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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(2)スター・アイドルの男塾2 空を自由に飛びたいな♪

「どうもベンジャミンです。いつも元気な君のアイドルさ!」

「何言っているの、この不思議生物?もとい、認めたくないけど私たちの先生は……」

「くう〜〜無線でもしびれるお言葉だぜ!先生!先生は俺たちのアイドルです!!」

「私を含めるな!」



 キリエとディッケンは王城の付近、大通りに面した建物の屋上で王城の監視をしていた。

 今はベンジャミンより通信が入り、ディッケンが応答をしている。

 有線ではなく無線の通信機器で、対応距離は短いものの、手の平にのるほど小型だ。

 ここまで小型のものはいまだ実用化していない。ベンジャミンのオリジナルだった。

 ちなみに通信規制に引っ掛かる違法品である。

「いい感じになってるね。さすがボク。いい仕事だ」

「分かりました。こちらにも動きがありました。そろそろでしょう」

「オッケー。僕のはママンだからね。中継としても使えるのさ。ボクは全く聞こえなくなるけどね。あの子らにも刺激を与えてあげようかな。あんまり焦らしてもいいことないし、なにより退屈だし」

「了解、待機します」

「アイアン、鋼鉄製さ。それが三個同時とは恐れ入ったか!」

「タイミングは相手に合わせます」

「ならば僕もそろそろ時が来たということかな。そう!先導者の目覚めの時が!」

「………では特にないようなら通信を終わりますが」

「そうは問屋が卸さないだと?これは僕への挑戦なのかい。ならば受けてたとう。ボクと国家、どちらに軍配が上がるのか見てみようじゃないか!ファイヤー!!」


 無線機から水の流れる音が響き、通信が切れた。

 ディッケンは黒い箱型の通信機をポケットにしまい、表情を引き締めキリエに振り返る。

「よし。先生からの指示は聞いたな。動きがあるまで待機だ、キリエ!」

「分かるかっ!」

 キリエの平手がディッケンの後頭部に炸裂し、いい音が鳴った。




「おいおい、通信聞いてなかったのかよ。緊張感が足りないんじゃないのか?」

 キリエの平手打ちにしばらく悶絶したディッケンだったが、数分後には何事も無く復活した。

 ディッケンは懐疑的に眉を寄せてキリエに問いただした。どこか意地悪気な表情で、さっきのことを根に持っているのは明らかだろう。

「えっ?これ私が悪いの?ディッケンも分からなかったのに分かったフリしているだけでしょう?」

 ディッケンはため息を吐き、肩をすくめながらやれやれといった風に両手を持ち上げ、首を振った。

 キリエの血管が一本切れた。

「冗談はよしてくれよ。キリエ様ともあろうお方が、今の通信を理解していないなんてなあ」

 キリエの血管がさらに一本切れた。

「まあ教えないと作戦に支障が出るから、教えるけど」

 ディッケンはキリエのことをチラッと見ながら「それなりの言葉があってもいいだろうけど」と呟いた。

 キリエの血管がさらにさらに一本切れた。

「今は作戦中。今は作戦中。今は作戦中。ユキトちゃんのため。ユキトちゃんのため。ユキトちゃんのため…………」

 キリエは自分に何度も言い聞かせ、何とかディッケンに「……教え、…て…ください」と言った。

 ディッケンはキリエの様子にちょっと怖いものを感じながら、鷹揚に頷く。

「ならば教えよう。先生が言いたかったのは………」

「言いたかったのは………」

「それは『侵入者だって!大事じゃないか!!城の侵入者の捕縛はボクも協力しよう。外は君たちに任せたよ!』に関して…………」

ディッケンのポケットにしまっていた無線機から音声が届く。ベンジャミンの声ではあるが周囲に話す声をそのまま無線でこちらに送っているようだ。

 恐らく人前で無線を行っているのだろう。



 キリエはそれを聞き、瞬時に動いた。

 足を払い、体の軸を押し上げ、ディッケンの体を屋上から放り投げた。

「逝ってこい」

 ディッケンは5階建ての建物から自由落下を敢行するはめになった。


「ディッケンのせいで何が何だか分からなかったじゃない!」

 キリエはすでに準備していた弓を手に持った。

 異能者捕縛の際に使用していた弓と同タイプのもので、展開せずに箱型のままだ。

 キリエはそのまま建物の屋上を猫のように飛び回り、王城に接近していく。

 


