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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(5)小さい小さい

 ユキト視点



 閃の月 20夜


 体のだるさを感じながらベッドから体を起こす。

 少しはこの部屋にも慣れてきたけど、あまり気持ちのいい目覚めじゃない。

 あの会議以降、教会の人間の世話人が減り、最初のころのように王城の人が身の回りのことを手伝ってくれるようになった。


 僕の知らないところで色々な取り決めがなされ、僕はこの城からもう少しで出ることになる。


 ホーエイの屋敷には帰れない。

 コバルティア首国のキリエさんの屋敷に引っ越すという。

 師匠や色々な人たちの尽力で、僕が三神教会やほかの勢力に利用されないための措置としてだ。

 ただこれは当初師匠が計画していたものとは違う結果になっている。

 本来なら会議の場で師匠の提案で僕を会議場に呼び、僕の意見を押し通す形になっていた。

 乱暴に聞こえるが師匠の根回しと情報のおかげでそれは十分に可能なはずだった。

 3割の可能性で僕はホーエイで過ごしながら敵年齢が来た時点で法術師として認定を受ける。

 5割の確率で教会から神子の認定を即座に受ける。

 残りの可能性は会議後、法術師の認定を受けたのち、魔物の領域の前線に行くか、どこかの国の所属になるか。

 しかし襲撃を受けたことで取れる手段がほとんどなくなった。

 手段が限定されたことで、ベターな選択がとれるようにはなったといえる。



 身支度を整えてから、朝食に向かう。

 食事は部屋でとってもいいんだけど、教会の人たちからの軟禁から解かれてからは殆ど食堂で食べている。

 部屋に籠るよりはいいと思うけど、どうにも苦手なことはある。

 まず僕の前を歩くメイドさんだ。

 道に迷わないようにということでいつも付き添ってくれている。

 終始無言、なわけではなくすごく話しかけてくるのだ。

 何だか子供のように思われていて心外だ。

 

 しばらく雑談しているとメイドさんが思い出したように顔をハッとさせた。

「ユキト様、本日は来客がございます。10時頃にご家族方が来城されるそうです」

 メイドさんがこちらに振り返り教えてくれた。

 どうやら忘れていたらしい。

 このメイドさんは何というか、いい加減なのか、こちらの肩の力を抜くのが上手いのか困ってしまう。

 僕もこういうところを見て肩の力を抜くことが出来るから、恐らく後者なのだろう。

 ただ狙ってではなく、生来の気質だろう。

 この人のおかげで王城に来た当初でも不安は大分ましだった。

 すぐに三神教会の人間がとってかわりはしても。

「分かりました。ありがとうございます」

 僕はメイドさんに淡々と返事をする。

 メイドさんは僕の様子を見て不思議そうな顔をするが、特に質問してくることはなく、話題を同僚の失敗談に切り替えて面白おかしく話してくれた。

 この人の話は面白いけど苦手だ。

 何も使用人の多い朝の廊下でその使用人の失敗談を話しながら練り歩く人がどこにいるんだ。

 ああ、ここにいるね。

 僕らは妙に注目を集めながら食堂へと向かった。


 


