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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(8)秘め事5

 


 一人の青年がコバルティア方面のトンネル出口から出てくる。

 黒革のジャケットを着こみ、腰には二振りの装飾の異なる長剣を差していた。

 一本はオレンジを基調とした太陽を象ったような鍔をもつ長剣。

 一本は雪のように白い鞘に収まった直剣だった。

 くすんだ銀色の髪が太陽の光に鈍く輝く。

 ディッケンは光に僅かに顔を顰めながら手で影を作る。


「いや、見事な手前ですね。見違えましたよ。あの時とはまるで別人だ」

 ディッケンがトンネルから出るのを待ち構えていたのか、二人の男が出口の影から現れる。

 一人は赤銅の髪を持つ、眼鏡をかけた青年、ルガート。

 もう一人は全身を薄く包むような鎧を身につけ、鉄仮面で素顔を覆った長身の男だ。

 ルガートは目を細め、面白いものを見つけたかのように満面の笑みだった。

「……覗き見していたのか」

 ディッケンの水色の鋭い瞳からは剣呑な空気が漏れていた。

 背筋を凍らせるような眼光を向けられてさえ、ルガートの顔が崩れることはない。

「いいではないですか。私がお膳立てしてあげたのですから」

 ディッケンは舌打ちを一つつくと矛を収めた。

「お前が何を企んでいるかは知らないが、コソコソと嗅ぎまわるなら容赦しねえ」

「怖いことですね。肝に銘じておきましょうか」

 ルガートは同意を求めるように鉄仮面の男を見るが、彼は特に反応を返すことなくディッケンを静かに見つめていた。



 ルガートは金色の懐中時計を取り出し時間を確認する。

 鉄道がこのトンネルを通る時刻まであと10分といったところだろう。

 ルガートは足元に置かれているトランクを開け、中に収められた機械を起動させる。

 何かのマークを映す画面と複雑なボタン群。ディッケンにはどんな代物なのか分からなかったがルガートは慣れた手つきで機械を操作する。

「反応爆弾の起爆装置はちゃんと繋いでくれたようですね」

「ああ、よく分からなかったが取り敢えず言われた通りにはしてきた」

 ルガートはさらにボタンをいくつ操作し、トランクを持ち上げた。

「さて、これでいつでもトンネル内の反応爆弾を起爆できますが……本当にやるんですか?」

「あ?今更やめるのか?なら俺も契約を破棄するぞ」

 ディッケンは眉を吊り上げ苛立たしげにルガートに吐き捨てるが、ルガートは首を左右に振りながら呆れた顔をするだけだった。

「はあ、商売を生業にしていないとはいえ、商人が交通の要所を破壊することに戸惑ってしまう気持ちを分かってもらいたいものです。嫌で嫌で仕方ないというのに」

 ルガートはそう言いながらも起爆の準備に入る。


 トンネルは全長2000エーデルという長大なもので、爆弾はコバルティア首国方面の入り口付近から中間点までいくつも仕掛けられている。

 爆弾を仕掛けた男たちは、鉄道の通過を感知するセンサーよって爆発を起こすつもりだったようだ。

「迂回路もありますし、仕方ないでしょう」

 ルガートはトランクを開けたまま鉄仮面の男に渡し、その場から離れる。

 ディッケンも少し距離を開けて追随した。


 人目に付かないよう線路から外れ、木々や自然の遮蔽物のある森へと入っていく。

 ルガートは鉄道が視認できるよう、コバルティア方面の線路が視界から外れないように森を進む。

「あなたという人は不思議な人間ですね」

「………」

 歩きながらルガートはディッケンに話題を振る。後ろを歩くディッケンからルガートの顔は見えない。

 ディッケンは聞こえていないかのようにルガートの言葉を無視する。

 以前殺し合いを演じた人間と仲良く会話する趣味は彼にはない。

 ルガートはディッケンに構わず喋り続けた。

「ベンジャミン殿の周辺の人間を一通り調べましたが……あなただけがおかしかった」

 ルガートはチラリとディッケンに視線を送る。ディッケンは明後日の方向を向いており、ルガートの方は見ていない。

「ベンジャミン殿と接触するまでの経歴が一切存在しない。私たちの組織は裏も表も顔が利く。人が知る情報においては調べ上げることが出来ると自負があるのですが……あなたは例外だった」

