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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(4)白の神子

「ちょっとザックリ話したけど、そんなところだよ。今から僕たちが行くのは『導きの塔サクリフィシオ』だけど……大丈夫?」

 アイはシオンの話を聞き、目を回していた。

 何か大事なことをサラリとシオンが喋っていた気がするが全く印象に残っていない。

 アイは今から行く場所のことだけを頭に留め、あとは記憶のダストシュートにしまった。

「うん!サクリフィシオの塔に行くんだよね。了解だよ!」

 シオンはアイのすっきりとした表情に疑問を感じながらも、行先がちゃんと頭にあればいいか思考を放棄した。

 シオンとしてはアイから自分が白の神子だと思われるのでは考えていた。

 しかしそれが杞憂であったことに安堵した。

 助けたときに行使した法術の色まで覚えてはいなかったのかも知れない。

 シオンは取り留めもないことを考えながら、外の景色を眺めた。




 閃の月 23夜


 日が上りきり正午を少し過ぎたころ、シオンとアイはようやく教国の中央都市に辿り着いていた。

 街並みは古く、歴史を感じさせるため物が多い。街の周囲は灰色の壁に囲まれ堅牢さが伺える。街中には白の建物が多い。

 この街は国の創設以来魔物の侵入を許していない。そのため600年前から存在する建物も多かった。

 街の周囲を囲む高い壁もその時代の名残だ。


 シオンは歩きながらアイに今後の予定を尋ねた。

「僕はアクシーバ司祭の依頼を済ませるために教会の本部に行くけど、アイはどうする?」

「もちろん、私もついていくよ」

 アイは笑顔で言ってくるがシオンは首を横に振る。

「何度も説明したでしょ。本部についてきても依頼が終わるまでずっと待ってないといけないんだよ。それなら散策や買い物に時間を使った方が………」

 シオンがそこまで話したところで、アイが眼に力を込めてこちらを見詰めていることに気付いた。

 その眼は「絶対ついていく」と語っているようにしか見えない。

「僕としては折角の機会だから羽を伸ばして………いや、もう何も言わないよ。アイの好きにしたらいい」

 シオンがさらに言葉を重ねようとしたところ、アイの目が潤みだしたのですぐに話を有耶無耶にした。

 結局二人は一緒に教会の本部へ向かうことになった。



 中央都市はかなりの広さを誇り、多くの歴史的建造物を見ることが出来る。街並みを見にわざわざこの街に観光に来るものも多い。

 人の耳目を集める建造物の中にあって、三神教会本部はこの街の中で最も目立つ建物と言える。

 街中に突如として現れる、人工的に作り出された湖の上に建つ古城。

 湖の縁に立てば見上げるほど高く雄壮さが際立つ。

 水面には逆さまに城と空が映り込み、息をのむほど美しい。

 人が創り出した建築物としてこれ程広大なものは大陸でもそうない。

 湖には唯一古城へ向かうことのできる大きな石橋が架かっている。

「わ〜〜〜綺麗だね……」

 アイはすっかり景色に見入っていた。

 それも無理はないだろう。何度も見ているシオンでさえ、この風景を見て感動を覚えていた。何百年経とうともそれは変わらない。

「そうだね……」

 二人は少しの間その景色を眺め、本部への石橋を渡った。


 本部の門番へはシオンが身分証を見せ、何の問題もなく通ることが出来た。

 身分証を開示した際に門番が緊張を見せたことにアイは気付いたが、シオンが気にした様子もなかったため何も聞かなかった。

 本部の内部は暖かな光の満ちた場所だった。

 陽光はほとんど入ってこないが、橙色の光を放つ照明が天井からいくつも吊り下げられている。

 壁や床は磨かれた石材で構成されていて、歩くたび足音が屋内に大きく響いた。

 足音が響くのはこのホールに人がいないことも関係している。

「シオン、ここには誰もいないの?」

 シオンは建物の構造が頭に入っているのか、迷うことなく複雑な回廊を進む。

 アイも周囲をキョロキョロと見回しながらそれに続いた。

「大体こんなものだよ。教会の人間は引き籠りがちだからね。見かけても見回りの人間くらいだと思う」

「そ、そうなんだ……」

 昔から色々教えてくれた教会の人に対しては一定の好意のあるため、反応が微妙になってしまうアイだった。

「まあ、彼らもちゃんと働いているよ。ただここにいる人は基本、内部の仕事しかしない人たちだからね。後は外に駆り出されているんだ。でもここまで閑散としている理由は別にあるんだろうけど……」

