(5)小さい小さい4
王城の空中庭園。
白い白亜の大理石と緑の木々、季節の花が咲く場所にサーシェが佇み、メイドが控えていた。
先日の襲撃の際、一時期荒れていたが今は殆ど元通りになっている。
崩落した大ホールはそのままだ。
本来なら王族は全員離宮へと移り補修工事に入るのだか、そうはならなかった。
現在この城には「青」がいる。
城の警備の人員を離宮に割くわけにもいかない。
立地上、襲撃の可能性を考えるなら城の方が守りやすい面があるため青を離宮に移すこともしなかった。
ユキトが気付いていないだけで城の内外の警備は厳重に行われていた。
「今頃どうなっているんだろうね」
サーシェの顔には憂いがない。
吹く風に茶色の髪をもてあそばれ、気持ちよさそうにしている。髪が乱れるのは気にならないようだ。
「私には分りかねますが、サーシェ様は分かっているのではないですか?」
メイドは淡々と表情を変えずに答える。ユキトに見せていたようなひょうきんさはない。
「冗談言わないでよ。僕は未来までは分からない。ただ彼が幸せな未来を思い描いているだけだよ」
メイドは主人の様子を見て、無表情に呟く。
「あなたは骨を折って彼らの仲を取り持ちましたが、あなたは何を得たというのですか」
サーシェはメイドの言葉に耳を傾けているのかいないのか、眼下の街並みを眺めていた。
「あなたは『青』を依存させ、こちらの都合のいいように動く人間に調略するよう、陛下より命じられたはずでしょうに」
暫しの沈黙の後、サーシェは街を見詰めながら言葉を漏らした。
「ユキト君は……かわいいんだ」
「……は?」
メイドは僅かに目を大きく開き、思考を止めてしまった。
「まさ……か、そんな理由ですか……」
「ああ、そうだよ。陛下の、父の頼みでもあの子を不幸にはできない」
サーシェはメイドに振り返り答えた。目は何処までも真剣であり、一片の偽りも見ることはできない。
「あなたは『青』がどれほどの存在か分からないわけではないでしょうに……」
国の防衛、人の流入、教会との取引。挙げればきりがないほどの利益と権威を生む金の卵。
時代が時代なら大陸さえ支配できるであろう圧倒的な力を持つ者。
国王は人心掌握力に秀でたサーシェ以外の王族を離宮へと追いやり、彼に一つの役割を与えていた。
青との信頼関係を築き、信用を得ること。
表面上はきれいな言葉で取り繕われているが事実は依存させ、無自覚に傀儡となる人形にしてしまえということだった。
事実サーシェが本気であればユキトをある程度制御することできるようになっていただろう。
ユキトが生まれてから抱えていたズレは、州都に来てから破たん寸前まで広がっていた。
サーシェはそれに気付いていた。
その心の隙間につけこむだけで短い期間で依存心を膨らませることが出来た。
サーシェのみが理解者であり、気持ちを分かち合え、心を許せる存在なのだと思い込ませ、少しずつ毒していけばいい。
しかしサーシェはユキトと対面してから今日までユキトを調略しなかった。
ただ食事を一緒に楽しみ、ユキトの退屈を紛らわせる遊びを行っただけだ。
「初めは思わず彼の容姿に見惚れてしまったよ。眼を奪われるというのは、ああいうことかもしれないね。でも心までは奪われてなかった。ただ綺麗な、美しいものであるだけならそこまでだったんだけど……」
サーシェは言葉を切り、それ以上メイドに語らなかった。
メイドもそれを見て取り、この話を止めた。自分の主人がこれ以上何も語らないことは何より理解している。
本心を誰にも語らない、サーシェがそんな人間であることを。
「報告は私が面白おかしくしておきます。どれだけお茶を濁せても、お咎めは覚悟しておいてくださいね」
メイドはサーシェに礼をとり、空中庭園を後にした。
「はは、我ながら変な気分だよ」
サーシェは天を仰ぎ、しばらくその場に立ち尽くしていた。




