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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(7.2)幕間.ユキト争奪戦2 酒乱の章

※お酒は二十歳になってから。

大人も節度ある飲酒を心がけましょう。


 ユキトたちが買い物から戻り夕暮れ時に差し掛かったころ、キリエの従者ディッケンがアンセー家の屋敷に帰ってきていた。

 ディッケンは下手な鼻歌交じりで歩きながらガチャガチャとなる布袋を担いでいた。

 敷地内を歩いていると視界の隅に小さな影が映った。

 ディッケンは興味本位で影の方へ歩みを進めた。

「お、ユキト!もう着いていたのか」

 ディッケンはユキトの姿をみとめ、駆け寄った。ディッケンにとっては首都に来てから初めての顔合わせとなる。


 ユキトはシャベルを使って芝生に何やら穴を掘っていた。

 ディッケンに背を向けていたので表情は分からない。

「ん、穴掘りか?落とし穴でも作るのか?」

「………落とし穴ですか……そうですね、確かに落とし穴ですね。落ちるのは僕ですけど……」

 ディッケンは正面に回りユキトの顔が見える位置に来た。そして顔を凍り付かる。

 ユキトの顔からは生気が伺えず、深い絶望を宿していた。

 一体どんな所業を行えばこの少年をここまで追い込めるのか。それほどまでにユキトの顔は暗かった。

「ど、どうした!何があったんだ!」

 ディッケンはユキトの肩を掴んで揺さぶるがユキトの反応は薄い。

「ふふ、何もないですよ。そう、何もなかった。あれは現実じゃない。夢だったんだ、ふ、ふふふ、あははっはは………」

 ユキトは壊れたように笑ったかと思うと黙り込み、また穴掘りを再開した。

「………すまん。思い出さなくていい。聞いた俺が悪かった」

 ディッケンはそういうと周囲を見渡した。

 案の定、こちらをうかがう影が見える。

「ユキト、また後で来るからな……」

 ディッケンはそう言い残してその場を後にした。

 ユキトに聞けない以上、事情を知る人間に話を聞くのが一番だろう。



「で、何があったんだ?」

 ディッケンは物陰からユキトを見詰めていたキリエを問いただしていた。いつから自分の主はこんなことをするようになったのだろうかと呆れながら。

「……買い物に行って、ちょっとイベントがあって……」

 ディッケンは眉をしかめる。

 キリエの様子からして、自分が考えていたような物騒なことではなかったため安堵はしたが、なぜあんなに暗いのか説明はつかない。

「まあいいや。思い当たること全部話してくれ」

 キリエはディッケンに洗いざらい話した。キリエ自身困っているため、ディッケンの手でも借りたいのだ。



「なるほど、お前が全部悪い」

 ディッケンは率直に意見を述べた。キリエは自覚があるのか反論してこない。

「まず女の子と間違えられていい気はしない。見かけはどうでも恰好を見れば分かったことだろう。それにどうして女装させることに繋がるんだ。悪魔か、お前は。ユキトもよく了承したもんだ。トラウマになってるぞ、あれは。お前が顔を見せないのが一番の薬になるから今日はユキトと会う……な……」

 ディッケンはキリエを糾弾していたがあることに気付き、言葉を切る。

 キリエの視線はチラチラとユキトの方に向けていており、話を聞いていないのは明らかだった。

 ディッケンもいちいちそれに腹は立てない。何も言う気がなくなったが。

「……後は自分で考えろ。それじゃあな」

 ディッケンはため息を吐きながらユキトの方へ向かった。

 取り敢えず穴掘りを止めさせた方がいいだろう。もうすぐ辺りも暗くなる。


 

 ユキトはディッケンに声を掛けられて素直に屋敷まで一緒に歩いて戻った。

 相変わらずユキトの表情は暗かったが、穴を掘っていた時ほどではない。

 恐らく気を紛らわせられれば立ち直れることが出来るだろうと思い、ディッケンはユキトを遊戯室に誘った。



「チェック」

 ユキト勝利。ディッケンの敗北。

「チェック」

 ユキト勝利。ディッケンの敗北(ハンデ有)。

「チェック」

 ユキト勝利。使用人Aの敗北。

「チェック」

 ユキト勝利。使用人Bの敗北。

 それからユキトは同時に3人を相手にナイツを指したが連戦連勝を刻んだ。



 当主ヨウハンが遊戯室の前を通り掛かる。

 昼間のあらましを護衛から聞き、ユキトの機嫌を伺おうと訪ねてきたのだ。

 ユキトはナイツに興じているうちに元気になったのか、顔には生気が戻ってきていた。

 代わりに遊戯室の人間たちは落ち込んでいるように見えた。負けてしまったらしいことはヨウハンから見ても明らかだった。

 ヨウハンもナイツを嗜むため対戦をユキトに申し込んだ。

 腕には覚えがある。コバルティア首国の大会上位者と打ち合ってもいい勝負が出来るほどの腕を持っているのだ。子どもにいいように負ける情けない使用人たちに代わり本物の打ち手の実力というものを見せてやろう。