 シオンは含みのある言い方をしていたが、アイはシオンが何のことを言いたいのか気が付いた。

「もしかして、シオンが話してた『青』って言う人に関係があるの?」

 二人は屋内から一度出て外に面する渡り廊下を進む。

 古城の塀の中に設けられた中庭には、手入れの行き届いた芝生が輝いて見えていた。

 アイは日の光の刺激に手で影を作る。

「……まあ、そうだろうね。先日、臨時列国会議がオルリアン州国の王城で開かれたんだ。桁違いの力を持った法術師らしいからね、今後のことを国の代表が集まって決めるらしいよ。普通の法術師なら三神教会が全部取り仕切るんだけど、今回は揉めているみたいだね。僕は結果までは知らないけど、たぶん青は教会の神子に認定されるんじゃないかな」


 シオンは少し顔を伏せて答えた。

 アイも気付いていることだが、シオンは青の話題に対していつも何かしらの感情を隠して話をしているようだった。

 アイからしてみれば「青」は遠い国の知らない人間だ。

 シオンにとってもそうだあるはずなのに、なぜそこまで関心を示しているのかアイには理解できなかった。

 シオンが600年前に英雄だった「青」と交友があったのだろうか。

 在りえないとは言い切れないが、そうだったとしても今の「青」と呼ばれる人物は別人だ。

 シオンの態度に疑問を覚えるものの、アイは「青」のことを質問しなかった。

 確かな理由はない。

 ただシオンが悲しむような気がして、アイは聞けなかった。



 しばらく二人は無言で回廊を進み、シオンは行き止まりで歩みを止めた。

 そこは城の最奥。廊下の途切れた突き当りの部屋だった。

 暗く、湿気のある部屋。

 アイは閃の月だというのに、この部屋から冷気を感じていた。

「アイ。ここからは僕しか立ち入りを許されていない。少し待っていてくれるかい。1刻はかかるから好きな場所で時間を潰しておいで。これがあれば私室以外立ち入りを許可されるだろうから」

 シオンはそう言ってアイに古城に入るときに門番に見せた身分証をアイに渡した。

「……うん。分かった」

 アイは気落ちするも頷いて答えた。事前に言われていたし、無理についてきたのは自分だ。これ以上シオンを困らせるようなことはしない。

「それじゃあ、また後でね」

 シオンはそう言い残し、扉の中へ消えた。

 アイは少しその扉を見詰めた後、踵を返し、もと来た道を戻っていった。




「さっきから何ですか。こそこそと私の後をつけて!」

 アイは渡り廊下まで戻り、中庭に出たところで周囲に向かって叫んだ。

 静寂が中庭を包み、アイは油断なく身構える。

 時間にして30秒ほどだろうか、建物の柱の影から男が現れた。

 

