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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第1章〈ユキト〉
34/114

(9.1)幕間.スター・アイドルの弟子

 ミニーシア大陸に驚愕のニュースが飛び込んだ。

 600年前、この世界を救った英雄と同じ。

 「青」のマナを操るものが現れたのだ。


 青歴617年 閃の月 8夜


 スクビア連合国の州国の一つ、オルリアン州国。

 その州都バルバセクで、青のマナが多くの人間に目撃された。

 マナの領域によって可視化されたマナは、州都はもちろん、周辺の穀倉地帯、そしてその先の山岳をも越え、ホーエイ領付近までマナの領域を拡げていた。

 この世界の最高の法術師による、マナの領域範囲は半径500エーデル(約600メートル)だが、その100倍はあったのではないかと推測されている。


 州都の港、上空とその周囲には莫大な量のマナが一時的に集まり、街は青の光に包まれ、青のマナが空を覆い尽くしていたと言われている。当時の映像資料は大量に残された。

 撮影され写真は大陸中に流布し、人々の目に触れた。

 その写真に写っていたものはまさしく奇蹟の光景だった。


 大陸中の人間は「青」の誕生を喜んだ。魔物を滅ぼす救世主が現れたと。

 そして、彼はその力の一端を世界に示してしまった。

 各国、各機関、勢力が「青」に注目し、その人物が何者であるかを探った。

 当の本人と言えば………。



 ふて腐れていた。

 ユキトはあの事件の後、姉と何ごともなく帰れると思っていた。

 ユキトはこの世界の仕組みをかしこい5歳児並みにしか知らない。取りあえず警察みたいなところで取り調べが有りそうだなあ。ほどの認識だ。

 マナの力、つまり法術を使っておいて、その重大さを理解していない。

 ユキトはすぐさま警邏隊の案内で王城に連れて行かれ、左手団扇の生活を送らされている。


 何の不満があろうか、しかしユキトは不満だった。

 あれから家族に会えていない。

 そして今。

 始めの頃に世話を焼いてくれた王城の人間はすぐに見かけなくなった。代わりに教会の神官が身の周りのことをしている。

 あからさまに持ち上げられ、ユキトはウンザリしていた。

 今は前より事態が飲み込めていたが、彼は現状を理解してはいなかった。

 もう数日前と同じことなど何一つ無いことを。




 青歴617年 閃の月 15夜


 誘拐事件から、つまりユキトが青のマナを使った日から数えて7夜が経った。

 この間にユキトを巡り、各勢力による水面下の争いが行われていた。

 混乱と突発的な事態にこの一週間を最も上手く立ち回ったのは「三神教会」だった。

 三神教会とは大陸中央部に位置するセントリア教国を総本山とする組織であり、法術師の認定などはこの国で教会の監修の元、執り行われている。

 彼らは各支部より素早く神官を派遣し、教会の権威と方便により、「青」との接触に成功。彼の年齢を考え、その情報を秘匿にしてしまった。

 あわよくば完全に「青」を手中に収めるつもりでいた教会だったが、あの人物がそれを許すわけはない。




「そう!師匠とは自らの弟子のために、体を張るものを指す言葉なり!!」


 鶏に似た高音で高々と宣言する不思議生物。

 もちろん、我らがスター・アイドル、ベンジャミン・アズナルシスト・トルマンだ。

 今日は清潔シャツにジャケットを着こなし、下は短パンで生足が覗く。思わず目を覆いたくなる服装だ。

 髪もしっかりセットされている。

 ホイップクリームの様に頭頂部に鎭座した髪はいつも以上にクリクリとその存在を自己主張していた。

 ベンジャミンのその髪を愛おしげに撫でる。最近抜け毛が気になるため特に気を配っていた。


「先生。急に叫ばないでください。耳が腐ります」

 ベンジャミンの声に難色を示したのは、キリエという少女だ。若草色のきめ細やかな刺繍が入ったドレスを着こなし、髪も普段のように流さず結い上げられている。山吹の髪が美しく映えていた。

