もう逃げねぇ3
「新入りばかりを十五名……ですか?」
ギルド登録したての若者を十五名斡旋して欲しい。ティタンの要求にテロンは首を傾げた。受付で今日も今日とて羊皮紙の束と格闘していた彼は、仕事を中断してティタンとの会話に集中した。
彼にとっても興味深い話だった。ギルドは新入りの扱いに何時も頭を悩ませている。素行の悪い者ばかり集るのが傭兵ギルドだが、ギルドとしてはその現状に甘んじている心算は無い。日頃から彼等の意識を正そうと努力していた。
新参者の教育もその一環である。特に実績も、大体の場合は実力も持っていない彼等は何処に行っても歓迎されない。挙句甘言に乗せられて犯罪の片棒を担いだり、タチの悪い商人の食い物にされたりする。
ティタンに限ってそのような事は無い、とテロンも思ったが、理由に関しては興味がある。
「そうだ。ランゼー男爵家が傭兵ばかりの隊を作る。俺も創設に関わることになった」
「はぁ……はい? 部隊の創設って、貴方がですか?」
「まぁ、言うほど畏まった話でもない。傭兵を纏めて募集するのと変わらん。それの纏め役か……或いは指揮官の補佐と言うだけだ。……だが、俺がある程度の裁量を任された以上、使い捨てにはさせん」
こりゃとんでもないぞ、とテロンは唾を呑みこんだ。貴族が傭兵を募集するのはまだ良いとして、今の口振りから察するに、ティタンは雇われの傭兵隊長か副官と言う事か?
そんな役職を普通ティタンのような若手に任せたりはしない。軍を退役した百人隊長辺りを引っ張ってくる要事だ。傭兵を使うにしても、現役のシェフに声を掛けるだろう。
余程名が売れていて、信用があって、実力を認められている事が前提だ。貴族が、となればコネクションも必要になる。
とんでもないとんでもないとは思っていたが、まだまだカードを伏せていそうだ。テロンはまじまじと目の前の傭兵を見詰めた。
「話は分かりました。しかし何故新入りを?」
「即戦力を期待してる訳じゃない。そこいらで管を巻いてる連中が幾ら経験豊富でも、それがゴブリンを追い掛け回して満足していただけの経験なら不要だ。新入りどもを一から躾ける方が余程使い物になる。……鍛え甲斐のある奴を送ってくれれば嬉しい」
「成程」
言いながらテロンは離れた位置に置いてあった羊皮紙を引き寄せた。猛烈な勢いでそれを捲りつつ、思考をめぐらせる。
納得できる理由だ。ティタンがギルドの傭兵達に対しどういった感情を抱いているか当然テロンも知っている。それを思えば今回の依頼は逆に自然だ。
ギルドとしても全く嬉しい申し出である。新入りを鍛え上げてくれると言うなら給料を払ってもいいくらいだ。ティタンがそれを行うならば、振る舞いや素行についても期待できる。少なくともテロンは期待してしまう。
こいつは? こいつはどうだ? こいつはちょっと駄目だな。ん、この娘は良いぞ。おっと、こいつは素行が怪しい。
「十五人となると少し時間が掛かりますね、期限は?」
「可能な限り早く。出来れば明日にでも」
「明日までにとなると少し無理ですね。話の纏まった傭兵から随時そちらに送ります。どうです?」
「それで良い。それと……ランゼー家は傭兵の支度金を相場の二倍出す。ギルドにも多少謝礼を支払う用意がある」
「それは素晴らしい。……その条件で掲示板に張り出して公募しても?」
「それは止せ」
ティタンは首を横に振った。
「お前以外からの推薦は受けない。手間を掛けると思うが、一任したい」
クソ、この男。
口説き文句じゃないか。
「わ、かりました。上には伝えておきます。まぁ問題なく通るでしょう」
テロンだってそこそこ長くギルドに勤めている。海千山千の商人達には当然及ばないが、酸いも甘いも経験してきた。
だがこういう男に認められていると感じると、口元が綻ぶのを抑え切れなかった。煽てられてしまったな、とテロンは感じた。
「有望なのを送りますよ。ご期待下さい」
ティタンは満足げに頷いて踵を返す。テロンは早速羊皮紙の束の攻略に掛かった。
あ、と気付いてテロンはティタンを呼び止めた。一つだけ、どうしても伝えておかなければならない事があったのだ。