 食堂へ着くとそこにはすでに多くの人間がいた。

 実際に食事をとっているのはごく少数で、後は食事の世話をする人たちだ。

「おお、ユキト君。おはよう」

「ユキト君、おはようございます」

 食堂の上座にはこの国の王族、国王様がいる。

 白髪ではなくくすんだ茶色い髪と髭だけど、国王様を見るたびにサンタクロースを連想してしまう。歳は60代で人の良さそうな人だ。

 国王様と食卓を挟んで向かい合わせに座る女性は王妃様。30歳前半くらいにしか見えないけど実年齢は知らない。

 この人も茶色い髪で艶々とした緩いウエーブがかかっている。


「おはようございます。国王様、王妃様」

 僕は何度目かのやり取りで最初よりは緊張しなくはなったけど、未だに少し緊張する。

 ただ食事をしているにしてもこの人たちは威厳や品格がある。

 とてもじゃないけど真似できない。

 本当ならこんなところで朝食より、この城の使用人たちの食堂で食事をとった方が何倍も食事を楽しめそうだ。

 試しに聞くことさえできてないけど。

 部屋で食べられればいいかもしれないけど、この人たちはそうすると心配するし、何よりこの場にいるもう一人の王族の方は、僕が食堂に来ないと面倒くさいことになる。


「お、おやようございます。ユキト君………か、噛んじゃった」

「…おはようございます。サーシェ様」

 自分で噛んじゃったなんて言わないでほしい。流しにくいじゃないか。ご両親も苦笑いしていますよ。

 この食堂で国王様と王妃様以外で食堂をしている人物はこの人だけだ。

 国王夫妻の末っ子で、王族の多いこの国では王位継承権はないに等しい。

 両親から継いだであろう長く濃い茶色の髪。真っ直ぐしていて綺麗に背中に流されている。

 瞳は翠緑で宝石のように綺麗な色をしている。

 体も華奢で背もあまり高くない。

 もう二十代なのに十代にしか見えない。

 立派な黒の紳士服に身を包んでいる。

 顔立ちはは素朴な感じで親しみが持てる。見ていて安心感を人に与える容姿だ。


「ユキト君は私の隣だよ。早く来て」

 わざわざ立ち上がって隣の椅子を引いてくれる。誰もそこに座るとは言っていないし、使用人さんたちの仕事を奪うのはどうかと思います。

「……サーシェ、もっと落ち着きなさい」

 王妃様が少し厳しい声を出してサーシェ様の名前を呼んだ。サーシェ様はその声にびくついているが、席には座らず僕が席に着くのを待っている。

「…………」

 沈黙が痛い。


 何を隠そう、サーシェ様は今が絶賛反抗期……らしい。あんたいったい何歳だよ。そして僕を巻き込まないで。

 仕方ないので僕はサーシェ様の横に座った。

 国王夫妻も申し訳なさそうに僕を見る。僕は別に構いません的な視線を送っておいた。

 それで通じたかわからないが二人はコクリと頷き、食事を続けた。

 この城では食事中に喋ることはあまりない。

 明確なマナー違反ではないが、推奨はされていないようだ。

「ユキト君、今日も僕と遊ばない?色々と面白いおもちゃを取り寄せたんだ。気に入ったのがあったらあげるよ」

 僕の隣の人はそんなこと無視して僕に話しかけているけどね。物凄く困るんですが。

 話しかけられたからには応えないといけない。

 それにこれは今に始まったことだはない。僕が食堂で食事をとるようになってからずっとこんな調子だ。

 僕のあずかり知らないところで釘を刺されていたらしい(メイドさんの証言)が、気にすることなく話しかけ続けくる。

 なかなか筋金入りの反抗期だった。

 

 これもメイドさんの証言だが、彼は僕がここに来てから反抗期に突入したそうだ。

 僕が何かしたのか、何かしら原因を作った可能性は高そうだが心当たりはない。

「いいですけど、今日は10時に来客があるので、それ以降でもいいですか?」

 僕がそういうとサーシェ様の顔が曇る。

「もしかして……教会の人?」

 サーシェ様から出てきた言葉は固い。どこか苛立ちを含んでいるように思える。

「いえ、僕の両親です。色々ありましたけど、ようやく会わせてもらえるようになりました」

 そういうとサーシェ様の顔がパッと明るくなり「本当によかったね、ユキト君!」と我がことのように喜んでくれた。

「あ、でも……そうなるともうお別れになっちゃうのかな…」

 喜んでいると思ったらすぐに意気消沈としてしまった。

「はい、まだ正確には聞いていませんが……近日中には城を出ることになるかと……」

「…寂しくなるね。……でも良かったよ、ユキト君が家族とまた暮らせるようになって」

 寂しげな顔を見せながらもサーシェ様は僕のことを祝福してくれた。

 彼の気遣いに少し胸に疼きを覚えるが、僕は家族と暮らせなくなったことを彼に話さなかった。

 いつもより、ちょっとお喋りになったサーシェ様と朝食を終え、僕は自分の部屋で家族との面会の時間を待った。

 

 

 


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