(2)スター・アイドルの男塾2 空を自由に飛びたいな♪2
「首だけあれば確認はとれるかね」
夕凪の法術師、カノンは打刀を振るい、キリエを切ろうとした。
「?」
その殺気に当てられ、キリエは自分が切られたと錯覚していた。
だが実際にはカノンはその場で立ち尽くし、王城の方を見ていた。
「……水仙?まさか、ベンジャミンの領域か?」
王城からは先ほどとは別のマナが可視化されており、淡い黄色の粒子が見て取れた。
「なぜあいつがここに……まさかあの会議に参加していたのか?だとしたら部下になぞ任せずに私が出ておけばよかったのう」
さっきまで放たれていたカノンからの威圧感は消え、キリエは今度こそ緊張を解き崩れ落ちた。
「ん?ああそうだった。お前の始末をさっさとつけてベンジャミンと会おうかの」
だが思い過しだった。ただ単に彼女がキリエに興味を無くしただけで、生殺与奪はカノンが握っている。
「あ……」
「心配せんでもよい。もともと脅かしておっただけじゃ。人が死ぬのはあまり好きではないからの」
そういってカノンは刀を鞘に納め、法術を使った。
「物質化」
マナは術者の想像や理論によってその性質を変えることが出来る。
ユキトがマナを雷に変えたのもその一つだ。
実際には法術は理詰めの能力であり、その変換の仕組みを知らなくては使用することが出来ない。
1部の天才か、地獄のような修練を積んだものならば感覚で術を使用できるようになるかもしれないが、どちらにしろ想像力だけでは法術は使えない。
カノンが使った「物質化」はマナに物質としての性質を一時的に与えたもの。術者が作り上げたものであるため綻びが多く、通常の物質と違い半永久的に形状を保つことが出来ず、そのほとんどはすぐにマナに戻ってしまう。
ただし、強度に限ればマナを込めるほど強く、固く、柔軟に、その性質を術者の意思でつくりかえることが出来る。
応用のきく術であり、ほとんどの法術師がこの術を使える。
キリエはカノンの作り出した橙色に光る縄で腕を縛られ、王城に連れていかれることとなった。
王城の内部、奇しくもベンジャミンはカノンと同じ「物質化」を行使していた。
王城の内部には幾重にも黄色の糸が出現し、侵入者らしき人間を片っ端から捕えていた。
「カノンがいるはずなのに全然侵入者が減っていない。これいかに」
ベンジャミンは無駄口をたたきながらも指先を高速で動かす。指先には一本ずつ、合計十本の糸が絡みついていた。糸は大ホールの天井、壁、床に突き刺さっているように見えた。
実際には透過しているだけで突き刺さってはいない。
「魔糸」
法術師の誰もが使える「物質化」の中で、ベンジャミンのみが行使できる高等法術。
どんな物体でも透過し、突き進み、糸はベンジャミンの共感覚としての役割をもつ。
強度も自在であり、途中の糸が透過していても、透過していない部分にはしっかりと糸としての性質を持たせることが出来る。1本で綿糸、鋼糸などに部分部分で強度を変えることも可能だ。
あまりに同時にこなさなければならない術の多さに誰も真似しようとしていない。いや真似が出来ない。
ベンジャミンが並列してこなせる術の多さも、現代「最高の法術師」と言われる所以の一つだ。
やがてベンジャミンは手の動きを止め、魔糸を消した。
「取りあえず怪しい人間は捕縛し終わったけど、まだ終わりじゃないね」
ベンジャミンが法術行使の間に会場の人間は護衛に囲まれている。扉の方はこの城の騎士が守っていた。
「誰が、何のために、何を仕掛けたか、だろ?」
特に護衛など連れず、一人の男がベンジャミンの前に立つ。
「心当たりがあるのかい、マッスル・ブレイン」
マッスル・ブレインは顎髭を撫でながら答える。
「あると言えばあるが……ってマッスル・ブレイン!?俺のこと!」
「プッ」
副官が真顔で吹き出し、顔を背けた。
「ノリツッコミはいいから。で、なんなのさ」
ベンジャミンはいつになく真剣だった。
