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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第1章〈ユキト〉
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(10)エピローグ 夢の終わり


 州都バルバセクから出発した鉄道が穀倉地帯を通過していた。

 鉄道車両の中には1組の家族が仲睦まじく語らう。


「ユキト、見て見て!空が真っ赤だよ!」

 黄金の髪の少女は窓硝子に張り付いて、外を見詰めたまま、声を上げた。

 鉄道の窓から見える景色は、夕日が地平線へと沈む光景だった。

 空と大地が赤々と染まり、この瞬間にしか見ることの出来ない自然の絵画ようだった。


「……ユキト?」

 少女は少年から返事が無いことに訝しく思い、少年へ振り返る。

 少年は隣の女性に寄りかかり、ぼんやりとしていた。

「……ごめん姉さま。少しボーとしていたよ…」

「眠いなら、横になりなさい。座ったままだと疲れてしまうわよ」

 女性が少年の顔を覗き込みながら、声をかける。

「うん…。でも、もう少しだけ、起きてるよ。もう少し……」

 少年の瞼は今にも閉じそうだが、抗うように目を閉じないようにしている。

「そうだな。今寝ると夜寝付けなくなるぞ」

 少女の横に腰掛ける男性が少年に声をかける。

 男性の顔には疲労の色が濃いが、少年と少女の様子に表情を和ませる。男性は二人の存在を確かめ、大きな幸福を感じていた。


「うん…」

 少年は女性に寄りかかるのを止め、姿勢を正す。女性は少し物足りなげな表情をしていた。


「ねえ、お父さま、お母さま、姉さま…」

「どうした?」

「どうしたの?」

「ん、なに?」

 3人は少年の顔を覗き込む。


「少し、僕の話をしていい?」

 少年の言葉に、3人は顔を見合わせてそれぞれ頷く。少年は普段から自分のことを全く話さない。今までこんな前置きをしたことなど無かった。

「少し長くなるけど聞いてね」

 少年はそう前置きして話し出す。


「僕は生まれた頃から、良く同じ夢を見ていたんだ。そこでは……」

 少年はよく見るという夢の話をした。

 不器用な父、嘘を見破る母、勘のいい兄や好きな女の子、世話好きの妹さん、賑やかな友人たちの話。

 どれも夢と言うには複雑で現実的に聞こえるが、人物の名前などは一切出てこない。そのことが話の内容を不鮮明にさせる。

 その夢の中では少年は、16歳だった。

 体を動かすことが好きで、運動も得意だった。


「最近は見なくなっていたけど、少し前にまた新しい夢を見たんだ」

 夢の中の自分は病気になり、いつもベッドの上で過ごしていた。

 家族たちと色々な会話をして、好きな女の子の妹さんからは恋愛の応援をされた。そして好きな女の子に告白した夢。


 男性と女性は真剣に少年の話を聞きた。少女は少年の話に聞き入り、表情をくるくると変えた。

 世話好きの妹さんの話や好きな女の子に告白する話には顔をしかめ、怒っているような顔をしていた。


「たぶん、あれが最後の夢だったんだと思う。夢の中の僕は体から力が抜けて、すごく安らかな気持ちになっていたから。僕もこれが最後なんだって思えたから……」

 3人は悲しそうな顔を少年に向ける。ただ少女は二人と違う理由で悲しみを感じていた。

 夢の内容を語る少年のことが、遠くに感じたからだ。自分の知っている少年とは違っているように。

 少年は語り終えると深く息を吐き、目をつぶる。長く話して疲れてしまったようだ。

「ありがとう。話を聞いてくれて。……どうしても話しておきたかったから……」

「ユキト、お前は……」

「………」

 男性は言葉に出していいのか迷う様子を見せる。女性は耐えるように沈黙する。


「…ユキト。これって夢の話だよね?すごく細かいから、何だか本当にあったことみたいに聞こえちゃったけど……」

 少女を耐えきれず、少年に確認してしまう。普通に考えれば有り得ない、夢の話だと片付けられること。

 しかし、そう思い切ることの出来ず、少年に確認をしてしまった。


 少女の問いに少年が答えることは無かった。

 少年は目を瞑ったまま、眠りについたようだった。

「あれ、寝ちゃったの?」

 少女は呆気に取られたが、すぐに安堵の表情を浮かべた。

「なんだ、やっぱり眠かったかー」

 少女は眠る少年の頬にいたずらをしようと手を伸ばし、触れた。

 柔らかな少年の頬からは暖かみを感じることが出来ず、硝子のように冷たかった。

「どうした、ナディア?」

 少年の頬に触れた状態で固まっている少女に、男性が言葉をかけた。

「ユキトの頬が……」

 少女が言い終わる前に鉄道がガタンと揺れる。

 少年の体は少し浮いた後、バランスを崩して床に倒れた。

 かなりの衝撃を受けたにも関わらず、少年は指一つさえ動かさない。

 男性はすぐに少年を助け起こしたが、体からは力が抜け切っていた。

 軽い。ここまで少年の体が軽かっただろうかと男性は思った。

 女性は少年の冷たく細い腕を取り、沈黙した。

 鉄道の車内には少女が少年の名を呼び、泣き叫ぶ声が声が響いた。


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