 ヨウハンはそう思いながらユキトとのナイツに挑んだ。

 

 ヨウハンは開始5分で投了した。

 本物の打ち手の実力との何だったのだろうか。

 ヨウハンはすっかり消沈してしまい、ユキトに励まされてその場を後にした。

 ヨウハン。彼はいったい何をしにここに来たのだろうか。


 ヨウハンと入れ替わるようにまた一人、遊戯室にユキトを訪ねてきた。

 キリエはそわそわしと落ち着きなく、微妙にユキトと視線を外しながら遊戯室に入ってきた。

「えっと、ユキトちゃん……もうすぐ晩餐だから呼びに来たんだけど……」

 ナイツを打ち出してから大分時間が経つ。

 晩御飯でもおかしくはないが、キリエが呼びに来るのはおかしいだろう。普通は使用人の仕事だ。

 キリエとしても何とか会話のきっかけが欲しかったのだろう。

 ディッケンの言うことも分かるが、時間を置いて悪い方に話がこじれることもある。

 ユキトは少し悩んでから頭を横に振って、キリエに返事した。

「ありがとうございます、キリエさん。最後にもう一局打ちたいんですけど、キリエさんが相手になってくれませんか?」

 ユキトは何でもなさそうにキリエに返事をした。

 あまり引きずり過ぎるのも良くない。キリエも恐らくもう二度とこんなことはしないだろうとユキトは自ら歩み寄った。

 キリエはユキトの言葉を聞いて嬉しそうに何度も頷いてからユキトの対面に座った。

「ナイツね。私は結構強いわよ」

 キリエは挑戦的にそう言いながらも口元はニコニコとしていた。

「手加減は不要ですからね……」

 そう言ってユキトもキリエを見ながら笑った。作り物めいた笑顔で。



 5分後。

「え、あれ?」

「どうしたんです?あ、ここの守りが薄いですね」


 10分後。

「どうして、もうこれ終わっているんじゃ……」

「いえ、まだ逆転可能ですよ。頑張ってください」


 15分後。

「もう駒がないよ……」

「大丈夫、王さえいればゲームは続けられますよ……」


 ユキトは始め手を抜き、キリエの優勢でゲームを続けた。大量の罠を仕掛けながら。

 頃合いを見てゆっくり、じわじわとキリエを攻めていき、困惑するキリエをよそに王を丸裸にしていった。

 途中投了しようとしてもユキトはそれを無言の笑顔で許さず、キリエにゲームを続けることを強要した。

 最後は王を四方八方囲みながら、ユキトの指示でキリエを延命させ続けるというゲーム性を無視した遊び方して終わった。

 ユキトは最後に「引き分けでしたからまた打ちましょう」と言葉を残し、キリエを戦慄させた。

 やはり根に持っていたようだ。

 ユキトは溜飲を下げ、キリエを許すことにした。



 ユキト、キリエ、ディッケンは遊戯室を出てから晩餐に向かうが、向かうのは食堂ではない。

 ノート家の屋敷には本館といくつかの別館があり、ユキトたちが泊まっているのは客室があるのは別館だ。

 別館には食堂がなく基本は部屋で食事をとることになっている。

 ユキトたちはある程度人数がいるため、まとまって食事をする場合には別館のラウンジを食堂として代用していた。


 

