(6)一つの終わり5
シオンが目を覚ました時、そこは赤い液体が飛び散った部屋の中だった。
シオンの体も多くの赤い液体に覆われている。
シオンは自分の妹であるユリシオンが眠る場所に顔を向けた。
顔には変化はない。相変わらず生気を感じない白く、痩せすぎた顔。
ユリシオンを挟むようにしてアイもすぐ近くにいた。
薄紅色に形作られたマナの刃を振りかざし、ユリシオンの体に、何度も、何度も。
シオンはアイには目を向けず、アイに覆いかぶさるように憑りついた赤いマナを辛そうに見た。
「そんなに人間が憎いのかい……。××××」
目の前で自身が妹と語った人物の凄惨な姿を見ても、まるで動揺が見えない。
シオンはこちらに気付いていないアイに右手を向けた。
シオンの右手からは青い光が漏れ出し、アイを包む。
ユキトから託された「浄化」の光はアイに巣食っていた赤いマナを根こそぎ消滅させていく。
ユキトの法術は強力であり、赤のマナの抵抗などものともせず浄化し切っていしまった。
赤いマナは断末魔を上げる様に歪みを繰り返しながら塵も残さず消えた。
「僕にはもう、どうでもいいことだ。君の呪いが世界を滅ぼそうとね……」
アイの体は力を失いでベッドの縁に倒れ込んだ。
シオンはその体を受け止め、アイの頭を膝に乗せた。
シオンは赤と白と青に彩られた部屋の中、アイの髪を梳くように撫でる。
「アイ。やっと君を助けることが出来たね……」
シオンはそう呟き、傍らの妹の体を見た。
「ユリシオン。こんな形になったけど……君も、僕も、やっと解放されるんだね。この世界から」
自ら妹と語った少女の亡骸を見ても、表情からは穏やかさ以外の感情は見えなかった。
シオンはそう呟き、アイの頭を撫でた。
シオンの体からは白い粒子がチラチラと舞っていた。
「ユキト君には恩を返すと言ったのに……悪いことをしたね」
シオンの体は白い粒子が散るほどに希薄になっていく。
シオンは包み込むようにアイの頭を抱きかかえた。
「ありがとう、アイ。僕が生きたてきた年月の中で、君だけが僕の寂しさを埋めてくれた」
シオンはそっとアイから体を離し、最後の力で法術を行使した。
「ごめんね、アイ。僕は旅の中で君に沢山の嘘をついた。本当のことを話せなかった。僕は…………じゃないんだ………」
長年、その存在を秘匿とされ続けたサクリフィシオの塔は、人知れずその役割を終える。
白い光に包まれながら、塔はまるで蜃気楼だったかのように消えた。
そこに住まう人間たちは塔が消えたことに戸惑った。
隠蔽の力もなくなり、あたりは自然豊かな森林ではなく、荒涼とした白い大地が広がるのみ。
サクリフィシオの塔と白の神子が消えたことの真実を知る者は誰もいない。
真実を知る者は永遠にその存在を消したからだ。




