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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第1章〈ユキト〉
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(9)王者の凱旋

 僕は周囲の状況を見る。

 巨大な大穴を空けた造船所の屋根。

 黒い毛むくじゃらの怪物。血まみれの2人。姉さんが僕の近くにいる。

 僕は瞬時に自身の怪我と姉さんの体を「再生」させる。

 体から噴出していた光が僕を癒し、僕の右手から溢れ出た光が姉さんの体に流れ込み、傷を消していく。

 光は僕と姉さんの傷を擦り傷も骨折も内臓さえ、全快させた。まるで怪我をした事実など無かったように。


 姉さんの傷が癒えたのを確認し、僕は歩みを進め、倒れている男の人に近付いた。脈と呼吸を確かめる

 脈拍は非常に弱く、呼吸は、ひゅ、ひゅ、ひゅ、と止まりかかっている。弱々しく消えてしまいそうだが、まだ生きているなら救う事ができる。


 僕は「マナの領域」を展開した。

 自身の感覚が地平線を超え、拡散する。

 可視化する青のマナ達。

 倉庫に満ちたマナは、歓喜するように光り輝く。


「集結」

 途端にマナは乱舞する。それは光の狂喜。喜びをいっぱいに表すようにマナは明滅する。

 マナの領域にあるマナを全て、この街に引き寄せる。

 屋根から覗く空には莫大なマナが集まり、青いマナで出来た巨大な帯が幾重にも連なる。

 地上には造船所に治まりきれない、高密度のマナ達がバルバセクの街を覆っていた。


「収束」

 この街に集めたマナの一部を、自身に呼び寄せ体に纏う。

 龍のように天から降り立ちとぐろを巻きながら僕を覆う。空気のように軽い青の羽衣で全身を包み込むと、僕は血まみれの男性に右手で触れた。

 僕は纏っていたマナそのものを「再生」の力に変える。

 力を使う度に、自身の中にある想いや記憶が暗く沈んでいく。

 それでも構わず力を使い、「再生」の光を注ぎ込む。

 男性の体はビデオ逆再生するように治っていく。

 無くなった右手、右足もゆっくりと透明、半透明、不透明と戻っていく。


 僕は「蒼」に導かれるまま、自分と姉さんの体を治したときと、同じ手順をこなしただけだ。

 力の使い方は「蒼」が教えてくれる。

 まるで誰かの技術をトレースしているように、考えなくても容易にマナを操れる。

 目に映る事象をどうすれば、変えられるか、その結果を。目に映るマナ達の使い方を。僕の力の使い方を。


 僕は男性に術を行使しながら、周囲に気を払っていた。

 倒れた女性の手前には、黒い怪物がいる。

 赤いマナを纏った怪物は人の名残をいくつか残していた。下半身を覆う布や、唯一面影のある頭部は黒尽くめの男の顔だと思う。

 今は僕のことを恐れ、今にも逃げだそうとしている。目に明らかな怯えが浮かんでいた。

 僕は右手を挙げ、マナを収束させる。

 マナは目を焼くような光の塊となり、怪物の身長をゆうに超える光球を作り出した。それを打ち出し、奴に叩き付ける。

 純粋なマナに物理的な力はない。しかし怪物の体には赤々としたマナに覆われていたため、マナ同士の反発が起こせる。

 怪物は吹き飛び、壁に衝突する。奴の体から噴出していた赤いオーラと青いマナがぶつかりお互いに四散した。

 僕はそこから怪物に叩き付けたマナを変化させ、そのまま奴の体に鎖のように巻き付け動きを封じる。

 怪物は涎をまき散らしながら抵抗するがほどけない。

 僕は女性に走り寄る。

「くうう、君…は……」

 この人は意識が有るようだけど、右肩を骨ごと断たれ、おびただしい量の血が流れており服を赤く汚していた。

 体にも痛々しい傷や痣が目立つ。


「今、治療します。じっとしていてください」

 僕は纏っていたマナを全て右手に収束させ、彼女にも再生の力を流し込む。

 青い光は瞬く間に彼女を回復させ、全てを元通りにした。顔色さえ健康そうに見えるようになった。

「これは、法術なの?それにこの青いマナは……」

 近くで見ると顔立ちは女性というより少女のようだった。少し混乱しているようだけど、今は悠長にできない。僕は怪物を見据える。

 怪物の体から赤いオーラが増大し、青いマナの拘束を破壊していく。

 そういえば何でこの少女や、あの血まみれの男性はここにいるんだろう?お父さまの言っていた狩人と言う人だろうか。

「お姉さん。あの黒い怪物は人なんですか?」

 少女はこの状況でも、判断能力が確かに有るようでちゃんと答えてくれた。

「元、人よ。もう人には戻れなくなってる」

 少女は厳しい顔で怪物を見る。表情には余裕がなく、何とか自分を保とうとしているようだった。

 僕なんかよりずっと強い精神の持ち主なのかもしれない。

「そうですか……なら……」


 僕が少女を完治させ終えたとき、怪物はついにマナの拘束を破った。引き裂かれたマナは形状を保てず、塵となって消えていった。


 怪物はこちらに敵意をむき出しにし、牙を見せる。さっきで怯えていたのに、怒りで恐怖を塗りつぶしたようだ。

