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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(2)スター・アイドルの男塾4 片翼の法術師

 会議室には意図せず、三人の法術師が集まっていた。

 一人は現代最強の法術師。カノン・アズサンセット・クリエイド。

 見かけは初老の女性であるが、シワと共に刻まれた傷跡と鋭利な眼光は人に威圧感を与える。


 一人は現代最高の法術師。ベンジャミン・アズナルシスト・ホフマン。

 見かけは人のような不思議生物。一部ではキモキモイイと不人気を博している。


 一人は法術師としては認定されていないものの、力の片鱗だけで他の法術師の基礎能力を遥かに上回っている幼子。ユキト・ホーエイ・ジルグランツ。

 まだ子どもであるが、その瞳には深い知性を覗かせていた。



「師匠!師匠!」

 ユキトは立ったまま気絶しているベンジャミンの肩を揺すり、意識を戻そうとしていた。

「あばばばっばばばあばばば」

 ベンジャミンは白目を剥きながら、ガクガク震えていた。

 人類の恐怖を押し込められたような形相でうめき声を漏らす、ベンジャミンの様子に会場の人間は壁際まで退避していた。

「そんなに再会を喜ばれると照れるねえ」

 カノンはベンジャミンの様子に満更でもなさそうだ。会場の人間は「照れ!?」と驚愕したが、この空気の中、発言できる勇者はいなかった。



 訳ではない。

「ほう。これはすごい。まさか最高と最強ばかりか、青までがこの場にいるとは。私は運がいいですね」

 顔を綻ばせ、目を細める青年。カノンは横目で青年を見るが興味なさそうに逸らす。

「私はルガート・メトリアルカ。しがない商人といったところです。以後お見知りおきを、御三方」

 ルガートはうやうやしく頭を下げるが、瞳は楽しげに細められていた。

「勝手に喋るな。今はお前に構っておれん」

「商人と言っても、扱っているものは貴方にとって身近なものですよ」

 ルガートはカノンの言葉など聞こえていないかの様に続ける。

 カノンは青年の様子に、不快感を覚え振り返る。睨み付けるが彼の顔色は全く変わることがなかった。

「この会議は各国の要人が集まり、厳戒態勢が敷かれる場。いいデモンストレーションになると思い、無理に頼み込んだんですよ。何せ私は………」


 ルガートは右手を掲げ、指を鳴らした。

 白亜の壁に取り付けられた巨大な窓ガラスが砕け、黒い何かが大ホールに飛び込んでくる。

 ルガートは愉快そうに口を吊り上げ、言った。


「死の商人ですから」



 飛び込んできた影は三つ。

 人の形をした何か。体は黒いマントに覆われ、顔は鉄仮面に覆われ正体が見えない。

 三つの影の中でも飛びぬけた大きな体躯を持つ影。彼は背に身の丈を超える刃渡りの斧を持っていた。

 おおよそ人が振るうことを考えないほどの金属の塊に見える。


 もう一つの影は小柄で、キリエより頭一つ分は低い。マントに隠れているため見え辛いが、両手には片刃の短剣を握っている。


 最後の一人は長身痩躯の男に見える。ルガートの前に立ち、腰には二振りの長剣を装備していた。単眼の鉄仮面を付けている。


「ふふ、どうです?驚いたでしょう。紹介しますよ、彼らが私の商品です」

 ルガートは自慢げに笑みを浮かべ、ベンジャミンたちに話しかけた。

 会場の要人の殆どは突然の事態についていけないが護衛たちはすぐさま立ち直り、彼らの前に壁を作る。

「商品?傭兵か何かか?」

 そう問いながらもカノンは抜刀し、片手で刀を構えた。

 もう一方の手で、視界の隅にいるブレイン・マッスルに後ろ手に手信号を送り、大ホールの人間の退避を命令した。

 ベンジャミンもガラスの割れる音で正気に戻り、注意深く彼らを見定めていた。

 キリエとディッケンはユキトを庇うように立ち、お互いに武器に手をかけている。


「いいえ、いいえ。そんな粗悪な品と一緒にしてもらっては困ります。彼らは闘うためだけに存在する兵器です。兵器として作り上げられた商品ですよ」