「……言っておきますが、その頑固なところまで教えないで下さいよ? 耳以外にもちゃんと持って帰ってきてくれる、優良な傭兵に育てて下さいね」
ティタンはもにゃもにゃと物言いたげに口を動かしたが、結局何も言わずに立ち去った。
――
テロンの仕事は迅速だった。要求を通した日の夜には契約に応じた傭兵の羊皮紙を持ってティタンの宿を訪れた。
数は十名。五名はまだ選定中との事だ。ティタンとして拙速が過ぎて妙な奴を送ってもらっては困る。テロンの仕事は充分……いや、破格と言えた。
何せ彼は一人でティタンの依頼をこなしている。ギルド職員としての仕事をこなしつつ、だ。
ティタンは早速バルドに報告し、練兵場の使用許可を得る。バルドの方も仕事に奔走していたようで、装備調達の目処を着けて来ていた。
「数打ちの剣や槍ならば兎も角、鎧は人間の身体に合わせなけりゃならん。鍛治師に頼み込んで見てもらえる事になった」
「上出来だな。倍の支度金に装備まで面倒見てもらえるとなったら新入りどもは感激するだろう。ある程度厳しくしても、見返りが見込めるなら連中は我慢する。早速明日から始めよう。お前も顔を出せ」
「分かってる。頼むぞティタン」
任せとけよ。
ティタンが依頼を受けてから二日、十名の傭兵が政庁の練兵場に現れる事になる。
綺麗にならされた土。木剣を打ち込むための案山子。弓の訓練の為の的。アッズワースの正規兵達は既に訓練を開始している。
その兵士達に囲まれて落ち着き無く周囲を見回している十名がそうだった。彼等は眩しい朝焼けの中で互いに顔を見合わせたり、地面に座り込んで難しい顔をしたり、兎に角見ていて見っとも無い。
しかしそれらは置いておき、ティタンはまず十名がきちんと揃っている事に関心を覚えた。
今の時代の傭兵なんて生き物はだらしないのが普通だ。何人かは遅れてくると思っていた。何事も初めが肝心だから、今が朝なのか昼なのかも分かっていないような間抜けが居たら厳しく躾ける必要があった。
しかし手間が省けたようだ。ティタンは恐ろしい笑みを浮かべる。
これからこの見込みある若者達を、死に掛けの虫けらのようになるまで扱き倒してやるのだ。
「並べ」
ティタンは彼等の前に立つと前置きも無く命令した。当然彼等は訝しげな顔をする。
明らかに正規兵ではなく、傭兵としか思えない装いの者が唐突に現れ、偉そうにしている。彼等の反応は当然だ。
「なんだてめぇ」
「ティタンだ」
「ティタン? おいおい、本名か?」
「生まれてこの方ティタン以外を名乗った事は無い」
「あぁそうかい。……で、並べってのは?」
ティタンと言葉を交わすのは若者達の中でも一際大柄な青年だ。腰に使い込んだ様子の剣を佩き、手には蛸がある。
多少は戦いの心得があるようで、気も強い。鍛え甲斐がある。ティタンは冷たい目付きで威圧した。
「これからお前らの面倒を見てやる。何も喋れなくなるまで走り回らせ、腕が上がらなくなるまで武器を振らせてやる。お前も傭兵なら格の違いくらいは察したらどうだ。……並べ、二度目だぞ」
青年の狼のような険しい目付きが心地よい。ティタンはニヤリと笑ってみせる。
朝の冷たい風。僅かに水を含んだ空気に石壁は塗れ、光を跳ね返している。練兵場のならされた土の上でずるりと足を捻れば、足裏に力が篭り地面に吸い付いたような感触さえする。
少しだけ、ティタンは待った。極めて自然体だった。そのティタンを睨みつけていた青年の額に汗が浮かぶ。彼は知らず知らずの内に唾を呑みこんでいた。
「お前が先頭だ、それ以外は適当で良い。さっさと並べ。……もう三度目だ」
青年はティタンに何を感じたのか、先程まで攻撃的だった口をピタリと閉じて指示に従う。ティタンの五歩前に立つと背筋を伸ばした。
成り行きを見守っていた他の者達は互いに顔を見合わせる。
「詰まり……俺達の纏め役って事か?」
「さぁ……。でも剣も鎧も良いモンだし、そうなんじゃねぇかな」
二人が続いて並ぶ。三人が並べば後は自然に従った。ティタンは鼻を鳴らすと列の右横に移動し、一人一人の顔を睨み付けた。
「指揮官殿、きっちり十人揃ってる。頼む」
