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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第2章〈シオン〉
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(1)風花雪月2



 今日も庭園には歌が響く。

 陽光に照らされ、花は咲き乱れ、その香りが風に運ばれてくる。

 ここはシオンとアイだけの秘密基地。

 旋律は風とまじりあいながら高まり、溶ける。

 シオンの歌はただ一人の為だけに歌われていた。

 目の前の少女のためだけのステージ。それが今のシオンの幸福だった。

 誰かに歌を聞いて貰うことへの喜びに満ちていた。

 シオンは相変わらず髪で目元を隠している。

 傍らで目を瞑り歌に耳を傾ける少女、アイの身長はシオンよりずっと高くなっていた。

 シオンは何も変わっていなかった。身長も、顔立ちも、その幼さも。

 やがて歌が終わり、アイが満面の笑みで拍手をする。

「やっぱりシオンの歌は気持ちがいいね!すごくポカポカするの!陽だまりみたいだよ〜」

「ありがとう、アイ」

 シオンもアイの様子に微笑みを浮かべる。

 自分の歌はずっと寂しげな音色が響くものだったが、アイが聞いてくれるようになってからは、温かみが出てきたように思う。それこそ北風が、太陽に変わるように。あのころと比べれば劇的な変化だった。

「アイのおかげだね。アイの元気が僕に移っちゃったのかな?」

「そうなの?よく分からないけど?」

 アイは首を右へ左へ傾げる。仕草はあのころと変わらず幼い。

「……アイ。仕事は…その、大丈夫?いつも僕に付き添ってくれているけど、いろいろ大変なんじゃないの?」

 アイはよく怪我をする。今日も腕や指先に包帯やガーゼを巻いている。大怪我こそないが、いつも傷が絶えることはない。

「大丈夫よ、シオン。この位なんでもないし、わたしは強いから」

 アイはメイドの服を着ているしその仕事も屋敷の管理や家事ではある。だがシオンは彼女が危険なことをしていることを知っている。

 シオンは少女の献身を否定することができず、いつも彼女に話を合わせていた。

 シオンはそれがもどかしく、それを強いるキッカケをつくった自分が、ひどく腹立たしい。

「シオン?」

 なんとなくシオンの感情の起伏を感じ、アイが心配そうに尋ねる。

 シオンは相変わらず鋭いなあと感心し「なんでもないよ」と言った。



 シオンは庭園でアイと別れ、屋敷へと戻った。

 屋敷はそう大きなものではないが、土地そのものは広大で、あたりの山や森もこの屋敷の主のものだという。

 シオンは屋敷の手前で馬車が止まっていることに気付く。御者と会話していたこの家の使用人に声をかけると、使用人の男性は礼を返しそれに答える。

「エリシオン様。来客が来ております。旦那様よりエリシオン様が戻り次第、客間へと来るようにと」

 シオンはそれを聞き「分かった」と短く答え、その場を後にする。

 シオンがこの屋敷で暮らしていることを知るものは少ない。それゆえに来客についてもある程度想像がつくが、使用人がシオンに名を告げなかったことから、まずあの人で確定だろう。

「ああ、また面倒なことを押し付けられるのかなあ〜〜」

 シオンの精神は晴れた空とは対照的に、ひどくどんよりとしてしまった。


 のらりくらりとゆっくり歩いても、客間まではすぐに着いてしまった。

 先延ばしても嫌な気持ちが長引くだけなので、腹をくくって扉をノックした。

「エリシオンです。客間へ来るようにと伝言があったのですが」

 そういうと部屋の中から足音が聞こえ、扉が開いた。

 痩身の老人、柔和な顔立ちで顔に刻まれたシワが人の良さそうに形作られている。

 着ているものは法衣だが、簡素な作りのもので地位が高そうに見えない。

 シオンは目の前の人物を見、その顔に緊張が走る。

「アクシーバ司祭……ご無沙汰しています。今日はどういったご用件でしょう?」

「相変わらず堅いのぉ。それにツンケンしおって、ワシは客だぞ?坊主」

 アクシーバは柔和な顔に似合わず、毒を吐く。顔はピクリとも動かず笑顔のままで。

 シオンは客間に視線を移すが、この家の主や使用人は誰もいなかった。

「一応人払いはしてあるんですね、ジジイ」

 シオンも表情をワザとらしく笑顔に変え、答えた。

「まあ入れ。一応ワシとお前との関係は、仲良しのご近所さんで通っておるからのう」

 「嘘でももうちょっとマシなものにしておけよ」と思ったが、シオンは黙って部屋に入り、扉の鍵を閉める。

「さて、ぬしなんぞと会話が弾むわけがないからの。手短に用件だけ言おう」

 シオンに特に反対はない。この厚顔なおじい様と会話を楽しもうという気は毛頭ない。

「最近、正確にいえば閃の月、8夜のことになるが新しい法術師の存在が確認された」

 シオンは「へえ…」と少し話に興味を持つが、特に驚きはしない。

「ここからが重大になるがの……」

 老人は勿体つけたように黙るが、シオンを焦らして楽しんでいるわけではないようだ。目は見定める様に細く、鋭く光っていた。


「そやつの操るマナの色は『青』じゃ」


 老人は一言そう少年に告げた。

 老人の目から見ても少年の変化は劇的だった。

 純朴そうな少年の顔は歪み、口角が裂ける様に吊り上がる。暗い喜びに浸るような邪悪な笑みだ。

 体を震わせ、それを抑える様に自分の体を両腕で抱く。


「は、は、は、『青』だって?あの『青』だっていうの?ふ、ふふふ、ははははっははははははははは、ははははははははは、っははっはっはっはっはははははは!!」


「ああああ、ああ、なんて、なんてことだ!『青』ぉ?現実に現れたなんて!!」

「ああ、ああ、ああ、ああ、ああ!この身が煩わしい。体のなければ今すぐ君の元に行けるというのに……なんて不便なんだろうね、人間というのは!」

 

 シオンはそう言ったあとふと我に返る。

「アクシーバ司祭。その法術師のこと、もっと詳しく教えてください」

「な、なんじゃ、おぬし。今のはいったいどういう……」

「要らぬ詮索は身を滅ぼしますよ、司祭?」

 アクシーバは豹変したシオンに動揺するも、何とか言葉をかけようとした。

 しかし、シオンは先ほどの豹変など感じさせないほど理知的な表情で問いを投げてきた。

 アクシーバにとっては豹変以上に、その様子に底知れぬものを感じた。

 この少年はいったいどこに本音を持っているのかと。

「………『青』のことは教えよう。しかしこちらの条件をのめばの…」

「ああ。いいですよ。なんだってやってあげますよ。まあ、僕にできることに限りますけどね」

 アクシーバの言葉を最後まで聞かず、シオンはにこやかにそう答えた。

 アクシーバはこの少年に依頼を行う際のパイプ役となっているが、こんなにスムーズに交渉が進んだのは初めてのことだった。

「だから早く教えてくださいよ。『青』こと」


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