第七話
「はぁ……すごく注目されて精神的に疲れた……。」
「まぁ、お前の容姿だとしょうがないさ。お前程整っている奴なんてそうそういないな。だからこそ人攫いや男共には注意しろよ。どちらも身体目当ての可能性が高いからな。」
男にそんなことされるなんて冗談じゃない。
「……わかった。考えただけでもゾッとするよ……。」
いろんな人の注目を浴びながら(主にボク)大通りをジルに案内してもらい、やっとギルドに到着した。
「じゃあ、俺はギルドマスターに連絡とかあるからお前はこのまま受け付けに行って推薦状を渡してこい。そしたら後は向こうの指示に従っていたら登録出来るはずだ。」
そう言ってジルはギルドに入っていく。その後をついて行くようにボクも入る。
「おぉ、ジルが帰って来たぞ!」
「これで少しは安心出来るぜ!」
「こりゃ美味しい仕事はまた持っていかれそうだな。」
入ると同時にジルに声が掛けられ、ジルもその声に答えて手を振ったりしてさっさと上の階に行ってしまった。どうやらジルは有名人らしい。取り残されたボクは一人受け付けに向かって歩く。歩き出したボクにみんな気がついたのか様々な視線が突き刺さるも、なんとか受け付けに到着する。歩いている途中、身体中を舐め回すような気持ち悪い視線を感じたため、そちらを向くと柄の悪い男が3人こちらを見ながらニヤニヤしていた。
「すみません、ギルドに登録しに来たのですが…」
静寂の中、受付嬢にそう声をかける。その瞬間、周りがざわめき出したがわざと無視する。
「えっ……あ、ギルドへの登録ですね。こちらの用紙に必要事項を書き込んでください。」
「分かりました。それと、これなんですが……」
差し出された用紙を受け取った後、推薦状を取り出して渡す。
「推薦状ですね、拝見させてもらいます。」
そう言って受付嬢は推薦状を見ていく。そして、最後に推薦人の名前を確認ーー
「……っ!?」
ーー見事に固まった。
無理もない。推薦人の名前は先代国王であるジョセフであるのだから。
推薦状無しでギルドに登録した場合、どんなに腕が立つ人だろうと例外無くFランクからの始まりとなる。そうすると、折角戦力になるのにランクが低いせいで連れていけない……ということが起きてしまう。それを防ぐ為に推薦状は存在する。ここでの推薦状とは、ギルドに所属する高ランク者や貴族が腕の立つ新参者を実力相応のランクから始められるように便図を図るためのものだ。
「ぎ、ギルドマスターを呼んで来ます! さすがに私の手に負える推薦状では御座いません!」
そう言い、受付嬢は2階に駆け上がって行った。それと同時に、タイミングを見計らったかのように何人もの冒険者が「俺ら(私達)と一緒に来ないか?」と声を掛けてきながら詰め寄って来た。つまるところ、パーティへのお誘いだ。そして、聞いてもないのに自分達のパーティの良さを語り出す始末。ボクはどうやって断ろうかと思案しながら口を開く。
「お誘いは嬉しいのですが、私はまだギルドに登録してませんよ?」
「「「大丈夫! これはお誘いだから!」」」
……そう来たか。全くもって正論です。
「で、でも、皆さんの足を引っ張るかもしれませんし……」
「「「関係ない! 君(貴女)なら大歓迎!」」」
ぐぬぬ……なかなか面倒だ。どうやって断ろうかと考えていると、階段の方から冒険者達を制する声が聞こえてきた。
「お前達、一旦勧誘をやめろ。彼女、困ってるじゃないか。」
「まぁ、それもそうだな。済まなかった。」
「あ、いえ…」
冒険者の一人が素直に引き、他の人もそれにつられて元の場所に戻っていく。
「自己紹介が遅れたな。俺がここのギルドマスターのフレックだ。君の話しは聞いたよ。ランクBからのスタートを認めよう。君、続きは任せるよ。」
「わ、分かりました。」
そう言ってフレックさんはまた階段を上がって行った。
あ! 必要事項まだ書いてない!
急いで用紙の必要事項を埋めていく。それにしても、この世界の文字が日本語に見え、日本語で書けば自動でこの世界の文字に変換されるというのはほんと便利!
