 「……奴等、物知らずのガキのように俺の尻を追い掛けて来やがったのか」

 「何も言わずに来たのか?」

 「まぁ、そうだが」

 「困った男だな。指揮官がそれではいかんぞ」


 ディマは心の底から呆れた、と言うような顔をした。ティタンは流石に心外だと感じる。指揮官でありながらグールやオーガと取っ組み合いを演じる男が口にして良い言葉ではない。


 ティタンは難しい顔をしながら先を急ぐ。少し歩けば弓を握り締め茂みに伏せる者達と、そこから少し離れた位置で隊列を組み、姿勢を低くした者達を見つける事が出来た。


 アーマンズが茂みから顔を出しティタンに向けて手を振って見せる。ティタンは彼等の様子を見て、まずは良し、と頷いた。

 どうやら教えた通りにやれている。斥候が茂みに伏せて不測の事態に備え、本隊は即座に隊列を組めるように準備しながら身体を休める。

 油断している様子は無い。まぁまぁ満足できる待機形態だ。


 「ティタン!」


 茂みの中から小柄な影が飛び出したかと思うと、ティタンに向かって一直線に駆けて来る。

 オーメルキンだ。彼女はティタンに飛び掛り、鳩尾に頭突きを食らわせるとぎゅうと抱き付いた。


 「お前等何をしてる」

 「また置いていった……」


 ディマがティタンの懐を覗き込む。


 「ほぉ……あの時の娘か。相変わらず情けない面をしている」


 オーメルキンがおずおずと顔を挙げディマに挨拶する。儀礼も何も無いオーメルキンに、ディマの部下達が眉を顰めた。

 ディマは彼等を宥め、隊列に停止を指示する。そうする内にロールフを初めとする傭兵達もティタンの元に集ってきた。


 「こりゃどういう事だ」


 片眉を跳ね上げながら言うロールフ。不満な様子を隠そうともしない。


 「何故アンタ一人で?」

 「急な出撃だった。お前達が付き合う義理は無い」

 「……前から一度、ゆっくり話し合う必要があると思ってた。良い機会だぜ」

 「何?」


 俯き気味にそっぽを向いていたアーマンズも、ニヤニヤと笑いながらそれに追従する。


 「シェフ、コレに関しては俺もロールフと同意見だ。アッズワースに帰ったら時間を取ってくれ」

 「ティタンには勝利の宴と戦死者の葬儀、後はペルギス司令との謁見に付き合ってもらう。暫く時間は取れん」


 予想外な所から予想外の口を挟むディマ。暫し彼等の視線が交差し、ディマはまぁ良いだろうと頷いた。


 「……と思っていが、譲ってやろう。ティタン、落ち着いたら連絡を寄越せ。此度の戦いの褒賞の話等もせねばならん」

 「気遣いに感謝する」

 「要らぬ礼だ。それより戦傷者を出来るだけ早く休ませたい」

 「……返す言葉も無い。帰るぞ、お前達。隊列をイヴニングスターの隣へ」


 言われるままに傭兵達はバシャーの兵達と並ぶように動く。

 隣り合ったバシャーの兵士達と傭兵達は、互いに相手の頭の上から爪先までじっくり検分し、鼻を鳴らした。


 「成程、傭兵と言っても多少はまともな部類らしい」

 「アンタ等こそ、兵士と言う割にはまぁ見れる身体をしてるじゃないか」

 「生意気な……」

 「舐めんなよ……」


 威嚇しあう兵士とロールフ。ディマは愉快気に笑い、ティタンは頭を振った。



――



 完全に陽の落ちたアッズワース。白い小鳩亭の井戸で水を組み上げ、ティタンは肉体を確かめた。


 腕に小さな傷を負っている。オーガの爪が掠った場所だ。ティタンとしては最も激しい戦いの場に居た心算だったが、結局傷らしい傷を負わなかった。


 背後から襲い掛かればこんなモンか。ティタンは頭から水を被り、その冷たさに息を吐きながら背後のロールフ達に問い掛ける。


 「で、俺と何を話したい?」

 「アンタのその態度についてだ」


 木箱に腰掛けていたロールフは地面を蹴って立ち上がった。

 更に井戸から水を組み上げ入念に頭を洗うティタン。悪臭を放っていたグールの血を漸く落とせた事に満足する。


 オーメルキンが乾いた布を持って来る。それを井戸の縁に掛けて、ティタンはもう一度水を汲む。


 「アンタは謎が多い。二月程度の付き合いじゃ分からねぇ事だらけだ」

 「俺だってお前らの事なぞ知らん」


 小鳩亭の壁に凭れ掛かっていたアーマンズが寄ってくる。


 「俺はアーマンズ。アッズワースの南、サジバルの谷に住まうユラトイの一族出身だ。ユラトイは古いしきたりを守る一族。過去、死人狩りの英雄トリマロイや、更に遡っては火の宝剣のロスタルカ等も輩出した」

