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もう逃げねぇ4



 ここ数日バルドは多忙を極めた。慣れない仕事、慣れない人付き合い。バルドは四苦八苦しながら難しい仕事をやり遂げ、漸く得られた開放感に大きな伸びをしていた。アッズワース政庁前での事である。


 そして正にそれを待っていたと言わんばかりに現れたティタンに肩を捕まれ、凄まれる。戦場で見せるような獰猛な笑みと共ににじり寄って来るティタンにバルドは恐怖を覚えた。


 「漸く身体が空いたようだな。今後は暫く隊と行動を共にして貰うぞ」

 「おぉ! そりゃそうだ、当然だな」


 ティタンが何を言うのかと少し身構えたバルドだが、その提案は実に当然の物だった。


 指揮官が隊員を慈しみ、鍛え、鼓舞しなくてどうするのか。バルドは今亡き騎士ルーメイアの薫陶によってそれをよく理解している。


 「訓練を任せきりにして悪かった。今後は俺も参加するぜ」


 ティタンは何も言わずにニタリと笑った。



――



 「さぁ走れ! どうした! 走れないのか?! それでよく傭兵になろう等と考えたな! だが安心しろ! 走れなくても走らせてやる!」

 「顔を下げるな! 前を向けぇ! 力を振り絞れ!

  俺について来い!

  俺について来い!

  俺について来い!!」


 先頭を走るバルドは指揮官としての意地で速度を維持していた。

 歯を食い縛り、目を見開き、全身に猛烈な汗を滴らせている。それが目に入るも気にしている余裕は無く、只管背後の傭兵達に渇を入れながら足を前に出す。


 最後尾をティタンが走る。遅れる傭兵のケツを蹴り飛ばし、オーガもこれ程ではないと思わせるほどの恐ろしい形相で追い立てている。


 脇腹を癒してくれたのがパシャスの巫女で良かったとバルドは心底感謝した。これ程早く回復したのは彼女達の御蔭であり、そうでなければ今こうして走る事は出来なかっただろう。寧ろ以前より調子が良い位だ。