 彼の容姿を強いて上げるなら身長が高めであることくらいだろうか。

 茶髪に浅黒い肌をした人物で、それ以外の特徴がほとんど見当たらない。

 街中ですれ違えば記憶に残ることはないであろう平凡な容姿をしていた。

「中々鋭いお嬢さんで。視界にも入らなかったし、音も消していたんだけどな」

 男は頬を掻きながら不思議そうにアイを眺めた。

「本当に音を消すなど不可能です。どんなに音を小さくしていても聞こえるならば捉えることが出来ます。それに匂いも消しているんでしょうけど、私には通じません」

 アイの言葉を受け男は目を細めた。

「成程。君は異能者か……。しかも制限をかなり解いてるようだ。少なくても5割以上の力は出せるようだな」

「そんなことはいいです。あなたは私に用があるのですか?正直、黙って後をつけられても不愉快です」

 アイは厳しく相手を睨むが余り迫力がない。元々が優しい顔立ちのためムッとしたようにしか見えない。

 男はアイの言葉を受け、肩をすくめた。

「悪い、悪い。自己紹介しとかないとな。俺はしがない情報屋で、名前はガンド。勿論仕事上の名前で本名じゃないがね」

 男はガンドと名乗り、アイに「そちらの名前は」と問い返した。

 アイは渋々答える。

「……私はアイです」

 アイの名前を聞きガンドはにこやかに笑った。

 アイにはその笑顔が胡散臭いとしか感じず、顔を顰めた。

「こんなしみったれた場所で立ち話もなんだから、ちょっと街に出て茶でも飲まないか?俺が奢るよ」

 アイはいよいよ眉間にシワを刻み、半眼で男を見詰める。

「私から一体なにが聞きたいんですか……」

 アイは早く話を切り上げたいと思いながらも質問した。

 ただ見送るにはこの男はあまりに不穏だったからだ。

「君の連れに興味があるんだよ。三神教会の本部の最奥に入ることが出来るなんて、いったいどんな大物なのかと……。仕事ついでの興味ではあるが」

 アイは男の言葉を受け、雰囲気を僅かに変えた。さっきまでのあからさまな険悪さはなくなり、どこか能面のように無感動な様子に。

 ガンドもそれを察するが特に気にしていない。

「丁度君だけが出てきたからな。先にお話をしようと思ったんだ。だからここを出て話を……」

「いえ、怪しい人にはついていってはいけないと言われているので……」

 アイにはもう遠慮はなかった。

 男がシオンの話題を出した時点で瞳に攻撃的な意思を見せていた。

 何か熱いものが体内を流れ、好戦的な気持ちになってくる。

 目の前の男はシオンに何かをするつもりでいる。男が言葉に出した訳ではないがアイは確信を持っていた。

 考えただけで押さえようのない暴力への衝動がアイの中で高まる。

 ガンドはさも残念そうに眉を八の字によせ、くるりと背を向けた。

 右手だけはひらひらと別れの挨拶のように振っている。

 親指だけを立てて後の指は握り込んでいる。不自然な手の振り方だった。



「ちょっと待ってください。あなたこんな……」

 アイはガンドになぜこの場所にいるのか問いただそうとしたとき、聴覚に僅かなざわめきを捉えた。

 即座にその場から飛び退き、地面を転がる。

 アイの立っていた地面が唐突にオレンジ色の光を放ち、はじけ飛んだ。

「きゃっ!」

 弾けた地面からパチリと電気のような光が走る。

 アイに状況を確認する時間はなかった。

 次々と地面が爆ぜ、アイを狙う。

 アイは聴覚と空気の揺らぎを頼りに紙一重にそれを躱す。しかし何が起こっているのか頭で理解できていない。

 持っていたカバンを地面に投げ出し、身を軽くした。

 光の軌跡が走り、連続して起こる閃光と爆発を研ぎ澄まされた五感で反応する。

 異能の身体能力はアイの五感からの命令に反応し、瞬くような速さで攻撃を躱していく。

 雷の力による攻撃なのか、完全に躱してもアイの体は痛みと痺れに襲われた。

「おい、躱すな。手元が狂って頭を吹き飛ばしたら取引材料にならないだろうが」

 どこからかガンドの声が響くが位置の特定ができない。

 今のアイの意識は殆どこの攻撃を仕掛けているものに充てられている。

 攻撃者とガンドは別人とまでは感じ取れるがそれまでだ。


 アイは攻撃を躱しながら違和感を覚えていた。

 普段から異能封じで制御している異能の身体能力が徐々に高まりを見せていた。

 まるで自分の体内にあるシミが広がるようにじわじわと地力が上がっていく。

(今は気にしていられない。それに力が高まるのなら願ったりだわ)

