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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第3章〈アヤメ〉
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(2.1)幕間.銀灰色の幻

※残酷な表現があります。

ご注意を。

 闇夜の静寂を破る怒号。

 連続する閃光のような光に照らし出され、恐怖に歪んだ醜い人間の顔が露わになる。

 右手に持つ剣は訴えかけてくる。


 人間を殺せ。

 もっと多くの命を。


 この剣の言う人間には、当然俺も含まれている。

 始双流の極致へと至るまで鍛えた、心技体をもってしても色金の武具を扱うのは容易なことではない。

 武術のみでマナのコントロールを行わなければならず、技の冴えを失うことは死に直結する。

 

 獲物を追い立てるように足を進めるたび、剣の放つ冷気によって凍てついた地面は、砂利を踏みしめるような音が鳴る。


 追い詰め、切り裂き。

 踏み込み、叩き割る。

 近付き、刺し貫く。


 首を刎ね。

 胸を断ち。

 腹を抉る。


 自分よりはるかに弱く、醜悪な者たちは叫び、地に伏せ、動かなくなる。

 彼らの手に持つ武器は遅く、この体には届きはしない。

 光弾を躱し、剣で弾く。

 散ったマナの粒子がチラチラと視界に揺れる。

 また一人、また一人と死体が増えていく。

 剣から伝わる増悪と飢餓感以外はまるで心に届いてはこない。

 どれだけ断末魔を聞こうが、命を奪おうが、心を痛めるという感受性は既にすり切れていた。

 

 やがてこの場所で生きているのは俺だけとなった。

 冷え切った地に佇み、自分の所業を振り返る。

 闇の中で浮かび上がる人の亡骸。先の見えない闇の中にはもっと多くの、それこそ無数に亡骸が晒されているのではないだろうか。

 疲れは殆どないが、そんな気味の悪い想像をしてしまった。

 この薄汚れた場所が、そう思わせるのかもしれない。

 

 剣を鞘に納め、白い息を吐き出す。

 僅かに照らされる月の明かりだけが、俺の所業の一部始終を見ていたのだとすると、ひどく滑稽な気分になる。

 

 これはただの殺し合いであり、誰の為でも、自分の利益の為でもない。

 殺したいから殺しているのだ。

 この腰の剣と同じだ。

 そうでなくてはならないのだ。

 

 

 丸太を組み合わせて作られた小屋に背中を預けて佇んでいると、人の気配が近づいてくるのを感じ、顔を上げる。

「いつもながら良い仕事で助かりますよ」

「そうかよ」

 俺の目の前には件のいけ好かないエセ商人がにこやかに佇んでいた。

 人里離れた狂信者たちの拠点を制圧した後、こいつの寄越した伝令へと制圧の報告を告げた。

 表面上は山里に存在するただのロッジ群。

 その地下には馬鹿みたいに広い施設が存在し、地下は一体いつから活動していたのかも不明なほど古い造りだった。

 最近も使用された形跡があり、目を覆いたくなる惨状の跡が刻み付けられていた。

 腐臭と血のシミ、何かわからなくなった生物の残骸。

 ここまで人間というものが歪めるのだろうかと、そう、考えてしまうような光景だった。

 

「あなたの殺しは綺麗ですからね。死体の数に対して血の量も少ないですし」

 気分が悪いときに、こいつの話は最悪な意味で精神に響く。

 いっそぶった切りたくなるが、中々に難しいだろう。

 商人、ルガートの後ろに控える鉄仮面の男。剣の腕は不明だが、こいつが連れまわしている者が弱いということはないだろう。それに武器の相性も悪い。

 

「これで、私たちから盗まれた装備品の殆どは回収できました。まさかトンネルの崩落から半年で歴史の暗部の一つを潰してしまうとは。あなたには感謝していますよ」

 ルガートが丁寧に腰を折り、頭を下げる。

 殊勝な態度だが、こいつが一番厄介な匂いがしていた。

 血の臭いや争いの臭いは全くしないのに、異常なほどの胆力を持っている。

 隠し玉の一つ二つは持っていてもおかしくない。

 結局は分からず仕舞いではあったが。

「そうかよ。なら、契約はここで終わりだな」

「ああ、待ってください」

 ルガートは慌てたように呼び止めてくる。

「参考までにあなたの今後の動向を聞かせて貰わせてもいいですか?私たちも個人とはいえ、あなたのような得体のしれない人間とは敵対したくありませんから」

 それを聞き、誰が言うかと思いはしたが、今更隠すようなことでもないと考え直し話すことにした。

「これからが本命の狩りだよ。まだ拠点を全て潰したわけじゃねえ。それに優先的に実働部隊を潰していた所為で幹部は殆ど生きているんだ」


 ルガートはその説明で納得したのか、一つ頷き答えた。

「成程。それが元々のあなたの目的ですからね。かわいい、かわいい青君と、その周りの人たちの安全のために命を懸けているわけですか」

「………」

「そう殺気だった目を向けないでください。これでも尊敬しているんですよ。あなたの武力と、愚かで不器用な生き方には」

 つくづくこの男は人の神経を逆撫でしてくる。

 殺し合いになろうとも構わないと思っているのか、積極的に殺し合いに発展させようとしているのか。

 どちらにしろ、期待通りの反応はしない。こいつの手のひらで踊るなどまっぴらだ。

 俺のこの考えも読んだ上の発言なのだろうか。

 ……駄目だ。難しいこと考えてると頭痛くなってきた。

「私たちとしても、古い因習に塗れた組織など潰れてしまえばいいと思っていますから、利害の相違はありませんね」

「そうかよ」


 私たち、ね。

 得体のしれなさで言ったらルガートたちの方がよっぽどだろう。

 こいつの組織の実体は既に把握してはいるが、こいつの動きは組織の意向とは微妙にずれている。

 どちらにしても、俺個人がどうにかできる規模ではないことは理解していた。


「支援が欲しいときはご連絡ください。このルガート、お得意様にはサービス料金で依頼を受けておりますので」

 ルガートはそう言うと無防備な背中を晒しながら、闇の中へと消えていく。

 俺はそれを最後まで見送ることなく、その場を離れた。


「平和を謳歌していれば、よかったものを……」

 

 風の音かと思ったが、確かに人の声だった。

 自分の声でもルガートの声でもない。

 そよ風のような小さな呟き。

 この場にいたも、う一人の人物。


「……喋れたのかよ、鉄仮面野郎」


 聞こえてきた言葉に、思うことはない。意味のある言葉とも思えなかった。

 何の気まぐれであの男は口を開いたのか。知りようはない。


 妙な気分のまま、山小屋を離れ暗闇の山道を下る。



 もっと、だ。

 もっと殺さなくてはならない。


 軽く触れたフランベルジュの柄から、こちらを呪うような感情の波が伝播してくるのを無視し、月の明かりで照らされた山道を下る。

 

 

 やさしい世界の中、大切な人たちが幸福であるなら。

 そう思えれば自分の存在にも意味があるのではないだろうか。

 極端かもしれないが、これだけが今の生の意味であり、俺を歪め、縛り付けているものたちへの復讐でもあるのかもしれない。

 復讐か、人助けか。

 今の俺にとって、そのどちらが本当なのだろうか。

 そんな分りもしない結論はずっと遠くに置き去りにして歩んできた。

 

 今も。

 

 これからも。



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