(8)秘め事4
コバルティアの州都、オルリアンへと続く線路上に設けられたトンネル。
掘削された山の内部に四角い石を敷き詰めて補強された、暗く冷たい空気の流れる場所だ。
トンネルの空洞は全長2000エーデルある。
そんな暗闇の内部には現在、蠢く三つの男の人影があった。
三人組は明かりを照らしながら壁にボルトを打ち付け、機械を固定させていた。
壁の側面に固定されているのは大の男がやっと抱えられるような金属ボトルであり、足元の四角い金属製の箱に配線がなされている。
金属ボトルの装置はここだけでなく、等間隔でトンネルの各エリアに仕掛けられていた。
男たちが機械の設置を終え、懐から四角の箱を取り出した。
「こちらはこれで最後だ。お前たちはどうだ」
男たちの内、リーダー格と思われる男が四角形の金属の箱に声を掛ける。
『こちらも今設置が完了しました。後はセンサーを起動するだけです』
男の持つ金属から男の声が聞こえてくる。どうやら無線機のようだ。
「了解した。センサーの起動はこちらが合流するまで待て」
『了解』
無線機を操作していた男は返事を聞き無線機を仕舞う。
「目標がトンネルを通過するまで半刻ほどだ。手早く動くぞ」
「「ハッ!」」
三名の人影の姿が掻き消え、足音だけがトンネルに響く。
「隊長より待機せよとのことだ。何もないとは思うが周囲の警戒を怠るなよ。大事な任務の最中だからな」
隊長と呼ばれる人物と通信していた男が部下に振り返る。
彼を含め、8名の人間がトンネルの中腹にあたる線路上に佇んでいた。
全身くすんだ藍色の服に身を包み、露出した肌は顔と指先のみだった。
全員が黒い小銃を肩にかけている。
線路の脇に設けられた整備用の空洞には様々な機材が積んである。
通信を行っていた人物は男たちに撤収の指示を出し自身もそれに加わった。
男たちが作業を始めてからわずか数分後に一つの機材からアラート音が発せられた。
男たちは作業の手を止め何事かと構える。
一人の男が機材の画面を見ながらボタンを操作しアラート音を消す。
「副隊長。感知センサーに反応が1つがあります。どうやらトンネル内に何か入ってきたようです。コバルティア方面からです」
副隊長と呼ばれた人物は片眉をあげ顎を撫でる。
「動物かもしれないが、人間という可能性もあるか……。おい、バックス、リンジ、様子を見てこい。人間なら殺せ。動物なら適当に脅かしておけ」
「「ハッ!了解しました」」
副隊長に指名された二人の男は小銃を肩から外し、脇に携えながらトンネルの奥へと進んでいった。
二筋の光源がトンネルの地面や壁をなめるように照らしながら、二人分の足音が響く。トンネルの中央と違い二人の男がいる地点は僅かに明るさがあった。
「……そろそろトンネルの入り口になるが……何もいないな」
「センサーの誤作動じゃないのか?あんな訳の分かんねぇものに頼るより勘に頼った方がよっぽどましだぜ」
男たちは言葉を交しながらも慎重に暗路を進んでいた。
片手で銃を構え、もう一方の手で明かりを持っている。
彼らが持つ明かりは筒状の先端が強い光を放つもので、市場では出回っていない最新鋭の機器だ。
センサーや持ち込まれた機材、今装備している銃なども現在そのほとんどが研究段階にある機器ばかりだった。
「俺たちつい最近まで剣や槍で戦ってたのによ。今じゃこいつだ」
男は小銃の側面を手で何度か叩きながら口角を吊り上げる。
「どんな達人だろうか。一発ぶち込んじまえば死んじまうんだからな。笑っていいやら泣いていいやら……」
「まあ、便利には違いないだろ。協力者様様だ。あいつら何考えてんのか分からねえが、俺たちの悲願成就のために利用するだけ利用させてもらうさ。俺らは下っ端だけどよ」
「違いねえ」
暗いとネルの中、不意に音が消える。
二人の男が足を止めたのだ。
先ほどまで軽口を飛ばしていた口は呆然と開き、銃を握る手は細かく震えだす。