「あ、書き終えました。」
「分かりました。ギルドカードを作りますのでお待ちください。」
受付嬢は書き上げた用紙を持って奥に行き、暫くすると出てきた。
「では、こちらがギルドカードとなります。ご確認下さい。」
【ギルドカード】
名前 : エル
性別 : 女
二つ名 : (無し)
ランク : B
タイプ : 魔法使い
所属パーティ : (未所属)
備考 : カルディナ学院4S在学。
やっぱり記載されてる性別は女ですか……がっくし。
……ところで、なんで学院に入学してることをギルド側が知ってるのさ? あいつか!? あの変態学園長か!?
それにしても4Sという略し方、どこぞの板状携帯端末みたいな名前じゃないですか。
「間違いはございませんか?」
「はい、問題ないです。」
「分かりました。では、このままギルドカードは渡します。これで登録完了ですよ。頑張ってくださいね!」
「ありがとうございました。」
ぺこりと丁寧にお辞儀しておく。
さて、無事登録も終わったし寮に戻りますか。依頼を覗こうとしたらまた勧誘され始めるわでここにいても落ち着かないし……
そう思ってギルドから出ていき、暫く通りを歩くと、前方の人達が何かを避けるように脇に寄っていく。どうやら誰かが歩いて来ているらしい。近くの人に誰を避けてるのかを聞いてみると、
「ギルドに所属している3人組さ。平気で人は殴るわ、持ってる武器で人を脅して金を盗るわで素行が悪いんだ。やべ、近づいて来てる。絶対に視線を合わせるなよ。絡まれるぞ。」
言われた通りに視線を合わせないように顔を背けながらちらっとそちら側を見てみると、歩いているのはさっきギルドで気持ち悪い視線でこちらを見ていた柄の悪い3人組だった。
「おい、あの娘、さっきギルドにいた奴じゃないか?」
「おっ、本当だ。こりゃツイてるねぇ〜。」
「かなりの上玉だな。おい、お前!!
3人が会話をし、そのうちの1人が誰かを呼ぶのが聞こえた。ありゃ、あんな奴らの目に留まるなんて可哀想だな〜。
「おい! お前だよ!」
少し怒ったような声が男から発せられる。お前らに声掛けられても反応なんかしたくないでしょ。
「貴様っ……俺達を無視しようなんていい度胸してるじゃないか!」
男が怒鳴りながらこちら側に歩いてきた。近くにいる誰かかな?
「貴様だ!!」
「きゃっ!?」
背後で声がしたと思ったら腕を掴まれ、思いっきり人ごみの中から引きずり出された。
まさか驚いた時に出る声が「きゃっ」になる日が来たとは……早すぎるし!?
「俺達を無視したんだ、落とし前をつけてもらおうか。」
「へへっ、そうだな。これから俺達と遊びにいかねぇか?」
まだ日本にいた頃、不良に絡まれても怖いなんて格好付けていたが、実際ある意味不良にこうやって絡まれると凄く怖い。男同志であれば殴る蹴るで済む可能性が高いが、残念ながら今ボクは女。つまり、暴力以外の可能性も十分に高いのである。遊びに行くなんて100%嘘だろう。着いて行けばどんな目に合うのか……考えただけでもゾッとする。
「お断りします。」
恐怖を押し殺し、断る。
「あぁ? おい、聞いたか? 断るだってよ。」
「おいおい、お前さっき確かギルドに登録しに来てたんだよな? なら俺達先輩の言う事はちゃんと聞くべきだぜ? 遊びながらいろいろ教えてやるよ。」
「そうだそうだ。楽しく手取り足取り教えてやるからよ。」
ニヤニヤしながら言われてるので全く信用出来ない。それどころか下心全開なのがよく分かる。
「いえ、大丈夫です。間に合ってますので。」
こっちはゲームで既に魔物の情報は大量に持っているのである。そこらの情報屋よりも詳しい自身さえある。ギルド内での決まりなどについては受付嬢に聞けばいい。最悪、ジルに聞くのも有りだ。つまり、こいつら教えてもらう必要なんてない。
「では、これで失礼します。」
もう話す事なんて無いので立ち去ろうとしたその時だった。
「おい待てよ。」
「またなんなんで……「女の癖に俺達を舐めてんじゃねぇぞ新入りの餓鬼がぁ!!」……ぐっ!?」
男の怒声と共に腹部を鈍痛が襲う。腹部を蹴られたのだ。衝撃に耐えきれず、痛む腹部を抑えながら後ずさりしてしまう。
「おい、餓鬼。大人しく俺達従えば痛い目に合わずに済むぜ?」
「結構……です……。」
「聞き分けのない餓鬼だな。可愛いからって調子乗るんじゃねぇ……ぞっ!」
「うっ!?」
更にお腹を蹴られる。胃に入ったのかかなり気持ち悪い。
「おい、こいつどうするよ?」
「もう面倒な事は止めだ。今まで通りにすればいいだろ。」
「そうだな。さっさと裏路地に連れて行ってお仕事してもらおうぜ。」
「余興は口か? それとも胸……はないか。」
イラッ☆
そんな目でみるな! 無くて悪かったね!
