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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第1章〈ユキト〉
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(0.3)長短の針を止める

 


 次の日の朝。いつも通り朝早くに起きた。

 いよいよ今日だ。

 彼女が訪ねてくると思うと何を話そうかと悶々と考えてしまい、ろくに眠れなかった。

 僕は割とメンタルが弱い。修学旅行もタコ部屋でみんなが寝静まって暫くしないと眠れない男なのだ。

 体調万全ではないが、寝不足のテンションで押しまくれば何とかなるだろう。

 昨日母さんに「もしもだけど、その彼女さんに告白なんてしないわよね?病院の病室なんて雰囲気のない場所で……」などと言われたが気にしない。

 僕は正直砕け散る気満々であるため些細なことを気にしない。というより成功するはずもない。僕は自分のおかしな行動で彼女を避けてしまっていたのだ。今更病室での告白くらい、たいしたことないだろう。

 ……いや、さすがに彼女に失礼だな。屋上か中庭の人目がつかない場所しよう。途中で病室に誰か来たら気まずすぎる。


 それから朝食を食べ、暫くして父さんと兄がお見舞いに来た。

 何であんたらが来てますのん。

 全然母さんの言ってた時間と違うじゃないか!

「おう、来てやったぞ」と兄さん。

「おはよう」

「意外と元気をそうだな。にしても、かなり綺麗な病室だな」と父さん。

「うん、そうだねー」

 父さんと兄さんは病室に来て、ベッドに近づいてからきょろきょろと辺りを見渡す。

 みんなそうだけど、病室に来るとみんな例外なく僕を見て病室を見回すという、黄金パターンを崩さない。1パターンだね。僕もやると思うけど。

「父さんも兄さんも忙しいだろ。特に用事もないなら、帰ってゆっくりしたら?」

「いくら何でも速すぎだろ、一言喋って帰るのは……」

 父さんは否定したが、兄さんはもう帰りたいようですよ。

 顔が「やることないわ〜。帰りてぇ〜」と言う顔になっている。このときばかりは兄に全面賛成だ。

「僕は元々、午前中に人に会う約束してるから、タミングが悪いんだよ。父さん達、来るって言っていた時間とまるで違うじゃないか」

「急に仕事が午後から入ったからな、顔出しだけでもと思ったんだよ。だから俺は今すぐ帰りたいけどな」

「そうなんだ……無理してこなくてもよかったのに」

「いや、俺もそう思ったけど……まぁ何となくだ。それに来られときに来とかないと、退院しちまいそうだしな」

 「元気そうだな」と兄さんはぶっきらぼうに付け足して言った。

 最近、兄とは昔より話したりする時間は極端に短いが、相変わらずなのはよく分かる。本当に色々と間が悪い兄である。

「だってよ、父さん。兄さんも忙しいならぱっぱと帰った、帰った」

 僕はそう言って追い出しにかかり、二人を見送った。

 兄はさっさと、父さんはしぶしぶ帰っていった。


 色々な意味でホッとする。彼女との鉢合わせは絶対避けたかったが、それとは別に兄の勘の良さもちょっと警戒していた。

 母のような嘘を見破るようなものではなく、さっきも言ったような虫のしらせを聞き取る勘。兄の「何となく」は怖いほど確信を突いてくる。

 兄は最悪なほど不幸な目に会い続けているが、不思議と本当に命の危険に陥ることは回避している。比喩ではなく、命が一個では足りないくらいの修羅場をくぐり抜けている。

 別に兄は悪いことはしていない。ただ不運なだけという、同情されるべき運命を生きている。

 本人は自分が不幸なんて一言も漏らしたことがない。当たり前にその人生を生きている。

 父さんは色々鈍感だから、母さんや兄のような勘の良さは皆無だ。

 よく考えると僕の性格は父さん似な気がしてきた、今日この頃。


 日が高くなり、朝より気温が上がっているが、まだまだ外は冷えている。中庭は夏と比べれば少し色合いが侘びしくなっているのだろうが、まだそこかしこに葉を茂らせた常緑樹が見える。


