(1)強く早く2
スクビア連合国、コバルティア首国には「学府」が存在する。
大陸最大の学び舎であり研究機関でもある。
大都市並みの面積の土地を丸ごと研究棟や学園施設に当てている。
他国でも開発が進んでいない技術もあり、最も先進した都市でもある。
世界で最も有名な発明王、スター・スマイル教授が教鞭をとることでも有名だ。
華族の多く暮らすコバルティア首国にあって最も身分差の少ない場所であると言える。
「学びの礎」を唱っており、ここで学べないことはないとされている。
兵科であってもそれは同様であった。
「戦闘」を学ぶことが出来る。
将来の警邏隊、警備官、軍属を目指す者たちの多くが学府の門戸を叩く。
「異能」をその身に宿した者たちも例外ではない。
「ナディア!おめでとー!」
先ほどまで修練場で戦闘を繰り広げた少女、ナディアが赤土の地面から石畳の観戦席に戻ったところ、一人の少女が駆け寄る。
ナディアより頭一つ小さい女の子。麦色の髪を右側で結ったサイドテールをピョンピョンと揺らしながら満面の笑みをナディアへと向ける。
「ありがとう、リミ。応援よく聞こえたよ」
ナディアは駆け寄る少女の名を呼びながら感謝を告げる。
ナディアはようやく気が抜けたというように紅玉の瞳を細め微笑む。
同性であるリミだがナディアの顔を見て「あははは」と言いながら赤くなる。
遠巻きに二人の様子を見ていた観客たちも騒めきを起こしていた。
「ん?どうかした?」
リミの様子を不思議そうに眺めたナディアだったが、リミはブンブンと首を振り「何でもない、何でもない!」と笑って誤魔化した。
「それよりナディア、速く移動しよ!じゃないと…」
「おい!ナディア・ホーエイ・ジルグランツ!」
「ああ、遅かった……」
リミはがっくり首を落とし、声のする方向に半眼を向ける。
そこには先ほどナディアと戦っていた少年が荒い息を吐きながらこちらに向かって来ていた。砂色の髪や身に付けた服はバケツの水を被ったように濡れている。
「あ、ガストール君、お疲れ様」
ナディアは僅かに首を傾げながら少年、ガストールに声を掛ける。
基本的に修練場の構造上、試合後はお互い反対の出入り口から退場するためお互い修練場の端と端まで対戦者の距離が離れる。
試合が終わったばかりである為、ガストールは走ってここまで来たのだろう。ナディアは「タフだなー」と感心していた。
ガストールは何度か息を整え、腹から力強く叫んだ。
「いいか、今回は俺が負けた。だが!」
真剣な目でナディアを射抜きながら宣言した。
「次に勝つのは俺だ!」
力のこもった声には清しい気迫がこもっていた。
ナディアはそれにコクリと頷き、口元を挑戦的に吊り上げる。
「いいわ。何度でも受けて立つ」
ナディアもガストールに応えるよう言葉に気迫を滲ませていた。
ガストールはナディアの言葉を聞き満足気に頷いてから踵を返す。
集まっていたギャラリーが割れ、悠々とガストールは去っていった。
「ナディアも面倒臭い奴に絡まれてるよね」
「そうかしら?中々気持ちのいい男の子だと思うけど」
リミは難しい顔をつくり「まあ、いいんだけどね」と言いながらナディアと修練場を後にする。
試合が終了したのは夕暮れに近い時間帯だった。ナディアとリミは手早く身支度を整え、一緒に寮の食堂へ向かう。
少し早目ではあるが空いている間に食事をとってしまおうというナディアの発案だった。
ナディアたちとすれ違う学生たちはナディアたちを追うように視線を向ける。
羨望や憧れ、嫉妬。
好ましくない視線もあるが共通しているのは、彼女に惹かれているということだろう。
ナディアはこの春、中等部2年生になった。
年齢も14歳となり、少女から女性へと変貌を遂げつつある。
整った目鼻立ちは勿論のこと、色鮮やかな赤色の瞳や背中に波立つように揺れる黄金の髪。
類まれな容姿は人の目を引き寄せる。
凛とした雰囲気を持ちながら快活で、周囲の人間を明るくさせる。
最近では身長も1エーデル13セク(約160センチメートル)ほどと伸び、訓練での実力も相まって女性のファンも出てきているという。
本人の与り知らぬところでだが。
ある種異能者であるナディアも柔軟に受け入れてくれるというのは、学府の気質であり、学生の良いところなのかもしれない。
ナディアのルームメイトであるリミリル・パセットは、多くの視線を受けても気にした風もない友人と肩を並べ、ドヤ顔をしていた。
リミにも時折学生たちの視線は向かう。殆ど嫉妬の視線だ。
リミも十分に可愛らしい容姿をしているが、自分が友人ほど人を惹きつける魅力がないことは理解している。
それでもリミはナディアが大好きだし、その親友と言ってもいい自分を誇っていた。
全方位にドヤ顔を振りまきながら誇っていた。
その顔は中々に愛らしく、本気で嫉妬心を抱くようなものは滅多にいない。