 アイには確信があった。

 この攻撃は短時間しか続かないと。


 数十の閃光を躱したところで、唐突に攻撃が途切れた。

 攻撃を躱しながら、アイは攻撃の主の居場所を掴んでいた。

 攻撃に使用されているものは、明らかに自分の知る武器と酷似した性能持っていたため容易に推測できる。

 武器を知るが故にこのタイミングまで待っていたのだ。


 彼女は地面に落ちているカバンを掴み、一旦城の内部の部屋に飛び込んだ。

 部屋の扉をけ破る勢いで入ったが、部屋は無人であったため咎める者はいない。

 アイは素早くカバンを下ろし、中のものを取り出す。


 取り出されたのは持ち手のついた角張った筒状の金属。長さはアイの肩から指の先まである。

 この世界の殆どの人間がこれを武器と認識できないだろう。それほどに珍しいものだった。

 アイは白で塗り固められたそれを片手で構える。

 サリ・ライフルと名付けられたその武器を。


「熱式解放」


 アイは部屋から全力で駆け出し、跳んだ。


 アイは古城の城壁に向かい、トリガーを引く。

 サリ・ライフルの銃口から、閃光と爆発音と共に薄紅色の銃弾が射出される。

 銃弾は城壁に着弾した瞬間、その一部を消し飛ばし石材を抉った。

 アイは着地し、続けざまにトリガーを引く。弾丸を次々打ち込みながら凄まじいスピードで中庭を疾走し、弾丸が着弾した城壁に接近する。

 1秒ごとに銃口から弾丸が射出され、何かを追うようにアイは銃口を横にスライドさせていく。

 アイの瞳は理性的に的を捉え、目まぐるしく動いていた。


「裂式解放」


 アイは城壁の真下に辿り着いた瞬間、サリ・ライフルの形状を変化させた。

 持ち手を銃身に対して直線上にずらし、固定させる。

 その状態でトリガーを引くと銃身の底面からマナの光が溢れだした。

 アイはその形態のまま芝生を蹴り、城壁の壁に突進する。

 アイの体は壁にぶつかることなく、足で掴むように壁を蹴り、地を走るように垂直にのぼった。


「そこ!」

 アイは城壁の足場まで駆け上がり、何もない空間に向かってサリ・ライフルを振るった。光の刃が走り、赤い血が舞い、石の地面を汚す。

 サリ・ライフルの底面には分厚い薄紅の長剣が現れていた。マナの光を押し固めた刀身は赤く濡れている。

 アイはさらにもう一度武器を振るうが今度は手応えがなかった。

 そして何かの気配も消えていた。


「逃げたの?」

 アイは呟きを漏らしながらも感覚を集中させる。僅かな違和感も逃さないように。

 彼女の中の異能がさらに力を増す。

 「まだ足りない」

 そう言っているかのように力の総量が跳ね上がっていく。

 彼女からは薄紅のマナが漏れ出していた。

 暴走した異能者特有の赤いマナではない。

 花弁のように可憐な薄紅色のマナ。

 異能者である彼女から。


「シオンに群がる不逞の輩を、私が逃がすとでも……思っているんですか?」

 普段見せる優しげな顔はそこにはない。

 ただ怒気と殺意に彩られた暗さだけが浮かんでいた。

「そこですか……」

 研ぎ澄まされた感覚によって相手の位置を正確に割り出す。

 今の彼女ならこの古城を含む、湖全ての動くものや空気の流れさえ鮮明に捉えることが出来るだろう。

 血の臭いの染みついた相手なら、市街地に隠れようと逃れることは叶わない。

 彼女はサリ・ライフルを最初の形状に戻す。今度は片手ではなく両手で銃を構えて。



「エクシード」


 アイの体から薄紅色のマナの粒子が大量に溢れ出す。

 突風のような激しい光の放出が起こる。マナが怒り狂っているようにも思えてしまう。

 アイは溢れたマナをサリ・ライフルに纏うように収束していく。

 これだけのマナが破壊の力だけに使われたなら、容易に市街地の1区画を消し飛ばすことが出来る。

 それだけの力が込められていた。

 主人の意を受けたようにサリ・ライフルの銃身は展開する。

 筒状の銃身は裂け、二股の銃身へと変化した。

 アイは湖の先、市街地に向け銃を固定する。銃は臨界を示すように激しく光り輝く。

 アイは市街地ごと打ち抜くつもりなのだ。


「死ね、シオンに仇なす人間が!」

 アイはトリガーに指をかけそれを引いた。

 

