もう逃げねぇ6
ランゼー傭兵隊はひたひたと走った。松明のみを頼りに闇の荒野を行く。闇を見通す夜目の魔法を使えるのが指揮官バルドのみであったため、彼は隊列後方に控えて逸れる者が出ないように目を光らせる。
小雨と小さな風が傭兵達の身体を打つ。少しずつ、確実に体温を奪っていく。それ以前に彼等は丸一日を戦いと行軍に費やした後だ。疲労は蓄積されている筈だ。
だが、ここまでティタンの課して来た苦しい訓練は確実に傭兵達の糧となっていた。彼等は若さと意地、そして地獄の訓練の苦しみを武器に、進み続ける。
「点呼! アーマンズ、脱落者は?」
「………………大丈夫だ、全員居る!」
「良いぞ! 何度も言うが逸れるな! 松明を絶やすなよ! 指揮官、魔物の勢力が強い領域に入る! 警戒を!」
ティタンは隊列の横を擦り抜けると先頭に立つ。適正に乏しく夜目の魔法を使えないティタンだが、元々の視力はかなり良い。それに研ぎ澄まされた感覚は接近する魔物達を容易に捉えるだろう。
そして如何なる奇襲にも対応できる。夜、敵の領域での奇襲、遭遇戦に備えるとなれば、矢張りこの男以外には無い。
「オーメルキン、俺は隊列より前に出る。お前が此処に着け。アーマンズは側面を見ていろ。気を抜くな」
北の監視塔まで人の足、馬蹄、車輪が踏み鳴らした道。その左右の草が急激に高くなり、腰の高さ程までになる。
ゴブリンどもの領域に入った。昼に活動していたのはゴブリンだけだが、夜となれば何が出るか分からない。ティタンは牡鹿の剣を温存し、予備の剣に手を伸ばした、
がさりがさりと草葉が擦れ合う。風では無い。闇の中を俊敏に這い回る者が居る。
小雨の音程度で誤魔化されはしない。傭兵達は二列縦隊で左右を警戒し、互いの脇を守るように進む。
ティタンも周囲を充分に警戒しつつ、隊列よりも六歩先を進んだ。囮、釣り餌の役割だ。
獣の息遣いが聞こえた。周囲を取り囲まれている。
来るな、と感じた瞬間、ティタンは剣を抜き放つ。
「一匹」
右手前の草むらから狼が飛び出してきた。闇の中その全容は把握できないが、琥珀色の瞳だけがギラギラと輝いている。
ティタンは腰の左側から剣を抜き放つ動作そのままに右半身を引いた。左右の掌が上下逆になるような形で剣の柄を握り込む。肘を曲げ、身を引き絞り、突きの体勢。
す、と小さく息を吐き出す。その瞬間ティタンの左肩が狼と激突していた。突き出された剣は狼の腹から背までを貫通し、そのしなやかな筋肉と臓腑、背骨をするりと切り裂いた。
「二匹……」
突き殺した狼から零れ落ちた腸。それを踏み躙り更に前に踏み出せば新たな狼が顔を出す。
ティタンは目を細める。背後にも気配があった。狼が草むらを掻き分けて無防備なティタンの背に迫る。
「いや、三匹か」
しかしこの男の背が幾ら無防備に見えてもそれは勘違いと言う物だ。ティタンの左手が胸のナイフに伸びる。
身体を振り回しながら沈み込ませる。踏み込んだ足は左足。疾走する前方の狼の頭蓋に逆手に持ったナイフを打ち込み絶命させると、緩く剣を握り込んだままの右手をくるりと返す。
突き込んだナイフをそのまま手放し、左手を剣の柄尻に添える。
背後の狼は跳躍していた。
身体を半回転させる。前方の狼に踏み込んだ左足をそのまま後方へ踏み込む為の蹴り足に変え、繰り出される突き。
闇の中に閃く刃。三頭目の狼は心臓を一突きにされ、勢いそのままに吹き飛んでいく。
「(少々力任せだったか)」
ティタンは自省しながら剣を拭い、ナイフを回収する。周囲を走り回っていた気配は消え失せていた。
他の傭兵達にも数匹の狼が襲い掛かっていたようで、俄かに隊列が乱れている。
ティタンが損害を確認させようと声を発する前に、アーマンズが報告してきた。
「被害は無い。このまま行けるぞ、副長」
「上出来だ……。時間が惜しい、耳は捨て置け」