 さきほどより赤いマナの気配が増している。炎のように立ち上るマナは僕の纏っていたマナと比べても遜色がない。

 目を通して流れ込む、「蒼」からの情報を元に迎撃態勢を取る。

 僕は両手を天に挙げ、大量のマナを収束させる。

 幾筋もの青いマナの濁流が僕の両手に集まり、可視化されていた全てのマナを圧縮していく。

 暴力的ともいえる光の放流が倉庫を照らす。

 僕の中の想いが、意志がどんどんと沈み希薄になっていく。

 代わりにマナの理解力が上がり、力の制御がより正確になっていく。どんどんと自分の知らないマナの制御の方法が自身の記憶に書き込まれていく。


 怪物は悠長に待ってくれず、地面を踏み砕きながら突き進む。

「だけど、遅いよ」

 怪物はさっきの光球で広い倉庫の端まで吹き飛ばしている。青の閃光が僕の両手を覆い、準備が完了したとき、やっと半分の距離が縮まったところだ。

 僕は腰だめに両手を引く。引き絞り、両手を前に突き出した。

 

 「雷門」

 

 倉庫を埋め尽くす、雷のアギトが両手から解き放たれる。

 マナそのものを雷に変え、雷は放射状に広がっていく。

 極大の雷が荒れ狂い、屋根、地面をえぐり、砕きながら、雷はその威力を落とさず、海にぶつかる。

 視界の全て埋め尽くすほどの白い水柱と轟音をまき散らせ、雷はその進行ようやく止めた。

 白い霧の水飛沫が港を覆い、水滴が滝のように降り注ぐ。

「え、えっと、やりすぎちゃった……かな?」

 加減なんて出来なかったよ!すっごい、あの怪物怖かったし。及第点ではあるかな。

 徐々に視界が開けてくる。造船所の倉庫はまさしく全壊だった。

 だが怪我人はいない。

 雷の通った場所は消滅しているため、瓦礫も思ったより少なかった。

 雷門は、雷に変換したマナを前面に放射状に飛ばす技らしかったから、後ろにいた彼女達に怪我はない。

 当たっても一応は平気だけど、そんな怖い賭は出来ない。

 体に満ちていた気力はなりを潜め、感覚ではあるが、もう力を使える気がしない。頭が焼けるような熱を持っていて、これ以上は働いてくれることはなさそうだ。

 意外と全部ギリギリで何とかなっていた。

 僕はふらふらと少女に歩み寄る。

 思考はかすみがかり、体を動かすことも億劫だが、やることはやらないと。

「お姉さん。あの怪物の人は僕と姉さまを誘拐した人です。お姉さんは狩人の人ですか?」

 少女は半ば放心していたがコクコクと頭を縦に振る。

「なら、捕縛をお願いします。しばらくは気絶していると思いますけど……」

 少女は放心していたが、僕の話を聞いて僕から視線を逸らせ、怪物のいたところを見る。

 僕もそれに合わせ、前を見る。


えぐれ、濡れた地面の上に、一人の人間の男が体中に傷を負いながらも、五体満足で伸びている。

何だか、少女はさらに俄然としている。

「蒼」が教えてくれたことだが、マナを「浄化」の力に変換して放てば、黒尽くめの男を元に戻すことが出来るらしかった。

 しかし直接触る手段がなかったため、「蒼」からトレースされた知識にある「雷門」という技を使わせてもらった。雷なら、あの異能者並みに速くても避けられないと思ったからだ。

「あと、あの男の人も知り合いなら、早く起こした方がいいですよ。体の傷も完治していますから」

 僕は、聞こえていかどうか分からないが、少女から離れ、姉さんの元へ向かう。


「姉さま、大丈夫?」

 姉さんはびしょ濡れで放心しているが、ちゃんと僕が来たことに反応してくれた。

「ユキト、ユキトは大丈夫なの!怪我して!殴られて!傷だらけで……!!」

「大丈夫だよ。この通り!」

 僕はその場でジャンプして、その場駆け足をして見せる。ついでに虎の子のパントマイム、エスカレーターを披露する。

 ……やばい。今ので全気力を使い果たしたのか、気持ち悪くなってきた。

「ううう……」

 姉さんは僕に触れこそしなかったが、目から涙をポロポロと流して安堵しているようだった。 

 ……和ませようと思って泣かれてしまった。相変わらずの滑り倒しだよ。


 遠くから人の声が聞こえてくる。恐らく警邏隊の人だろう。

 僕は泣く姉さんの姿を見てどうしようと考えていると、僕の目の前に「蒼」い光が現われた。

 青より暗い、寂しげな色の光は、ただただ、静かに光を発していた。


「ごめんなさい」

 光はそう言っているように思えた。

 たくさんの意味が込められている気がしたけど、僕は一番に「ありがとう」と答えを返した。

 僕を、姉さんを助けてくれてありがとう。

 君がいなかったら、僕は無意味に命を散らせていた。

 本当に感謝している。

 光は僕がそういても、沈んだように揺れるばかりだった。

 確かに僕がマナの力を使ったことで失ったものはある

 だけどそんなに悲しまないで欲しい。

 破格の奇跡を起こしたのだ。

 代償は覚悟している。

 これは僕が選んだことだから。

 結果、僕がどうなったとしても。

 それは僕が負うべきものだからね。

 「蒼」はそれを聞き、僕に寄り添うように瞬いていた。




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