 「どうだ! 革の鎧の着心地は! 重たいだろう! 走りにくいだろう! 喜べ! 直ぐにそんな些細な事はどうでも良くなるぞ!」


 二日目、バルドとティタンは当然約束を守り彼等に革の鎧を支給した。

 確かに安価で軽量な大量生産向けの革鎧だが手抜きでも何でもない。鍛治師が丁寧に製作した立派な鎧である。

 傭兵達も支給された当初は顔を綻ばせて喜んだ。しかしその翌日、鍛治師が彼等の為に革鎧のサイズを調整し直して再び現れた時、彼等は激しく後悔した。


 ティタンは鎧を着込み、得物を佩いて走るよう指示したのである。


 当然の話だ。戦いには完全装備で向かうのだから、訓練の段階でそうして置かないでどうするんだ? ティタンは平然と言い放って傭兵達を追い立てた。


 「畜生、きついな!」

 「その上……、化け物が……! 増えやがった……!」

 「クソッタレ、舐めるなよ」


傭兵達は先頭を走る指揮官に必死で追い縋る。ティタン程ではないがバルドも日々真面目に鍛え続ける優れた兵士だ。

 昨日今日故郷から出てきたような手合いに負ける訳には行かない。指揮官として、一人の男として。例え傭兵達の装備より尚重い鎧を身に着けていたとしてもだ。


 良いぞ、とティタンは呟いた。思っていたより走れるじゃないか。

 努力しているのは知っているがバルドは若い。その上指揮官としての資質は未知数だ。兵達が自然と従うような威風も、実績も無い。


 だから隊の誰よりも強く、タフで、勤勉な所を見せなければならない。誰よりも存在感を放ち、その実力を証明し、傭兵達に認められなければならないのだ。


 幸いにして体力と根性は問題ない程度に備えているようだった。前線指揮官が備えていなければいけない最大の物だ。


 「まだまだ行くぜ!」



――



 「ティタン様、どうかこのタボルの願いを」


 パシャスの巫女、タボルが尋ねてきたのはその翌日だ。


 パシャスの巫女の内ティタンに鬱陶しくもべったりと張り付いているのは五名。アメデューに似たあの女が筆頭格で、その指揮下に他の四名が居る。

 そしてこのタボルはその四名の纏め役をしている。アメデューに似た女の副官、と言うと多少事情が違うようだが、兎に角巫女達の中でも特に発言力が強いようだ。


 彼女はティタンの訓練する傭兵達にパシャスの愛を伝えたいと申し出てきたのである。早い話が布教活動だ。


 「…………それは俺の決める事じゃない。決定権は指揮官バルドにある」


 別に悪い話と言う訳ではなかった。偉大なる神々への信仰は人の悪しき感情を封じ込めてくれる。


 乱暴で無教養、品も知性も感じさせない傭兵達。彼等に多少なりとも人間らしい心を芽生えさせてくれるのが信仰だった。ティタンもその重要性は理解していた。


 「断る理由は無いだろう」


 頭から被った井戸水をぼたぼたと垂らしながらバルドは言った。内心、パシャス教の最上位に近い階位に居る巫女が直々に尋ねてくる事に尋常ではない物を覚えていたが、部下の目がある事を思えば冷静さを保つ事が出来た。




 「パシャス様は聖者アエライに応えた。『ならば我が与えよう。雨を与えよう。緑を与えよう。地母神がお前達を愛さぬなら、我が愛そう。お前達の苦難の道程に、我が応えよう』

  聖者アエライをパシャス様は愛された。聖者アエライの連れた貧しき子らを、パシャス様は愛された。

  『我は血と心臓に掛けて、それを行う。何故なら我はパシャス。お前達を愛しているから』 ……聖者アエライと彼に従った貧しき子らは安らぎを約束されました。彼等の誠心を、パシャス様はお認めになられたのです。

