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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(2)スター・アイドルの男塾 臨時列国会議

 青歴617年 閃の月 16夜


「スター・アイドルこと、ベンジャミン・アズナルシスト・トルマン!男ぉお見ぃ〜せぇ〜まぁ〜すぅ〜けぇ〜〜〜」

「何言っているの、この不思議生物?もとい、認めたくないけど私たちの先生は……」

「くう〜〜相変わらずしびれる言葉だぜ。オス!先生!俺も男見せます!!」

「何なのこの二人。射ってもいいかしら」



 ユキトとの面会の次の日。

 王城の近くにある広場に三人は訪れていた。

 ベンジャミンは紫で統一された、正装に身を固めていた。

 キリエ、ディッケンは異能者捕縛の時のように動きやすい服に身を包んでいる。

 今日は王城でかねてより準備されていた三神教会主催の会議が行われる。

 各国の要人などが集まり行われる会議であり、その話の中心はもちろん「青」の処遇だった。

 ある意味異例の速さでの開催と言えるが、この機を逃すような輩には参加の権利さえ与えないということなのだろうか。

 キリエにしてみれば、いくら法術師の力を発現させたといっても、年端もいかない子供を寄って集って奪いあうというのは、気分の悪い話だった。

 彼女にとっては命の恩人なのだ。その怒りもひとしおだろう。

 だがキリエは華族の令嬢にすぎず、会議への参加権はない。

「先生。ユキトちゃんのこと、よろしくお願いします」

 ゆえに、キリエはベンジャミンに頭を下げ懇願した。

 ベンジャミンも表情を引き締めて答える。

「できる限りなどちゃちなことは言わない。最上の結果を持ってくると約束しよう」

 キリエはその言葉を聞き、微笑んだ。

 この人が私たちの先生で、とても心強かった。

「やばい先生!俺ちょっと惚れちまいそうだよ」

 キリエは微笑んだまま、ディッケンの鳩尾に正拳をお見舞いし、頭が下がったところに膝蹴りをくわえた。

 ディッケンは重力に引かれるまま顔面から地に伏した。


「先生。私たちも手筈通りに動きますね」

 キリエは気絶したディッケンを放置してその場を後にした。

 ベンジャミンも「これは失敗できないな」とさっきとは別のプレッシャーを覚え、決意を新たにした。

 ベンジャミンは取り敢えずディッケンを介抱してから会場へと向かった。



 ベンジャミンの会場入りは早く、控室に案内されたので座って待つことにした。

 

 この会議の結果でユキトの処遇は決まるといっていい。

 なぜならば一度三神教会に取り込まれたなら、事実上神子としての役割をかせられるという意味だ。

 神子となれば人らしい幸せなど在りはしない。

 ユキトはマナの色ばかりか、その力も示している。

 法術師の中であっても規格外の力。くしくもベンジャミンの知る、黒の神子を彷彿とさせる力を。

 ベンジャミンの気がかりはそれだけではない。

 いや、むしろ彼にとってはもう一つの気がかりの方が精神を追い詰めているが、今は頭の隅に追いやり、考えないようにしている。

 すべてが終わったとき、ユキトに直接尋ねればいいことだ。今、考えるべきことではない。


 やることもなく、エア・ナイツをしているところに呼び出しがかかった。どうやら面子が揃ったようだ。

「教会を出し抜けても、厄介なのがいるんだよねえ」

 ベンジャミンは人知れず愚痴をこぼし、控室を後にした。


 会議は王城の大ホールで行われた。

 ホールの中央には巨大な白の大理石でできた長さ20エーデルはあるテーブルが鎮座していた。縦幅だけでなく横幅も広く、5エーデルはある。

 参加者は発言権を持つ者だけに絞れば30名ほど。想定より少なかった。

 その他は秘書役たちといったところだ。会場には62名の人間がいる。

 護衛などは外に控えていた。


 誰もかれも豪華そうな服を着ている。教会の人間の法衣も立派なものだ。

おそらくここに居るのは王族と司祭以上の神官、それに一部の特権を持つ人間たちだろう。

 ベンジャミンの席は会場の南に位置し、議長席からはかなり離れた場所だ。

 議長席は北側で、議長は教会の人間が務めるようだ。

「お集まりの皆様。これより臨時列国会議を開催したいと思います」


 