 茜色の瞳は半眼となりベンジャミンに向けられている。

 彼女は基本的にベンジャミンの能力以外は嫌っていた。もちろん、生理的に受け付けないと言うだけで、負の感情はない。恐らく。


「先生は相変わらずいいこと言うぜ。弟子の為に体を張る!できることじゃないよなあ~」

 キリエの横で水色の瞳を輝かせ、何だか感動してしまっている男はディッケン。キリエの従者だ。

 こちらは飾り気のない黒服でボタンを首元まできっちりととめている。髪もボサボサでなくちゃんと整えられていた。

 自慢の長髪はキリエに強制三つ編みを敢行され、恥ずかしかったので服の中に入れた。


 キリエは二人に冷たい視線を送りながら、ベンジャミンに言葉を掛ける。

「先生がユキトちゃんと、お知り合いとは驚きました。まさに奇縁ですね」

 ここはオルリアン州国、バルバセクの王城の客間だ。

 現在、三神教会が厳重に管理しているこの城に、州国の王族であろうと容易に立ち入ることは出来ない。しかし彼らの経歴は並みではない。

 キリエ・ノート・アンセー。

 コバルティア首国の華族にして、御三家にしか許されない「ノート」を名乗ることを許された、華族の中でも最上位のご令嬢なのだ。

 狩人をしているという、度を超えたお転婆さを持っているが、ご令嬢で有ることには変わりない。

 しかし彼女では城に入ることは出来なかった。


 入城を可能にしたのはベンジャミンだ。

 彼は法術師という特殊な身分を持ってはいるが、彼の本当の経歴を知るものは例え王族だろうと道を譲るほど、色々規格外の人物だ。

 それは教会にとっても同じことで、ベンジャミンのことは拒めなかった。

 ベンジャミンが応対に来た神官に「君、どこ支部だよ?ボクのこと知ってる?君なんて、ジョリジョリと失脚できちゃうんだよ?君のとこの黒の神子ちゃん?彼女とボクはマブダチだよ?」と言う脅しをかけたお陰で、物事がスムーズに運んだ訳じゃない。ベンジャミンのカリスマだと信じたい。


 キリエ達は異能者の捕縛の後は警邏隊にユキトを任せたが、ユキトは警邏隊が保護していたにも関わらず、家族にさえ連絡しないまま王城へと連れて行かれていた。

 ユキトの姉のナディアは異能封じが無くなったことにより、新たに用意できるまで軟禁生活となっていた。

 事態に気付いたキリエ達は王城へユキトに会いに行くが、教会から面会を拒絶され、キリエの身分でも話にならなかった。

 完全に教会の手が回った後だった。

 本当の意味で教会に弓を引きそうな怒り心頭のキリエをディッケンはなだめ、通信機でベンジャミンに事後報告をした。

 彼らの先生ことベンジャミンは、すでに学府に戻って来ており、この時初めて青の誕生を聞いたと同時に、事件のあらましを聞き大きく動揺した。

 彼はすぐさまこちらに来たかったが、その州都でのナディの異能封じの腕輪製作やその他諸々のことでろくに動きが取れなくなった。

 7夜も待たされたキリエは相当機嫌が悪く、ディッケンとベンジャミンは戦々恐々としていた。先ほどのベンジャミンと神官とのやり取りも、後ろから睨みをきかせたキリエがいたための強硬手段だ。