  母が子にするように、パシャス様は我等を愛してくださいます。辛くとも、苦しくとも、忘れてはなりません。貴方は孤独ではありません。貴方の隣人も、孤独ではありません。

  貴方が居て、隣人が居て、そしてパシャス様がいらっしゃるからです。

  ……さぁ、初日なので今日はここまで。余り長々と話しても退屈だろうから」


 厳かに経典……教養の無い者の為に多分に易しく改変された物だが……それを読み上げ、タボルは顔を上げた。


 清廉な空気を纏っている。彼女の周囲だけハッとする程空気が澄んでいて、彼女の優しげな青い眼差しは巷に伝わる女神パシャスの慈愛が乗り移ったかのように穏やかだった。


 座り込んだ傭兵達の中から一人、タボルに尋ねる。


 「愛って……どんなモン……ですかね」


 まぁ、とタボルは驚いたような顔をした後に微笑む。


 「貴方はきっと深く悩んでその質問をしたのね」


 全て見透かすような視線。傭兵は俯き、頭を掻く。


 「俺の……母ってのは……俺を捨てたんです。俺が本当にガキの頃で、そん時はよく分かんなかった。……気付いたら原っぱに一人置き去りにされてて……」

 「……よく生き延びたわ。私はパシャスの巫女として、貴方が今此処に生きていることを嬉しく思う」

 「俺には分からない。母の愛ってのは……。愛ってのは、何だ?」


 タボルは大仰に経典を掲げる。白い燐光が彼女を取り巻き、それは風に舞った後地面に落ちていく。

 神秘的な光りにティタンは鼻を鳴らした。見栄えは良いが、それだけだ。


 僅かでも奇跡染みた物を見せてやればそれだけで遣り易くなるんだろう。ティタンはそこまで考えた後、頭を振った。


 悪く考え過ぎか。


 「探しなさい。求めなさい。パシャス様は応えてくださる。

  人は不思議な物ね。目に見える物でも、手で触れられる物でも無いのに、愛の存在を信じそれを欲しがる。

  ……もう一度言うわ。パシャス様は応えてくださる。貴方の声は必ずや届く。貴方が神々と人々に対し真摯であれば。

  だから……今は悩まなくても大丈夫。力の限り生き抜く内にそれを知る時が来るでしょう。……御免なさい、答えにならなかったかしら」


 傭兵は顔を上げなかった。他の者達も神妙にタボルの言葉に耳を傾けている。

 普段反骨心を隠そうともしないロールフですらタボルの説法に聞き入っていた。


 ティタンとバルドは頷き合った。ティタンは些か不満げだったが。


 「ふん、凄い効き目だ、女神の愛って奴は」

 「ティタン、不敬だぞ」

 「……すまんな」


 まぁ何にせよ効果はあった。山出しの乱暴者達でも、こういった事を続けていけば多少は道徳や倫理観と言う物を身に着けるだろう。


 ティタンは肩を竦めた。今日の訓練は少し軽くしてやるか。



――



 「兎に角普通じゃねぇ、化け物だアイツは。……歴戦の傭兵ってのは皆あんな感じなのか?」

 「そりゃないな。ギルドの受付で聞いた話じゃ相当凄い奴らしいぜ。……えぇと……何だったっけな」

 「毎度の事だがまだ足がガクガク言ってやがる……」


 夜、街の酒場に繰り出してロールフ達はあーだこーだと言っていた。訓練が始まって二週間程。ティタンと言う男は疲労の蓄積を察するのも上手いらしく、今の所ロールフ達は必要充分の休息を取る事が出来ている。

 二週間もあれば色々と慣れる。以前は訓練が終われば息も絶え絶えだったが、今は酒場で騒ぐ程度には体力が余るようになっていた。たったの二週間で目に見えて体力が付く筈も無いから、矢張り慣れたと言うのが正しいのだろう。


 この歳若い傭兵達が顔を突き合わせて話す事と言ったら矢張りティタンだ。自分達を心底から嬉しそうに虐め抜くあの恐るべき調教師への悪口、畏怖が専らの話題だった。


 「凄いって……詳しくは?」

 「忘れちまった」

 「おいおいその歳でボケたのかよ」

 「ロールフ! 待て、今思い出すからよ」

 「そういやロールフ、お前は奴と戦ったじゃないか。どうなんだ? 奴は強いのか?」


 酒の染みが転々と残る卓にロールフは杯を叩き付ける様に置く。


 視線の先で、同業者らしい男が酒場の給仕の娘にちょっかいを掛けている。

 娘は嫌悪感も露わに男の手を払って仕事に戻った。ロールフは舌打ちした。


 「ったく、嫌な事を思い出させやがる」


 ティタンとロールフの初日の立ち合い。まともな物にならなかった。

 ティタンはただ無造作に歩き、ロールフを力尽くで跪かせた。巨岩か絶壁でも相手に押し合いをしたかのような感覚をロールフは覚えていた。


 圧倒的な差を感じ取った。どう足掻いても無駄だと感じさせられる立ち合いだった。


 小汚い椅子に深く腰掛け、腕組みして唸る。そうして周囲の注意を引くと、身を乗り出して大仰に語って見せた。


 「俺の親父は傭兵だった」

 「知ってる」

 「そりゃ知ってる。知りたいのはお前の親父の事じゃなくて、奴の事だ」


 聞けよ、とロールフ。茶々を入れた者達は仕方なく黙る。


 「親父は強かった。俺達が束になっても敵わない。俺は親父に鍛えられたんだ。ゴブリンなんぞには負けないし、オークやワーウルフとも戦った事がある」

 「そりゃ凄い……。で、奴は?」

 「奴は強い」


 ロールフの答えは簡潔過ぎた。

 身を乗り出して聞いていた者達はガク、と肩を落として更に言い募る。


 「そりゃ強いだろうよ。どんくらい強いのかが知りたいんだ」

 「訳が分からないくらい強い。親父でも敵わないだろう。……言葉にしてみると自分でも信じられねぇな。俺達と大して歳も変わらねぇように見えるのに」

 「……」

 「何か、理屈を求めるのは無意味なんだと感じた。力や技がどうのこうのと言うような、そんなもんじゃ無い。“この男が強いのは当然だ”と言うような説得力を感じた。凄味があった」


