(2)スター・アイドルの男塾3 追い求めた理想
ベンジャミンがカノンと会い、意識を天高く舞い上がらせるより少し時間は遡る。
ユキトは部屋をいったいどうやって出ようか考えていた。
廊下には騎士の人がいる。声をかけたらしっかり返事が返ってきた。
緊急時でも己の職務を全うしようという立派な人たちである。
ほかの出入り口は窓くらいしかない。
取っ掛かりがあったとしても子どもの、ましてやユキトの体力で無事に移動するのは困難を通り越して不可能な域だ。
「ダメもとで覗いてみよう……」
ユキトは窓から下を見下ろした。なけなしの勇気が消し飛んだだけだった。
「ごめんなさい。僕は無謀と勇気をはき違えられない大人で……」
誰に行っているのか分からないがユキトは窓越しに見える庭に向かって謝った。
王城の敷地内はそのほとんどが白い石畳に覆われており、城に向かってくる人間はかなり目立つ。ユキトが覗いている窓も丁度城の表側に面した窓だった。
「ん?ん〜〜〜〜〜〜」
窓を覗いてみると数名の人間が王城の敷地に入ってきたのが見て取れた。
どこかで見たことがある気がするが、顔までは判別できなかった。
一人は人を担いでいる。一人は何かに縛れているのか歩き方が変だ。あと一人は長い赤毛の人だった。
「捕り物?」
どう見ても侵入者を捕えてきたようにしか見えない。あんまり顔を出さない方がいいだろうと窓から離れた。
「あ、ユキトちゃん!」
「どうしたんだい、急に?」
キリエはかなり離れた位置から王城を見ていたが、確かに窓に映った人影をユキトと認識していた。
「すいません。知り合いがいた気がして……」
思わず口に出してしまったが、今の状況を思い出し、言葉を濁す。ディッケンも僅かに反応するが、キリエがいきなり声を出したことへの反応としては自然だった。
「知り合い?王城にかい?確かにあんたの顔立ちはいいとこのお嬢さんって感じだからね。着ているものも華美ではないけど、ものは良さそうだし」
カノンはキリエに対してはもう疑いの目を向けていない。
今もこうして捕えているのは最初に怪しいと思って攻撃をした手前、引っ込みがつかなくなったからだ。
キリエの容姿はまだ蕾とはいえ、成長すれば大輪の美しい花となることは容易に想像がつく。
カノンは正直戦いのこととなると切った張った以外のことは考えなくなる。
体に染みついている故に容易に拭いがたく、コントロールが難しい。
「いえ、王族の知り合いというわけではなくて……」
言いよどむキリエを見て、カノンは少し考え答えた。
「まさか『青』と知り合いとか、言い出すんじゃないだろうね」
キリエはポーカーフェイスを作って誤魔化そうとするが、カノンはそれをあっさりと見破った。
「あ〜〜〜最悪だねえ。まさか青の知り合いに剣を向けちまうとは」
カノンはそう言ってキリエの拘束を解いた。橙色の縄は光の粒子になって消えていった。
「悪かったね、お嬢ちゃん。剣を向けて」
急に態度が変わったことに面喰いながらもキリエは謙遜する。
「いいえ、私もあのタイミングであの場所に弓を持っている誰かがいたら攻撃するでしょうから……」
「最近の若いのは過激だね。私は思い留まったというのに」
ベンジャミンのマナが見えなければ、間違いなく切っていたけど、とカノンは内心付け加える。
「それで、青の名前はユキトというのかい?」
少しまずいかとも思ったが、どんな返事を返してもズバリ当てられてしましそうなのでキリエは正直に話した。
「はい。ユキトちゃんは知り合いで、私の命の恩人です。だから私はその警護をしていました」
「まあ俺もユキトに命を助けられて、警護してたがよ」
ディッケンはキリエが喋ってしまったので、自分の素性も明かした。
これには流石にカノンも驚き、少し静止していた。