 ディッケンは何とか空中で体制を整えて、地上に降りていた。

 最低でも両足骨折はしそうな高さだが、ディッケンには怪我どころ痛みやしびれすらない。

 侵入者と聞こえた時点で体にエンチャットをかけていたからだ。

 キリエにぶん投げられる予想をしていたわけではない。

「キリエには言えなかったけど、別にいいか。俺たちには関係ない話だし」

 ディッケンはそう呟き、王城へ行く道とは違う方向に走り出した。



 同時刻、王城の貴賓室である会話がなされていた。

「あ、通信機が光ってる。僕からだと緊張するなあ。師匠聞こえますか?ユキトです」

「どうもベンジャミンです。いつも元気な君のアイドルさ!」

「うわ、すごいです、この通信機!返事が返ってきました。ちゃんと聞こえていますよ。感激しました!」

「いい感じになってるね。さすがボク。いい仕事だ」

「通信距離が短いから王城の中でしか使えないのが残念ですけど、それでもすごいですね。師匠と僕と、あとディッケンさんがこれを持っているんですよね。あちらとは会話できないのですか?」

「オッケー。僕のはママンだからね。中継としても使えるのさ。ボクは全く聞こえなくなるけどね。あの子らにも刺激を与えてあげようかな。あんまり焦らしてもいいことないし、なにより退屈だし」

「ありがとうございます。でも今は皆さん忙しいのでしょう?またの機会にお願いします。そういえばいつの間に作ったんですか、これ。前に僕が無線の話をしてからそんなに時間が経ってないのに。それになんだか妙に厳めしい外見ですね」

「アイアン、鋼鉄製さ。それが三個同時とは恐れ入ったか!」

「三個?ああ、ママン、つまり親機とその子機を二つ作って、通信を行えるようにしたということですね。確かにそれなら子機はかなり小型化できるし、小型化した分のリソースは親機に補わせるということですね。う〜ん、僕の会話だけでここまですごいものを作るなんて、師匠は閃きが違いますね」