進軍は続く。素早く、最小限の敵だけを打ち倒し、只管に進む。
道中に交戦の形跡が無いかだけ気をつける。ジョーン・ランゼーが何事も無く監視塔まで辿り着く可能性は極めて低いが、同時に何の抵抗もしないという事は考え難い。
矢張り小雨が有り難かった。夜の闇の中松明の光りは目立つ筈だが、雨が臭いを消してくれる御蔭で魔物の襲撃が大分少ない。
「……あったな、これだろう」
監視塔までの大体の道程を消化し、夜明けも大分近くなった頃、ティタンは道から少し外れた場所に横たわる馬と……そしてゴブリンの死骸を発見した。血痕がかなり多い
交戦の跡だ。周囲に散らばるゴブリンの死体は七つ。その内五つは焼け焦げている。
馬の死骸は食い荒らされた後だ。ある程度時間が経っているようだった。
バルドが目敏く手掛かりとなる物を見つけてきた。顔は蒼褪めている。
「剣が落ちている。紋章はランゼー家の物だ」
「このゴブリン達、七匹の内五匹は全て同じ火の魔法によって死んでいるが……死体はそれぞれ離れた場所にある。ゴブリンと言うのは魔法を見ると即座に逃げ出す。その猶予すら与えなかったと言う事は、これをやった魔導師は中々の腕前だな」
「当家に炎の魔法の使い手は居ない」
「では傭兵か。まぁそこら辺はどうでも良い。手練の魔導師がジョーンの傍に居たのなら、上手く切り抜けたかも知れん」
ティタンの言葉にバルドは力を取り戻したようだった。一行は隊列を組み直し、更に行軍を続ける。
時折馬蹄の痕跡を見付ける事が出来た。足跡が消える程強い雨でなかった事が幸いした。
馬蹄の間隔はそれなりに広く、かなりの勢いで馬を駆っていたと推測出来る。
とうとう監視塔の付近まで到達した時、バルドは絶句していた。
夜目の魔法を使う事が出来るバルドは周囲の異変に気付いたのである。またティタンやオーメルキン、アーマンズ等、特に感覚に優れた者も、周囲の只ならぬ状況に気付いた。
「なんだこの魔物の群れは……!」
「消せ! 土を掛けて松明を消すんだ! 今直ぐだ!」
監視塔は周囲を膨大な数の魔物達に取り囲まれていたのである。
――
どうやら監視塔はじわり、じわりと魔物達の圧力を受けているようだった。ティタンは激しい違和と悪寒を同時に感じた。
バルドが夜目の魔法で確認する限り魔物達の数は百を優に超えている。大半はゴブリンだが、オーガもかなりの数混じっているらしい。
具体的な数としては十二体程。ゴブリンとの比率だけで言えば十分の一程度だが、その十分の一しか居ないオーガの方が強力だ。
「……知性を感じさせる動き方だ。投石の届く距離を行ったり来たりしてやがる」
「監視塔の連中は矢を使い尽くしたのか……。しかし、普通のオーガは攻めかかる時は迷ったりしない。凶暴性を剥き出しにして獲物に喰らいつく。……これはただの魔物の群れじゃない」
シンデュラの勇者が率いるワーウルフの軍団を思い出す。シンデュラの勇者は猛り来るワーウルフの凶暴性すらも抑制し、作戦すら用いていた。自らを囮にティタン達の隙を誘い、別働隊でその隙を突いた。
魔獣とは思えない知性が其処には確かにあった。
オーガとゴブリンの混成軍団によって行われているこのじりじりとした攻め。ワーウルフの軍団に感じた物を、ティタンは今ここでも感じていた。
「これは予想外の展開だぞ。ジョーン・ランゼーは?」
「……周囲に馬や人間の死体は無い。監視塔に逃げ込んでいてくれれば良いが」
「欠片も残さず奴等の腹に納まった可能性もあるな」
「クソ、何故こんな事になっているんだ……!」
ランゼー傭兵隊は魔物達の包囲網の外にある背の高い草むらに身を伏せ、息を殺した。小雨は未だに降り続いている。
僅かな身じろぎの音さえも憚られた。見付かれば終わりだ。逃げるしかない。ゴブリンだけ、或いはオーガだけならばまだ遣り様はあったかも知れないが、両方を同時に相手取るのは不可能だ。
