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死神の約束

作者: 藻野草

「約束だ」

「うん、やくそく!」

捻れた大樹の下で、言葉が交わされる。

それは決して違えられぬ約束。

命が賭けられた、約束。



  * * * * * *



昔の約束を、夢に見た。

なんの約束だったかは覚えていないが、大事なことだったのは覚えている。

「――なんの約束だったかも覚えてないのに、大事だったかどうかなんて覚えてるわけないじゃん」

布団の中で寝返りを打つ。

時刻は八時半を周っており、学校の朝礼にはもう間に合わない。

物音しない家の中には誰も居ないだろうと思い、彼女は居間へやってきた。

「……朝飯作るか」

台所でフライパンに火を入れて油を敷く。

茶碗にご飯を盛り、食卓の上に置く。

フライパンに熱が通るまで手持ち無沙汰になった彼女は、ふとさっきの夢のことを考えようとした。

「……薄っすらと覚えてはいるけど、うまく思い出せない」

まあ夢とはそんなものだと思い直し、油の上に卵を落とす。

じゅうじゅうと音を立てて白身が固まっていく。

ぼんやりとそれを眺めながら、これを食べたらまた布団に戻ろうと彼女は思っていた。





――今日も高校へ行かなかった。

罪悪感もあるが、それ以上に安心感があった。

己の城は安全だ。ある程度のストレスはあっても、城の外ほどじゃない。

原因は色々あったと思うけど、きっかけははっきりしてる。


なんかもう嫌になった。


そう思ってしまったら、いままでの我慢やらなんやらが無駄に思えてしまって。

思えてしまったら、努力なんてできなくなって。

いつの間にか学校にもまともに行かなくなってしまった。

昔から人は苦手だったし、友達に合わせて行動したり発言変えたりするのも嫌だったし。

うすぼんやりとした自分が嫌だった。

プラスであれマイナスであれ、自分の意思でなにかをしている今は、なんとなくの安堵がある。

何を言われても、自分の決めたことだからと思える変な自信を持っていた。

でも、誰も何も言わなかった。

親や教師は最初、どうかしたの?具合が悪いの?いじめられてるの?と心配してくれた。

でも、決して怒ったりはしなかった。

それが、罪悪感。

友達は何も言わなかった。

メールもなにも無くて。ああ、自分は別に居てもいなくてもいいんだなと思ってしまった。

それが、安心感。

今は、親も担任も誰も何も言わない。

気が楽かと言われれば楽だけど、えも言えぬ圧迫感はある。

親と顔を合わせるのも、なんだが気まずい。

日がな一日ぼぅっと布団の中にいるか、寝てるか、本を読んでるか。

そんな生活。

私は引きこもりなのだろう。

社会問題だとかなんだとか過剰に言われてた時期もあったけど、私の周りにはまるで居なかった。

まさか自分がなるなんて思っていなかったし、なってみると、確かにこんなのが増えたら問題だろうな。

そう思ってしまう。

思考は内に内に沈んでいき、ドロドロとしたものが胸の内に充満していく。

意識せずに世界は薄暗くなり、色褪せてしまう。

「気分転換に本でも買いに行こう」

生意気にもお小遣いを貰っていることに対して罪悪感を感じていたが、あえて気にせずに外出することにした。

歯を磨き、シャワーを浴びるために洗面所へ向かう。

時刻は午前十一時に近づいていた。



  * * * * * *



やっぱ運動するのはいいことだね。

私はテレビか何かで言われてたことを思い出しながら、アスファルトの上を歩く。

身だしなみを軽く整えて少量のお金を持ち、家を出た。

あまり大金を持ち歩くのは怖かったし、そんな遠出をする気もなかったからこれでいい。

家に篭ってる時に比べて、世界が明るい。

陽の下にいるせいもあるが、やはり身体を動かしているからだろう。

血の巡りが云々だったかな?そんな記憶がある。

「しかし思ったより寒いな……」

最近でも昼間は少し蒸し暑いが夜は肌寒い、そんな気温が続いていた。

まだ昼間は暑いかもと思って少し薄着で出かけたら、予想以上に寒かった。

何日か外に出ないだけでこんなにも変わるものなのかと驚いている。

まあ、早く買って早く帰ればいいか。

そんなことを思いながら横断歩道を渡り、本屋に入る。

平日の昼間だからか、道中に人の影はなく、店の中にもほとんど人は居ない。