 僕は車椅子を使い中庭まで降りてきていた。入院しだしてからは、よく車椅子で散歩していたのでそれなりに上手く扱えるようになった。腕力が伴っていないため苦労はするけど。


 僕は中庭にあるベンチの一つに腰掛ける。

 僕は彼女の携帯の番号を知らないので、妹さん経由で待ち合わせ場所を中庭にしてもらった。何か部活の試合前の緊張感と似ているが、色々な感情がない混ぜになっている分、こちらの方が落ち着かない。

 僕は彼女に来て欲しい、会いたいと思うことと同じくらい、会いたくないと言う気持ちがある。

 告白をしてしまえば、どんな結果に終わろうと後戻りできない。ほとんど会ってすらいない相手と、全く会わなくなるだけの話だと納得できるのだろうか。

 友達からなんていう選択肢は端からない。それはもう遅いことだから……。

「……あっ」

 一人の女の子が僕に気付いたようにこちらにやってくる。真っ黒な髪を肩の辺りまで伸ばしている。黒目で眼鏡を掛けているが、僕が以前見たものと違い、銀縁の垢抜けたデザインだ。

 服装も女の子らしい。僕が知っている彼女と違う。おしゃれに気を遣う女の子になったようだ。

 高校デビューという言葉が頭に浮かび、ものすごく言いたい衝動に駆られるが、止めておいた。

 変わった彼女を見て、寂しい感情が湧いたがそれも考えないようにして胸の内に納めた。


「おはよう。久しぶり、というほど久しぶりでもないけど、僕のお見舞いに来てくれてありがとう……」

「おはよう。久しぶりだと思うよ。君の顔が分からなくなっていたら、どうしようかなって思うくらいには」

 涼やかな女性特有の高い声、彼女ははにかみながら笑い、そう答えた。

 胸はドキドキしていたが、言葉はすんなり出てきてくれてホッとした。相手に緊張しているとは悟らせたくない。

「それは僕の方だよ。なんだか雰囲気が違うし、何より眼鏡が違うから一目じゃわからなかったよ」

「相変わらず、おかしな事を言って。でも私は、君とは逆の感じを受けたけどね。何というか変わってない……と言えばいいのかな。私が君と会ったときのままみたいな」

「そうかな?」

 意識したこともないが、男として大人びていないと言うことだろうか。だったら嫌な事実だ。

「あ、悪い意味じゃないよ。安心する感じとか、純粋そうと言うか、真っ直ぐな感じが……」

 そんな取り繕われるとますます落ち込みそうになりますよ。

 彼女は、うんうん言いながら言葉を探しているが、やっぱりうまい表現が見つからないようだ。

「まあ、僕自身何も変わろうとしていなかったからね。たぶん悪い意味で変わってないだけだよ」

 僕は彼女に少し困ったように笑いかけた。

「そんなことないよ……」

 彼女はやっぱり言葉が見つけようと、眉を寄せて思考を再開した。この話題はあまり掘り下げるべきでないと判断し、僕は別の話題をふる。

「あ、そういえばまだ塾に通ってる?」

「え、うん。高校生になってから定期的には無理になっちゃったけど、妹も通ってるからそのついでに勉強みてもらってる」

「そうなんだ。先生は元気?」

「もちろん。あの先生が元気じゃないところなんて想像も出来ないよ」

 僕と彼女の繋がりは、元々同じ塾生だったところから来ている。

 先生というのは御年60歳の女性である、塾の先生だ。

 かなり頭のいい人で、塾では主に中学生と小学生の内容を教えているが、理系の科目なら高校の内容を楽に解ける。私塾であり先生の趣味に近い塾で、月謝は塾にしては格安だが、内容は濃密だ。