 ロールフは分かり易い男だ。感情を隠さない。難しい事も言わない。

 それがこんなあやふやな言い方をしている。意味としては“よく分からない”と言う事なのだろうが、それ以上に何かを感じているのだろう。


 底知れない、と言う事だろうか。ティタンと言う男がただの傭兵ではないと誰もが気付いている。考えすぎたと笑い飛ばす者は一人として居なかった。


 「の、割にはいつも反抗的だな、ロールフ」


 騒がしい酒場の中にぽっかりと出来た静かな空間。暫し息を潜めるように沈黙した傭兵達の輪の外から声が掛かる。一同が視線を向ければ、同じ隊の同僚が居た。


 アーマンズと言う男だ。アッズワースの南にあるサジバルと言う谷の出身で、弓を使う。

 隊には他にも猟師の家系の出身だったりで弓を使える者は居たが、そういった者達からは特に一目置かれている。ロールフは目にした事は無いが腕前が他とは一段違うらしい。


 「アーマンズか……。まぁ強いのは認める。だが、それだけで媚を売る気にはなれねぇな。いつかは俺が勝つ」

 「いつか?」

 「いつかさ。今直ぐは無理でも、このままで終われるかよ」

 「お前のそういう所、あの人は気に入ってるみたいだな」


 アーマンズは頭に巻いた布を外しながら空いた席に着いた。


 彼は常に飄々としていて、その上で一歩引いた位置から物事を見ている。言動からは深い思慮が伺え、そういった所が相まって貫禄を感じさせた。

 隊の発足から数日後に合流してきた後発組だが、押しの強いロールフと共に既に隊の中心人物となっている。


 ティタンに何を感じているのかはロールフには分からないが、アーマンズの言動にはティタンに対する敬意が見え隠れしている。彼に一目置く一派はその関係からか、ティタンに対して凡そ従順だった。


 「さぁ今日も奢れよロールフ。支度金はまだまだ残ってるんだろう?」

 「……まぁ、お前には借りもあるし、良いぜ。恩に着ろよ?」


 眉を開いてとぼけた笑みを作って見せるアーマンズ。相変わらず掴み所のない態度だ。


 視線を外してその向こう側を見遣れば先程の娘と男がまた揉めていた。ロールフはまた舌打ち。あぁいう情けない手合いと同じような目では見られたくないもんだな、と溜息を吐く。


 アーマンズはロールフの視線を追い駆け、何が起こっているのかを把握すると、放っとけよ、とだけ呟いた。


 「確かに呑ませてもらってばかりじゃぁ悪い。その恩に報い、情報を教えてやる。……指揮官と副長が話しているのを聞いたんだが、そろそろアッズワースの外に出るそうだ」


 アーマンズの言葉に傭兵達は色めき立つ。


 彼等は若さと力に満ちている。自分の力を試したい気持ちは常にある。


 魔物達は恐ろしく全く油断ならない相手だと、ティタンは訓練中常にがなり立てている。だがそれでも戦いを求める心はあった。


 「とうとう実戦か。このまま永遠に案山子と仲良くさせられるのかと思ってたぜ」

 「行軍訓練だそうだ。北の監視塔まで隊列を維持して走る。……当然魔物も出る。油断は出来ないぞ」


 傭兵達も口々に強気な事を言う。


 「同じ所をぐるぐる馬鹿な犬みたいに走らせやがって、ティタンの奴をいつか殺してやると思ってたが……、こりゃ気晴らしになりそうだな」

 「そうさ、毎日死ぬ思いをしてるんだ。どうって事ないぜ」

 「魔物が出るのは大歓迎だ。指揮官バルドとティタンの糞野郎の御手並み拝見と行こうじゃねぇか」


 酒場の給仕が持ってきた酒を受け取り、アーマンズは目を細める。矢張りティタンへの反感は根強い。


 彼らは公然とティタンを罵倒し、不満を口にする。そしてティタンもそれを咎めるどころか楽しんでいる節がある。

 対して、バルドの事は大体の者が好意的に受け止めているようだ。ティタンは最後尾でケツを蹴り飛ばすが、バルドは先頭で皆を引っ張る。誰よりも早く走り、それでいて落伍者が出ればそれに肩を貸す。