「ならば僕もそろそろ時が来たということかな。そう!先導者の目覚めの時が!」

「残念なのは通信規制があるから流通しないということですね」

「そうは問屋が卸さないだと?これは僕への挑戦なのかい。ならば受けてたとう。ボクと国家、どちらに軍配が上がるのか見てみようじゃないか!ファイヤー!!」


「……………………」

「あれ?何にも聞こえなくなっちゃった。師匠、人に聞かれてもいいようにワザと変な言葉を使っていたけど、僕まで分からなくなりそうだったよ」

 ユキトはあの面会の日、キリエより渡されたものは通信機とその説明書だった。

 ユキトはその通信機でベンジャミンと話していた。

 親機は通信範囲が広く、子機に親機の音声を送る分には王城の外からでも可能となっている。

 ただ子機との送受信を行おうと思えば、通信機が両方とも王城内になければ行えない。

 この事から分かるように、ディッケンは一方的にベンジャミンの音声は聞くことが出来るが会話はできない。当然ユキトの声も聞こえない。

 ベンジャミンの親機も改良段階で、子機の一方にしかチャンネルを開けないためディッケンの言葉は聞こえていない。

 ディッケンは通信ごっこをして遊んでいただけだった。

 遊んで喋っている横でキリエが真剣な顔でこちらを見ていたため、ふざけているのが知られると、恐ろしい目に遭いそうだと、とっさに適当なことを言ってしまった。

 結果的にひどい目には合っている。

 キリエがこの事実を知ったとき、更にひどい目に遭うのは目に見えている。


 ユキトは通信機をキリエから渡されたあと一方的に受信するだけではあるが通信を行っていた。

 子機のマナは多くないため短い時間だったが、ユキトにとっては外の情報が入り、とてもありがたかった。

 内容は家族全員と従者たちの無事。

 自分の立場。

 今日の会議について。

 どれも短い言葉で纏められていたが、ユキトはようやく自分の立場を理解することが出来た。

 今この瞬間にも自分の助けになろうとしてくれている人たちがいる。

 ベンジャミンはさっきの通信で僕に会議の話題を出さなかったが、恐らく余り気持ちのいいものではないのだろう。

 自分の処遇を何も知らない他人に決められるというのは、ユキトにしてみればまったくわからない話ではない。

 前世のころも受験があり、将来に関わる決定を顔も見たことがない他人がしていたといえる。

 それと同じとは言わない。自分が試されていないからだ。

 だから、試さなくてはいけない。

 自分自身を。

「師匠からの合図はもらった。僕は自分で道を開くんだ。もう流されるのは止めるんだ!」

 ユキトは深呼吸をし、貴賓室のドアに手をかける。

「大変だ、侵入者が城内に!!」 

 扉からは敵の侵入を告げる、警告の声が響いてきた。



 ベンジャミンは見てしまった。

 もっとも忌避すべき存在がここに居ることを知った。

 周囲には可視化されたマナ。

 自分以外の法術師がマナの領域を開いたのだ。

 そして可視化されたマナの色は橙。

 夕暮れに射す、太陽の光を思わせる色。

 ベンジャミンにとってこの色は警戒色だった。

「まさか!夕凪のババアが!」

 会議室の誰かがそう言葉にした瞬間、可視化されていたマナは動き出し、自分たちの頭上、天井へと上がり通り抜けて行った。

「まさかとは思うけど、まさかとは思うけど……彼女が来てるの………?」

 その呟きに答えるものは誰もいなかった。



 キリエは建物を伝っていたがその途中で足を止めてしまった。

 否、動けなくなったのだ。

 王城の空中庭園にその原因となる人物がいた。

 白髪交じりの赤毛の髪。高い位置でそれを結び、背中へ流している。

 着崩した白の軍服は間違いなく領域開拓軍のものだ。

 線の細い女性で、顔に刻まれたのはシワばかりでなく、傷も目立つ。

 眼光は鋭く、暗い。光を感じさせない藍色。

 手には鈍色に輝く、一本の剣。やや反りがある、打刀と呼ばれるものだ。

 すでに体はマナの領域より満たされたマナで覆われている。

 彼女の足元は人が血を流し倒れている。辛うじて生きているのは彼女の手加減ゆえだろう。

「領域開拓軍の軍服に茜色のマナ。まさか、カノン・アズサンセット・クリエイド?どうしてオルリアンの王城に彼女が……」

「そこのお嬢ちゃん。私はフルネームで呼ばれるのは好かんのだが」

 キリエの背後から声がかかる。

「え………」

 キリエが見詰めていた空中庭園にはカノンの姿はなかった。目を離していないにもかかわらず、それこそ消える様に姿を消していた。

 代わりに背後には魔物を超える威圧感をまき散らす人物がいる。キリエの直感はその人物がカノンであると感じとっていた。

「それは展開式の弓だね。それで何をしようとしていたんだい?」

 淡々と問いかける言葉。振り返ることが出来ない。動けば自分の首が飛ぶ気がしてならない。

「まさかあいつらの仲間じゃないよねえ……お嬢ちゃん」

「……違います。私は……会議の護衛の人間です」

 背後から切られるというプレッシャーの中、何とか言葉を返す。

「こんな嬢ちゃんがいるとは聞いてないねぇ……。しかし会議のことを知っているということは敵にしろ、味方にしろ、関係者か。面倒だが連れて帰ろうかね」

 少し空気が弛緩したのを感じ、キリエがそっと息を吐く。

「首だけあれば確認はとれるかね」

 キリエの首に冷たい何かが通り抜けた。



 ディッケンは王城へは向かわずに、駅方面へと向かっていた。エンチャットにより身体能力の高まった彼の走りは、突風のように人々の間を通り抜けていく。

 本来であればキリエにこちらの任務についてほしかったが、身体強化のエンチャットができない彼女には難しい内容だった。

「ち、やっぱり異能者か……」

 ディッケンは人を追っていた。

 自分の前方を高速で走る人影は異能者としか言えない速度で駆ける。

 キリエと二人で監視していた人物だ。

 この異能者は今回の会議にある人物の護衛役として入り込んでいた。

 最初に気付いたのはキリエだ。

 異能者は指名手配犯ではないが、その筋では有名なアウトローだという。それが王城にいたのだ。たとえ護衛役としてでも不自然だろう。


 侵入者の報があったとき、あいつは王城からその身体能力を最大限に使って飛び出し、市街に入って行った。そのためディッケンは王城からかなり離れてしまっている。

 咄嗟にキリエが機転を利かせ、ディッケンを屋上から突き落としていなければ今頃見失っていただろう。

 私怨ではなかったと思いたい。

「これ以上城から離されるわけにはいかねえ」

 短槍は街中では使えない。ナイフもだ。魔法器も身体強化以外は派手すぎる。

「エンチャット」

 ディッケンは懐から通信機を取り出し、それに鈍色のマナを纏わせた。

 ベンジャミンが鋼鉄製と言っていたそれを、振りかぶり。


 投げた。

 エンチャットによる身体強化、物質強化。さらに助走をつけたことによって弾丸のようなスピードで放たれた鋼鉄の通信機は、見事、男の後頭部に直撃した。

 異能者の男は走った勢いのまま、激しく体を地面打ち付けながら転がり動かなくなった。

 あまりの派手な転倒に周りの人間はざわつく。しかし騒ぎになる前にディッケンが迅速に動いた。

「やや!どうしたんだい兄さん。こんなところで転んでしまって。おおっと頭にコブが出来ているじゃないか。早く医者に見せよう、そうしよう」

 ディッケンは男に駆け寄ると大根役者も真っ青な迷演技を披露し、人々が見守る中、気絶した男を担いでその場を後にした。

 その時のディッケンの顔は何かをやり遂げた男の顔をしており、とてもチグハグな印象を人々に与えたという。






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