ティタンの言葉に従い、後ろで腕組みしつつまっていたバルドが進み出る。
新調したらしい鎧に赤いカトリン。肩から背中の半ばほどまでは革のマント、腰から脹脛の辺りまでは長いスリットの入った革のスカートで覆っている。
本人の堂々とした態度もあり、誰が見ても納得出来る指揮官の装いだ。バルドはティタンよりも前に立ち、傭兵達と向かい合うと、短い訓示を述べた。
傭兵相手に長々と話しても仕方が無い。傭兵達に、「無駄なことが好きな馬鹿」と侮られるだけだ。
話すべき事は他にもある。
「俺はバルド。アッズワースでは異例であるが、お前達十名を隊として扱い、その指揮官となる者だ。この隊は数日中に五名が増え、場合によっては更に増員が在り得る。契約の内容はギルドから聞いてきたな?」
誰も声を上げない。バルドは続ける。
「良さそうだな。……俺は忠実な者には気前が良いが、法を何とも思っていなかったり、意味も無く歯向かったりするような奴に容赦はしない。賞罰は正確に、厳しく行くぞ。お前等が間抜けで無い事を祈ってる」
若い指揮官、若い副官、そして若い傭兵達だけで、新たな部隊とする。侮られる要素をこれでもかと盛り込んだ目も中てられない戦士隊だ。
流石のバルドも胸中には不安を抱えていた。しかしやるしかない。
ティタンに目を向ければ、彼もバルドを見ていた。ぼそりと二、三話し合う。
「指揮官、装備はいつ?」
「鍛治師は明日にでも顔を出す。何せ急な話だったからな。……支度金の準備は当然出来ている。配ってやってくれ」
「承知した。こいつ等は幾らでも鍛えるべき部分がある。見た所大体は農家出身で、ぽつぽつと猟師が混じっているな。皆健康で頑健だ。ギルドも中々有望なのを送ってくれたらしい」
「嬉しい話だな。今日の訓練はお前に任せる。俺はこの後……あちこち回ってこなけりゃ……」
ふぅ、とバルドは小さく溜息を吐いた。ティタンはさり気無くバルドと位置を入れ替え、傭兵達に背を向けた上で小声で諫める。
「指揮官が溜息を吐くな。疲れた顔を見せるのも駄目だ。如何なる時もゆったり歩き、どのような戦況でも精力的で力に満ちているのが優秀な指揮官だ。少なくとも表面上はそう見せろ」
「む……、済まん。気を着ける」
言いたい事を言った後、ティタンはさも何も無かったかのように平然と傭兵達に向き直った。
「では指揮官、後は任せて貰う」
その顔にはおぞましい笑みが浮かんでいた。
――
「さぁ走れ! まだまだだ! 走れ! 走れ! 走れ!」
走ること。ティタンはまずそれから取り掛かった。練兵場の外周を猛烈な勢いで走らせる。遅れた者のケツを蹴り飛ばし、悲鳴を上げさせてでも走らせる。
走ることは陸上の全ての生き物の根幹だ。これが疎かになるような奴は死んで当然だとティタンは考えている。走ること。足腰と心臓をこれでもかと言うほどに虐め抜き、鍛え上げることこそ最も初めに行うべき訓練だ。
それをしておかなければ剣技を身に着ける前に冥界の神ウルルスンの御許へと行く事になる。オーメルキンを鍛えた時もまず最初は走らせた。彼女が見た目にそぐわぬ体力を持っていたからさっさと次の段階に移っただけだ。
若者達は当然直ぐにティタンへと歯向かった。集められて早々問答無用で虐待紛いの訓練をされたのだから、まぁ当然の事だ。
しかしティタンに立ち向かって打ち勝てるような人材がそこいらに転がっている訳も無い。若者達は結局力尽くで走らされた。
「どうした! もう走れないか?! なら肩を貸してやる! 良かったな、まだ走れるぞ!」
一人列から遅れ始めた小柄な青年。ティタンの見立てでは手抜き等ではなく、純粋に体力の限界に来ていた。
ティタンはその青年に肩を貸した。他の部隊の兵士達が大笑いしながら見る中、ほぼ全力に近い速度で距離を考えるのも馬鹿らしいほど練兵場外周を走らせた。
しかし、まだ許さない。肩を貸された青年は悲鳴を上げながらも走らされる。引き摺られているに等しい有様で。
ティタンが終了の号令を出した時、そのまま立ち続ける事が出来た者は一人として居なかった。ティタンは十名を直ぐ傍の井戸に順番に引き摺っていき、冷たい水の洗礼をくれてやった。