 会議が始まり、議長より指名された神官からある程度の「青」に関しての情報開示がなされた。

 年齢、能力、出自、くらいだろうか。ベンジャミンが知る以上のことは何もなかった。偽りの報告もない。

 名は報告になかった。

 あまり情報を明かしてしまえば法術師の秘匿性に関わる。もし神子に祭り上げようと思うなら当然教会も情報を与えたくないだろう。

 各国からさらなる情報開示の意見が次々上げられたが、議長はそれを聞き入れなかった。


「歴史に名を残す、青と呼ばれたものは、私たち三神教会にとっては現人神とされる人物です。同じ青のマナを操る彼の将来を考えるなら、教会より法術師としての認定を受けたのち、青殿を神子として育てたいと思います」

 神官はそう報告をそう締め括った。

 議長は鷹揚に頷き、神官を下がらせえる。

 会議室はざわめきが起きているが、取り乱すのは情報をあまり手に入れられなかった者たちだろう。

 教会に対して切れるカードがないのだ。

 ベンジャミンにとって障害となるのは動揺の少ない人間たちだ。


 一つはスクビア連合国の王族たち。

 彼らは自身の国で起きたことであるが故に情報は集めやすかっただろう。

 そして自分の国で生まれた法術師だ。是が非でも取りに来るだろう。

 オルリアン州国の王もいるが、彼は青の獲得に積極的ではないように思える。

 もっとも力を入れているのは連合国の首国であるコバルティアだろう。


 一つは、魔物の領域の前線軍。

 通称「領域開拓軍」など言われている、各国から寄せ集められた異能者や法術師などを抱える、大陸規模な連合軍だ。

明確に区分があるわけではないが、魔物については人の領域を「狩人」が、魔物の領域を「領域開拓軍」が対処にあたっている。

 ベンジャミンにとっては教会と同じくらい、いやそれ以上にユキトを所属させたくない組織だ。

 彼らにとって力さえあれば戦うことは当然とされている。力ないものの剣であることは立派だが、良くも悪しくも飲み込んでいるため、あまり評判のいい組織ではない。

 ただ最近になって司令クラスの人事が大規模に行われ、それなりに素行が良くなったと噂では聞いている。


 そして最後の一つはベンジャミンも知らない者たちだった。

 服装はフォーマルなもので、王族や神官のようにゴチャゴチャハしていない。軍服のように固い感じもしない。愛想が良さそうだが隙が無い。

 ベンジャミンの印象で、例を上げるなら企業に所属する人間だろうが、ここに居るのは不自然だし、青が彼らに何の関わりがあるのだろうか。

 注意するに越したことはないが、何らかの動きを見せたときでも構わないだろう。



「三神教会の言には確かに一考の余地はあるが、青殿は5歳児なのだろう。まだ親に甘えたい年頃のものを引き離して、果たして健全に成長するのかのう」

 発言したのはオルリアンの王だ。温厚そうな好々爺かと思っていたが、見かけ通りの人だった。

 ベンジャミンは内心拍手した。彼に好々爺とあだ名をつけた。


「そのようなことはありません。しっかりとした教育がなされれば人は健全に育つことが出来ます。親元にいたからと健全になるとは限らないでしょう」

 この発言は若い神官からだった。若いが服装からして高位の神官だろう。

 ベンジャミンは彼のことは知らないが、なんとなく七光りとあだ名をつけた。


「それもそうであるが、果たして教会に青殿の教育が務まるのかの。ワシの知る限り、貴殿らは青殿に煙たがれておったが……はて、ワシの勘違いであったかのう?」

 ベンジャミンは好々爺じゃなく、狸爺の方がいいかなと評価を改める。