「アイ、止めるんだ!」

 唐突にアイの前に現れたシオンはアイの腕を掴み、銃身を真下に向けた。

 同時にアイに「干渉」し強制的にマナを散らしていく。

 薄紅のマナと白のマナが溶け合い空気に霧散していった。

 だが一瞬の出来事。全てのマナを散らすことができたわけではない。


 サリ・ライフルの銃口より一条の光が湖に放たれた。


 光と湖の水がぶつかり、空気が震えるようなくぐもった音が鳴る。

 光と湖は僅かに拮抗するが、光はその高い熱量によって水を水蒸気と衝撃波へと変えた。

 衝撃波は爆風となり、水は塊のなってあたりに降り注いだ。

 シオンとアイにも白い爆風が襲い掛かるが、城壁の上で頭を抱えやり過ごした。

 幸いだったのは高温の水蒸気がほとんど城壁に阻まれたことと、古城の近くに着弾したため市街地にはぬるいくらいの水しか届かなかったことだった。

 もしシオンが銃口を上に避けていたなら、今頃市街地は下から上へと一直線に薙ぎ払われていただろう。



 白い靄は辺りを包み、熱をはらみながら漂う。

「あれ、シオンもう依頼が終わったの?」

 アイはシオンが現れたことに目を白黒させた。

 シオンはその場で膝を付いて、座り込んだ。

 銃声を聞いて全力疾走で中庭に辿り着き、法術を使ったのだ。普段あまり激しい運動をしないシオンには堪えた。

 いや、本当に堪えたのはそのことではなくアイのことだ。

「……そんなことよりアイ、今のは一体どういうことだい?」

 シオンは厳しい表情を作り、アイを問いただす。

「え、怪しい人がいたから追い払おうとしたの……。ちょっと厄介そうだったし、サリ・ライフルを使ったけど……」

 頬を上気させ、いつもより興奮したようにアイは話した。

「僕が聞きたいのはそんなことじゃない。アイは市街地を、街の住人を殺すつもりだったの!それもマナの放出まで使って。……あれは使っちゃいけないと言っていただろう!」

 アイはシオンに叱られていることで、やっと自分のやろうとしたことに気が付いた。

 先ほどまで高揚していた気分は嘘のように消え、顔を青くした。

「…ごめんなさい。わ、私、初めてだったから加減が分からなくて……。え、でもどうしてあんなこと…。私、人を切ったの?ころ…うと?……私一体……何を撃とうと……」

 アイは顔を青くさせたまま震えだし、両手で顔を覆う。

 

 シオンはそんなアイの顔を見て、顔を曇らせる。アイに見えてはいないがシオンは爪が皮膚に食い込むほど手を握り込み激情を沈めていた。

 シオンは静かに息を吐き、立ち上がる。

 ゆっくりとアイに手を差し出し頭を包むように抱きしめた。

「大丈夫だから……落ち着いて。アイは悪いことをしたわけじゃない。街の人たちも無事だから……」

 自身の腕の中で震える少女の熱い熱を感じながら、シオンは自分の唇を強く噛みしめた。

「……シオン、…シオンっ……私…」

 アイの声が痛ましく響く。

 暴力を何より嫌っているのに、誰かを守るための力を求める、矛盾した考えを持つ少女は、自身の力と暴力の罪悪感で押し潰され泣いていた。

 シオンはアイを抱きしめながら、純白のマナでアイを包んだ。

 マナの光は少しずつアイの中に吸収されるように消えていった。

 それに合わせるようにアイから漏れ出していた刺々しいまで気配は薄れていく。


(……ここまでだったなんて……アイを振り払えなかった僕の所為で……)

 シオンはアイが落ち着くまで、濡れた城壁の上で過ごした。




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