(7)おいでませ首国
ユキトたちは日が傾く時間、コバルティアの首都に辿り着いていた。
日の入りが遅くまだ街は十分に明るかった。
駅の周囲は箱型の高い建設物が立ち並んでいる。
この世界では高層の建物は少ないが駅の周辺の建造物は少なくとも20階を超える建物がほとんどだった。
統制された建物群は区画ごとにきっちり収まっていて、道路は広く人通りも多い。
街は賑やかで少し見ただけでも初めて目にするものに溢れていた。
ユキトが特に気になったのは金属の大きな箱に車輪が付いたもの。
人が乗る乗り物の様だが馬が繋がっていない。
ユキトがよく知る自動車に酷似した乗り物だった。
「あれは何なの、お父様!」
ナディアも箱型の乗り物に興味を示したようで、目をくぎ付けにしながら父に質問した。
「あれは機甲車というものだ。馬が引かなくてもマナの動力で車輪を回すことが出来るものだな。もう首都では一般に広まっているか……」
「昔からあの乗り物はあったの?」
今度はユキトが父に質問した。
「ああ、機甲車自体は20年くらい前に出来ていたが、当時は性能があまりよくない上に維持管理が難しかったから一部の特権階級の道楽でしかなかったんだよ。あれを見る限り実用化仕様の改良が進んでいるようだな」
ユキトから見てもこの世界の機甲車は前世で見たものによく似ていた。
勿論デザインはまるで違っていて、馬車に近い見かけではあるがそれなりの速さで走ることが出来る。
「まだまだ珍しいだろうな。バルバセクでは一台も見当たらなかっただろう?」
「うん。確かに」
ユキトが朝までいたバルバセクも古都とはいえかなり栄えている国の都市だ。その国では機甲車は見かけることが出来なかった。
これだけでも首国はかなり進んでいると言える。
ほとんど待つことなくアンセー家の迎えの馬車が来た。
ユキトの見たどんな馬車より大きく、黒く光沢をもった塗装がされていた。いたる所に金属の精緻な意匠が施され、豪華さに顔が引きつる。
もう一台馬車が来ていて、そちらの馬車はホーエイの使用人を乗せるためのもののようだが、駅にいる他の馬車の中でも全く見劣りしない立派なものだった。
中から黒の燕尾服を着た老人が下り立ち、ユキトたちを馬車へと案内する。隙のない着こなしの老紳士だったが表情は柔和でユキトに緊張感を与えない穏やかな印象をもつ人物だった。
影から護衛していた人間とはここで別れる。
ユキト自身を「青」と認識できる人間がほとんどいない以上、変に目立つことは極力避ける。
これ以降はアンセー家の子息としての護衛がつくことになる。
アンセー家の屋敷に向かう前にこの国で一番権威ある病院へと向かった。
街はユキトから見ても近代的に思えるほどの造りをしていた。
路面は平らに舗装されており馬車の揺れは少ない。
交通もルールが決まっているようでスムーズに流れている。
駅を少し離れれば色々なものを売る小売店が見て取れた。
駅周辺のように威圧感ある建物ばかりでなく、おしゃれな雰囲気の店舗や買い物に興じる家族の様子がそこかしこにある。
制服をきた十代の学生らしき人間が歩きながらお喋りをしている。
ユキトにとっては少しズレを感じさせるが、最も自分のいた日常に近い光景に見入っていた。
病院についてから一通り検査を受けてもユキトは健康だと太鼓判を受けただけだった。
ユキト自身自分でそれを理解していたが両親からしてみれば息子が突然倒れたことを気にしないわけではないだろう。
固かった顔はゆるみ、ようやく話をする余裕が出てきていた。
病院を出るころには日は完全に落ち、あたりに街灯が灯る時間となっていた。
あたりは夜とは思えないほど光に溢れていて、ユキトはそれにも懐かしい思いがしていた。
「ユキト、どうしたの?何だか首都に来てからずっと外ばかり見ているわね」
アンセー家に向かう馬車のなか、ナディアがユキトに質問してくる。馬車の中にはユキトの両親とナディアしかいない。ミリアたちは後続の馬車で追いかけてきている。
「懐かしいと思ったんだ……何だか知っている場所のような気がして」
「そう?私はちょっと苦手かも。……何か足りないような気がするわ」
ナディアはこの街に来てから少し表情が暗い。
思い詰めているほどではないが考え事をしているのは明らかだった。
両親はそんな子どもたちの様子を察しながらも敢えて聞こうとはしなかった。
ユキトは外を眺めていて気が付いたが、馬車は先ほどまでの街並みとは違う場所を進んでいた。
今までほとんど見かけなかった木や芝などの自然物が見える。
どこか自然公園を思わせるが、芝や木々にはしっかりと人の手が入っていた。
「あれ、ここどこだろう?」
「恐らくだが、もうアンセー家の屋敷の敷地なのかもしれないな……」
ユキトの父は半信半疑ながら答える。
馬車がこの緑のある場所に入ってから10分は走り続けている。
首都の駅からそう離れていない場所にこれ程の土地を所有するはずはないと考えながらも、最上位の華族ならば在りえるのかもしれないとユキトの父は思った。
やがて馬車は止まり扉が開かれる。
先ほどの老紳士が頭を下げ、立っていた。
ユキトの父も母もそれに特に目を向けることなく馬車を降りて行った。
二人ともいつもホーエイの屋敷で過ごす様子からはかけ離れている。
顔は穏やかであるが隙が無い。ユキト自身両親の感情を露とも感じ取ることが出来ないほど、取り繕われていた。
ナディアもユキトのように両親の雰囲気の違いを感じたのか目を丸めていた。
「こちらに」
老紳士はそう声を掛けると先導するように歩き出し、ユキトたちもそれに続いた。
屋敷の扉の前にはたくさんの使用人と思われる人たちがいて、ユキトたちが現れると一斉に頭を下げた。
綺麗に揃えられ、統率されたその様子にユキトは感動というより怖さを感じ、段々と自分の中の緊張が高まる。
無意識に母の手を握りしめ、ハッと気がついて離そうとしたが、母は優しく握り返してユキトに微笑んだ。
母の顔はいつもの愛情に満ちた顔であり、ユキトの中の固まった気持ちを溶かしてくれた。
ユキトは「もう大丈夫」というように母に頷き、手を離した。
人によってつくられたアーチの中を進みながら、ユキトたちはアンセー家の扉をくぐった。