「そういえばユキト君とは一年ぶりの再会になるね。再会はもっと心浮き立つものが良かったんだけどね……」

 キリエは不機嫌そうに口をつぐみ、ディッケンは眉を寄せ沈黙する。二人はベンジャミン言うことの意味を理解している故に、何も言えなかった。


「それではユキト様との面会と成りますが、神官二名の立ち会いとなります。そこは譲れませんので」

「構いませんわ」

「はい、りょうか〜い」

「………」

 三人は王城の中で一番権威のある貴賓室の前に来ていた。

 さすがに水入らずにはさせて貰えなかったが、十分と言える。

 扉を開ければ、そこは美しい白亜の部屋だった。贅沢な飾りはない。この空間そのものが一番の贅沢だと主張するように作られていた。

 三人は豪華な部屋などに目を向けない。椅子の上で所在なげに座る子どもを見詰めた。

 間違いなくこの部屋でもっとも美しいものはその子だろう。ただ三人が見詰めていたのそんな理由だはない。


 まず動いたのはベンジャミンだ。彼は師匠として、彼を導くと決めている。だが再開の喜びを抑えることが出来ず、明るく声をかけようと口を開こうとした。

 次に動いたのはキリエだ。ベンジャミンがユキトに声をかける気配を察し、彼の喉を神速の手刀で的確に潰した。

 最後に動いたのはディッケンだ。彼は何の気負いもなく普通に挨拶をしようとした。

 それを察し、キリエは右足を僅かに持ち上げる。

 全くアホな従者を持ったものだと思いながらも、キリエの止まることなく冷徹に、踵の高い靴でディッケンの足の小指を、砕くほどの力で踏みにじった。

「ぶふっ!ごほ、ごほ」

「―――――――!(声にならない悲鳴)」

 キリエは二人の様子など気にも留めず、優雅に挨拶をする。

「お目にかかれて光栄です。ユキト様。私はキリエ・ノート・アンセー。以後お見知りおきを」

 簡単な挨拶だが、洗礼された動作には気品を感じる。もちろん神官やユキトに一連の所作を気取られていない。

 それに続きベンジャミンは正気に戻り、儀礼的な挨拶をする。

 ディッケンはキリエに紹介され、頭を下げるだけで発言はしない。

 この場に誰もいないなら、挨拶一つで咎められることではないが、ここには神官がいる。

 彼らは面会に歓迎はしていないのだ。少しでもスキを見せれば即つまみ出すか、今後の面会の機会を無くしてしまう。

 特にディッケンはただの従者だ。彼が挨拶をした時点で面会は絶対終わっていただろう。

 さすが腐っても令嬢。恐ろしい機転と攻撃力である。度を超えたお転婆さも伊達ではない。


「えっと、ユキト、です。え!し、ししょうですか?どうしてしこの場所に?」

 ユキトは思わず自己紹介を返すが、敬愛する師匠の姿を認め、椅子から立ち上がり駆ける。1年ぶりの再会でユキトは体中で喜びを表す。

 最近陰っていた顔からは満面の笑みが覗き、抱きつかんばかりの勢いでベンジャミンに駆け寄る。

「君の話を聞いて駆けつけたのさ!師匠だからね!」

 ベンジャミンはよく分からない理屈を、親指を立てながら弟子に伝えた。

「さすが師匠です!」

 弟子もよく分かったものである。うれしそうに返事をする。ユキトにとって今一番飢えている、気兼ねのないやり取りだ。

 ディッケンはその会話をうんうんと頷きながら聞いている。俺には分かると言いたげな顔だ。見込みのある少年だ。ディッケンはそんなことを考えていると不意に寒気に襲われた。


 キリエだ。

 キリエがベンジャミンを嫉妬に染まったドロドロとした瞳で見つめている。怖い、怖すぎる。

 表情は一ミリも変えていないのに、負の感情を研ぎ澄まし、視線に乗せ、ベンジャミンを刺し貫いている。

「師匠!師匠!」

「うむ。なんだね」

「呼んでみただけです!」

「こいつ~~!」

(止めてくれ!先生、もう手遅れかもしれないけど、キリエの殺気に気付いてください!なんだかゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴとか聞こえだしてます)


