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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第1章〈ユキト〉
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(1)優しい世界


 暗くて、暖かい。すごく気持ちのいい場所にいる。

 僕は死後の世界など信じていないが、こんな気持ちのいい場所は天国以外考えつかない。

と言うことは、僕は死んでしまったのだろうか。分からないので、寝ることにする。

 おやすみなさい。


 今日は天国に変化が起きている。何かが聞こえてきた。

 今まで無音だったのだが、とても優しい音が聞こえてきた。風が歌えばこんな綺麗な声なのかもしれない。

 それからも優しい歌は時々聞こえてきた。僕はその歌を聞くのが、大好きになった。


 ここはとてもやさしい世界だ。満ち足りていて、心がとても安らかでいられる。

 何もほしいとは思わない。思おうとすら思えない。空虚なのに不安にもならない。

 大事なことを忘れている気がする。でも気にならない。

 満ち足りているから、これ以上求める気持ちが起きない。

 今日も歌が聞こえてきた。

 でもいつもと違う。優しい声じゃなくて、元気な声だ。

 明るい声、僕も元気になってくる。そんな歌。

 僕は元気な歌も大好きになった。

 

 今日は天国に新しい声が聞こえてきた。歌は歌わないけど、誰かに話しかけている。

 僕に呼びかけているのかな?と思った。

 とても力強い声。僕を守ってくれる、低い声。

 

 優しい声。明るい声。力強い声。

 僕に話しかけてくる、よく分からない。分からないけど。

 もう天国が終わろうとしている気がする。

 そうだろう、こんな満ち足りた世界がずっと続くはずはない。それを僕は知っている。

 僕は何か覚えている。

 僕はゆっくりとそれを思い出してみる。

 

 ここではないどこか、たくさんの緑が見える場所。綺麗な部屋。広葉樹の植えられた秋の中庭。浮かんでは消える人の顔と思い出。

 ×××の顔。同級生からよく綺麗だと言われていた。僕にはいまいち分からないが、とても頼りになる人だった。僕は×××のおかげで僕になったのだと思う。

 ×××の顔。×××は子どもを放任して、あまり関わった記憶がない気がする。でも思い返してみると、小さい頃はたくさんの遊び場所に連れていてもらって、たくさん遊びを教えて貰った。関わりが少なくなったのは、僕の自立を促す為だったのか、今ではもう分からない。

 ×の顔。×は僕の転ばぬ先の杖だった。×が派手に転ぶから僕はそんな×を見て、色々なバランス感覚を覚えた。×は良くひどい目にあっても根っこは変わらずにいた。今思い返せば×はとてつもなく運が悪かった。でも長生きできそうではあった。×について色々ひどいことを思い返してはいるが、僕は×が僕の……であって良かったと思う。確か今付き合っている彼女とは、結婚するつもりだと言っていたな。爆ぜろ、この幸せ者。末永く。

 友人達の顔も浮かんでは消えていく。今更走馬燈を見ているようだ。

 ×××の顔。色々お膳立てして貰ったのに、お礼も返せなくて申し訳なく思う。ボーイッシュな子だったけど、時々ドキリとするような女性らしさがあった。人のいい子なので悪い男に引っかからないか心配だ。

 ××××の顔。……は思い出せない。天国に来てから全く思い出せなくなっている。彼女に恋をしていたこと。彼女の言った言葉は少しだが覚えている。死んでも忘れていない。どれだけ執着心強いのだろう僕は。忘れるつもりは毛頭無いけどね。

 彼女は、僕の真っ直ぐさが好きで、僕の考え方が好きで、僕の国語のテストの作文が面白いと言ってくれて、僕が本気で何かに打ち込んでいる顔が好きだと言ってくれた。

 僕は、彼女の誠実さが好きで、彼女の考え方が僕とそっくりなのが好きで、彼女の感受性が好きで、彼女の声が好きで、彼女が居眠りから起きた時の顔が好きで。

 色々な思いだけは僕の中に残ってくれている。

 どの思い出もバラバラで曖昧。いつのことかもわからない。

 家族の名前。友人達の名前。彼女の顔や名前。僕の名前。色々忘れてしまっても、この天国の中では何の空虚さもなく、ただただ幸福感に包まれていられる。

 天国が終わろうとしていても。

 


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