彼らのそれなりの場数を踏んだ人間であり人を手にかけたこともある。
人の放つ気配には敏感と言えるが、この気配にはそんな感覚の鋭さなど無意味だった。
鈍いものでも感じ取れるほど濃密な殺気が辺りに満ちていた。雑な感情などないただ純粋なまでの冷たい殺意。
まるで体が針のむしろの中にいるような恐怖感が男たちを襲う。
隠すことない相手の気配が空気を重いものに変え、男たちは息苦しさを覚える。
本能が逃げろと叫んでいた。
「お、お、おい、なんだよ、っここれは!」
男は相棒を問いただすが返事が返ってこない。代わりにカチカチと歯を打ち鳴らす音だけが隣から聞こえる。
二人は小銃をあたりに向け、明かりを右へ左へ振り回しながら警戒した。
闇雲に振り回していた明かりが一瞬人影らしきものを捉えた。
男はそちらに向けて小銃を構え、焦りながら引き金を引いた。
オレンジ色の閃光がはじけ、雷の弾丸が射出される。
狙いはバラバラで辺りに激しい雷の軌跡が浮かび上がっていた。
一撃でも命中すれば相手を確実に仕留めることが出来る強力な弾丸。その弾速は金属弾どは比べるべくもなく、人間が躱せる速度ではない。
隣の男も数秒遅れで銃を乱射する。
合わせて数十の雷撃の弾丸が人影に向かって放たれ、辺りが轟音に包まれる。
空洞に残響が木霊す中、二人の男は弾の出なくなった銃の引き金を何度か引き、空打ちしたことで球切れとなったことに気付いた。
「どうだ、やったんじゃねえか?」
男はそう言いながら空になった銃からマガジンを取り出し、ベルトに装備している同じ作りのマガジンと交換する。
殺気が消えたことで余裕を取り戻したのか難なく交換することが出来ていた。
「分かんねえ。ていうお前が撃ったから釣られちまったが何かいたのか?」
もう一方の男も同じようにマガジンを交換しようとしたが、手が震え途中でマガジンを取りこぼした。
マガジンがカシャリと音を立て、反響する。慌てて男はマガジンを拾おうとその場に屈んだ。
「人影が見えたんだよ!嘘じゃねえ!おい、聞いてんの……か……」
男は屈んだ相棒に目を向け、言葉を失った。
「…………あ……」
マガジンを交換しようとした男の背を貫き、胸に清々しい水色の剣が飛び出している。
剣の柄を握る人物はさっきまで銃弾の雨を浴びせたあの人影だった。
人影は男から深々と刺さった剣を引き抜く。
男の体からは血が吹き出ず、そのまま崩れ落ちた。
人影は古めかしい灰色のマントを着込み、正体を隠している。
男は即座に人地面を蹴り、後ろへと飛ぶ。体勢を崩しながら影に小銃を向け引き金を引こうとした。
一呼吸で構えをとったことは称賛に値するが剣の間合いの中では鈍重と言える。
しかし目の前の人影は男が銃を構えることを止めることをしなかった。射線を避けようとすらしていない。
男はそんな人影の様子を気にかけることなく一息に引き金を引いた。
マガジンを空にする勢いで何度も何度の引いた。
銃口からは銃弾は射出されない。
銃の故障ではない。
壊れたのは男の指だった。
「お、俺の指が、俺の手がっ!」
男の引き金を引く手は血の気が感じられないほど白く変色し、表面には冷気を放つ霜に覆われていた。
男の腕だけではない。
足元に倒れるもう一人の男の体も霜に覆われ、地を這うような白い煙を吹き出していた。
「何だよ、お前は、いった……」
男は今際の言葉を言い終えることなく、深々と体を切り裂かれ地面に倒れた。
何十発という銃弾によって発生した銃声は待機していた男たちにも聞こえていた。
男たちは即座に警戒態勢をとり、斥候を放とうとした。
それは叶わぬことだった。
「成程……。これがあいつの言っていたセンサーか」
「誰だ!」
即座に副隊長をはじめ、男たちが辺りを照らし、銃を構える。
彼らの目の前に灰色のマントが翻る。
構えられた銃から一斉に雷が放たれ、マントに向かう。