 ルガートは「脱げ」と彼らに命じた。彼らは黒いマントを外し、その身を晒した。

 鉛色の鎧。ただの鎧ではなく、体を筋繊維に包まれているようなデザインであり、生々しい。仮面以外の全身がその鎧に覆われ、あとは武器しか身に着けていない。

 人間と金属を合わせてできた新種の生物のようだった。


「名前がないため便宜上『強化人間』と呼んでいます。人間を素体として強化を施していますからね。まあ元人というだけの話ですが」

ルガートが語る間にも要人が大ホールから退避していくが彼は気にも留めていない。その視線はユキト、ベンジャミン、カノンらに固定されている。


「人間を素体に?なら、この人たちは生きたまま改造されたということかい。いや、そもそも君がこの襲撃事態を企んだ張本人なのかい?」

 ベンジャミンはようやく状況を確認できてきたが、頭はついてきていない。思考はまとまりに欠いている。

 ルガートはベンジャミンの問いに答えず、ただ静かに佇んでいる。視線はカノンに向いていた。

「ベンジャミン。今はその無駄に考える頭を黙らせな。こいつら、見てくれは悪いがかなり上等だよ……」

 カノンは一人、戦意を高揚させていた。あの兵士一人一人から、いい臭いがする。

 特にあの長剣を腰に差した奴は、別格だ。

 歯応えのない侵入者とはわけが違う。本物の獣の臭いだ。

 カノンは部下が大ホールの人間を避難させたのを確認し、臨戦態勢に移る。

「カノン待ってくれ!何でも戦いに持って行こうとしなくていいだろう。メガネが侵入者の関係者か確かめてからでも……」

「武器を持ってこの場に突っ込んできたんだ。切り刻んでも文句はないだろう」

 赤毛が燃える炎の翼のように広がり、鬼気の放流により逆立つ。

「安心しな、半殺しにした後で聞けばいいさね!」


 カノンはまっすぐに踏み込み、斧を背負った大男へと切りかかる。

「おおおおおおおっ!」

 大男は叫び、その身にそぐわぬ早業で巨大な斧を抜くとカノンと切り結んだ。

 金属同士が激しくぶつかり、二人の間に火花を散らす。


「だああああ!この戦闘狂!君が人の話を聞かないのは何も変わってないよ!」

 大男は大きく斧を横なぎに振るい、カノンを弾き返す。

 小柄な兵士は、大男が振りぬいた斧と入れ替わるように前に出た。カノンを切りつけようとするが、そこに割って入った青年によって阻止される。

「ばあさん、こいつはもらうぜ!」

 ディッケンはナイフで短剣を阻み、兵士の胸部に蹴りをお見舞いする。ディッケンの体は既に鈍色のマナに包まれていた。

 兵士は空中で回転しながら着地し、腕の具合を確かめていた。咄嗟に胸を庇い、腕で蹴りを受けていた。

「何食えばあんなに硬くなるのかねえ……」

 ディッケンの足に痺れが走る。まるで鉄筋を蹴りつけたように感じた。だが重さは人間の標準以下にしか感じなかった。

「あの鎧。金属っぽいがどうも俺が知ってるようなものじゃないな」

 ディッケンは両手のナイフを短槍に切り替え、再び躍りかかった。



 キリエはユキトの前に立ちながら弓を構え、矢筒の魔法器を展開した。

「ほう。それが噂に聞く魔法器ですか。面白そうなおもちゃですね」

 ルガートはキリエの挙動を観察しながら、そう呟く。長身痩躯の兵士は腰の剣に手をかけた。

「折角だし、その性能を見たいな」

 ルガートはそう言って長身痩躯の兵士を手で制す。

「随分余裕ね。なら一番きついのを見せてあげるわよ。エンチャット、ペインエッジ!」

 キリエは矢筒から矢を取り出し瞬時に放つ。無駄なく最速の動作で放たれた矢をルガートは反応できなかった。

 いや、反応する必要がなかった。

 長身痩躯の兵士がキリエの矢を彼に届く前に素手でつかみ取ったのだ。

 ルガートは目を輝かせながら兵士のつかみ取った矢を観察する。

「なるほどね。物質化で矢じりと羽を作り、マナで属性指向を与えたと言ったところかですか。んん〜〜思っていたより遥かにすごいなあ。色々応用が利いている。似たようなのをうちも開発していたと思いますが、威力が高いばっかりで面白みに欠けていますからねえ」

