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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(3)二つの塔



閃の月 29夜


 シオンとアイは馬にまたがり、セントリア教国の南端に位置する大森林の中を進んでいた。

 シオンは栗毛の馬。アイは青毛の馬を巧みに乗りこなしていた。

 どちらも心得があるのか馬の扱いに危なげがない。


 アイは屋敷でも着用していた紺のワンピースにエプロンをつけた、メイド姿のままだった。本人も気に入っていて、シオンが道中服を買おうとしてもこの服に拘っていた。

 ただアイの服装は全て同じではない。

 頭に植物を編んで作られたつばの広い帽子を被っていた。チョコレート色の帽子はアイの桃色がかった白髪によく栄えていた。

 帽子はシオンからのプレゼントでアイも気に入っている。


 シオンはちゃんとした旅用の服装の様で、その身を亜麻色のマントで包んでいた。

 ハンチング帽など被っているが、幼いゆえか服に着られていてるようにしか見えない。


 森の中に切り開かれた路面は舗装まではさせていないが、剥き出しの土の道がちゃんとあり、馬での移動に苦はない。

 「シオン、本当にこんなところに塔なんてあるの?」

 アイはそう問いかけながら周りを見渡す。

 そこまで木が密集していないため、木々の隙間から遠くの景色が見えるのだが、塔はおろか人工物すら全く見当たらなかった。

「まあそういう塔だからね、あれは。一通り説明したけどもしかして忘れちゃったの?」


 アイはその返事を聞きながら頭を悩ませる。

 アイが忘れっぽいわけではない。確かに説明されたことはちゃんと覚えてる。

 ただこの旅路でアイが体験した数々の話や出来事はどれも印象が強すぎて、未だアイの中でうまく処理できていないのだ。

「もうすぐ目的地に着く予定だから辛抱してね」

 シオンの言葉を聞きながら、アイはこの旅の日々をもう一度振り返ることにした。




 閃の月 20夜


 シオンたちは国の都市部へと向かう馬車の中にいた。

 屋敷の人間たちと別れを告げてからそう時間は経っていない。

 馬車の中にはシオンとアイしかいない。二人は隣り合って座席に腰かけている。


 御者は馬車の外で馬を走らせている為シオンたちの会話は聞こえないだろう。

 それでもシオンは隠蔽の術を使うことにした。今から話すことの機密性を考えれば当然の行動だった。

 シオンの体から僅かに揺らぎが生じ、揺らぎは個室を一瞬で包み、消えた。

「隠蔽できたし、これで色々話が出来るね。さてどこから話したものか……」


 シオンは首を傾げ、腕を組みながら考える。

 自分のことを全て話すつもりはない。あまりに記録が膨大過ぎるし、無駄が多い。

 かといって何を話していいのか分からない。

 シオンは自分のことを他人に話すという機会が長い間なかったため、事務的な会話以外ひどく苦手だった。

「私から質問していい?さっきも聞いたけど今からどこに行くの?」

 考え込んでいるシオンに対して遠慮がちにアイが質問してきた。

 アイの困ったような顔をシオンは呆けたように見つめた。

 シオン自身、自分に呆れていた。少し性急に考え過ぎていたと。

 

 すべてを話す必要はない。必要なことを話しながら徐々に分かり合えばいいのだ。

 何も知らない相手に自分のことを話して理解を得ようなど、それはエゴでしかない。

 しばらくはアイから質問があったときに答えていけばいいかと、シオンは納得した。


「最終目的地はセントリア教国の南端に在る塔だよ。その前に教国の本部で依頼をこなさないといけないけどね」

「セントリアの塔?それって『カタカネスの塔』のこと?でも、あの塔は教国の北端にあるはずだけど……それとは別の塔なの?」

 シオンはアイの返事を聞き感心したように目を細めた。

「よくカタカネスの塔のことを知っていたね」

 アイはちょっと得意げに胸を張り、顔を赤くした。

「ふっふっふっ、昔教会の人にたくさん色んな話を聞かせてもらったからなの。それにカタカネスの塔にいる黒の神子様は二柱の女神から力を授かった法術師様だって言っていたから」

 シオンはアイに褒めて褒めて、と尻尾をパタパタ動かすワンコを幻視した。

 シオンは取り敢えず撫でてみた。

 アイはその手に頭を押し付けて嬉しそうにしている。

 二人の間に和んだ空気が流れるが、シオンが説明中だったのを思い出し、撫でるのを中断した。

 アイはしゅんとなり、シオンは耳と尻尾がパタンと下がったワンコを幻視した。

 シオンは罪悪感にとらわれながらも一つ咳払いをして話の続きをした。

「今回行くのはカタカネスの塔じゃないよ。もう一つ、カタカネスの塔と同じく神子の住まう塔がセントリア教国には存在しているんだ。こちらは三神教会でもごく一部の人間しかしらない。他に知っているのは僅かな王族か法術師くらいだろうね」