 冬休みの時など毎日、朝の7時から夜の10時過ぎまでみっちり勉強させられ、休みの日は物理的に終わらない量の宿題が出る。

 当然終わらなければ説教&新たな課題を出される。本当に厳しかったが、同時にあそこまで勉強に打ち込み、高校受験に臨めたのは先生のおかげだろう。

 感謝し切れないし、厳しさが骨身に染みているため逆らうことは困難だ。

「先生にはよろしく言っておいて。ご自愛くださいとか……」

「分かりました。年なんだから無茶しちゃだめですよって言っておくね」

「それは洒落にならないよ……」

 二人で先生のことを思い笑ってしまった。やっぱり、1年くらいしか時間が経っていないため、色んな事が思い出せる。

「学校はどう?僕は部活ばっかりで面白味のある話題はないけど」

「学校か…まあ色々あるかな…」

 誤魔化すように髪に触り、顔正面に向ける。話題を間違えてしまったようだ。たぶん悪いことを思い出したのだろう。

 彼女は妹や先生に対しては愚痴などを言ったのを見たことはあるが、僕に対してそれを話題にしたことがなかった。当たり前の話だが、あんまり心を開かれていないのだろ。それとも女の子は男に愚痴を言わない生き物なのかもしれない。そんなアホなことを考えてみた。

「全然話が変わるけど、今日はお見舞いに来てくれてありがとう。折角の休みだったのに」

「そんなことないよ、私も君のこと心配してたんだから。妹に聞いても教えてくれないし…」

 おお、心配されてたんだ。気に掛けてくれたみたいでうれしい。妹さんも焚き付けるためとはいえ、お姉さんに僕のこと話してもいいだろうに。

「でも、妹さんと先生に行ってくるように言われたんでしょ?来てくれてうれしいけど、無理をしてたら申し訳ないなって……」

「え、先生にも妹にもそんなこと言われてないけど?」

「あれ?ああ、そうだったんだ。ごめん勘違いしてたよ。てっきり二人が説得したからお見舞いに来たかと思ってた」

「二人ともそんなこと頼まないよ。お見舞いに行くんなら、自分たちでいくでしょ」

「そうだね…」

 何だ?こんがらがってきた。妹さん、確かに先生と二人で焚き付けたって言っていたよな。それに彼女に取ってみれば、妹さんや先生がお見舞いを勧めるのは不自然と言える。

 彼女は僕が彼女に対して特別な感情を持っていると知らない。だから焚き付けられる意図が伝わらないから不自然。そもそもなぜ焚き付けられるのかという疑問になってしまう。彼女の言うことをそのまま信じればだが。

