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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(2)スター・アイドルの男塾4 片翼の法術師3

今回の後日談です。

「ルガート様。4号は回収してこなくてよかったのですか?」

 振動する乗り物の車内。鉄道の貴賓車両の中と思われる場所。

 1人の赤銅色の髪の青年と、長身の銀髪の青年が話していた。

 銀髪の青年はルガートと呼ばれる人物の傍らに彫像のように直立している。

 ルガートは椅子に腰かけリラックスした雰囲気の中、銀髪の青年の話に耳を傾けていた。口元に笑みを浮かべ機嫌が良さそうに見える。

 銀髪の青年もそれが珍しく感じていた。

 今回の件、目の前の男が満足する結果だったとは言い難い。それどころか多くの損失が出たのだ。

 それでも機嫌がいいのはあの法術師の影響だろうか。


 彼らがオルリアンの王城を離れてから数時間の時が流れていた。すでにオルリアンの国境を越えている。

「問題ないだろう。4号は他の奴らと違って戦闘訓練以外の記憶はほとんどない。それに2号が使い物にならなくなっていたんだ、仕方ないだろう」


 元々この襲撃は「強化人間」のテストと、各国へのお披露目の場と考えていた。

 最高傑作である3号がやられるとは考えていなかったが、全員が撃退された時のため回収手段は用意していた。

 そのための一人に狙撃を得意とする2号を、大ホールを狙える位置で待機させていたのだが、2号は何者かに胸部を破壊されており、虫の息だった。

 ベンジャミンの法術により更に回収班が不足してしまい、最も優先度の低かった4号を回収せずに戻る羽目になったのだ。

「4号もあれはあれで勿体なかったな。素体として伸びしろはまだまだあったのだが……」

「…………」

 銀髪の青年はその呟きに反応せず、部屋の隅へと移動した。




 大ホールはあの斬撃で完全に崩壊したが、城が頑丈だったおかげか連鎖的に崩れ去ることはなかった。

 その場にいた人間もカノンとベンジャミンの働きで、傷一つ負わず無事だった。

 その後は駆けつけた警邏隊も加わり、今回の襲撃者は全員牢屋に入れられ、取り調べを受けることになる。

 各国の要人を危険に晒したのだ。警邏隊の威信にかけて事件の全容解明に乗り出すだろう。


 カノンが倒した大男と、キリエが狙撃したという兵士は何処にもいなかった。

 ルガートの関係者で唯一捕えることが出来たのは小柄な兵士のみである。

 既に尋問が行われている。本人は素直に答えているが、有益な情報を持っておらず成果が上がっていない。

 どうやら仮面の下の顔は子どもだったらしく、本当に何も理解していない様子から情状酌量の余地があるという。


 ルガートをこの会議に参加させたのは教会の人間だった。

 裏工作があったわけではなく、彼の関係者が教会の大きな後援者だったためだ。

 後援者はルガートとは商談で知り合い、いくつかの事業をともに起こした。

 しかしその後援者からルガートの素性を辿って行ってもまるで実体が掴めず、後援者もこの調査でようやくルガートが偽りだらけの人間であったことに気付いた。

 調査によって分かったのは、表に出ていた彼の数年間の足取りと、ただ一つの事件を起こすために、数年がかりで得たコネクションを容易に捨てられる人間性くらいだろうか。



 今回の襲撃は元々、ルガートとは別の組織が、要人の誘拐目的で計画したものだった。

 ルガートは侵入者の件については計画段階では関わりがなかった。

 ルガートは彼らの計画を知り、今回のデモンストレーションを企画した。カノンやベンジャミンが捕えた侵入者たちはルガートを利用して城への侵入をしたらしいが逆に利用されていたのだ。

 ディッケンが捕えた異能者も元はルガートの護衛として雇われた男で、ルガートと男自身は表面上雇い主と護衛だった。

 一方は襲撃のために利用しようと。一方は襲撃に利用しようと接触してきた男のことを全て知っている上で利用しようと。

 ルガートは襲撃犯たちより何枚も上手だった。

 護衛の男は侵入者を招き入れるまでは上手く行ったが(これも陰ながらルガートが手を貸していた)会議に腕利きの法術師がいることが分かり、すぐに逃亡したのだという。

 結局はディッケンたちの働きで捕えられた。

 背後関係についてはこれから尋問で解き明かされることになるだろう。要人を狙っていたことから先の殺し屋の異能者との関わりも疑われている。



 会議は有耶無耶になったが、後日行われた事件のあらましが話される場で、青を強引に軟禁し、管理しようとした教会の所業は各国が知ることとなる。各国はこれに異議を申立てることになった。

