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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第3章〈アヤメ〉
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(1)強く早く

 

 少女は土埃の舞うなか、右手に武器を持ち静かに佇む。

 十代前半の陽性の快活さがのぞく少女は真剣な表情で土埃の先を見詰める。

 地面は平らとは言いがたく、そこかしこに足跡や何かで抉ったような窪みが刻まれていた。

 少女は固い赤土の地面を踏みしめ、体を半身に開き構えをとっていた。

 右手に握るのは鋼鉄製の片手剣。棒状の刀身で刃は付いておらず、鈍器のようにしか見えない。

 体にぶれはなく、ただ地に根ざした木々のごとく自然体を保っている。

 

 少女の視線の先には少年が対峙していた。

 まだ幼さの残る顔立ちをしているが、上着の上からでも分かるほど鍛えられた肉体には精悍さを窺わせる。

 健康的に日焼けした少年の肌には玉のような汗が浮かび、流れ落ちる。赤い地面に点々とシミを作っていた。

 肩を上下に揺らし両の手で戦斧を構え、少女との間合いを計るようにじりじりと足裏で地面を擦る。

 

 先に動いたのがどちらか。

 それが判断できないほど刹那の反応で両者はお互いの間合いを同時に詰めた。

 10エーデルの距離を二人は一息に踏み越え、お互いの武器を走らせる。

 長いリーチを持つ戦斧の突きが少女の体を襲う。

 駆ける勢いが乗せられたその一撃を少女は真正面から剣で打ち払う。

 金属が盛大に打ち合い、体を震わせるほどの快音を奏でられる。

 散った火花が二人の間でゆっくりと舞う。

 少女は手応えのなさから少年の余力がもう残っていないことを悟った。

 

 少年は獰猛に笑う。

 まだ終わりではないと少女に告げるように。

 少女は少年の様子に僅かに眉を上げ、驚きを示した。

 

 打ち払われた戦斧同様、突きを放った少年の体は浮き上がり宙に泳いでいた。

 少女は剣を弾かれることなくそのまま振り抜いた体勢をとっていた。


 力を乗せすぎたがため少年は少女の次の一撃に対処が遅れだろう。

 必然、誰もがこれで終わりと思ったことだろう。

 この少女相手にその隙は致命的だと。

 

 しかし驚愕すべきはその後だった。

 少女は返す刀で少年に追撃を加えようと足に力を込める。

 少女の挙動を見て取った少年は僅かに視線を泳がせた。浮き上がった体制のまま戦斧の石突を先んじて地へと打ち付ける。石突は一息で地面に深く突き刺さり、少年は戦斧を支えに宙へとどまった。

 トリッキーな少年の動きに少女に僅かな遅滞が生まれた。

 少年は腕力だけを支えに勢いを付け、両足を天へとかかげ少女の頭部へと振り下ろす。

 少女は蹴りを躱そうと体を僅かに開く。少年はそれを予期していたように少女の体が回避体勢をとった瞬間、腰を捻り、戦斧から両手を離した。

 少女の体を追うように放たれた蹴撃は、ボッと空気の壁を突き破るような音を鳴らし、少女の顔面に吸い込まれた。

 鈍器で肉を叩きつけたような鈍い音と共に二人の体は動きを止める。

 

 少年の顔が苦悶に歪む。

 少年の身に付けたブーツの足裏は確かに少女を捉えていた。

 しかし少年の感じた感触は人体のそれではない。

 

 蹴りが下がり少女の顔が露わになる。

 黄金の髪をなびかせ、紅玉の瞳が少年を捕えていた。

 少女の白い肌には一切の傷も打撲もない。

 少年の蹴りに合わせて掲げた片刃剣は刀身が完全にひしゃげ、用をなさない。

 少女は躊躇なく破壊された剣を捨てた。


 少女は体を捻りながら自分の間合いへと踏み込んでいく。

 剣さえ取り回しの効かないお互いの体が触れ合うほどの距離。

 少年の正中線上の胸骨に上腕を当て、密着状態から脚力だけで一気に押しやる。

「なっ!」

 少年は声を漏らすとともに少女の体当たりによって大きく吹き飛ばされた。

 上ではなく横を滑るように少年の体は流れ、地面に幾度も体を打ち付ける。少年が滑るように転がった地面は赤土が舞い上がり土煙が立ち昇る。

 

「くそ、まだ終わってたまるかよ!」

 少年は素早く立ち上がろうと地面に手をつく。

 瞬間、少年の眼前の地面が爆発を起こす。

 土が弾け飛び、子供の体ならすっぽり入れてしまえそうなほど深く抉られていた。真ん中には今まで自分が振り回していた戦斧の柄が生えている。

 音と衝撃に固まった少年にバラバラと弾けた赤土が降りかかった。

 最後に大きめの塊が頭に的中し、少年は顔を上げる。

 

 そこには戦斧の石突に手を乗せこちらを見下ろす少女がいた。

「まだ、やる?」

 少女はこちらに問うように語り掛けるが、事実上の勝利宣言だった。

 少年は泥だらけの顔を悔しげに歪めながら乱暴に拭う。

「……負けました、参りましたよ!くっそおおおっ!」

 少年は腹立たしさの余り、叫び声をあげ地面を殴りつける。

 少女は少年のその様子に軽く息を吐き、腰をかがめ少年に手を差し伸べた。

 少年はバツの悪そうに顔顰め、悔しさか、羞恥心の為か、顔を赤くしていた。

 チラチラと地面と少女の手を行ったり来たりしているだけで、手を取る気配はない。

 少女は諦め手を引っ込めた。

 少年は「っ……」と僅かに声を漏らしかけるが歯をくいしばって耐えた。

 少年が少女の手を借りずに立ち上がったタイミングで大きくブザーが鳴る。

 仕合終了を告げる合図だ。


「勝者、ナディア!」


 審判が勝利者の宣言を上げ、観戦者たちから大きな歓声が上がった。

 

 


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