 七光りは苦虫を噛んだような顔をしていた。

 よく見ると、ベンジャミンが脅した神官とそっくりの顔をしていることに気付いた。

 いや〜似た人がいるものだとベンジャミンはどうでもいいことを考えていた。


「然り。教育などこの国でも受けられよう。わが国には学府という大陸最高の教育機関がある。教育を受けるのにこれ程恵まれている場所もあるまい」

 七光りはもう青色吐息だった。

 新たに発言したのはコバルティアの代表だが王ではない。確か継承権第二位の王族の男だったかな。あだ名はケツアゴでいいや。


「教育云々などどうでもよかろう!聞けば素晴らしい力の持ち主だそうではないか、ぜひ前線に欲しいものだ」

 そう発言したのは白い軍服を着た、立派な体躯を持つ領域開拓軍の代表だった。

 ベンジャミンはこの発言を聞き、ちょっと軍を見直していた。

 こんな空気読まない人を代表にするなんて、青の獲得に力を入れてるとは思えない。

 ベンジャミンは彼に、マッスル・ブレインのあだ名をつけた。


(というか議長は仕事してないよ。みんな勝手に発言しちゃってるよ)

 ベンジャミンの思いとは裏腹、議長は会議を明後日の方向に進めてしまい。

 マッスル・ブレインが活き活きと発言を繰り返し、七光りはもう空気だった。



 マッスル・ブレインが満足げに発言を終えたとき、一人の青年が挙手をした。

「議長。発言を宜しいでしょうか」

 良く通る低い声。人を惹きつけるような力を持っている。

 赤銅色の髪に、緑青の瞳。黒い縁の眼鏡をかけた、青年だ。

 年齢は20代前半に見えるが実際はもっと上かもしれない。この面子を前にして堂々した様子は、とても見かけ通りの年齢で身に付くものではない。

 

「あ、ああ。ルガート殿。発言を許そう」

 ルガートと呼ばれる人物は議長に一礼して発言する。

「皆様のお話を拝聴する限り、皆様方はどうしても青殿を手元に置きたいのでしょう。発言のない方はそう思ってはいないと理解してもよろしいでしょうか?」

 そこでそこかしこに騒めきと反論が生まれる。

(暴力的な言い回しだね。意図があってのことだとは思うけど……ここに居る人間たちは国を動かす人間だよ?)


「お静かに」

 その一言で会議の場が静かになる。

 これは一種の才能と能力だろう。タイミングや声量など考え尽されたものだ。

 だが実際この場で行うとは、とんでもない度胸だ。


「皆様は大事なことをお忘れです。最初にオルリアン陛下が仰っていたでしょう。青殿は法術師である前に人です。好ましくない人間と関わりたいとは思わないでしょう。そして子供です。もし彼が救世の英雄と呼ばれる力を実際持っていたとして、それを使うのはどんな人間に対してか。それは好ましいものに対してでしょう」


「教会の方々。彼を600年前の英雄と同一視していませんか?彼は神ではない。力を不平等にしか使えない」


「各国の方々。彼は人の子です。どうか未来を彼に委ねてはどうでしょう。私たちが寄って集って彼の将来を決めていいはずがないでしょう」


 どこか酔った善人のような物言いにベンジャミンは本日二度目の驚きを覚えた。

 なんて薄っぺらいことを堂々としゃべるのか。

 なまじ言葉に力があるせいで勘違いしそうになるが、言っていることは当たり前すぎることだ。

 ここに居る全員がそれを知っていて利権を争っているというのに……この男は。


「俺、今、猛烈に反省してる。そうだよな。いくら法術師でも小さい子供じゃないか。守るべき存在を戦場になんて……そんなひどい話はねえ……」

(いや、いたよ!そんなことも考えてなかった人がここに居たよ!)