 妹さんの奇行はこの際いいとして、彼女は本当に自主的に来てくれたのか否か。

 もちろん自主的に決まっているだろう。なぜならばその方が僕は幸せを噛みしめられるからだ。思い込みは最高だぜ。顔がにやにやするのを押さえるため僕は俯いた。

「大丈夫?辛いようなら中に入る?」

「いや気にしないで、ちょっと考え事してるだけだから」

 まずい。彼女が心配そうにこちらを見ている。僕はすぐさま顔を上げ笑ってみせる。

 ここで病室に戻ってしまえば、言いたいことが全く言えなくなってしまう。もうニヤニヤしててもいいや、笑えるうちは笑っておこう。告白して笑えなくなったときの為に。

「そうなの?でも本当に大丈夫そうだね。妹が大丈夫そうってことだけは教えてくれてたけど、顔色もいいし元気に見えるね」

「うん、調子はいいね。ただ体の動きが悪くなって、日常生活が困難だから入院してるだけだよ。原因が特定できてないから、治療が始められないらしいけどね」

「そうなんだ…」

 彼女は少し視線を下げた。軽い感じ話したつもりだが、やっぱり暗い話題になってしまった。

 顔色が良くても車椅子に乗っている所為か、傍目からは重病人に見えるのかな、僕。他の患者さんよりよっぽど元気なのに。

「僕は元気だからそんな顔しないでよ。治療が始まればあっという間に治っちゃうよ。治療が長引きそうでも、逆立ち歩きで病院のどこでも練り歩けるぐらい鍛えればいいしね」

「フフッ、そうだね。君ならできそうだね」

 そういうと彼女は顔を上げてこちらを見てくれた。

 どきどきしながらも眼鏡を掛けてると目が大きく見えるな〜と馬鹿なことを考えてしまう、僕だった。

 もうこのぐらいでいいだろう。彼女と話せて、楽しかった。うれしかった。だから。



「君に、ずっと言いたかったことがあるんだ」

 彼女の眼をじっと見詰め、言葉を紡ぐ。声が震えないように少し張るように意識した。

「僕は君のことが好きだった。出会ってから大分たってからだけど、君のことが好きになった」

 彼女は、驚いて目を見開いているが構わず続ける。僕だって余裕なんてないのだから。

「僕は君の感受性が一番最初に好きになった。どうして見たこと聞いたこと、読んだ本のことをあんなに豊かな思いもよらないような言葉で語ることが出来るんだろうって…」

「そうしたら君のことが気になり出して、色々な君のことを見てきてもっと好きになった」

「友達のために怒って、その子を助けるためにがんばってるところ。後輩の勉強を教えてるときの声。居眠りして起こされたときの不機嫌そうな顔も……」

「どんどん好きになったから君との距離感が分からなくなって、僕は自然と塾から足が遠のいてしまったけど、今も好きなんだ、君のことが」

「………」

 まだまだ彼女の好きなところはたくさんあるけど、全部は言い切れない。僕の心臓がもたないし、目の前の彼女は真っ赤になってこちらを凝視している。僕は目を逸らさずにじっと彼女の瞳を見つめる。眼鏡のレンズ越しに覗く黒い瞳はとても綺麗に見える。

 やっと彼女に言葉にして告白できたことに、僕の胸は甘く締め付けられていた。

 でも、もう終わりだ。結果は見えているしね……。


「私は……」

 彼女は戸惑うように何度か口を開いたり、閉じたりを繰り返し、一度ぐっと口を閉じてしまった。

 僕は彼女のしゃべり出すまでの時間がとてつもなく長く感じた。もう彼女は何も喋ってはくれないと思えるくらいに。

 実際には10秒ほどだっただろか。彼女は再び言葉を紡いでくれた。

「私は……君の真っ直ぐなところが好きだよ。勉強でも一直線にがんばって、部活でもあっという間にすごい成果を出しちゃう。成績も、もの凄い伸びかたで、私も負けてられないって努力したんだから」

 彼女がこちらを見つめ言葉を紡いでいく。僕のための言葉であることが、どうしようもなくうれしい。

「私は君の考え方が好きだったよ。国語の課題をしてるときでも、お喋りをしてるときでも、自分の考えを持っているのが伝わってきて、すごく大人に感じた。見かけは子どもっぽかったけどね。これは余計だったかな」

「本気で何かに打ち込んでるとき、すごく真剣な顔をしていて、すごく魅力的に感じてた」

 彼女から見た僕は、自分とは思えないほどの好人物に聞こえてくる。でも彼女の一言一言が胸に刺さり、一生忘れられそうにない、傷を残していく。彼女の言葉は僕にとっては残酷に感じる。