彼はふざけるのは好きだが、空気はちゃんと読む。ただ真剣過ぎて自分がふざけて付けたあだ名を無意識で使ってしまっているだけなのだ。
「なんか納得できんが、まあいい」
(いいのかよ!)と会場の人間たちの心の声が木霊した。
「正直俺らは、領域開拓軍は青の獲得に興味はねえ。いや、勿論来てくれるなら大歓迎だが、どんなにすげえやつだとしても子供じゃ軍でやっていけねえからな」
「もっともだね」
(ボクの記憶が正しければ、君は物凄く獲得する気満々の発言をしてた気がするけど)
ベンジャミンは溢れるツッコミ魂を何とかのみ込んだ。
「うんそれで」
「これは恐らく青に興味のある奴の仕業だと俺は睨んでいる」
「……うん…それで…」
ベンジャミンは話の落ちが読めたが敢えて続きを促した。マナをタップリ込めた右手を準備して。
「だとすれば俺たち領域開拓軍以外の勢力の犯行ということに!」
「広いわ!!」
ベンジャミンの平手がブレイン・マッスルのたくましい胸筋に炸裂した。
マナを纏い身体強化することでベンジャミンの平手は大男を吹き飛ばす威力を持っていた。
光の爆散するツッコミはとてもきれいだったと、副官は気絶したマッスル・ブレインに教えようと内心せせら笑いながら決めた。
ユキトのいる貴賓室でもベンジャミンのマナ、そして魔糸は見えていた。
未だ法術に目覚めて日の浅いユキトでは、ベンジャミンの法術の凄さは分からなかったが、以前ベンジャミンが水仙色のマナを使うと話してくれたおかげで混乱せずに済んだ。
「師匠が法術を使っているのは侵入者に対してだよね……」
ユキトも駆けつけたいが、自分では足手まといになることは目に見えている。
「怪我人がいれば治してあげられるけど、侵入者相手に『雷門』を使うわけにはいかないし」
今のユキトが雷門を最小威力で使用したとしても王城は半壊を免れないだろう。ユキトのマナコントロールは上限に関しては振り切っているが、下限に関しては並の法術師の最大出力と同格か、それ以上の力でしか法術を使えない。
ただしこれはユキトの推測であり、実際にそれで済む保証はない。
「行こう。ここにいるより師匠と合流した方が良さそうだ」
自分に何ができるかは分からないが、自分の親交がある人間が危険に晒されているのにジッとしていられるほど、ユキトは大人しくはなかった。
ディッケンはようやく王城の近くまで戻ることが出来た。
マナが勿体ないのでエンチャットを切り、自前の力で異能者の男を運んで来ていた。
歩いて運ぶなら、そう苦ではないが、ここまで走ってきたのでかなり汗をかき、呼吸が乱れている。
「あぢぃ〜〜〜、こいつの体温が地味にきついわ」
そう愚痴りながらも、堅実な足取りで王城に辿り着いた。
「ん?なんだい。男を背負った男が城に何か用でも?」
ディッケンの目の前には眼つきの悪い初老の女性がいた。歳を重ねた温厚さなど微塵もなく、その分牙を研ぎ続けたような鋭利な鬼気に満ちていた。
「いや、ばあさんも女の子を縄で縛って連れてるじゃん」
ディッケンは遠目でキリエと分かっていたが敢えて他人を装った。どうやら面倒くさいことになっているらしい。
「確かに。私もお前さんと同じくらい怪しいさね」
油断ならない雰囲気を持ってはいるが、話の通じない相手ではないらしいとディッケンはあたりをつけた。
「こいつは王城から逃げた奴だよ。侵入者の声が上がったとき、真っ先にこいつが飛び出してきたから捕まえといた」
「ふん、なるほどね。それはお手柄だったね」
「ばあさんの方は?」
「怪しいからしょっ引いたのさ。取り敢えず護衛とは言っているが私に見覚えがなかったし、本当に護衛なら中の連中に知り合いがいるだろう」
穏やかそうに話しているようで、目はディッケンを捉えて離さない。圧迫感のある視線だが、ディッケン涼しい顔ではカノンの目を見つめ返す。
「あんたも、私は見覚えがないけどねえ?」
カノンの手は刀にのびていない。しかしいつでも切れるという気配を感じる。