……って、これは女性の悩みじゃん! なんでボクが気にしたんだろ。
そろそろ貞操が危ないので防衛手段を講じるとしよう。既に蹴られたんだから、魔法ぐらい使っても文句は言われないでしょ。ふふっ、お腹抑えながらでも魔法は使えるんだよ。
お腹を抑えながら『アイススピア』を発動して3つの氷槍を空中に浮かべる。もちろん、まともに当たれば重症は免れない程度の威力に抑えるのも忘れずに。
「あん? こいつ魔術師か。」
「たった3つで俺達の相手をするつもりか? 全く……笑わせるぜ。」
「抵抗する獲物を抑えてから犯すのも嫌いじゃないぜ。腕の1つぐらい覚悟しろよ。」
そう言いながら3人全員剣を抜く。
気がつけば両者共に臨戦状態になっていた。
「そこまでだ。」
一触即発の状況の中、突如場を制する声が響き渡った。声の方向を確認すると、ガタイのいい男……もといフレックさんが歩いて来ていた。
「げっ……ギルマス……。」
3人組が露骨に嫌そうな顔をする。
「ん? 君はさっきギルドにいた……なるほど、そういうことか。貴様らァ! 俺に現場を抑えられたってことは……分かってるよな?」
「ひぃぃ、どうかご勘弁をー!!」
見事な悪役っぷりである。
「許さん。さっき聞いたところお前らは同じ事を何度もしてるらしいではないか。しかもそれは許されない卑劣なことだ。特に女をまるで遊び道具みたいに……お前らはそれでも男か!? 人間か!?」
「そ、それは……「言い訳無用」ひぃっ!?」
「お前達3人ともギルドから追放だ。せいぜい牢の中で反省でもしろ。」
「ぎ、ギルマスさん! それだけはどうか!!」
「見苦しいぞ。」
清々しい程の一方通行だ。
「君、怪我の方はないか?」
「いえ、大丈夫です……。助けてくれて有難うございます。」
「そうか、なら良かった。そもそも君なら一人でもこいつらを倒せるだろ?」
黒い笑を浮かべながらわざと聞こえるように言って追撃しているあたり、フレックさんもなかなかの悪である。
「ところで、明日時間はあるか? 最近ギルドに入った人達で臨時パーティを組んで町外れの森にある城で実戦体験をしてもらおうと思ってな。」
ん? 城? そういえば、すっかり忘れてたけど、この町のすぐ近くにギルドホームを建てていたんだった。城みたいになったのはしょうがない。でも、まさかね……
明日は光の日……つまり、日本でいう日曜日にあたる日なので当然学院は休みだ。
「大丈夫ですよ。でもなぜ実戦体験?」
「ギルドに入ったばかりじゃ実戦に慣れてない人が多いし、負けを知らない人も多い。だから、実際に強敵と戦って貰うんだ。これは秘密だが、敵は吸血鬼で、このギルドに在籍するAランク全員で挑んでも勝てない程強い。」
……吸血鬼ですか。
「えっ……そんな強い吸血鬼の元に行くのは自殺行為じゃ?」
「まぁ、それが真っ当な意見だろうな。しかし、その吸血鬼は何故か人間に友好的でな、こちらに一切致命傷を与えずに戦闘不能にするんだ。それだけじゃない。あの城にいる吸血鬼は全員知性を持ち、人間を無闇には襲わない奴らばかりだ。」
「へ、へぇ……変わった吸血鬼達ですね……。」
「だろ? それとだな……彼らは全員、城の主の帰りを待っているそうだ。勿論主も吸血鬼だ。」
ふむふむ、みんなを放り出して遊んでるお城の主さんはいけない吸血鬼ですね!
「どうだ? 暇だったら行かないか?」
「勿論行きます!」
「よし、なら決まりだ。明日の朝9時にギルドに集合だ。遅れるなよ?」
そう言い、フレックさんは帰っていった。勿論馬鹿共を連れて。
はぁ……落ち着く日はいつ来るのやら。
そう思いながら学院寮に戻るのであった。