しかし黙って引き下がるには早い。今日話した時、ディオは撤退を明朝だと言っていた。ならば彼女は監視塔に居る。
見捨てて撤退する気にはなれなかったし、そもそも彼女であればこの状況を打開する為に手を尽くすだろう。
「おい、ティタン」
バルドが慎重に敵を伺い、静かに言う。
「なんだ」
「……オーガの数が増えている。さっき見た時よりも二匹多い」
「そいつは悪い報せだ」
バルドの悪い報せは続く。
「今また一匹増えた。北の方角から向かってきている」
「成程な。連中、確かに知性を備えている。……監視塔をじわじわ圧迫しながら仲間を呼び寄せているんだ」
「……馬鹿な。奴等にそんな」
「数ヶ月前お前と同じような事を言ってた指揮官は、ワーウルフの軍団相手に散々な被害を出した」
「クソ、分かったよ。……何か方法は無いのか。このままでは……」
「焦るな。じきに日が昇る」
ティタンは天を睨み、そして遥か彼方にあるだろう東の山脈を睨んだ。
「夜はどう足掻いても魔物達の有利だ。主神レイヒノムの光の力が及ばない夜は、奴等を守護する悪神達の時間だからな。……俺が監視塔の指揮官ならば日の出と共に一点突破を図る。それ以外に道はない。……恐らく指揮官ディオも同じ事を考えているだろう」
「成程……」
「監視塔の兵士達は皆歴戦だ。それにレンジャーとしての優れた能力を備えている。彼等と協力すれば逃げ遂せるのは不可能じゃない」
「よし、ならばその瞬間に備えよう」
バルドは小声で傭兵達を近くに呼び寄せ、話した。
傭兵達は大規模な魔物の群れを前に緊張していたが、それが逆に疲れを忘れさせてくれる要因になっている。傭兵達は深く静かに集中し、戦いへ備えていた。
「状況は見ての通りだが、副長の見立てでは、監視塔の戦力は日の出と共に包囲の突破を図る。俺達はそれを援護する。質問は?」
「敵は? どれくらい居るんだ?」
真先に発言したのはロールフだ。尋常でない事態に巻き込まれているのは理解している筈だが、面つきは精悍で溌剌としている。
コイツ、窮地により力を発揮する類の男だな。と、笑うティタン。
その笑みを見せないように仰向けに寝そべる。小雨を防ぐ為にフードを被り、敵の存在など何とも思っていないような態度で身体を休め、質問に答えた。
「オーガが十五、そしてゴブリンが数え切れない程。今も少しずつ増えている。手強い相手だ」
「……勝てるんですかい?」
蒼褪めた傭兵。ティタンは矢張り、事も無げに言い放つ。
「勝つ必要は無い。少しばかり奴等のケツを蹴り飛ばして、後はアッズワースまで一目散だ。……指揮官バルドが見た限りでは、ゴブリンとオーガはそれぞれ別々に動いている。オーガの方は俺が受け持つ」
傭兵達はティタンの実力をまざまざと見せ付けられた。オーガに何の気負いも無く挑みかかり、ただの一撃で勝利し、高らかに勝利の雄叫びを上げたあの瞬間を。
血を浴びて吼え猛るティタンの姿は未だに脳裏に焼きついている。それを思い出せば恐怖は薄れる。「この男ならやる」、そういう確信が、傭兵達に安堵を齎した。
「幸運にも奴等は監視塔に集中していて俺達には気付くまい。雨も小雨ながらまだまだ降るだろう。出来るだけ身体を冷やさないようにしながら、戦いの覚悟を決めておけ」
言うだけ言って目を閉じた時だ。ティタンは女の声聞いた。
聞き覚えのある声だった。それは甘く耳を舐る。
首筋に吐息。覆い被さる温もり。
『お前の次なる伝説が刻まれる』
ティタンは突然自分の直ぐ傍に現れた謎の気配に驚き、牡鹿の剣を握り締めて身を起こした。
しかし誰も居ない。下げたフードを取り払い、小声ながらも焦りを滲ませた声でティタンは問う。
「なんだ、誰だ」
「……誰って、何がだ。何かあったのか?」
纏わりついていた暖かさは消えていたが、決して勘違い等では無い。明らかに何者かが身体にしな垂れかかっていた。
