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ユキト視点
閃の月 29夜
早朝、僕はバルバセクの鉄道駅にいる。
あまり時間は経っていない筈なのにとても懐かしかった。
この場所に初めて来たときとは全てが違って見える。
良かったことも、悪かったことも、全部が僕の中でのみ込めたわけではない。
でも時間は流れるし、僕は前に進まなくてはいけない。
あの日、家族と再会した時もベンジャミン師匠は王城に来ていたみたいだけど、どうやらお父さまたちに遠慮して帰ってしまったそうだ。
師匠は忙しかったようで、その後すぐにコバルティア首国の首都に帰ってしまった。
師匠とは向こうで色々話をするように約束している。
恐らくイデアの法術に関わることだろう。
サーシェ様とは家族との面会の次の日に少し会ったきりで後は顔を合わせていない。
忙しい用事が出来たようだった。
サーシェ様は僕の顔を見て特に何も言わず頭を撫でてくれた。撫でられるのはそんなに好きではないけど、何となくされるがままにした。
メイドさんは相変わらずとぼけたことをよく言っていたが、少し元気がなかったようにも感じた。
鉄道の駅には僕とお父さま、お母さま、姉さん、グレゴさん、ジアード、それにミリアが来ている。
見当たらないが護衛の人が相当数いるようだ。僕はちょっと暑苦しいけど顔が分からないように帽子を目深にかぶって黒髪を全部しまっている。
ミリアは家族がバルバセクに長期滞在となったことで、色々と荷物を持ってこちらに来たそうだ。
僕がこれからアンセー家の屋敷に住むために必要な荷物などもミリアがまとめて持ってきてくれた。
ただ持ってきたのは代えのきかないものだけで、服などは現地調達するという。
お母さまが張り切っているのには戦慄を禁じ得ないけど。
ミリアたちとも顔を合わせたとき、ひと悶着があった。
僕が法術師になったことにミリアは顔の色を失ったらしいし、グレゴさんやジアードの態度もより慇懃なものになってしまっていた。
何とか説得して元通りに戻してもらったけど、どこかぎこちなさがあった。
コバルティア首国へは鉄道で半日の距離だ。
早朝に乗車して乗り換えなしで夕方前にはコバルティアの首都に到着する。
キリエさんやディッケンさんも先にあちらに帰り、僕を迎える準備をしているという。
何から何まで恐縮です。
やがて鉄道の準備が整い、正面の車両のドアが開く。
姉さんが僕の手を握り、歩き出した。
「行きましょう、ユキト」
「おいおい、溝に嵌るなよ、ユキト、ナディア」
お父さまも苦笑しながら続く。
「ここは肩車の出番ね……」
お母さまが肩を回して呟く。
「足は嵌らなくてもたんこぶが出来るよ!せめておんぶでしょ!」
僕はそれにツッコミをいれた。いつまで肩車のことを引っ張るつもりだろう、お母さまは。
まあおんぶでも遠慮したいけど。恥ずかしいし。
鉄道に乗り込み、用意された部屋へと入る。
行きの部屋より少し豪勢になっていた。三神教会の人が用意したらしい。
「ほお、最上級の貴賓室だな、ここ」
お父さまはそう呟いて部屋の内装を興味深く眺めている。
ミリアたちには別の部屋が用意してあり、そちらで到着までくつろげるようだ。
乗客がすべて乗り終えたところで、発車の警笛がなり、車両が揺れる。
僕は窓から過ぎ行くバルバセクの街を見詰めた。
僕が滞在した白亜の王城も視界の隅に見ることが出来る。
州都バルバセク。
僕はこの街を後にする。
多くのものを失い、他愛なかった暖かな日々は過ぎ去ってしまった。
僕に恐らく人並みの人生はもう用意されていないと思う。
それでも今だけは穏やかに過ごそう。
家族と一緒に。
旅の終わりで僕は彼らに大切なことを告げようと決意しながら。
ユキト視点 了




