王女様の願い
とある小国の王家の食卓に王女様の声ががひびきわたる。
「なぜパンが白くないの! こんな黒くくすんだパンを私に食べろというの?」
王女は黒くくすんだパンを手にさけび声をあげる。食卓に上がった料理も一時期の王家の食卓に比べれば品素だと言うしかない。
「王女様。もう白い小麦が残り少ないのです。民は皆小麦を口にすることさえ難しくなっています」
王様に仕えているコックが身体を小さくして王女様に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で答えました。
「残り少ない? それではまだ王宮に白い小麦があるということでしょう? なぜまだあるのに私のために使わないのです?」
王女様の怒りはこのコックの言葉で頂点に達したようです。
「そ、それは……」
「まだあるのなら今すぐにでも白いパンを出しなさい!」
「王女様……」
コックはどうしたものか答えに困り、言葉が出てこない。さらに体を小さくするばかり。王女はいいことを思いついたとばかりにニヤリとした笑みを浮かべる。
「そうだケーキも食べたいわ。私、最近ケーキも食べてないわ。ケーキも出しなさい。待っていてあげるから料理も全てを作り直してちょうだい」
「そ、それは……」
コックは白いパンのことで頭がいっぱいになっていた。白いパンを作りさらにケーキも作るなどということは今の国の状態からは考えられなかった。
「何? 材料がないの?」
「あ、ありますが……」
と、言ったものの頭の中で材料を工夫しててみるけれどケーキなどできそうにもなかった。
「だったら。早く! 早く出しなさい」
「で、ですが……」
「この料理は皆でわけてちょうだい。私は待っているのよさあ早くしてったら」
もうこれ以上王女のわがままに付き合ってはいられない。そう腹をくくったコックに王女の最後の言葉が下される。
「もういいわ。ダニエル、この者を首にして」
王女は家来のダニエルを振り返りそう告げる。
「王女……もう次にこの国で料理を作れる者がおりません」
ダニエルは苦い顔をしてそう告げた。
王女様はこの国のコックを全て首にしてしまいました。コックだけではありません。ありとあらゆる職業の者をわがままを言っては首にしてしまいました。
「だったら国の外から探せばいいでしょう? 私は白いパンが食べたいの! ケーキも食べたいのよ」
「王女様今はそのような時では……」
「ここは王宮よ。どのような時もないわ。もういいわ。今日の食事はお終いよ」
目の前にある料理には手もつけずそう言って王女はその場から立ち去りました。
その場にいた皆は
「国王様がおられれば」
「王妃様がおられれば」
と心の中で叫びます。
もうこの国には白い小麦などほとんど残ってはいません。
ケーキなど夢のまた夢です。
この国がこうなってしまったのはすべて王女様のせいでした。
***
この国の王様は王女様が可愛くてなりなりませんでした。
王女様はかしこくそして美しく育っていきました。
王様の国には王女様しか国を継げる者がおりませんでした。
王妃様は王女様が幼い頃に亡くなっていました。どの家臣も新しい王妃様を迎えるように進言しますが、王には王妃様以外の女性は考えられませんでした。
王様はかしこくそして美しく育つ王女様に見合う環境を与えてあげたいと思っていました。
例えそれが自国のほうかいを意味していても。
となりの国の王子様との縁談は国を継げる者が王女様以外にいないこの国にとってはとなりの国の物にしかなる道はありません。けれど、王様にはもっとも王女様が幸せになる道を選ぶしかなかったのです。それが、民を不幸にする結果だろうとも。
王女様はとなりの国にお嫁に行きました。
王様はさみしくてなりません。王女様の結婚の儀式に出た後はもう会うこともありません。
けれど、王様はそれでも王女様を愛しておりました。王女様が幸せならばと思っておりました。
しかし、王様が結婚の儀式に出るために国を出発する前に王女様は家来のダニエルだけを連れて帰ってきてしまったのです。
「どうしたんだね?」
王様が戸惑いながら聞いた王女様の答えは簡単なものでした。
「となりの国の王子様も王様も気に入らないわ。私はこんな結婚はできません」
王様は怒る心よりもまた王女様に会えたことを喜んでいました。
けれど、家臣達は大騒ぎです。
「戦争だ。となりの国が攻めて来る」
王様は戦争の準備を始めました。
王女様のために。
この国の王宮には王女様しかいなくなってしまったのです。
王様が戦争に行った後、たった一人残った王女様は次々にわがままを言って城の者を首にしてしまいました。今では数少ない家来が残っているだけでした。