「くそ!あのババア、俺を担ぎやがったな。帰ったら…………いや、俺が返り討ちに会うだけか」

 どうやらマッスル・ブレインは退場らしい。


「さて仕切り直しましょうか、議長」

 ルガートと呼ばれた青年は何事もなかったように腰かけた。

 ベンジャミンは取り敢えず彼をメガネと呼ぶことにした。



 会議は遅々として進まない。

 誰も妥協をしようとしないのだから当たり前だろう。

 折々にメガネが変な茶々を入れるのも原因だ。

 

 ベンジャミンはこれまで一度も発言をしていない。

 ベンジャミンは機をうかがっているのだ。

 会議が始まって半刻を過ぎたころ。

 ついにベンジャミンが動いた。



「議長。宜しいか……」

 けたたましく響くシャープな高音。

 椅子から降りて立ち上がってしまうと、胸から上しか見えない低身長。

 今にも零れ落ちそうな瞳は周囲をねめつける。

 頭頂部のホイップクリームの様な髪はセットが行き届き、艶めきながら跳ねる。


 ベンジャミンを知る者はついに来たかと戦慄し。

 ベンジャミンを知らぬ者はあの生物は何だ、と会議中気になってしょうがなかった。

 ベンジャミンはただの一言でこの会議に風穴を空けた。



「もよおしたので、トイレに行ってもいいかな?」



 その時、ケツアゴは勢いよく顎をテーブルに打ち付けたという。



 会議は不思議な生物の発言で少し中座となった。

 会議室にはピリピリした空気が流れ、誰も席を立たない。

 マッスル・ブレインは「俺もう帰っていい?」と副官に聞き「夕凪様の言いつけです。『会議が終わるまで帰ることは許さない』とのことです」と副官に答えられていた。


 ベンジャミンは騎士の案内でトイレまで行き、個室で用を足していた。水洗トイレだ。


(当然だけど監視が付くよね……。さてここからが本番だね)

ベンジャミンは服の中から大きな黒い箱取り出す。いったいどこに入れていたのだろう。

 そして虚空に向けて独り言を始めた。


「どうもベンジャミンです。いつも元気な君のアイドルさ!」

 トイレからは数分間に渡りベンジャミンの独り言が響き渡り、騎士はベンジャミンを怖がっていた。

 独り言の内容も変なもので、騎士の記憶からはすぐに忘れ去られてしまった。



 ベンジャミンがトイレから戻ってきたときは、まだ会議は中座したままだった。


「では、再開しましょう」

 そう議長が切り出した時。ベンジャミンはすぐさま挙手した。

 会議の参加者たちは今度こそ何を言うつもりだという空気になるが、マッスル・ブレインだけは「次は大きい方とか言い出すのかね」と面白そうに身を乗り出していた。

 もう会議とは違うことに興味が移っていた。


「ボクを知らぬ者もいるでしょうから、自己紹介をしておきましょう。ボクはベンジャミン・アズナルシスト・ホフマン。最も通りのよい名は水仙の法術師でしょうか」



 会議室は水を打ったような静けさに包まれた。


 水仙の法術師。

 現代で最高の法術師と呼ばれる人物。

 それだけではない。表に名前が出ていないとはいえ、ここに居る人物のほとんどは彼の偉業を知っているのだ。

 マナのエネルギー変換理論。

 異能封じの制作。

 マナインフラの整備。

 その他上げればきりがない。

 全てを一人の力で完成させたわけではないが、彼がいなければどの研究も日の目を見ることが出来たか怪しいものだ。

 常に国の研究の十年先いく彼の研究は、どの国も組織も手に入れたいものだった。

 その人物が自分たちの目の前にいるとなれば、コネクションを持ちたいと思うのは当然だろう。

 

「ああ、ボクの話は今掘り下げないでくださいね。今の議題は青殿についてですから」

 ベンジャミンはその気配を察し、潰す。

「さて、それでは喋らせてもらおうかな」

 

 七光りが震え、狸爺が引きつった笑みを浮かべ、マッスル・ブレインが楽しげに口角を歪め、ケツアゴは白目をむいて、メガネの眼鏡がきらりと光りながら、ベンジャミンの男塾が今、始まろうとしていた。

 

 


「ボクはまず言いたい。それは「大変です、侵入者が城内に!!」ということだ………………………………」



 ベンジャミンの男塾は一言も喋れずに終わった。





スター・アイドルの男塾2 空を自由に飛びたいな♪に続く…………まさかの二部構成。


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