ティタンの舌打ちの音が草葉の隙間に吸い込まれていく。冷静になれば先程の声が何者なのか簡単に分かる。
女神パシャスだ。彼女の慈しむような、からかうような声が再び響く。
『ティタン、助言を与えよう』
「パシャス……助言だと?」
「ティタン? どうした? 何を言ってる」
血相を変えて起き上がったティタンにバルドが心配そうな顔を向ける。
女神パシャスの言葉はティタンにしか聞こえていないようで、彼等にしてみればティタンが突然一人芝居を始めたようにしか見えなかったのだ。
『我が信徒達にお前の後を追わせた。お前が世話を焼いている者達がしぶとく戦い抜けば、充分に間に合うだろう。
そしてそれに遅れて人間達も援軍を差し向けている。……どう戦うかは、お前の好きなようにするがよい』
「御節介焼きめ……。四六時中俺の事を見張っているのか?」
ティタンの悪態に返されるのは矢張り小さな笑い声だ。女神パシャスの吐息を再び首筋に感じ、ティタンは身を捩る。
妙に甘い匂いがする。何かの果実のような。
『ティタン、血を求めよ。このような小競り合いだけでなく、これから訪れる数々の激しき戦いの中で、本物の戦士の姿を示せ。シンデュラの下僕を打ち破った時の様に、だ。
気骨ある者はそなたの背に目覚めの時を知るだろう。アッズワース要塞が、この冷たく、厳しく、美しい北の大地が、嘗ての姿を取り戻す時が来たのだ。……お前は剣を掲げ、その魁となる」
居丈高な命令だった。偉大な神々の一柱に相応しい、戦士に更なる勇戦を求める激励の言葉だ。
かと思えばがらりと声音を変える。まるで熱病に侵されたようにか細く、陶酔を滲ませた淫らな声。
『楽しみだよティタン。お前が敵の血を浴び、熱く咆哮する度に……我は火照る。身体の芯まで』
「……忘れるな、アンタの為の戦いじゃない。……ん? おい、聞いているのか」
返事は無かった。それきりパシャスの声が響く事は無かったのだ。ティタンの表情は当然苦い。
言いたい事だけ言って後は知らん振り。女神パシャスの奔放さは相変わらずだ。
彼女が差し向けたと言う援軍が有り難いのは否定できない。そこがまた何とも言えないもどかしさを感じさせた。
ティタンは溜息と共にバルドに告げる。
「……援軍が来るようだ。パシャス教の」
「本当か? ……だが、一体どうやってそれを知った」
「女神パシャスが言っていた」
会話を聞いていたらしいロールフが慄く。
「女神パシャス……? 冗談だろう、それじゃまるで……」
偉大なる神々の内の一柱。慈愛の女神パシャスとは、闇を払う太陽とされる主神レイヒノム、冥界を守るウルルスン、その二柱に次ぐ名声と尊敬を集める偉大な神だ。
その神の言葉だと平然と……いや、些か忌々しそうに応えるティタン。
冗談でも、そうでなかったとしても、全く笑い事ではない。パシャスが神託を授けるのはパシャスに最も近しき巫女達か、或いは信仰の守り手、パシャスの勇者のみだ。
「さて……強ち嘘とも言い切れないのが何とも」
アーマンズは飄々としていた。パシャスの巫女達がティタンに対し、常軌を逸して献身的なのは周知の事実だ。その事を思えば、と言うのがアーマンズの感想である。
「……援軍は夜明けには間に合わん、宛てにするな。何にせよ俺達が敵を一撃し、監視塔の連中を脱出させる。それだけだ」
ティタンはフードを被り直しマントを身体に巻き付けると、今度こそ目を閉じた。
小雨は降り続いている。だがこれまで潜り抜けてきた過酷な戦場を思えば、こんな物はどうという事も無い。
――
無風。冷たい雨。暗闇と、そしてその向こう側から聞こえてくる魔物達の鳴き声。
頬に感じる草の感触。地に着いた手の上を虫が這う。灯り無く碌に見えもしない隣の戦友達と視線を合わせ、ぎこちなく笑い合う。声を殺し、息を詰め。
ランゼー傭兵隊は春の雨に凍えながら只管に夜明けを待った。草むらの中に隠れ潜む内に身体は葉っぱ塗れの泥まみれ。運の無い奴は魔物か何かの糞便まで踏み付けた。