暗闇を裂く雷の軌跡は灰色のマントを捕え、瞬時に燃え上がらせた。
トンネル内を炎が煌々と照らし、男たちの影を長く引き伸ばしていた。
人影はマントを投げることで姿を隠し、炎によって作り出された濃い影を利用し男たちの背後へと移動していた。
人影は殺気を意図的に消し、隙だらけの男たちに向かい無慈悲な一撃を放つ。
「練月」
人影は閃光を走らせ、水色の直剣を抜刀する。
白色の粒子が刀身に渦巻き、鋭い横凪を放たれた。
トンネルの幅を埋め尽くすほどの青白い三日月の刃が剣より生み出され、男たちを襲う。
三日月の刃は何の抵抗もなく男たちの胴部分を透過し、切り裂いた。
三日月によって切り裂かれた傷口を始点に男たちの体が徐々に凍り出し、ついには真っ白になり果てた。
刃が通り過ぎた空間には白の煙と共に冷気の波が起こり、トンネル内が軋みを上げる。
血しぶきは舞うことなく、辺りに白く光る塵のようなものが舞っていた。
燃え上がっていたマントの炎は冷気によって勢いを無くしすぐに鎮火した。
周囲の壁は霜で覆われ、地面には薄く氷が張る。
低く立ち込める白い煙の中に、胴体を切り離された男たちの氷像が音を立てて沈む。
人影は氷像には目もくれず、更に続く深いトンネルの奥を見渡した。
隊長を含む三名がトンネル内の合流地点に辿り着いたとき、そこは白い別世界だった。
壁には霜が降り、地面は白い煙に覆われ辺りは隊員たちの持ち物だった筒状の光源で照らされている。
そんな白の世界の中、一人の男が仲間の躯の中に立ちこちらを見詰めていた。
闇の中、炯炯と光る瞳で。
「貴様っ!」
無線を扱っていたリーダー格の男の対応は早かった。
肩に担いだ銃を構え、即座に引き金を引く。
虚空よりオレンジ色の光の球が浮かび、雷光がトンネルを照らし、5度の銃撃音がトンネルに反響する。
銃声によって起きた木霊が静まり、辺りに静寂が訪れる。
男の姿がない。
幻だったのだろうか?
いや、それではこの惨状の説明がつかない。
リーダー格の男は敵を視認しようと目を凝らしながら状況を確認する。
地面に転がる部下8名の遺体。
皆ほとんど同じように上半身と下半身が真っ二つに切り落とされていた。
一目で遺体と分かるのは明らかに体が切断された跡があるからだが、血の臭いはまるでしない。
いや、彼らの服には血の一滴すら付着していなかった。
一体どんな殺され方をしたというのだろうか。
遺体以外にも不可解なことはある。
このトンネルの気温だ。
いくらトンネル内部が外より涼しいといっても、今感じている気温は異常だった。
露出している顔の部分は刺すように冷たく、呼吸する度に胸に痛みが走る。
まるで保冷庫に放り込まれたような体感温度だ。
今も気温が下がり続けているのか辺りからガラスを踏みしめるような嫌な音が聞こえてくる。
リーダー格の男はこの不可解な状況でも冷静さを取り戻しつつあった。
部下を殺されたことに憤りはあるが、私情を殺し合いに持ち込むほど素人でもない。
リーダー格の男を含め部下2名は特殊装備に身を包んでいる。
マナで光の指向を操作し、身に付けているものを透明化する装備。音や匂い、気配を押さえればまず感知されることはない。
遭遇の際に部下の遺体と男の視線がこちらに向いている気がしたため焦って発砲したが、こちらが有利なことは動きようのない事実だとリーダー格の男は確信していた。
「ぐっ」
リーダー格の男の後ろ、小さなうめき声と共に地面に何かが倒れる音が聞こえた。
即座に振り返るがそこには誰もいない。
あるのは透明化の装備ごと氷漬けとなって倒れている部下の姿だけだった。
「見えない装備っていうのはこういうことか……。お前らには宝の持ち腐れだな」
どこからともなく響く声。
また耳に届く人の倒れる音。
「気配が駄々漏れだ」
リーダー格の男が最後に聞いたのは、ひどく乾いた投げやりな声だった。
銀閃が暗闇を裂き、また一つ人間の倒れる音を残した。