 ユキト自身が何者かに狙われる危険性がある以上、保護はやむなしという話になり、連合国の首国が最も妥当であるということで話がまとまった。

 教会を仇とすることでまとまりを見せた面はあるが、落としどころとしては十分に良いものだった。

 首国での生活はケツアゴが王城ではどうかと提案したが、それには各国は猛反対した。ちなみにケツアゴにそんな権限はない。

 ベンジャミンはキリエに事前に相談し、家族に確認をとってもらった件を話し合いの場で提案した。

 アンセーの家ならば格の面、警備の面でも優れており、なおかつユキトを知る人間と言うことで、各国が納得する形となった。


 会議後その結果を聞いたキリエは物凄く喜んで、早速女の子の服を仕立てる職人を探すと言って意気込んでいた。

 ベンジャミンとディッケンは疑問に思ったものの何も聞かなかった。

 乙女の衝動買い的な何かだろうと勘違いしたためだ。

 ここでキリエの誤解を解いておけば後々の惨事は防げたかもしれない。

 それは後の祭りというものだろう。



 ジルグランツ家の家族にはキリエとベンジャミンの方から説明に行き、ユキトの処遇への理解をしてもらった。

 事前にベンジャミンはホーエイの領主であるユキトの父に話を通していたため、すんなりと受け入れられた。

 娘のナディアは話がのみ込めていないようだったが、後で両親が説明するだろう。

 いつでも会いに来られるようにキリエから取り計らわれることとなり、ユキトの両親はベンジャミンに深く感謝した。

 もはや会えなくなるかもしれないと思っていた息子を、彼が取り戻してくれたのだから。


 ベンジャミンは事前の根回しに奔走していたが、今回のこの結果は襲撃事件に便乗し、上手く立ち回ったに過ぎない。

 それでも大したことなのだが、少し納得できない面もある。

 襲撃が起こらなければどんな結果であったかは不明だ。

 いや、恐らくは……。

 ありえたかもしれない未来が頭によぎるが、ベンジャミンはその考えを振り払う。

 今から家族が再会できるのだ。余計なことを考えるのはよそう。

 ベンジャミンは家族を連れ添いながら、ユキトの待つ王城へ移動した。








  青歴617年 閃の月 16夜


 襲撃事件の後、日が落ちてから随分時間がたっている。

 ベンジャミンはようやく警邏隊から一時解放となった。また後日呼ばれることとなるだろうが、やっと体を休めるか思うとベンジャミンは、深く安堵のため息を漏らした。


 カノンはベンジャミンを外で待っていた。どうやら彼女の方が先に聴取が終わっていたらしい。

 ベンジャミンとしては彼女に対してちゃんと受け答えできる人間がいるのかと疑問はある。


 カノンは顎を向け、言外に来いと指示してきた。辺りはもうとっぷりと暗く、街の明かりが綺麗に見えている。古都の街明かりは首国の煌びやかな街明かりより落ち着いていて、ベンジャミンの心を和ませた。カノンはそんな景色に目もくれず厳しい顔のまま前を歩く。


 やがて人気のない公園についた。

 草木が生い茂り、整備された周遊路がある。夜のためか人通りはほとんどなく、街頭の光はベンジャミンとカノンの立つ場所までは光を届けていなかった。

 カノンは僅かに体から茜の光を漏らし、風の結界を作り上げる。

 相変わらずの無挙動の法術発動にベンジャミンは「さすがだねえ」と言葉を呟いた。


 カノンは二人になったことで、口を開く。

「ベンジャミン。わざとイデアをあいつらに見せたのだろう」

 カノンはベンジャミンにそう問いただした。ベンジャミンも彼女の言いたいことは予想がいていた。動揺なく淡々と答えた。

「うん、そうだよ。あいつらにはユキト君に目を付けてほしくなかったし、イデアが使えることも知られたくなかった。ボク自身に目を向けさせるのが手っ取り早かったからね」

 ベンジャミンは彼らが襲撃してきた意図、規模、技術を見て取り、彼らの背後にいるものの巨大さを察した。

 憶測でしかないものの目を付けられれば確実に厄介な種にしかならない。

 故にベンジャミンは自身の秘奥を躊躇なく見せたのだ。

 青から、ユキトから目を逸らさせるために。

「やはりあいつらを逃がしたのはわざとか……」

 カノンは急に確信を突くも、ベンジャミンは特に気にした風もなく「別にわざとじゃないよ。まあ積極的ではなかったのは事実だけど……」と答える。


「カノン。ユキト君がマナの概念化を行えることを知っているのは、僕と君、キリエ君たちだけだ。厳密にはキリエ君がユキト君の力の異常さを察して、外部に必要以上のことを報告しなかったみたい。ボクはそのまま事実を喋らないようにお願いしていたのさ。ユキト君の姉も事件現場にいたけど、彼女はどうやら起きたことを曖昧にしか覚えていなかったし、喋ることも子どもの荒唐無稽な話にしか聞こえないだろうと思って、他人に言わないように口止めしただけだよ」