「今も変わってない。真っ直ぐで、真剣で自分の考えを通してる」

 彼女は再び口をつぐんだ。言わねばならないことを僕に伝えるために。



「今……何で、今なの?私には恋人がいるのに。彼氏がいるんだよ……」

 そうだ。彼女には恋人がいる。ずっと以前、僕が彼女に恋心を抱いて少し期間を置いてから、彼女は好きな人と恋人になった。

 僕は彼女の口から直接それを聞き、分かってはいたことでもショックを受けてしまう。

 僕が塾に顔を出さなくなった本当の理由は、恋人ができ、変わりだした彼女を見たくなかったという、本当に卑屈な思いからだった。


 僕は何とか、乾ききった口を開き用意しておいた言葉を言った。

「どうしても伝えたかったんだ。恋人がいるって分かっていても。そうしないとずっと僕はウジウジしたまま。好きな子に告白できない男のままなんて嫌だからね」

「…え、えーと、それって別に私と付き合いたいとかそういう意味じゃなくて、君の踏ん切りをつける意味で告白されたの、私?」

 意味は理解しているようだが、完全にはのみ込めていない様子でポカンとする彼女。

 玉砕目的の告白なんて理解できなくて当然だろう。僕も他人がこんなことしていたら、理解できないだろう。

「だいたい合ってるけど、僕はまだ君のことが好きだから。オッケーしてくれたら是非とも交際をお願いするよ」

 冗談めかしに笑いながら答える。内心では、今にも狂ってしまいそうなほど感情が荒ぶっているが、笑顔を決して崩さないよう感情を必死に押しとどめる。

「はあ〜〜〜〜〜本当にたちが悪いよ、君は。あんな告白しておいて。私ものすごくドキドキして、混乱して、とにかく色々考えちゃって、ちゃんと答えないとって……聞いてるの!そんなニコニコして!」

 そうやって喋っている内に、顔の硬さがほぐれていき、しばらくぶりに彼女が笑った。僕にとって、とても永く感じた時間だった。本当は5分もないやり取りだっただろう。

「驚かせて申し訳なかったけど、僕も新しい恋を見つけたいからね」

 彼女はそれを聞いて不思議そうな顔をした。それから少し寂しそうに笑った。

「やっぱり訂正。君は少し変わったよ」

 どこがとは聞かない。それは僕にも分かっているから。

「成長したと言って欲しいなかな」

 僕は彼女と目は合わせず、そう答えた。


 彼女は持っていた花束を僕にくれた。何でも先生が選んだ花で、生け方も細かく言われてきているそうだ。

 僕たちは病室に戻り、彼女に花を生けて貰い、お茶を飲み、出会って間もない頃のように、他愛ない話をして別れた。

 僕は彼女の帰る間際「彼氏のことは好き?」と聞いてみた。彼女は顔を赤くして、まごつきながら「う、うん」と言った。困った顔もかわいかった。

 そうして彼女は病室を後にした。綺麗に飾り付けられた切り花を置いて。


 静かになった部屋の中、ベッドに体を沈める。

 この一週間我慢し続けた眠りが一気に押し寄せてくる。

 一週間、仮眠のみで熟睡はしなかった。

 病室には僕が一週間前に見た蛍のような光が漂っていた。

 僕はそれが目に入らないように俯いてやり過ごす。


 僕の周りに漂う「蒼」の光は僕の意識のない時を狙い体に入り込んできていた。蒼の光を取り込むたびに体の重みが増し、体は徐々に動かなくなっていった。だから熟睡することを止めた。

 だけど全く眠らないことなどできず、体は徐々に自由を奪われていった。そして気を抜けばひどい眠気が来る。寝不足からでなく、あの光を見つめると意識が途切れそうになる。

 眠りと言うより、あの光に魅入られてしまえば、もう目覚めることが出来なくなるような恐怖があった。

 だからあまり目に入らないようにしていたが、あれは僕が移動すればついて来ていたので、どこにも逃げられない。そしてあの光は僕以外には全く見えない。

 誰に言えるだろう。そんなことを。


 でも、もういい。さすがに疲れてしまった。

 今日まで抵抗できたことが奇跡なのか、それとも「蒼」の光が加減していたのかは分からない。

 「蒼」い光は今までの淡い光ではなく光の粒子をまき散らしながら、病室を光で満たしていった。

 今まで待ってくれていたと、考えるのはいくら何でも感傷的すぎるだろうか。

 僕は僕の体の自由を奪おうとする「蒼」い光がどうしても憎くはならなかった。

 この光はとても悲しく見えてしまう。初めてあった蛍と勘違いしたときでさえ、弱々しく孤独に見えてしまった。

 悲しい光にどうしようもなく、今の僕は惹かれてしまう。


 瞼が重く、閉じきってしまえばもう開くことは出来ないだろう。

 だから自分の意志で瞳を閉じた。

 誰かや、何かの意志でなく。自分の意志で。

 

 

 誰もが等しく

 時を刻む

 僕は自分の意志で

 時の針を止めた


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