ぜひぜひと見栄も外聞も無く喘ぎながら一人の傭兵がティタンを罵る。早朝、ティタンと睨み合った体格の良い青年だ。
「ちく、しょう、化け物め。へ、……へいぜん、と、し、してやがる」
「悔しがる事は無いぜ。……お前たちも直ぐにこうしてやる」
「ふざ、けんな……。これ、……これが、よ、傭兵の仕事か、よ……」
「ふん。お前、自分が一端の傭兵だとでも思っているのか?」
ティタンは青年に言いながら防塵マントを脱ぎ、自身も水を被った。
「俺は軽装だが、それでもお前より重い鎧を着込み、途中でへばったお荷物を抱えてお前と同じ距離を走った。今お前は間抜け面晒して倒れこんでいて、俺は立っている。……どうだ、自分が一人前だと胸を張って言えるか?」
「傭兵の、仕事は……、魔物を殺す事だ、ろうが……」
「素晴らしい。それが可能か試してやる」
ティタンはまたもやニタリと笑う。
ティタンは即座に口論していた青年を立たせ、木剣を持たせた。自分も同様に木剣を取り、挑発するように革鎧を脱いでみせる。
青年は手首、肘、膝を守る為の革の装甲を纏っていたが、ちゃんとした鎧とは比べようも無い。ティタンがレッドアイの革鎧を脱いで漸く条件が互角になる。
荒い息を収める事が出来ていない青年と、既に呼吸を整え終えているティタン。互いに同じ距離を走り凄まじい汗を流したが、体力の差は歴然としていた。
ティタンは無造作に歩み寄って青年に打ち込む。技も何も無い斬り降ろしを受け止めた青年だったが、鍔迫り合いに持ち込まれそのまま力尽くで押し切られた。
ティタンは面白い事など何一つとして存在しないとばかりに無感動だった。青年は頭に血を上らせながらもギリギリで理性を保ち、ティタンを睨む。
「体力の無い戦士に何を期待出来る。腕力も、脚力も同じだ。今のは剣の技など何処にも介在しない立ち合いだった。何故俺が勝ち、お前が負けたか……もう良いな?」
青年は歯を食い縛ったまま目を閉じた。
「お前、名は」
「…………ロールフ」
「ロールフ、お前が先頭を走れ。……全員、支度金を相場の倍出すと言うのは聞いているな?! 今からまたお前らを死ぬほど走らせてやるが、このロールフを抜く事が出来た奴は更にその倍だしてやる! 抜かれなければロールフには三倍だ! どうだ、走りたくなってきたか?!」
ティタンの言葉に息も絶え絶えとなっていた傭兵達が俄かに力を取り戻した。
ティタンの体力も、実力も、……そしてその恐ろしさもこの短時間の内に思い知らされた。歯向かっても益は無いと理解したのだ。
ならば大人しく従った方が利口と言う物。場合によっては利益が見込めるとなれば尚更だ。
「さぁどうした! さっさと立て! 俺に手間を掛けさせるのが目的なら、裸に剥いて井戸に放り込んでやるぞ!」
日が傾き始める少し前、漸く地獄の長駆けは終了した。正規兵達はとっくにいなくなり、寒々しい練兵場に居るのはティタンと傭兵達十一名のみだった。
結局ロールフは根性で先頭を死守した。ティタンへの反感は尚あるようだったが、どうやら生来の負けず嫌いらしく、ティタンが勝手に押し付けた条件だったにも関わらず、彼は最後まで走りぬいた。……支度金に魅力があったのも確かだろうが。
倒れ伏した傭兵達を他所に一人ピンピンしているティタンは大きな皮袋を持って来る。中にあるのは銀貨。傭兵達の支度金だ。
「ロールフ、さっさと立て。お前の大好きな物を持ってきてやったぞ。……お前達はこれの為に、態々こんな事をしているんだからな」
銀貨を数え、きっちりと三十枚。三十万クワンだ。
通常新参の傭兵に支給される支度金など三~四万クワンあれば上等の部類である。五万などは異例だ。支度金だけ貰って逃げ出す者も居る事を考えたら、信用の無い傭兵相手なぞこの程度である。
しかしロールフの支度金はその破格の五万から計算し、倍にして十万。そしてティタンの出した条件を達成した褒美に、その三倍の三十万。
ロールフは目を白黒させている。ティタンは口端を歪める。
「何だ? 俺が約束を守らないとでも思っていたのか?」
「え、あ、いや……」
宣言しておく。ティタンは全員に呼びかける。