 ディッケンの懇願空しく、その後も気が済むまでイチャイチャしていた二人。

 キリエは、ベンジャミンの育毛剤の中身を、永久脱毛剤に入れ替えようと心に決める。

 ベンジャミンがキリエの殺気に気付いた頃には、王城の庭園に虫一匹さえいなくなっていたとか。



 ユキトはお客さまが立ったままのことに気付き椅子を勧める。ベンジャミン、キリエ、ユキトが椅子に腰かけてから話を始める。

「えっと、アンセー様はどうして僕に面会に来られたんですか?師匠の知り合いなんですか?」

「はい。ベンジャミン様は私の先生ですわ。色々なことを教えて頂いておりまして、とても良くして頂いております」

「そうなんですか、羨ましいです」

 ベンジャミンの知りと言うことでキリエに対するユキトの好感度はぐっと上昇した。

 オドオドした態度から少し柔らかな表情を見せる。

 キリエも、ユキトの自分への関心度が変わったのを理解したが、納得は出来ない。

 ただキラキラした目で見詰めて貰えたため、ベンジャミンへの溜飲は下げた。

 ベンジャミンは知らぬ間に命(髪)の危機をユキトに救われた。


「面会の理由ですが、ユキト様に直接お礼が言いたかったのです。造船所のことで……」

「え、もしかしてあの時のお姉さんですか!アンセー様のお顔を拝見したことがある気がしていましたけど……」

 お姉さん……。いい響きだとキリエは陶酔する。あの時はそんな余裕は無かったが。

「私の従者にも見覚えがありませんか?名はディッケンというものですが」

「濃い銀髪。確かに顔もあの時のお兄さんです!」

 お兄さん……。いい響きだとディッケンは陶酔する。あの時は気絶していたが。そう思いながら頭を下げる。

「うん。みんな色々な縁で繋がっているね」

 ベンジャミンはしみじみと語り、ユキトも顔を綻ばせながら答える。

「そうですね……」

 少ししんみりとした空気が流れた。キリエは僅かに目配せをベンジャミンに送る。

 ベンジャミンは自然なようすで立ち上がった。

「では、弟子の顔も見られたし、おいとましようかな!」

「ええっ!もう…ですか?」

 ユキトは悲しそうに顔を歪める。

「すまないねえ。元々無理を言って君と会わせてもらっているんだ。だからこちらも約束を守らないといけないからね」

「そうですか……また、来てくれますか?」

「無理だね!教会の人、けちだし!」

「そんなあ!」


 ユキトはシュンとなり、顔が暗くなる。家族といつ会えるかも分からないのに、親しい人間とも会えないとなれば、あとは神官しかいない。が、彼らのことはどうしても好きにはなれない。

 そんな感情が透けて見え、この場にいる神官二人は焦りを覚える。

 このベンジャミンという男、「青」にここまでの影響力を持っていたとは誰も予想していなかった。

 キリエはシュンとしているユキトを見て、胸をキュッと締め付けられていた。

 ただ当初の予定を実行しなければここまで来た意味がない。

 キリエはユキトに近付き、目線を合わせる。そして神官に聞こえないようにささやく。

「(私と従者のことを救ってくれてありがとう。そして巻き込んでごめんなさい。あなたの今の状況は必ず何とかするから)」

 キリエはユキトに小声で話しかけた後「今度会ったときは家名でなく名前で呼んでくださいね。様もなしでお願いします」と神官に聞こえるようにユキトに喋りかけた。


 キリエはそれだけ伝えると、ユキトへ微笑み、下がった。二人の神官の死角からユキトに小さな紙切れとそれに包まれたものを手渡して。

 こうして師匠と弟子の会話は短い時間で終わった。


 ベンジャミンは彼に言いたいこと、伝えねばならなかったことが多くあった。だがあの場でそれを伝えきることは不可能だと考えていたし、何の覚悟も出来ていない子どもに話すには酷な事実だった。


 キリエはユキトに対して大きな恩と、負い目を持っている。

 ユキトの現状を何とかしたいと考えていた。このまま教会に囲われることの意味を理解する故に。


 ディッケンは、キリエと同様にユキトに命を救われた。そしてユキトの命を危険にさらした。

 先生の弟子と認められた人物である。ディッケンは、細かい事情がよく分かっていなくとも、ユキトの幸せはここにはないと感じていた。

 そしてユキトが幸せに過ごせる場所を作ることを決意する。

 


 こうして短い会合は終わった。

 

 




  スター・アイドルの男塾…………に続くのかもしれない。


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