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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(8)秘め事2

 銅の月 5夜


 早朝のコバルティアの鉄道駅。

 多くの人々が集まり目的の車両に乗り込んでいく。

 一日の始まりは人の活気に満ちていた。

 そんな駅の中、長距離車両が往来するホームにユキトとその両親、ナディア、ベンジャミン、ミリア、ジアード、グレゴが集まっていた。

 キリエたちは家族の水入らずに遠慮して顔を出してはいない。

 ベンジャミンは堂々と顔を出していた。

 全員目立たない格好をしている。特にベンジャミンは特徴的な顔をミイラのように完全に隠しているため、一人で歩けば間違いなく警邏隊に呼び止められるだろう。

 

 駅にはすでにオルリアン州国行きの鉄道が乗り付けており、乗客の搭乗が済み次第発車するようだ。

「ではミリア。くれぐれもユキトのことを頼みますね」

 ユキトの母はミリアにそう声を掛けた。ミリアもそれに頷く。

「お任せを」

 短く答えたミリアにユキトの母は満足そうに頷き返す。

 ミリアはアンセー家に雇われるという形でユキトの世話人を継続することになっている。これはアンセー家からの配慮だろう。

 ユキトの家族とホーエイの使用人たちは今日でコバルティアを去る。ホーエイ領の仕事も溜まってきている。それにいつまでも自分たちがユキトの周りにいるのはいいことではない。

 煌めくように貴重な、砂金の砂時計のような時の雫はもう戻ることはない。

 これからは本当に他人同士となる。


「ユキト、また会いに来るから……」

 ナディアはそう言ってユキトの頬に口づけをした。ユキトの母と父も同じようにユキトに口づけをして別れを惜しんだ。

 ユキトもぎこちなく三人に口づけを返した。

「ユキト、何かあったらすぐに連絡するのよ。知らない人についっていってはダメだから。あと寝る前にはトイレに行くのよ。それから……」

 ユキトの母はユキトをしっかりとその腕に抱き締め、思いつくまま言葉を掛けた。

 ユキトは母の言葉に苦笑して「分かってるよ」とギュッと母親の体を抱き返しながら返事をした。

「ユキト。俺たちはずっと家族だからな。遠慮するな、どんどん頼れ。無茶するときは俺に一声かけてからにしろ」

「うん。今度はお父さまが女装するべきだと思う」

 ユキトと父は固い握手を交わしながら何とも言えない顔で見つめあった。

 ユキトはやはり根に持つタイプのようだ。


 ナディアはもごもごと何かをユキトに言おうとしていたが結局はそれをのみ込みんだ。

「姉さまも学園生活を楽しんでね。今度話を聞かせてよ」

「まだ入学は半年も先だからその前に会いに来るわよ」

 ナディアは泣きそうなのを堪えながらユキトと約束をした。

「ユキトは何だか全然悲しそうにしてない。さみしくないの?」

 自分が寂しいのにユキトが平気そうな顔しているのにムッとしてそんなことをいった。

 本当に気に障っているわけではない。まだたくさん話していたいだけなのだ。

 ユキトは首を横に振り答えた。

「寂しいとは思うけど、本当の別れじゃないから……。また会えると思うと不思議と悲しい気持ちにはならないんだ」

 ナディアにはユキトの言葉がいまいち理解できていないようだったが、ユキトの父と母はその言葉に頬を緩めユキトを見詰めた。

「だからまたね、姉さま。お父さま。お母さま。僕はここにいるから。この街で元気でいるから……」

 ユキトはそう言って三人に笑顔を見せた。水面のように揺れる琥珀の瞳を細めて。

 三人も三者三様に笑顔で別れを告げ、鉄道へと乗り込む。



 ナディアたちが最後の乗客だったようで乗車後すぐに発車の汽笛が鳴った。

 ユキトは窓から手を振ってくる家族たちに手を振り返し、別れを惜しんだ。


 ずっと遠く。

 鉄道の窓がどこかわからなくなる程遠くに行ってもユキトは手を振り続けた。





「ベンジャミン様……で宜しいのでしょうか?」

 ベンジャミンがユキトの手を振る様子を眺めているところに声がかかった。

 濃い緑色の制服を着ていることからどうやらここの駅員のようだ。

「いかにもそうだけど、何のようだい?」

「先ほどあなた宛てに通信が入りまして。あなたを名指しされているので……」

 駅員はあまり要領を得てはいないのか、首を傾げながらベンジャミンに答えた。

「んー、まあここは大丈夫そうかな。いいよ、案内して」

 ベンジャミンはこの場を護衛に任せて駅員に付いていった。

 歩きながら駅員に話を聞いたがどうやら先方はベンジャミンの格好を知った上で駅員に探させたようだ。

 駅員も通信回線を使える高位の身分の人間と思ったため断ることが出来なかったそうだ。

 


 ベンジャミンは駅舎の中に置かれた通信機を操作する。

 駅員はベンジャミンをここまで案内すると駅舎から出て行ってしまった。

「……何だかきな臭いなあ」

 そう言いながら通信機を耳に当て、マイクを口元に寄せる。

「テス、テス、聞こえているかな。ご要望通りベンジャミンだけど、おたくは誰だい?」

 僅か間の後に若く張りのある男性の声が聞こえてきた。

「先日はどうも。私のことは覚えていますか……」

「いや、知らないし」

 ベンジャミンは勿体つけた言い方に対してバッサリと返した。事実誰なのかわかっていないが。

「……まあ1度しか会っていませんでしたから無理もないですね。改めて名乗りましょう」

 ベンジャミンは至極どうでも良さそうに聞いていたが、男の名前を耳にして顔に緊張が走る。


「ルガートです。バルバセクではお世話になりました」




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