「今回のこともあなたが独断で私たちに接触して来た。私を探し当てるのがどれだけのことか、いったいどこから爆破の情報を仕入れたのか。あなたという人間は実におかしい」


「いい加減うるせえ」

 ディッケンは抜刀せず鞘でルガートを殴りつける。

「その剣も、青歴前の色金の武具だ。神具ではないにしても相当に階位の高い代物でしょう。確かそれらは教会が封印しているはずですが……なぜあなたが持っているのでしょう?」

 ディッケンの攻撃はルガートに届いていない。

 ディッケン自身止められるであろうことは分かっていた。

 鉄仮面はディッケンの攻撃を見て取り、素手で鞘を掴んでいた。

「封印されているのはその担い手がいないからです。強力な反面、あまりにも危険過ぎるが故に扱えるものが殆どいない。闘術と呼ばれていましたかね。私は名前くらいした聞いたことがありませんが……」

 ルガートはディッケンに体ごと振り返る。

 その顔はやはり楽しげであり、無邪気に彩られていた。


「一体あなたは何者なのでしょうね?」


「………」

 ディッケンが黙ったまま柄を引く。鉄仮面の男は躊躇することなく鞘を離した。

 鉄仮面は鞘を離した後、ディッケンに顔を向けていたがルガートが再び歩き出すのに合わせて顔を背けた。

「今はあなたという人間についての考察は止めておきましょう。そろそろ時間ですし」

 ディッケンはルガートの背を冷めた目で見つめながら二人の後に続いた。


 トンネルから十分に距離が取れたことを確認し、ルガートはトランクの機械に取り付けれた無線機を操作する。

 駅にいるであろうベンジャミンと通信をするためだ。これもディッケンの依頼の一つだった。

 ベンジャミンは変装しているようだがディッケンからすでに特徴を聞いていたため容易に通信機の前まで連れてくることが出来た。

 あらかじめ用意しておいた話題を喋り、名残惜しいが早めに通信を切る。

 タイミングを誤れば大事故につながる上、買いたくない恨みを買うことは必至だった。

 ルガートは無線機を元に戻し、再び起爆装置を操作する。


 まだ点ほどの大きさしかないが鉄道らしきものが線路の先に見える。

「これで準備完了ですね。後はボタンを押すだけ。時間も完璧です」

 ルガートは満足気に笑い、起爆装置の最後の操作を行った。


 山から地面が波打つような振動が走り、体を吹き飛ばすような衝撃に襲われる。

 粉塵の瀑布がトンネルから飛び出し、辺りの視界を奪う。

 トンネルは内部の衝撃によって崩壊し、山の土砂に押し潰されるように崩落した。


 三人は激しい空気の流れの中、平然と立っていた。

 荒事に縁遠いように見えるルガートでさえ「爆発はお腹にききますね」と軽く言葉を漏らすだけで、体は微動だにしていない。


「うん。全ての反応爆弾が爆発したようですね。かなり距離がありますから余程無能な運転手でもない限り鉄道も無傷で停車できるでしょう」

 ルガートは何の感慨もなく線路の先に見える鉄道に視線を向け、トランクを閉めた。

「ディッケン殿。契約は果たしましたから。こちらの要求の件も早いうちにお願いしますよ」

 ディッケンがルガートに依頼したのは爆弾の処理とベンジャミンへの通信だった。

 対価に要求されたのは金銭ではなく、ある要求だったが今のディッケンにはそう難しいことではない。

 ルガートはディッケンに「それでは今度はあれの受け渡しの時にまた会いましょう」と一言だけ声を掛けてその場を去る。

 ディッケンもルガートの顔など見たくないためすぐに踵を返した。


 粉塵を運ぶ風が舞い、オルリアン方面の景色は完全に隠れてしまっている。

「…………」

 ディッケンはトンネルの手前で急停止する鉄道を確認してから森の中へと消えた。


 




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