 やっている事は同じだが、随分と印象が違う物だ。上手いやり方だよなぁ、とアーマンズは思う。


 安酒で口の中を湿らせて周囲の者達を見回した。眼光は鋭い。


 「人狼狩り」

 「あ?」

 「副長はそう呼ばれているみたいだな。……お前達は知らなかったのか?」

 「……ティタンの野郎の事か?」

 「本当に知らないのか、驚きだな。外を歩く時どんな風にしてるんだ? 耳栓しながら歩いているのか? あの人の話は何処にでも転がってるぞ」

 「なんだそりゃ。……そんなに有名なのか?」


 肩を竦めるアーマンズ。首を傾げるロールフ。


 人狼、と聞けば流石に驚きもする。オーガ、ワーウルフは他とは一線を画す魔物だ。日頃ゴブリンを相手に粋がっているような程度の低い奴は、ワーウルフが出たら無残に食い殺されるしかない。


 「一度に三頭を相手取り、しかも完全に勝利するそうだ。暫く前にワーウルフを標的にした討伐軍が編成されたが、其処でも抜群の活躍をしたと聞いた。……悪しき神の一柱が加護を与えた黒いワーウルフと一対一で勝負し、ただの一撃で葬り去ったとも」

 「噂話なんて大抵大袈裟なモンだが……法螺吹くにしたって限度があるだろ。そんな人間が居るかよ」

 「……そうかもな。ただ、黒いワーウルフが存在して、それをあの人が倒した、と言うのはパシャス教団が公式に認めている。パシャスの巫女様があの人にべったりなのも、そこいらに関係しているのかも知れない」


 ロールフは口を変な形に捻じ曲げた。馬鹿馬鹿しい大法螺、と断じる事が出来ない。


 ロールフは否定的な事を言いながらもアーマンズの話を信じ始めていた。ティタンならばワーウルフの一頭や二頭、軽く仕留めてしまいそうな雰囲気がある。


 アーマンズはロールフをからかう。ワーウルフを三頭纏めて殺す人間が実在したとして、その人間に勝つには一体どれ程の修業を積めば良いんだ?