「ヤッホー、ユキト君。来ちゃった!」

 そこにいたのはベンジャミン、ヨウハンとその従者の女性。ユキトの両親にナディアだった。

 ミリアたちはいないようだ。

「師匠、何だか首都に来てから神出鬼没ですね」

 ユキトの言葉にベンジャミンは自分を両手の親指で指さす。

「休暇中だからね!」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ!」

 実際はベンジャミンに休暇などない。

 ユキトが首都に来てから不眠不休で働き詰めだ。

 不思議生物顔であるため疲労が分かりづらいため誰も気が付いていなかった。

 こうして会いに来るだけでも大分体に無茶をしている。あの屋敷の飾りつけもその忙しい合間を縫って行っていたのだ。

 スベリはしたが。


「それに差し入れもあるんだよ!ディッケン君、出してくれたまえ!」

 ディッケンは屋敷に戻ってきた際担いでいた袋から4本の瓶を取り出した。

 袋からは白い煙のようなものが出ている。恐らく保冷機能があるのだろう。

 取り出された瓶には直ぐに水滴が付きだした。

「僕のコレクションから持ってきたシャコラ酒だよ。樽開けホヤホヤなんだ」


 ユキトは瓶に近付いて眺めてみる。

 全て半透明の緑色の瓶であるため何色の液体が入っているのか分からない。蓋は白色が3本。黒色が一本だった。

「お酒ですか?」

 ユキトはベンジャミンに尋ねた。

「うん。シャコラって言う果物は知っているよね。リンゴの酸っぱくて小っちゃい奴。あれを発酵させるとお酒になるんだ」

 シャコラはユキトも見たことはあるが食べたことはない。この世界独特の品種のようで興味はあったが、主にお酒や調味料として使われるもので生ではまず食べないそうだ。

「ボクは飲めませんね」

 ユキトは残念そうにするが、気配り、配慮、思いやりがモットーのベンジャミンがそんなミスをする筈がない。

「大丈夫だよ。ちゃんとジュースも用意してあるから!黒い蓋の瓶がそうだよ。結構おいしいから飲んでみてよ」

 そう言ってベンジャミンは使用人を呼んでジュースの瓶と酒瓶を預ける。


 全員が食卓に着いたところでベンジャミンの持ってきたシャコラ酒が振る舞われた。

 ユキトのグラスには黒い蓋の瓶のシャコラジュース。

 ほか全員のグラスには白い蓋のシャコラ酒が注がれる。

 ジュースもお酒も赤みがかった金色で見ていても楽しめた。お酒とジュースとで見かけに違いがないようだ。

 あたりには芳醇なリンゴの香りが広がる。食欲が刺激される香りだった。

「え、姉さまもお酒飲むの?」

 ユキトは正面に腰かけた姉のグラスに大人たちと同じものが注がれたのを見て驚いた。

「うん。これアルコールが殆どないから飲んでもいいって」

 この国の法律では飲酒の年齢を規制してはいない。子どもの飲酒も親の裁量一つだ。

 ただほとんどの家庭では、子どもに酔うほどのアルコール度数のある酒精を飲ませない。

 屋敷でもナディアは何度か酒精を口にしているし、酔いやすい体質ではないため今回も許可が下りたようだ。

「そうなんだ……」

 ユキトはナディアを羨ましそうに見つめ、母をチラッと見る。母の顔は「ダメです」という顔をしていた。


「よし!飲み物も回ったし乾杯しようか!」

 料理の運び込み、お酒を注いだ後使用人は退出している。

 今回は晩餐は親睦を兼ねてテーブルマナーや堅苦しい食事ではなく自由に歓談を楽しめるようにと考えて企画されていた。

 ベンジャミンが音頭をとってグラスが掲げられる。

 ヨウハンが「あれ?」という顔をしていたが全員ベンジャミン勢いに流されていた。

「新たな門出を祝ってかんぱーい!」

 ベンジャミンは勢いよくグラスを振り上げたため、中身を自分の服にかけていしまった。

「あ、やっちゃった。ちょっと失敬!」

 ベンジャミンはタオルを借りにその場から一度離れた。

 乾杯の後それぞれがグラスのお酒を口に含む。


 ユキトはグラスの中のシャコラジュースを飲んでみる。

 すっきりとした酸味があり、程よい甘みが口の中に広がる。リンゴのいい香りが鼻から抜け、よく冷えていてのど越しもよかった。

「すごく香りがいい。甘酸っぱくておいしいし、飴にしてもおいしそうだ。姉さま、シャコラ酒はどんな味がした?」

 ユキトはナディアの方を見る。

 ナディアはグラスの中身を飲み干していた。そんなに喉が渇いていたのだろうか。

「お、嬢ちゃんいい飲みっぷりだな」

 ディッケンはナディアのグラスが空いたのを見てシャコラ酒を注いだ。

 ディッケンはまだグラスに口をつけていない。始めは注ぎ手に回るようだ。

 ナディアは無言でそれを飲み干す。

 あまりの勢いのいい飲み方にディッケンも首を傾げる。

「姉さま?」

 ナディアはユキトの呼びかけに答えず、ぽわぽわと視線を彷徨わせていた。

 何だか様子が変な気がする。

 ユキトは周りを見渡した。


 ヨウハンとユキトの父はテーブルに顔を沈めてピクリとも動かない。

 ユキトの母は眉を吊り上げ、ユキトが見たことないようなきつい顔をしてキリエと対面していた。

 キリエは今にも泣き出しそうな顔でユキトの母を見上げている。怯えている子どものように見えてしまい普段の優雅な様子とはかけ離れていた。

 ヨウハンの従者の姿はない。いや床に転がって身悶えしていた。くねくねとしていて怖い。


「………ディッケンさん」

「………なんだ、ユキト」

「いったい何が起こっているんでしょう………」

「いったい何が起こっているんだろうな………」

 まだ乾杯してから1分も経っていない。


 酒宴はまだ始まったばかりである。

 


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