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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(5)小さい小さい2


 ぼんやりとしていたとき、貴賓室の扉が開く。

 部屋の置時計は丁度10時を刻んでいた。

 例のメイドさんが来客を伴い貴賓室に入ってくる。

 この人はバイタリティの塊だね。子どもの世話から来客の案内までするなんて。他にもたくさん使用人の人たちがいるのに、どうしてなんだろう?

 

 部屋にまず入ってきたのはお父さまだった。

 相変わらず、眩しい容姿だ。なにこの男前。笑顔で入ってきたと思ったら急に立ち止まり、僕の方を穴が開くほど見詰めている。


 次に入ってきたのはお母さまだ。お父さまより力強い足取りで扉を通ってきた。

 そしてガツッと靴が鳴るような音を立てて急停止した。

 お父さまと同じように僕の方を見て固まった。

 なにこれコントなの。

 ネタ合わせでもしてきたのだろうか。楽しい家族ではあるけどこんなところでまで来てまでそんなサービス精神を出さなくても。


 最後に姉さんが入ってきて来た。

 お母さまの影から出てきて、鼻を押さえていた。さっきの音は姉さんがぶつかった音か。

「お母様、急に止まらないでよ……」

 鼻を撫でながら涙目になっている。姉さんもかなりの勢いで入ろうとしたんだね。

 姉さんは僕の方に視線を向けた。

 少しの間僕の方を見詰めてから視線を逸らし、辺りを見回した。

 まあそうなるよね。普通。



 メイドさんが後から入ってきてお茶の用意をしてくれている。

 狙いすまされたようなタイミングで茶器を乗せたカートがガチャリと音を立て、両親は硬直から溶けた。

 未だ会話らしい会話をしていない。

 メイドさんがお茶の準備をしている間部屋には気まずい空気が流れる。

 両親も僕の方をチラリと見てはどう言葉を言おうか迷っているように見える。

 お母様はチラリというかチラチラこちらを見ている。いっそ見詰められた方が気にならない。

 姉さんはこういう時一番に声掛けてきそうなのに未だ沈黙している。

 メイドさんは準備を終え、退室していった。

 その時メイドさんが笑いを堪えているように僕には見えた。


 メイドさんが退室したタイミングでお父さまが困惑しながら口を開いた。

「えーと、君は誰だい?ユキトがいると聞いてこの部屋に案内されたんだが……」


「うん、ここがユキト君の部屋で合っているよ」

 そう答えたのはサーシェ様だ。

 家族の目の前には彼しかいない。

 何でこんなことになったのか。

 それはあのメイドさんの所為だ。



 朝食の後サーシェ様がメイドさんを連れ添って訪ねてきた。

 この時点で僕はかなり嫌な予感がしていた。

「ユキト君!僕も君の両親と会ってみたいんだが」

「却下で。いえ、すいません。辞退させてください」

 思わず敬語が抜けてしまう。この人なにを言い出すんだ。メイドさんは真面目な顔を張り付けている。

「この人から話を聞いたのだよ。それでちょっと君の両親に興味が出てね、話をしてみたいんだ」

 サーシェ様はメイドさんに振り返り答えた。メイドさんは黙って頭を下げる。

 あなた一体何をこの人に吹き込んだんだ。

「いえ、興味があるからと言ってそんな事……」

 断ろうとしたとき、サーシェ様は僕に頭を下げた。

 僕は驚いて言葉に詰まる。

「どうしてもお願いしたい。これが僕の最後の我が儘だから」

 必死の顔で僕に頼み込むサーシェ様を見て僕は何も言えなくなり、了承した。

 


 そして現在。僕はサーシェ様の座る椅子の後ろにある、クローゼットの中に隠れさせられていた。

 のぞき穴があり、部屋の様子がバッチリ見える。

 

 なぜぇ?

 

(どうやら上手くいったようですね)

 突然耳元から声がかかり肩が跳ね上がる。

 危うく物音をたてそうだったが、声の主はそれを予期していたのか僕の肩をしっかりと押さえていた。

 声の主というかメイドさんだった。

(この王城にはいたる所に秘密の隠し通路があります。このクローゼットもその内の一つです)

 少し誇らしげに語っているが、あなたは隠し通路を盗み見に使っているんですか。

(いえ、普段はこんな使い方しませんよ。今回は特別です)

 ……僕、今心の中で呟いただけなんだけど。

(サーシェ様からユキト様が飛び出さないように押さえておけ、と命じられていますから大丈夫ですよ。ばれてしまったときはサーシェ様に全ての罪を擦り付けますから。ついでにこの間うっかり壊した陛下の大事にしていた茶器の件もサーシェ様の所為にします)

 メイドさんはいい顔しながら最低なことを言っている。

 メイドさんの発言が不穏すぎるが取り敢えず流すことにした。真面目に反応してもこの人を喜ばすだけだろう。

(あの、僕はどうして隠れているんですか?サーシェ様からお母さまたちが来る直前にクローゼットに放り込まれて『出てきちゃ、メッ!』なんて言われたんですけど……)

 メイドさんは少し考えるように沈黙してから口を開いた。

(私も詳細までは聞いてはいません。ただ……)

 メイドさんは肩に手を置いたまま、見上げる僕の瞳を覗き込んでいた。

 メイドさんの瞳は僕を見透かしているようで少し変な気持ちになる。

(サーシェ様は無意味にこんなことをしているわけではないことは分かります。恐らく、ユキト様から何かを感じ取っていたのではないでしょうか)

 


(私から見ても、ユキト様は家族と会うことを望んでいるようには見えませんでしたから)

 


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