 矢をこの距離で捉えるなど人間の動体視力では不可能だ。この兵士は少なくても異能者並みの反応速度を持っている。

「なら防げない矢はどうかしら」

 キリエは弓を構え、弦を引く。

 矢はつがえていない。マナの輝きも見られなかった。

「お、何をするつもりですか?」

 男はどこか楽しげだ。まるでプレゼント箱を開ける子どものように。

「シッ」

 キリエは弦を弾く。当然弓から何も飛ばされていない。

 あたりには弦の弾いた音だけが響く。

「え、君はいったい何がしたかったのかな?」

 ルガートは訝しげにキリエを見詰めるが、キリエは何事も無かったかのように弓を構える。今度はしっかりと矢をつがえているのが見える。

「よく分からないですね。何かをしたのか、何もしてないのに何かをした振りをしているのか。なかなか面白い趣向です」

 キリエは今度の矢は素早く弾かず、じっくりと狙いをルガートにつけている。至近距離であるにも関われず、不自然なほどに。

 矢筒からはマナが溢れ、矢へと吸収されていく。矢の形状が変化するほどのマナが込められていく。

 矢は黄金に輝き、祭具のように装飾されたものに変わった。

「とっておきよ、喰らいなさい!エンチャット、アルテミスエッジ!」

 キリエから放たれた矢は先ほどとは比べ物にならない速度で射出され、音さえ置き去りにする。

 光の軌跡を描きながら、矢は明後日の方向へ飛んでいった。

 キリエは矢を放つ瞬間、僅かに身を捻っていた。それによってルガートへ向かって矢は飛ばず、割れた窓ガラスの向こうへと消えてしまったのだ。


「………いったい君は何がしたかったのか分かりませんでしたが、もういいかな。取り敢えず記念に君の装備をいただくことにしましょう。我々の方がその兵器を有効に使えるでしょうから」

 キリエは弓を捨て、腰に差したナイフを取り出し構える。

 長身痩躯の兵士がゆっくりとした足取りでキリエへと近づく。

「キリエさん。僕に構わず退避してください。僕が法術で何とかしますから……」

「ユキトちゃん……今度こそ守らせて。私はこう見えても強いんだから、安心して」

 キリエは、振り返りはしなかったが、ユキトに笑いかけているように、柔らかい笑みを浮かべていた。

 長身痩躯の兵士の足が止まる。

 彼は仮面越しにではあるが、キリエの顔に視線を向けていた。

「どうした。遠慮なく切り捨てていい」

 兵士はルガートにけしかけられ、再び歩みを進めようとした。しかし体は動かなかった。

「おい、一体どうしたと……」

 兵士は体を震わせているがその場からを動くことが出来ない。まるで何か見えないものに捉われているように。



「ボクの生徒に手を出そうなんて、ふてぇ野郎だね」

 見えなかった糸が徐々に実体となって表れていく。幾重に絡みついた水仙色の糸は細く強く、兵士を捕えていた。

「こ、これは魔糸ですか?不可視の魔糸など、こんな法術見たことは……」

 ベンジャミンはユキトたちの前に立ち、ルガートと対峙した。

 小さな体躯のベンジャミンから、こちらが崩れ落ちそうなほどのプレーシャーを感じる。ルガートの背中に冷たい汗が伝う。


 ベンジャミンは右手を天井に。いや、天井を飛び越え、彼は空の彼方へとその手を掲げた。

「人は常に歩み進化するものだよ。ボクもそうであるだけさ」

 ベンジャミンはマナの領域を開く。淡雪のような黄色のマナが舞い、ベンジャミンを中心にマナは渦巻きながら収束していく。


 光の渦の中、一人の法術師が言葉を紡ぐ。


「友よ。ボクは君に近付こう。そして君の見た深淵をボクにも見せておくれ」


 ベンジャミンがそう言った瞬間、大ホール内で爆発が起こり、音がかき消させた。


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