確実に消耗していく体力と気力。激しい不快感。煌びやかな物は何一つとしてない。
その中で彼等は待った。太陽の光りを。
「夜明けだ」
うっすらと明るくなる。じわり、じわりと闇が払われ、曇天ながらも周囲が見渡せる程にまでなった。
「静かに身体を解せ」
ティタンは魔物達の様子を己の目で確認しながら傭兵達に命じた。
冷えて硬くなった身体を持て余していた傭兵達は、戦いの訪れを感じ各々それに備える。
「…………始まるぞ」
監視塔から声が上がり始める。無数の雄叫びだ。
それは段々と大きくなる。草原に轟き、雲を揺らし、段々と、段々と大きくなる。
戦いの雄叫び。激しい気炎が目に見えるようだった。ティタンの視界の中、冷たい空気と灰色の空、濡れた草原と無数の魔物達の中で、監視塔それだけが熱を持ってうねっている。
門が開いた。
馬に跨った戦士達が監視塔の覗き窓から矢の援護を受けて飛び出す。
数は、たったの五名。ティタンは息を呑み、拳を胸に打ちつけて天に祈りを奉げた。
「……見るがいいオーメルキン。死を恐れぬ戦士の姿だ」
「え?」
幾らなんでも監視塔に残された戦力がたったの五名やそこらと言う事は在り得ない。ならば、彼等は戦力を態々小出しにしたと言う事になる。
言うまでも無く決死隊だ。彼等は果敢に切り込み一人として生きては戻るまい。
ティタンはぶるりと震えた。寒さからではなかった。バルドの肩を掴み、ニヤリと笑って告げる。
「指揮官、彼等は決死隊だ。魔物の群れを引っ掻き回して監視塔の戦力を逃がす心算だろう」
「あぁ」
「俺は彼等の戦いに参加する。お前達はもう少し待て。監視塔の本体が動き始めたら、そこで加勢しろ」
「あぁ……ん? 今何て言った?」
バルドは思わず聞き返す。この男、平然としているが今何と言った?
「あぁ言う事をするから俺は監視塔やストランドホッグの連中が好きだ。……オーメルキン、もし俺が死んだら後は自由に生きろ」
「はぁ? ちょっと待って。……待ってよ」
「お前はもう戦士だ。後は、死に方を決めて置け」
「待ってってば!」
喚くオーメルキンの口をアーマンズが慌てて塞いだ。魔物達に気付かれたら台無しだ。
決死隊は早くも敵と接触したようで、気勢とゴブリン達の悲鳴が響く。
ティタンは拳で胸を打ち、額を打ち、そしてそれを再び胸に当てて真摯に祈った。
クラウグスを守護するいと尊き神々よ。後に続く者達の為に血を流した多くの英霊達よ。
彼等と、そして俺の戦いを見届けてくれ。女神パシャスの言うとおりこんな物は小競り合いでしかないが……。
俺はあの戦いに共感した。
「ではな、バルド。武運を祈る」
「待て、勝手な事を言うな」
「お前はジョーン・ランゼーの救出が目的の筈だ。それに邁進しろ。俺や傭兵達を此処まで付き合わせたんだからな」
ティタンは草むらから転がり出て走った。魔物達の視線は決死隊に釘付けで、一匹もティタンに気付かない。
決死隊はゴブリンの群れに一撃したかと思うと素早く馬首を返し、また別の群れに突撃する。慄き、狼狽したゴブリン達を散々に突きまわし、引っ掻き回す。
彼等の働きで魔物達の包囲が大きく撓む。オーガ達が動き出したのを見て、ティタンは吼えた。
「Woo!! Woo!! Woo!!」
天を突く雄叫び。全ての視線がティタンに集中する。
決死隊がティタンの姿を認め更に奮起した。先頭を走るのはストランドホッグ兵団の一人。共に戦ったティタンの事を忘れる筈が無い。
「お前かぁ! お前の雄叫び、忘れよう筈が無い!」
剣を握り締め、それを天に掲げる。薄暗い曇天の下でもティタンは輝く。冷たい雨の中でもティタンは燃える。
戦いがあるからだ。
「Wooooo Vaaaaaan!!」
ティタンは決死隊に呼応し、たった一人で切り込んだ。