 「面白くなさそうだな、ロールフ。寂しいのか? 副長が急に遠くに行っちまったみたいで」

 「あぁ? 何だそりゃ……鳥肌が立つだろうが。冗談じゃねぇぜ」

 「ふぅーん……。まぁ、俺にしちゃ良い雇い主さ。指揮官バルドも、副長ティタンもな。

  俺達のような右も左も分からない若造をまともに相手してくれるのはあの人達だけだ。支度金の事も、装備の事も、普通じゃ考えられない。

  訓練だってそうだ。傭兵を集めて訓練するなんて頭が可笑しい奴のする事だ。……それにあの人は、俺達を使い捨てにしないと約束してくれた」

 「口約束だがな」


 アーマンズは否定も肯定もしない。ただロールフの目をジッと見ている。


 畜生、俺だって分かってるよ、そんな事は。


 ロールフだって知っている。傭兵なんて物がどんな風に見られているか。

 そしてそれは傭兵達にだって責任がある。ロールフから見た自分の同業者達は酷い有様だ。

 自分だってとても上品とは言えないが、他の連中はそれに輪を掛けて下品だ。野盗と見分けがつかないような奴だってゴロゴロしている。


 クソ、とロールフは舌打ちした。視線の先でまたもや給仕の娘と男が揉めていた。娘は今度こそ我慢の限界に来たようで、運んでいた酒を男にぶちまける。

 男は当然激怒した。給仕の娘の腕を捻り上げ、ナイフを抜いた。


 あぁ言う奴が居るからだ。情けないったらないぜ。


 ロールフは即座に席を立つ。仲間達はロールフが何をしようとしているのか察して声援を送る。


 「やっちまえロールフ! ランゼー傭兵隊の恐ろしさを見せてやれ!」

 「ティタンのクソッタレに比べりゃ楽な相手だ」

 「ロールフ、大事にするなよ?」

 「テメェらさっきから目障りなんだよ!」


 男を振り向かせて問答無用に右の拳を叩き込む。足腰の入った良い拳だった。男はただの一撃で倒れ伏し、手足を複雑に絡ませた寝姿でピクリともしない。


 「よーし一撃必殺だぁ! それでこそロールフ!」


 わ、と歓声が上がった。娘に絡んでいた男の仲間らしき者達もロールフを囃し立てていた。彼等にしてみれば仲間の男よりも、今起きたスリリングな事件の方が大事であった。


 給仕の娘が大喜びでロールフの頬にキスする。ロールフは鬱陶しそうに娘を追い遣ると、何事も無かったかのように仲間達の元へと戻った。



 ティタンの事は気に入らないが、言っている事もやっている事も分かる。


 面白そうな顔をしているアーマンズが妙に癇に障った。



――



 夜、バルドの宿で酒を酌み交わしながら相談を重ねる二人。


 ティタンはギルドから買い取った地図を指し示しながら話す。


 「どうやら今年は拙いらしいぞ。魔物の増え方が尋常じゃない」

 「アッズワースに関して知識が無い俺には解らん。だがお前がそういうならそうなんだろう」

 「ゴブリンやジャイアントバットだけでなく、オーガなんかの強敵達も頻繁に目撃されている。ギルドから聞いた話だが、例年の1.5倍くらいは居るそうだ」


 明らかに異常な増え方をしているとテロンは言っていた。春から夏にかけて魔物達が繁殖するのは例年通りだが、数が常軌を逸している。


 既に北方の縄張りから溢れ出したゴブリン等が南下を開始し、アッズワースの軍団の一部やギルドもその対応に追われているようだ。まるで夏が前倒しで来たような有様だった。


 「北の監視塔も大忙しだな……。改修の予定を延期したらどうだ?」

 「俺の様な木端が口を出せる事じゃない」

 「何故? 曲がりなりにも戦士団の指揮官だ、今のお前は」

 「……本来ならば俺がこの役を任される事自体有り得ないんだ。ランゼー家の重臣の方々が領地を離れられないから、仕方なく数合わせとして俺が抜擢された」

 「まぁ、そうだろうな」


 眉を顰めるバルド。ティタンは慰めもしない。


 誰もバルドに期待などしていないのだろう。アッズワースで働けるランゼーの人材が余りに少ない為、バルドのような軽輩者でも使わざるを得なかっただけだ。騎士ルーメイアの薫陶を正しく引き継いだバルドが、現時点では適任だった。


 「だが、お前にとっては好機とも言える。アッズワースでは強い者こそ尊い。勇敢に戦い、醜い魔物達を退け、クラウグスを守る前衛となる者こそが」


 しかしそのままで終わらせはしないとティタンは密かに意気込んでいる。バルドは良い奴だ。少しの間行動を共にし、その事が良く理解できた。


 こういう男の為に戦うのも悪くない。魔物がどのような増え方をしていようが関係ないし、ジョーン・ランゼーがバルドに期待していようがいまいがどうでも良い。


 並み居る敵を討ち破り、武功を挙げ、名誉と栄光を勝ち取らん。この男を一人前の指揮官として押し上げてやる。久々に、ティタンに野心とでも言うべき激しい熱が湧き上がっていた。


 「……そうだな。騎士ルーメイアの代わりに、俺がランゼー家に名誉と栄光を齎す。そうさ、やってやるとも」

 「その意気だ。私見だが、お前は良い指揮官になりそうな気がする。……まぁ俺に任せておけ。お前に恥を掻かせない事を約束する」


 ふてぶてしく笑って盃を掲げるティタン。バルドがそれに応じ、カチ、と音がした。


 「魔物達のこの増え方、腕が鳴る。明後日の行軍訓練では油断するな」

 「良いだろう。ティタン、お前も準備を怠るなよ」


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