真直ぐな目で一人一人の目を見る。侮辱も軽蔑も無い。体力が貧弱で亀の歩みの如き走りだった者も居るが、そういった者も馬鹿にはしない。
誠実に、真摯に。彼等はまだ若い。侮られる事ばかりで実際能力不足が目立つが、それでも真剣に向き合うべきだとティタンは思っていた。
「お前達が他でどんな扱いを受けてきたかなぞ知らん。俺は興味も無い。だが、少なくとも俺や指揮官バルドはお前達を騙さない事を誓う。
妖怪染みた商人達、不誠実で口ばかり達者なお前の先輩達、小金や快楽にばかり夢中なごろつき達、お前達の事を頭から馬鹿にして舐めてかかる兵士達、そんな奴等とは、断じて違う。
お前達を騙さない。お前達を使い捨てにしない。鍛えてやるとも、一端の傭兵と言えるようになるまで。……お前達が俺や指揮官バルドに対し誠実で居る限り、そして常に正しい行いをする限り、お前達を守ってやる。面倒見てやる。
…………要らん事まで話し過ぎた。
さぁさっさと取りに来い! 他の奴等は十万クワンだ! 体力と根性の無さを悔やんで、次への糧としろ!」
悔やめ、と言われても……それでも十万クワン。
その日暮らしの傭兵が、それも実力も信頼も無い新入りが手にするには過ぎた金額だ。
彼等は銀貨を恐る恐る受け取り、互いに顔を見合わせる。
ティタンは難しい顔をしているロールフを捕まえ、耳元で囁いた。
「三十万も稼いだんだ、街に繰り出して他の連中に一杯奢れ。無駄に妬まれたくはないだろう」
「煩ぇな、分かってるよ……!」
ロールフの返答に満足げに頷くと、ティタンは最後に締め括った。
「今日の所はこれくらいにしておいてやる! 明日はお前達の為に態々鍛治師が来てくれる事になっている! お前達半人前の鎧を準備するためだ! これがどれだけ破格の扱いなのかは分かるか?!」
傭兵達は神妙な顔でティタンの言葉を聞いている。彼等もギルドからある程度説明を受けていたが、正直話半分だった。
支度金を倍くれて、鎧の融通までしてくれる。そんな上手い話が何処にある?
詐欺か何かかと疑いながら訪れた者も居た。大体の者は、嘘で元々、と投げ遣りな気持ちで訪れた。
だが支度金の話は本当だった。それどころかティタンの課題を達成したロールフは更にその三倍のクワンを手に入れた。元値から計算すると六倍だ。
ティタンは宣言した。堂々と。
騙さないと宣言した。疲れ果てた傭兵達は、ティタンの言葉を信じ始めていた。
「こりゃ……本当かも知れないな」
「そう……だな……」
傭兵達の囁き合いにティタンはまたまたニタリと笑って見せた。初日にしては上々の反応だ。
もっと反抗するかと思ったが予想よりも素直で扱い易い。……それはそれで残念な気持ちもあるが、従順なほうが楽なのは確かだ。
「さぁもう行け! 渡した金を好きに使って英気を養い、充分に食って寝て身体を休めろ! 俺はまだまだお前達を虐めたくて仕方が無いんだからな!」
追い散らすようにしてティタンは傭兵達を追い出す。傭兵達は何が何だか分からないとでも言いたげな顔だったが、それでもロールフを先頭に歩いていく。
ロールフが気を取り直し、気風の良い事を言って彼等を夜の街に連れ出すようだ。これで良い。
ティタンが見た感じではあのロールフと言う者が一番腕が立ち、見栄えがする。負けず嫌いな気性で良くも悪くも押しが強く、他の者から頼られる存在になるだろう。
思考を廻らせた後、ティタンは何だか懐かしい気持ちになった。アメデューの元で新兵達を調練していた時の事を思い出した。
新兵と言っても三百年前のアッズワースに配属されてくるような人材だ。面構えはふてぶてしく、大体は何処かの戦線でしぶとく戦い抜いた経験を持っていた。先達からの教えをよく聞き、自らの物とした優秀な兵士達。
ティタン如き若造、それも女のケツを追っ掛けてきた不埒者に顎で使われて堪るかよ、と誰も彼も自信満々だった。
そんな奴等とぶつかり合い、切磋琢磨し、最後には認め合った。ティタンは彼等を厳しく鍛え、また彼等から学ぶ事も多かった。
「(良き思い出の一つだな)」
ティタンの口元は綻んでいた。今日ずっと浮かべていたニタリとしたおぞましい物ではなく、至極自然な笑みだった。