さっさとなにか面白そうな本を買って帰ろう。

私は目的もなく本棚を物色し始めた。


小一時間本を物色した挙句、何も買わずに彼女は出てきた。

何冊か文庫を立ち読みしても、結局琴線に触れるものは見つからなかった。

収穫はなかったが、気分転換にはなったので良かったと思いつつ彼女は帰路に就く。

途中、ふと目についた公園に立ち寄って一休みをすることにした。

立ちっぱなしで足が痛かったので、ベンチに座って楽にする。

息を吐いて誰も居ない公園を見渡す。

公園の周囲には、葉が落ちた捻れた木が何本も植えられている。

昔は滑り台やジャングルジムなどがあった広場も、今は全て撤去された更地だ。

看板にはボール遊び、自転車、鬼ごっこなどが禁止されていると書かれていた。

では、ここで何をすればいいのだろう。

なにをしたらいいのだろう。

私は、どうしたらいいのだろう。

「こんにちわ」

突然声を掛けられて彼女は飛び上がった。

誰も見当たらなかったはずの公園に人が居たのだ、それは驚くだろう。

「こ、こんにちわ……」

驚きと恐怖から、掠れた声が出る。

誰だろうか、なぜ声を掛けてきたのだろうか、頭のなかが混乱してうまく整理できていない。

「そんな、驚かないでください」

その男は、少女の取り乱し様を気の毒に思ったのか、謝罪の言葉を重ねた。

「突然声を掛けてすみません」

「い、いえ。こちらこそ、その、すいません」

「私はあなたを覚えていましたが、あなたは私を覚えていなかったのですね」

「は?」

どういうことだろう。

どこかで会ったのだろうか。彼女は記憶を手繰る。

しかしこの男性に見覚えはない。

歳も離れているから学校での関係者ではないし、クラスメイトの父親というには若すぎる。

しかし、外見は若い風だが雰囲気がおかしかった。

丁寧ではあるが、こちらを思い遣っての行動ではない。

機械的で意思を感じられぬ物腰だった。

その目は黒々としていて、強固な何かが宿っている。

しかし、どこかうすぼんやりとした男だった。

「あの、どこかで、お会いしましたでしょうか?」

恐る恐る男に話しかける。

「ええ、会いましたよ。昔、会いましたとも」

「昔、どこで会いましたでしょうか?」

「昔、ここで会いました。約束したでしょう」

「約束……」

はっと彼女は今朝の夢を思い出した。

そう、約束だ。昔の約束の夢を思い出したのだ。

その約束の内容は――

「あなたはここで、首を括ってくれる。そう約束してくださった。

 私はずっと待っていたのです」

そう、あの日から私はこの公園にこなかった。

なぜだっただろう。約束があったのに。

「首を括るなんて、そんなこと出来ません」

「なぜ?約束したでしょう?」

その日から、私はなんだかうすぼんやりとしてしまった。

それまでにあった私は、なんだか遠い場所に行ってしまって。

私の残り滓が私を動かしていた。

「自殺なんて、できるわけないじゃないですか。そんなこと」

「家族に申し訳ないですか?でも、家族はあなたのしていることを肯定しているでしょう」

ぼんやりとした私は、自分のことが嫌いで、もう私なんて消えてしまえばいいなんて思った。

「それは、そうですけど……」

「最初はご両親も動揺するでしょう。突然のことには誰だって心が揺れるものです。

 しかし、あなたの行動をご両親は尊重しましょうとも。

 ほかの誰でもない、愛する子供であるあなたの選択ならば」

なぜ、私はなんだかもう嫌になったんだっけ。

なにが嫌になったんだっけ。

「そう、でしょうか?」

「そうですとも。誰かに言われたのならばともかく、自分の行動ならば後悔などしない。そうでしょう?」

そうだ。

なにもかもを投げ出してもいいほど嫌になったのは。

「そうですね。自分の行動に悔いはないです」

「よろしい」



  * * * * * *



朝のニュースをお伝えします。

昨日の夕方、〇〇公園で、女性の首吊り死体が発見されました。

身元は××市立□□高等学校に所属する――さんだと判りました。

発見したのは付近に住む住民の方で、昨日の夕方、散歩の途中に発見されたとの話です。

警察は後日、事件性がないかご家族の方や学校関係者などから詳しい話を伺うとのことです。

さて、次のニュースです――



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