 アイはシオンの言葉に口をポカンと開けて驚きを示した。

「神子様がもう一人いるの!」

 アイの知る神子という存在は、それこそ雲の上のような人物だ。

 身分ではなく、その能力故に。

 黒の神子が使う法術は、この大陸に生きる人間とってなくてはならないものだ。

 そんな人物がもう一人いるなど聞いたこともなかった。本来なら言葉の真意を疑うのが自然だが、アイがシオンに対してそういった素振りを見せることはなかった。


「シオン。シオンの話が本当だとして、どうして誰ももう一人の神子様のことを知らないの?」

 アイの言葉にシオンは頬が強張るが、一度口元を強く結んでから言葉を出した。

「……ねえ、アイ。アイは神子のことどれくらい知っているの?」

 シオンはアイに逆に質問を返した。

 シオンの顔は先ほどとは違い、いつもと変わらないように取り繕われていたが、水仙色の髪に隠れた瞳は僅かに翳っていた。

 アイはシオンの様子に少し引っ掛かりを覚え、先ほどの興奮から少し落ち着きを取り戻した。

「え、えーと……人と魔物の領域を分ける結界を維持してるすごい人。三神教会の象徴みたいな人……。あと法術でかなり長生きだって聞いたことあるけど、本当かどうかは分かんないとか……そんなところかな?」

 シオンはアイの言葉を聞いて少し考えてから補足をした。

「神子って言うのは教会が認めることで名乗れる、人を超えた法術師の証。みたいなことを今は言われているね。もとは違う意味で呼ばれていた名だったけど……」

「黒の神子が使う法術『三夜月の守護結界』は大陸の中央より西の領域と東の領域を真っ二つに分けてしまうほど広大な結界だ。この結界があるから人は魔物の脅威を最小限にとどめることが出来ている」

 アイはシオンの話を聞いて納得をしていた。結界の名前までは知らなかったが、自分の知る知識とシオンの話には開きがなかったからだ。

 ただ知識とは知っていても、一人の人間にそんなことが可能か言われると疑問ではあった。

 人を超えているとはいったいどういう意味なのか。

 アイには理解の及ばないところではある。



「まあ、アイが言っていた神子が長生きという話は事実だよ。黒の神子もかれこれ600年以上生きているからね」

 アイの疑問はシオンのその一言で吹き飛んでしまった。

「えっ、えええええ〜〜〜〜〜!」

「ちなみに僕も神子と同い年くらいだよ」

「ええええええええええええええ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 アイの絶叫が個室に木霊すが、隠蔽の術のおかげで御者は気付いていなかった。

 術を使っておいてよかったと思うシオンだった。

 シオンはこの時、油断していた。

 次に起こることを予想しておくべきだった。



「シオンってお婆ちゃんだったの!」

「ぐっはあ!」

 シオンは胸を押さえうずくまった。

「あ、でもお婆ちゃんの次元じゃないよね、600歳って!」

「ぶふっ!」

 シオンは吐血でもしているかのように口を手で押さえた。

「ひい×40お婆ちゃんくらいはあるのかな!」

「ひいっーーーー!」


 シオンは絶叫しながら馬車の窓に後頭部を打ち付けて悶絶した。

 果たして涙目なのは頭の痛みのためか、心の痛みのためか。

 現実と無垢というのは時に残酷なものだった。


 それからしばらくアイは取り乱し、シオンの心を言葉の刃で抉り倒した。

 アイが落ち着きを取り戻した時には、真っ白になったシオンがそこにいた。

 

 二人の間で歳の話はしないという取り決めがなされた。

 600歳を超えていてもまだまだシオンも乙女でいたかったのだ。

 今は少年の体を装っているが心までは変えられない。

 アイもシオンの乙女心を察し、これ以上歳の話題をするのを避けた。

 この場に誰かいたなら「今更だね」と声を掛けたことだろう。



「おほん。話が逸れたけど、もう一人の神子のことだったね……。その説明をするためには、少しこの世界の過去の話をしないといけないかな」

 シオンは先ほどのやり取りを心の焼却炉に放り込み、少し間をとってゆっくりとアイに語った。


 シオンの話はアイの世界に対する認識を否定するような事実だった。

 

 



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