 ベンジャミンは風の結界を出ない範囲で歩きながら辺りを見回す。ベンジャミンはカノンではなく、夜景を眺めながら話をしていた。

「まあこんなこともあったから、キリエ君たちには本当のことを話すべきなのだろうね」とベンジャミンは付け加える。

「ユキトは理解しているのか。平気で私の前でふざけたほど強大な法術を使ったぞ。それこそ私の法術が児戯に思えるくらいのな……。あれでイデアと気付かないぼんくらは法術師にはいないだろう」

 カノンは自分を卑下したわけではなく、ありのままの事実を口にしている。

 ベンジャミンは立ち止まり、空を仰いだ。

「いいや。彼には話さないといけないと思っていたけどなかなか隙が無くてね。一方的に通信を送れるようにしたから、そのときに法術のことを他人に話さないこと、使わないことを説明したよ。でもあの子は目の前に苦しんで人がいて、それを放っておくことが出来るか怪しいとは思っていたけどね。まあ見られたのが君だけだったのは運が良かったよ」


 ベンジャミンの顔は街の薄明りの中ではほとんど見えない。憂いているのか、悲しんでいるのか、喜んでいるのか、無心であるのか。

 カノンには見えない。


「お前の手筈通りことが進めば、ユキトとは今後憂いなく話すことが出来るだろう。私も協力する。だから、すぐにでも話しておけ。あいつは……あの男のように危うい」

 カノンはそう言ってベンジャミンのように顔を上げ、瞳を空へと向けた。

 ベンジャミンは彼女の言葉に少し悲しげに、眉を下げる。

 辺りは暗く、カノンからはベンジャミンの顔は見えていない。

「……すまん。要らんことを言ってしまったのう」

 見えてはいないが彼女はベンジャミンの悲しみを感じ取っていた。

 長年の付き合いか。それとも自身もまたベンジャミンと同じ思いを持っている故か。それは定かではない。

「君は気にし過ぎだよ。あれから何年たったと思っているんだい?ボクだっていい加減整理はついているさ」

「………」

 カノンはそれを偽りだとは断じず、静かに首を横に振る。


「お前の使った術はあいつと同じ、命を削るものなのか」

「いや、完全に概念を与えるところまではできていないよ。まあ普通の法術よりずっと消耗がきついから日に一度が限界だね。それ以上は命が削られそう気がするから試そうとすら考えていないよ」

 カノンはベンジャミンを見定める様に睨むが、そこに嘘がないことを感じ、これ以上この話をするのをやめた。



 カノンはパンッと手を鳴らすと風の結界を解いた。辺りからは街の賑やかな音が聞こえてくる。夜が深まってもまだまだ宵の口だ。


「ふん、つまらん話はこれで終いだ。まあ……なんだ。久しぶりの再会だ。酒でも飲みながら旧交を温めようじゃないか!」

 カノンはさっきまでの雰囲気とは打って変わってカラッとした表情でベンジャミンに提案する。

 逆にベンジャミンは顔から血の気を無くし、さながら幽鬼のように表情を凍らせた。心なしか手足がガクガクと震えているように見える。

 しかし暗いためかカノンはその様子に気が付かない。

 ベンジャミンは眼球をプルプル揺らしながら、カノンから一歩遠ざかる。

「え、いや、ボク、あっ、そそそ、そうだ持ち合わせがないんだよね。だ、だからまた今度で……」

 さらに後ろに下がろうとしたが逃がさないとばかりに腕を掴まれる。

「気にするな。私のおごりだ」

「いや、それは……」

「何だ?まさか……私の酒が飲めないのか?」

 カノンの眼力に、いやもう酒のことしか考えていないであろう彼女の視線に抗えず、ベンジャミンは引きずられながら彼女と共に酒宴へと向かった。

 ベンジャミンの目は可哀想なくらい泳いでいたという。




 翌日、顔面にひっかき傷を作り「お酒怖い、お酒怖い、お酒怖い、お酒怖い………」とうなされて寝込んでいるベンジャミンの姿が、キリエに目撃された。

 彼女は何も聞かず、その日は珍しくベンジャミンに優しかったという。



 ベンジャミンはカノンと再会した時、別れる際にはいつも酒を強要される。

 そして毎回、酒乱のカノンにトラウマを植え付けられている。

 再会した時にはベンジャミンはそのトラウマをフラッシュバックしている。

 こうしてベンジャミンは抜け出すことが許されない、負のスパイラルを抱え続けて生きていくのだ。








 スター・アイドルの男塾 完結…………ボクたちの戦いは、これからだ!!……お酒怖い、お酒怖い、お酒怖い  byベンジャミン



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