「なんとまあ。ならあんたらが異能者を捕縛したっていう狩人たちかい」
それを言われて二人は苦笑いを浮かべる。
「ユキトちゃんのおかげですけど……」
「命を拾えてよかったね。狂人と遭遇して生き残れたのは運が良かったよ」
カノンはかなり詳しく事件のあらましを知っているようだった。キリエは少し気になったため話を聞いた。
「どうして事件のことを詳しくご存じなんですか?」
「そりゃ、事件に巻き込まれた青がベンジャミンの弟子だったからね。あいつは名前までは言わなかったが、今回の件で関係各所に色々根回ししていたんだ。私の耳にもそれが入ってきてね。調べるに決まってるさね」
「何故、私には一言も声をかけなかったのかは謎だけどねえ。会議にまで参加していたとは知らなかったよ」
カノンはあっけらかんとその事実を明かし、不思議そうに首を傾げる。キリエはカノンの気に当てられ、建物の屋上でのカノンの呟きを聞いていない。
「ベンジャミンというのはベンジャミン・アズナルシスト・ホフマンのことですか?」
「そうさね。良くしてるね、お嬢ちゃん。私と対面した時も私の名を知っていたし、あんたよっぽど高位の身分の人間のようだね」
カノンの推測は当たってはいるが外れている。ベンジャミンの名を知っているのには、あまり身分は関係ない。
「確かに高位の身分ではありますけど、ベンジャミンの名を知っているのは私が、それとこの男もですけどベンジャミン先生の生徒だからです」
「……先生……生徒?」
「おう。ベンジャミン先生は学府で教授をやってるからな。別に法術師だって明かしてないし、研究もほとんど先生の名前が表に出ないけど、れっきとした先生だぜ」
カノンはディッケンの話を聞き、目を白黒させる。鋭く恐ろしい目ではあるが、そこからは僅かながら愛嬌が見て取れた。
「そうか、ベンジャミンは先生と呼ばれているんだねえ……」
初めてカノンから穏やかな感情が覗いたが、瞬きの間にそれは消え、いつもの鋭い様子に戻ってしまった。
「なら改めて謝らせてもらおう。知らぬかととはいえ、ベンジャミンの生徒に手を出してしまったこと、ここに深く詫びる。すまなかった」
カノンはキリエに頭を下げ、その姿勢で静止していた。
「や、やめてください!私は平気でしたし、私にも落ち度がありましたから」
「あい分かった。これで和解成立じゃ」
殊勝な態度が一変、何の気負いなくカノンは頭を上げた。
キリエはちょっと唖然としたが、思わず笑ってしまった。
「なんじゃ、お前は。突然笑い出しおって」
「まあいいんじゃねえのか。緊張が解けたんだろう」
「お前にも随分な物言いをしてしまったな。すまない」
カノンはキリエに装備を返し、ディッケンに向かって頭を下げた。ディッケンは頬をかき、目を逸らした。
「あんたの言ったことは別に間違っちゃいないよ。俺はどうにも……いや、なんでもねえや。ばあさんに頭下げられるのも気持ちは悪いから頭上げてくれ」
ディッケンは特に気にした風もなく答えるが、キリエには少し硬い声に聞こえた。
カノンは顔を上げ、改めて二人に向き直る。
「……そうじゃな。仲直りついでに自己紹介でもしようじゃないか。私はカノン。夕凪の法術師とか呼ばれてたかの」
「俺はディッケン。一匹狼とか呼ばれたらカッコイイのか、カッコ悪いのか悩むところだ」
「バカなこと言って。私はキリエ・ノート・アンセーです。お察しの通りいいとこのお嬢ちゃんです」
三人の中には先ほどとは違う空気が流れていた。この空気を作ったのもあの人のお蔭なのかと思うと、いつもなら納得しかねるところだか、この時ばかりはベンジャミンに感謝するキリエだった。
「バックショイヤッツ〜〜〜!!」
「ううん。誰かボクに恋しちゃってる気がする」
ベンジャミンのクシャミは見事に七光りの法衣に命中しました。




