(1)風花雪月
一人の少年が、広い庭園で歌を歌っていた
。
花開いたばかりの水仙を思わせる、長く伸びたつややかな髪がゆれる。
伸びた髪は目元を隠し、少年の容姿は正確には分からない。身長から10歳位の少年だろうと思われる。
少年が歌う舞台は庭木に囲まれ、外からは見ることができない、秘密の場所だ。
高く澄んだ歌声は冷たい氷の旋律。
歌は誰に聞かせるわけでもなく、寂しげな音を刻んでいた。
胸を締め付けられるような痛ましいこの歌を聞いたなら、観客はみな涙を流すだろう。
少年はやがて歌い終え、息をつく。
しばらくして芝生を踏みしめる音が聞こえてくる。
「シオン、ここにいたの?旦那様がよんでいたわよ」
一人の少女が少年の秘密基地に訪れた。
垂れ目で大人しそうな容姿をしている、少年より少し背の高い少女。
僅かに桃色に染まった白髪をシニヨンヘアーにしている。服装は紺を基調としたワンピースに白いエプロンをかけていた。
芯の通った佇まいに落ち着いた雰囲気を持つ少女だった。
シオンと呼ばれた少年は、イタズラがばれた子供のように困ったように笑う。
「アイ、いたのなら言ってよ。恥ずかしいじゃないか」
シオンは、アイが庭木に隠れて歌を聞いていることに気づいていたが、敢えて追求しなかった。アイがよくシオンの歌を物陰から聞いていたのは前から気付いていた。
「恥ずかしくない。とてもきれいな歌だったわ。ちゃんと人に聞いてもらえばいいのに。どうしてこんなところで歌うの?」そう言ってアイは首を傾げる。
あまりに堂々と言い切られてしまったので、シオンは動揺して顔を赤らめる。
「そ、そんなストレートに褒めないでよ。アイが冗談を言わないのは知っているから、余計にむず痒いよ」
「?」
今度は反対に首を傾げる。その表情や仕草はひどく幼い。おそらくシオンよりずっと。
「僕がここで歌うのは………季節の花が多いからかな。人にあまり聞かれたくないっていうのもあるけど、ここの居心地が良いのが一番の理由だよ」
アイはそれを聞いて顔を曇らせる。まるで叱られた子供のように。
「わたし……シオンの邪魔をした。わたしもシオンの歌、聞いちゃいけなかった……」
瞳に涙を流すような様子はないが、傷つけてしまったのかもしれない。この子は肉体面では自分の及ぶべきでない強さを持っている。そして心の繊細さも人一倍ある。
すごく感受性の高い子で、相手の気持ちを色々と汲み取ってしまう。感情が不安定になったりたかぶったりすると、子供っぽくなってしまう。
今回も必要以上に汲み取ってしまったようだ。
「ここにはアイが来てもいいだよ。僕の歌が誰かに聞いて貰うほどのものでもないからっていう意味で、アイに聞かれるのが嫌だって言っているんじゃないから」
アイはシオンの言葉を聞いても納得せず、首をブンブンと横に振る。
「違う!シオンの歌、すごくいいの!そんなこと言っちゃダメ!」
「ええ、と……」
どうやらシオンの方が叱られてしまったようだ。シオンは突然の展開に戸惑ってしまった。
「シオン、その歌、大切な歌だって言ってた……。すごく大切な思い出だって…。なのに自分で悪く言っちゃダメ!大切なのに悪く言っちゃダメなの!」
まるで駄々子だ。
姿を現した時の大人しさは何処へやら。頬を赤くしてまくし立てる。
シオンはそんなアイの姿を見て、やわらかく微笑んだ。
「んん〜〜〜笑った!また笑って誤魔化したの!シオンはすぐ笑って誤魔化すの!」
「ごめんね。アイがあんまり面白いから思わず」
「む〜〜〜〜〜!!」
シオンはアイに近付き、ちゃんと目を見て答える。長い髪の隙間から僅かに目元を覗かせて。
「ありがとう、アイ。僕の歌をほめてくれて。僕も大切なら悪く言っちゃいけないよね。ごめんなさい。反省するよ」
「……急に素直なの…。でもいいよ!許します!」
アイはシオンの急な態度の変化に首を傾げながらも、素直に言葉を信じ、機嫌を直した。
シオンはそれを微笑ましそうに見つめ補足を述べた。
「あとアイ。僕の歌を褒めてくれるのはいいけど、盗み聞きはしないでね。隠れていつも聞いていたのはバレバレだから」
アイはキョトンとしたあと顔がみるみる赤くなり、口をパクパクと開く。何とか言い返したくても言葉にならないようだ。
シオンはそんなアイの手を取り屋敷へ引き返す。
「……アイさえよかったらだけど、僕の歌が好きならいつでも聞きに来ていいよ。……僕もちゃんと聞いて貰えるとうれしいから……」
アイはいまだ上手くしゃべれないが頭は何度も縦に振った。
春の日差しのなか、二人は屋敷へと仲良く戻った。