二人が食堂に辿り着いたとき、食事をとっていたのは一組の男子だけだった。
「あ、ガストール」
リミは食事をしていた男子の内の一人をねめつけた。
「……ああ、お前らも飯か」
ガストールはかき込んでいた箸を止め、口の中のものを水で流し込んでから答える。粗野な見掛けだが意外に上品な面が垣間見える。
リミはそんなガストールの様子を見ている間に何を思い出したのかニヤニヤし出した。
「ねえねえ、ガストール。ちょっと私小耳にはさんだことがあるんだけどさ。あんた今度お見合いするの?」
「ガッフ!何言ってやがる、デ、デタラメ言ってんじゃねえよ!」
せき込んだ後即座に否定しようと顔を真っ赤にしたガストール。もうイエスと言っているような反応だった。
「照れるなよ、ガストール。自分より位の高い華族のご令嬢との縁談なんて滅多なことじゃないんだぞ」
「てめぇ、イヌマ!何どさくさに紛れてなに補足してんだよ!」
ガストールは目を剥き一緒に食事をしていた少年に掴みかかる。
ガストールに胸ぐらを掴みかかられながらも笑顔の少年は、細目で飄々とした印象だが体はガストール同様鍛えてあることが分かる。
ほぼ本気で掴みかかるガストールに対してもへらへらとした態度を崩さない。
「あ、本当だったんだ……。ちょっとからかおうと思っただけだったんだけど」
「ガストール君、お見合いするんだ」
ナディアは特に何の感慨もなく事実を口にしただけだった。
ある意味一番雄弁な言葉だった。
ナディアの発言からは殆ど興味らしい興味を感じられなかった。
「ああ、そうだよ!でも受ける気ねえっての。親父たちが勝手に盛り上がってるだけだよ」
ガストールも面倒そうにしながら律儀に事情を話す。
ナディアが「そうなんだー」と口にしたところでリミがナディアを誘い注文へと向かった。
隣ではイヌマがわざとらしく「ガストール、不憫な子!」と呟いていたが、ガストールには友人の言葉の意味は伝わっておらず首を傾げるだけだった。
暫くしてリミはナディアを連れてガストールたちと相席で食事をとる。
ガストールはその時何故かリミにデザートを一つ奢ってもらった。
「ねえガストール。なにか面白い話してよ」
「唐突に無茶言うなよ」
ナディアたちが食事を食べ始めてから暫くしてリミはデザートへ突入した。今日はさっぱりしたものが食べたかったのでカットフルーツを選んだ。
ナディアはまだ食事を続けていたがリミは精神衛生上そちらを見なかった。
ナディアの食事風景は世の女性たちに喧嘩を叩き売っている。ぶっちぎりの最安値だ。
この時ばかりは大好きな親友に対していつも「太ってしまえ」と呪詛を送っている。
「こんな綺麗どころに囲まれて、お洒落な話題一つも出せないの?あんた仮にも華族なんでしょ、脳みそまで筋肉になったら終わりよ」
「てめえのどこが綺麗どころなんだよ」
「喧嘩売ってんのか。買うぞ、こら!」
「なんでそんなに好戦的なんだよ……」
ガストールはため息を吐きながらも顎を掻きながら話題を探す。
本来はイヌマが色々と珍しい話を知っているのだが、女子を前にするとイヌマはまともに会話できない。さっきの会話もガストールに話しかけるていで会話をしていたため耐えられただけで本来の彼は兎に角あがる。気の毒なくらいに。
それでも健全な男子として女の子は大好きなので未だ席は立っていないが。
「ああ、そういや一個あったな。親父から聞いたんだが最近、つってもここ何年かの話だが魔物の出現数が激減したんだとよ」
「血生臭さ!あんたの話題血生臭すぎるよ!」
ガストールのチョイスにリミもドン引きする。この男駄目過ぎると。さっき弄った借りを返そうと思ったがこの男、気持ちのいいくらい空気を読まない。
リミは自分が話題を出して盛り上げるかと思案を開始するが、思わぬ合いの手が入った。
「……ガストール君、さっきの話本当?」
先ほどまで食事に集中していたナディアが会話に割り込んできたのだ。それも訓練時より張りつめた真剣な表情で。
ガストールもナディアの様子に目を見開くが一つ咳払いをしてから話し始める。
「ああ、本当だ。近々教官たちからも知らせられると思うぜ」
「ふーん。いいことなんじゃない。魔物なんていないに越したことないんだから」
リミは気楽に言ってのけたがナディアとガストール、イヌマは難しい顔をしている。
「ガストール、もしかして……」
「ああ、恐らくな……まあ杞憂の可能性の方が高いがな」
「ちょっとなんなのさ。私にも分かるように教えてよ」
リミの困惑にナディアは眉を寄せ、答える。
「魔物の激減っていうのは不吉の象徴なの。三神教会でも言及されてるけど。ただ宗教的な理由じゃなくてある歴史的な統計があるの」
リミは真剣に語るナディアの様子に喉を鳴らし言葉を待った。
「魔物がほとんど現われない年が続いた後、何事も無くいつもの出現頻度に戻る場合が8割。そしてもう2割の可能性で」
「魔物の大規模氾濫が起こる」