「ばあさん。その出で立ちからして始元流の使い手だろう?」
カノンの目が僅かに見開き、そして刃のように細めれる。
「どうしてそう思う……」
「刀を使う流派を他に知らないだけだよ。俺は始双流の門下生だったから、始元流の奴ともよく……仕合をしたからな」
ディッケンは努めて軽く話す。そうでもなければこの初老の女性の放つ鬼気に当てられてしまいそうだからだ。口角が歪もうとするのをこらえる。
「嘘ではないようだねぇ……。しかし、お前からはいい臭いがする。牙を折られ地を這い、血を吐く獣の臭いが…」
カノンは暗い藍色の瞳を挑発するように歪めた。カノンの言葉にディッケンは内心どす黒い感情が沸き立つ。怒りとも憎悪とも悲しみともつかない感情。
ディッケンは全身が軋みを上げるほどの力を何とかコントロールし、吹き零れそうな黒い感情を押し潰す。
顔には出ていないだろうか……。
醜く、血を求める痩せ犬のような顔が。
カノンはディッケンから濃い血の臭い。戦いに身を置いてきた人間特有の臭いを感じ取っていた。
臭いは薄れていたが、かなり実力の高い人間だったと推測できる。あくまで過去の話であり、現在の青年の気配はあまり強くは感じない。
牙を隠しているのか。牙が抜かれてしまったのか。
さすがのカノンも短いやり取りではそこまで知ることはできなかった。
「ばあさん。人のことを捕まえて獣はねえだろ。せめて狼とかにしてくれよ。まあ狼も獣だがよ」
ディッケンはカノンの挑発に何でもなさそうに答える。
態度の上では平静に見えるが、カノンが覗き込んだ水色の瞳には暗い光が宿って見えた。
危険性を見るために露骨に挑発したがこの青年は自制してみせた。
カノンはディッケンの様子を見て取り、纏っていた鬼気を霧散させた。
「……まあよい。取り敢えずお前のことは信用しよう。さっさと上がるぞ」
カノンにしてみれば信用できるにしろ出来ないにしろ、自身の目の届く範囲に置いておけばいいと考えていた。
故にディッケンに行動を共にするように申し出た。
「ああ……」
キリエがディッケンを心配そうに振り返る。
ディッケンはそれに気付かぬふりをして、男を抱え直しながら、城の中に入った。
大ホールにいるベンジャミンたちは侵入者の捕縛と尋問を護衛と騎士たちに任せることにした。
ベンジャミンが疑わしい人間を手あたり次第に魔糸で捕まえたため、侵入者とは無関係な人間も捕縛されている。
侵入者でないと判断されたものは、順番にベンジャミンから術を解かれていった。
「16人もいたんだね、侵入者。いったいどこから来たのやら」
王城は今日のために多くの騎士を配置し、王族たちは自身の近衛をつれ警備に当たらせていた。
本来ならネズミでもつまみ出されほどの警戒態勢なのだが、いったいどうやって侵入を果たしたのか。
「護衛が侵入者だった。というのが分かりやすくていいけど、別にどこの護衛も減ってないし……」
「いや、厳密に言えば1人減ってるけど、1人が16人に分裂なんてしないし」
やることもなくなったので、いなくなった護衛の雇い主の人間に話を聞いてみようと、ベンジャミンが立ち上がったところに、扉から騒がしい声が聞こえてきた。
「困ります……様。ここに立ち入られては……」
「どう……、がいるなら………よ!」
ベンジャミンは聞き覚えのある幼い声に反応し駆け出した。
扉に手をかけ、開いた先には。
「あ、ベンジャミン、久しいのう」
「ほげ〜〜〜〜!ほげほげほげほっげほげほげほっげげげ!」
ベンジャミンは奇声を上げて慄いた。
鋭利な眼光を嬉しげに細めたカノンがいたからだ。
ちなみにユキトもカノンの後ろにいたが、ベンジャミンはあまりのショックで気付けなかった。
この時、ベンジャッミンの意識は空高く舞い上がったという。
スター・アイドルの男塾3 追い求めた理想に続く…………二部構成と思ったかい。ふっ、それは字体のある残像さ! byベンジャミン




