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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(5)小さい小さい3

 僕は確かに思っていた。

 失っていた大切な記憶の1ページが僕に訴えかけることによって。

 新しい家族と、向き合おうと。

 そう思っていた。



 誘拐事件後に起こった一連の騒動。

 法術師の力が僕に起こした変化。

 

 僕はもうすぐ彼らとの家族としての縁が切れる。

 コバルティア首国の華族であるノート家の養子となることは既に決まっている。

 全てが遅すぎた。

 

 今更、彼らと向き合おうなど、一体何様なのか。

 何年もの間、拒否感に苛まれ、遠ざけてきておいて、僕はいまさら何を分かり合えるというのか。

 

 

 

(ユキト様)

 静かな声が響き、僕は思案の海から浮上した。

 僕の様子を見て取り、メイドさんが心配そうに眉を寄せていた。

(ユキト様。あなたの憂いていることを私は察することはできません。ただ、サーシェ様を信じてみてはくれませんか?)

 僕は正面ののぞき穴からサーシェ様と家族が談笑しているのを見る。

 いつの間にか会話が弾んでいるようだ。

 お父さまもお母さまも姉さんもサーシェ様の話に熱心に耳を傾け、笑顔を浮かべていた。

 サーシェ様も表情をクルクルと変えながら、身振り手振りを交えて話を盛り上げている。

(あの方は私から見ても王族としての資質はあまり感じません。ですが、あの方の人を見る目は確かです。人の能力や資質を見抜く目ではありません。人の心を見る目は何より優れた方なのです)

 メイドさんからはサーシェ様を尊ぶような声の響きが含まれていた。


 僕はメイドさんの言葉に納得できる。

 僕はサーシェ様と過ごした時間は、この城の中にあって唯一心安らかなものだった。

 あの人が僕の苦しみに気付いていたのか、それは分からない。

 例えどうであったとしても、サーシェ様が僕を励ましてくれたことに変わりはない。


(僕もサーシェ様が思い付きでこんなことをしているとは思っていませんよ。ただいきなり閉じ込められたのには納得できませんけど)

 メイドさんは僕の顔に一定の理解の色を見て取り、目を細めた。

(それは私の発案です)

 ……うん。

 だいたいこの人がわるい。

 僕はメイドさんから気を逸らすように、のぞき穴から部屋を眺めた。




 サーシェ様はポケットから丁寧に包まれていた数枚の映像媒体(写真)をテーブルに載せていた。

 僕ののぞき穴からは映っているのが何なのか分からない。

「さあさあ、今度のはチョイとお目にかかれない品物だ!」


 サーシェ様からは国王様や王妃様が持つような威厳や覇気みたいなものを感じたことはない。

 知り合って間もない頃、サーシェ様は僕に「親しみやすくはあるが、それは同時に侮られやすさとも捉えられる。兄弟とよく比較されたものだ」笑いながら語っていた。


「わあ、なにこれ、可愛いい!」

 姉さんがサーシェ様の映像媒体を見てはしゃいでいた。

「まあ、こんなにリラックスして写っているなんて……」

「ほお、確かにこんなに無防備なのは見たことが……」

 両親も熱心に見つめている。

 サーシェ様は動物の写真でも見せているのだろうか。

 メイドさんはここからでも見えているようで僕に何の映像媒体か教えてくれた。

(ここから見る限りだとユキト様のブロマイドのようですね。以前色々な衣装を着せられて撮られていたものですね)

(よし、今からあの鬼畜王子を簀巻きにします)

 なんてものを家族に見せているんだ、あの人は!

 僕は勢いよくクローゼットを開けようとしたがメイドさんによって阻止される。

 肩を押さえるだけではなく、手を僕の体に巻き付けて動きを封じられた。

(本来なら客人のあなたにこんな無礼は慎むべきなのでしょうが、これもサーシェ様の考え。どうかあの人の所為に。ええ、すべてはサーシェ様が悪いのです)