 「ロスタルカ……。知らなかったな、サジバルの出身だったのか」


 ロスタルカの名はティタンも知っている。三百年前、クアンティン王の親衛隊長を務め様々な敵と激しく戦った。

 黒竜の信徒にしてクラウグスとの敵対者、亜人マヌズアルに奪われたクラウグスの火の宝剣を命と引き換えに奪還し、その逸話は今尚詩人によって歌われている。

 三百年前に名を上げた綺羅星の如き英雄達の一人だ。


 「だが何故いきなり」


 アーマンズは組んでいた腕を解き、掌を持ち上げてみせる。


 「俺の事が少しは分かったろ?」

 「うん?」


 便乗してロールフが話し始めた。


 「成程な。……俺はロールフ。王都ヴァンフェンの、プラウマーって言うそれなりに大きな商人の家に生まれた。親父は元傭兵で、お袋が親父を気に入って、親父はプラウマーに婿として入った。俺の剣と戦いの技は親父から受け継いだモンだ」


 分かったか、と偉そうに言うロールフ。誰も聞いては居ない。

 オーメルキンが不機嫌そうな顔をしながらも話し始める。


 「あたしは……オーメルキン。大体はティタンが知ってる通り。……でも、あたしはティタンの事、よく知らない」


 三人は揃ってティタンを見詰める。ティタンは布を被ると井戸の縁に腰掛け、小さな溜息を吐いた。


 若い奴のやる事は分からない。それに付き合う俺も俺だが。


 「俺はティタン。疚しい事は何一つ無いが面倒や混乱を避ける為に話せない事は多い。元は乞食で親の面も覚えてない。偉大な戦士に拾われ、鍛えられた」

 「ほぉ。……まぁパシャスの巫女様達の様子を見ていれば何か事情があるのは分かる」

 「しかし結局良く分からんままじゃねぇか。言う事もする事も一々芝居掛かってて妙に古臭いし……。古い一族で育ったのか? 地方には未だ古の神秘や言語を固守する連中が居るらしいな」

 「勝手に想像すれば良い。余り話す気になれん。それに、お前らだって大した事は話していないだろう」

 「またそれだ」


 ロールフはティタンに詰め寄る。若者らしいギラギラとした力に満ちた目が、ティタンの冷たい目を射抜く。


 「この二月、アンタの後ろを着いて来た。アンタの戦いの全てを見た。今まで言わなかったし、本当は今も言いたくないが……」


 背後でアーマンズが吹き出す。肩を振るわせて笑うアーマンズを、ロールフは舌打ち一つして後は無視した。


 「アンタはまぁまぁ……尊敬出来る男だ、俺の親父程度には。格好付けが過ぎるし、一々皮肉気で小難しい事ばかり並べ立てるが、それでもろくでなしの同業者達に比べれば万倍はマシだ」

 「くっくく……。俺も同意見だ。俺もロールフも、冗談の心算でアンタをシェフと呼んでいた訳じゃない。アンタとつるめば食いっぱぐれが無いと思ったからだ。人聞きは良くないが、信頼の一種だと思ってくれ」


 眉を顰めたロールフと、笑いの余韻を必死に消し去りながらアーマンズ。


 「アンタはどうなんだ。ここまで一緒に戦ってきて、まだ俺達を余所者扱いする気か?」

 「今アッズワースに何が起きてるか分かるか? 無数の魔物が溢れ返り、まだ見ぬ強敵達は虎視眈々と機会を伺っている。俺はそれらを叩く心算だ。ついて来れば死ぬぞ」

 「その時はアンタが上手く切り抜けてくれ。俺達が死ななくて済むように」

 「都合の良い話だな」

 「もう他の連中とつるむ気にはなれねぇ。アンタがどうしても嫌だと言うなら、仕方ねぇ。俺達は俺達だけでやっていく。此処で答えてくれ」


 ティタンは頭上を見上げた。青白い月がぼんやりと輝いている。


 不足の多い者達だが、心根までがそうだとは思わなかった。鍛えればきっとよく育つに違いない。


 「……他の連中は?」

 「意見はとっくに纏めてある。後はアンタが頷くだけだ」


 思えば、勿体つけ過ぎた。この若者達のことを本当は認めていた癖に。


 「後日、団結式を行う」


 ティタンの言葉に、ロールフはよし、と拳を握り締めた。望んでいた言葉を漸く得られたと彼は満足げに笑う。

 アーマンズも普段の斜に構えた様子をかなぐり捨て、ロールフと並び立って背筋を伸ばした。二人は若々しい情熱に満ちていた。


 「手に入れようぜ、名誉と栄光を! アッズワースで一番の戦士団になろう! 他のろくでなし共とはまるで違うって事を、知らしめるんだ!」

 「誰にも負けない男になる。詰まらない奴に頭を下げなくて良いように、誇りを貫けるように。アンタについていけばそれが叶う気がする」


 ティタンは拳を突き出した。ロールフとアーマンズがそれに応える。


 「全てはお前達次第だ。力の限り戦い抜き、力の限り生き抜くが良い」


 オーメルキンはジッとその様子を見ていた。揺れる瞳で、ずぅっと。


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