***
部屋に帰った王女の元に魔女が現れました。魔女はこの国の占い師をしていました。それと同時にこの国に幸運をもたらす魔法をかけていました。
ですがこのままではみんなが苦しむことになると思い王女様の元に訪れたのでした。魔女は王女様に言いました。
「このままでは国がほろんでしまいますよ」
魔女の言葉に王女はニヤリと笑いました。
「そんなことは魔女でなくてもわかるわ」
年老いた魔女は若い王女にそう言われて真っ赤になり言いました。
「王女様のしたことでこの国がなくなるのですよ!」
「そうではないのよ」
王女様は静かにそう言いました。
「どういうことです?」
魔女はそう問い返します。すべては王女様のしたことです。となりの国から結婚もせず帰って来たことで国は滅んでしまうのです。戦争のためにすっかり作物は育たなくなりました。すべては王女様のせいです。
「となりの国の王様は始めからこの国を狙っていたのよ」
「となりの国の王子様と結婚される予定だったではありませんか?」
「この国には王子はいない。他に王女もいない。この国を継ぐ者はいないの。私がとなりの国に嫁げば自然とこの国はとなりの国の物になる」
王女は悲しげにそう語ります。
「しかし……」
「お父様は戦争がお得意でも、政治は苦手なの。となりの国の王様のいいなりで私をとなりの国の王子に嫁がせてしまった。このままではとなりの国にわが国は乗っ取られてしまう」
「だから、帰って来られたのですか?」
「そうよ。戦争になればお父様はご自分の能力を存分に発揮なさるでしょう」
王女様はどこか誇らしげにいいました。
「ですが、そのために今民は苦しんでいます」
「そうね」
王女様は苦しげにそう一言言いました。
「でも、となりの国にほろぼされることを思えば……今は我慢してもらうしかないの」
「ではなぜなのですか? 次々と使用人を首になさっているのは?」
「少しでも国の負担をへらすためよ」
「負担を?」
「首になれば他国へと職を求めるか、農民にでもなるしかなくなる。そうなれば、少しだけれど国の負担を減らせるわ。それも少しだけれど。私にできるのはそれだけだから。豪華すぎる食事も手をつけないようにするとかね」
王女様はわがままを言ってほとんど食事をとってはいませんでした。
「王女……」
魔女は王女様の言葉に王女様の国民を思う気持ちを知りました。そして、魔女は王女様に進言しようとしていた自分の浅はかさを痛いほど感じました。
いうべき言葉を失い魔女は黙って王女の元を去るしかありませんでした。
そんな魔女に王女様は願います。
「戦争が早く終わってお父様が早く帰ってくることを願うわ。魔女の力でお願い」
***
戦争に勝った王様は王宮に帰ってきました。
民は大騒ぎを起こしています。
戦争により生活が苦しかったことを王女様のせいにしているのです。
戦争の間にした王女様の振る舞いは民の間に広まっていたのです。
「お父様。私を他国へ追放してください」
「し、しかし……」
「民はそうしないとはんらんを起します」
王女様の表情には迷いがありません。
王様はとまどいながらも決断するしかありませんでした。
その後王様は新しいお妃様を迎え、戦争を引き起こした王女様は国を追放されました。
***
追放された王女様にはダニエルが付き添いました。王女様のわがままに何も手を打たなかったために王女様と同じく追放されたのです。
王様はかわいい王女様を一人で追放などできませんでした。しかし、国民は王女様をうらんでいました。王女様を追放するしかありませんでした。王女様の小さな頃から一緒に育ち一番そばに仕えていたダニエルと一緒に追放することしかできなかったのです。
***
「ダニエル」
「王女様」
「もう私は王女ではないのよ。名前で読んで」
晴れやかな空の下の麦畑のそばで王女はそうダニエルに呼びかけます。
「アリエス……」
「ダニエル」
ダニエルの名前を呼びながら、アリエスはダニエルに微笑みかけます。どんな綺麗な衣装を着ている時よりもアリエスは輝いています。
「本当にこれでよかったのか? アリエス?」
ダニエルはみすぼらしい格好のままアリエスと一緒にいるのが恥ずかしくもありました。
「どんな宝石を身にまとうよりも私はあなたと同じ立場でいたかったのよ」
世界で一番の宝石よりも輝かしい笑顔でアリエスは微笑むのでした。ダニエルはそっとアリエスの手をとりました。愛おしい大事な宝物を手にするように。
二人は小さな土地を耕し麦畑を作りました。王女様の焼くパンは白くはありません。ですが世界中のどんなコックが作るよりも美味しいパンでした。
王女様の手はパンと同じく昔のように白くはありません。すっかり日に焼け日々の暮らしの中でくすんでしまいました。綺麗な宝石もつけてはいません。ですが、ダニエルはどんな国の王女様よりも美しいと思うのでした。