 舞台の女優のようなセリフだが言っていることは最低だ。

 ある意味メイドさんのおかげで頭に上っていた血が下がってくるが、家族にあの映像を見られていることに変わりはない。

 本当に顔を合わせたときにどんな態度をしていいのか分からなくなった。



「とまあ、これがユキト君の城での生活の一部かな。他にもないことはないけど、僕が話すよりユキト君に聞いた方がいいでしょう」

 サーシェ様はいい笑顔でそう締め括った。

「ありがとうございました。こんなに色々な話を聞けるとは思いませんでした。それに、ユキトも王城でいい人と知り合えたようで何よりです」

 お父さまがそう言ったことに、サーシェ様は少し顔を曇らせる。

「いや、申し訳ないが本当にこれはユキト君の生活の一部でしかない。教会の神官が城に来てからはすっかりとふさぎ込んでいた……」

 サーシェ様はそう言って顔を伏せる。それにお母さまも恐縮して答えた。

「そんなに思い詰めないでください。こんな状況の中、ユキトのことを気にかけてくれて本当に感謝しています。それに……」

 お母さまはテーブルの上の映像媒体を一枚手に取り、サーシェ様へと向けた。

 僕の方からもそこに何が写っているのか見ることが出来た。

「ユキトがあなたに気を許している。それだけで、私たちにとって城での暮らしが辛いものばかりでなかったと思わせてくれます」

 その写真はサーシェ様と僕が写っているもの。サーシェ様が頼んだブロマイドではなく、ごくごく自然に写されたものだった。


 部屋の中で軟禁されていたとき、サーシェ様が僕を連れ出してくれた時の写真。

 サーシェ様と初めて遊んだ時ともいえる。

 庭園や城の中を神官さんに見つからないように、かくれんぼの要領であっちこっちに逃げ回った。

 最終的に見つかってしまい、僕は部屋に連れ戻された。

 サーシェ様は両親に叱れ、立場を悪くされて神官からも目の敵にされていた。

 サーシェ様も負けずに神官を目の敵にしていたが。

 臨時列国会議以降はいつも僕のところに来て、退屈なんてまるで感じないで過ごすことが出来た。それはあまり国王様たちに歓迎することではなかったようだけど、僕が楽しんでいるのを見て、止めるようなことはなかった。


 メイドさんも僕と同じように写真を眺めていた。

(あの映像媒体をとったのは私です。いわば私の功績ですね)

 メイドさん……あなたって人は……。


 サーシェ様はお母さまの言葉を聞いて、沈黙する。こちらからは後ろ姿しか見えないため表情はうかがい知れない。

「あ、あの〜」

 大人たちの雰囲気に耐えかねてか姉さんが口を開く。

「ユキトはまだ戻ってこないんですか?結構時間が経ったんですけど……」

 それを聞きサーシェ様は取り繕うように陽気に話し出した。

「おお、本当だね。ちょっと様子を見てこようか」

 そう言ってサーシェ様は椅子から立ち上がり、素早く部屋を出た。

 家族はその機敏な行動に何も言えず見送ってしまった。

 本来客人だけを部屋に残すことは失礼にあたる、らしい。聞きかじりだけど。

 僕としてはサーシェ様らしいと感じてしまうけど。


 メイドさんは僕を連れ出してクローゼットの裏にある隠し通路からどこかの部屋へと移動した。

 出入り口は貴賓室からいくつか部屋を挟んだところにある物置のような場所だった。

「おかえり。早速だけど心の準備はできたかな?」

 サーシェ様は既に部屋の中にいて僕らを待っていた。

「……少し気が楽になった気がします。あまり自覚がなかったんですが、僕は気を張っていたんですね」

 サーシェ様は僕を見詰め、頷く。

「ユキト君は見かけ以上にずっと思慮がある。でもその思慮は君の気持ちも自覚なしに追い込んでいるんだよ」

 サーシェ様は僅かに身を屈めて僕に視線を合わせた。

「バルバセクに来てから君が受けてきた扱いは、大人だって耐えられるものではないんだ。君は内側に気持ちを閉じ込め過ぎているよ」

「………」

 僕はサーシェ様の言葉を無言で聞く。

「僕だって君のことをちゃんと理解してあげられるわけではない。でもね」

 サーシェ様の翠水晶のような透明感のある瞳は僕を励ますように瞬いていた。

「彼らなら君を理解し、受け止めてくれる。私にはそう思える」

「できることなら蓋をしたままではなく、本来の君で彼らと向き合ってほしい」



 メイドさんが言っていた、人の心を見ることに優れているという言葉は甘いと思う。

 この人は人の心が読めるのではないだろうか。

 サーシェ様は僕の様子に何か感じたのか顔を伏せる。

「ごめんね。立ち入り過ぎることは良くないと思っている。でも君が苦しんでいるのを放ってはおけなかった……」

 この人が僕から感じたことは正しいのかもしれない。

 特別な力なんかじゃない、人として苦しみを感じ取り、思いをくもうとしてくれる。

 僕は僕よりつらそうな顔をしたサーシェ様に答えた。

「……まだ、怖いと思っています。僕は向き合ってもいいのか、ちゃんと話ができるのか、……僕のことをどう思っているのか……、それを聞くのは、すごく怖いです」

 サーシェ様は緊張したように膝の上の置かれた手に力を入れていた。

「サーシェ様。僕は………いいのでしょうか。今まで誤魔化してきた、言い訳してきた気持ちが膨れてきて、僕は自分が分からなくなって、ずっと取り繕って……」

 サーシェ様は僕の言葉を手で制する。ここから先の言葉を僕に言わせないように。

「行こう。その気持ちは彼らに話すべきことだ。私に言うべきことではないよ」

 サーシェ様は僕の前から立ち上がり、扉へと歩いた。

 僕もそれに続いた。

 メイドさんはいつも間にかいなくなっていた。



 サーシェ様は貴賓室の扉の前までついてきてくれたが、後は一人で行くようにと僕に声を掛けて去っていった。

 僕は扉の前で深呼吸するが胸の熱は一向に冷めてくれない。

 心臓がうるさいくらいどくどくと脈打っている。

 これが本来の僕が蓋をしてきた気持ちなのだろう。

 嬉しさ、不安、喜び、戸惑い、後悔、ない交ぜで一言では語れない感情があふれ出てくる。

 僕は最後に大きく息を吐き、扉を開いた。

 

 

 扉の先でお父さま、お母さま、姉さんが振り返る。

 のぞき穴越しではない、三人の顔。

 さっきまで何でもなく眺めていたのに今は冷静になれなかった。

 胸の熱さは体中に伝播し、決壊した。




 ユキト視点 了





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