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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第1章〈ユキト〉
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(7)灰かぶりと太陽2

青歴617年 閃の月 7夜 朝


 キリエとディッケンの二人は、オルリアン州国、州都バルバセクの駅前大通りに面した、喫茶店のラウンジでお茶を楽しんでいた。

 異能者を捕縛するに辺り、何も二人で全てを担うわけではない。

 彼らの依頼は対象を発見後の捕縛だ。故に潜伏先が割れるまで待機となっている。

 それでもこんな場所でお茶をするのは、キリエたっての要望だった。

 待機しようにも警備官や警邏隊が男所帯でむさ苦しいので、こうやって息抜きをさせて貰っている。

 キリエは装備の入ったアタッシュケースを持ち歩き、ディッケンも腰に二振りのナイフを下げている。

 二人はいつ何が起きても対応出来るように装備を持ち歩き、街を散策していた。


「田舎ね。やっぱり」

「首都と比べるのが間違いだろ。この国は、古い景観を崩さないように配慮してるらしいし、あんたもこの喫茶店気に入ってるじゃないか」

 この喫茶店は、外面は白い石造りで、内装には銘木をふんだんに使い、店の照明も控えめにしてある。流れている曲も流行のものではなく、落ち着いた曲が流れていた。

「当たり前よ。あんなゴミゴミした街と、この街を比べないで欲しいわ」

「何だ。気に入ってるじゃん」

 キリエは持っていた茶器をテーブルに置くと、ディッケンにきつい視線を投げかけた。

「というか、私のこと《あんた》とか呼ばないでくれる?あなたの中では、従者は主人のことをあんたって呼ぶの?」

「ん?じゃあ主とか、ご主人様とか呼べばいいのか?」

「キリエ様でいいわ。公の場ではね。任務の時はややこしいから、キリエでいいわ」

「合点です。キリエ」

「………」

 キリエはディッケンを白い目で見詰めるが、この従者はどこ吹く風である。優雅にお茶を楽しんでいる。

 そしてまた店の中の曲が変わったとき、キリエが反応した。

 流れる風の旋律を思わせる独特の声。連合国を越え、世界中の人間を虜にした歌姫の旋律だ。

「やっぱり、彼女の歌はいつ聴いてもいいわね……何で引退しちゃったのかしら」

「そうだな。俺も音楽は全然聴かなかったけど、この歌手の歌だけは好きだったな」

 目をつむり、歌に聴き入る。この歌を聴いていると風が吹く緑の丘を連想してしまう人間が多い。歌詞にはそんな描写は入っていないにも関わらず、不思議なことだが納得できてしまう。

 キリエやディッケン自身も今、緑の風吹く丘を連想し聞き入っていた。

 歌が終わり、次の歌に変わった。キリエはゆっくり目を開けると、その目にとんでもないものが映り込んだ。


「ディ、ディッケン、あれ!熊よ、熊がいるわ!」

 大通りを指さし、キリエが慌てる。

 ディッケンはそんなのいるわけだろと思いながら、キリエの指さす方向に顔を向ける。

 そこには人の集団から頭三つは飛び抜けている、巨人がいた。

 巨人の顔にはふかい皺が刻まれ、周囲の獲物を舌なめずりするような鋭い目をもっていた。

 首は太く、張り出した胸や肩の筋肉は山を思わせるほどの不動な雰囲気を出していた。

 街で正面から歩いてきたら絶対道を譲ってしまうと、ディッケンはおかしな確信をした。

 そこでディッケンはふと気が付く。最近あれと同じものを見たことを。

「げ、あれってあの機械人形にめっちゃ似てないか?」

「はぁ?機械人形じゃなくて熊でしょ。毛深いし」

「ちげぇよ!先生の機械人形とそっくりだろ、あれ!」

 ディッケンは大通りの巨人を指さしてキリエに訴えるが、キリエはディッケンの意見をバッサリと切り捨てた。

「……違うわよ。機械人形は、もっと可愛い顔だったわ。あの熊は完全に野生の顔よ。良く狩りに行っていた、私が言うんだから間違いないわ」

 ディッケンはキリエを半眼で見詰め、バカにするような視線を送った。

「節穴じゃねえのか、あんた」

「へえ、私が節穴なら、あなたの背中に誤射しても許してくれるかしら?」

 キリエの口は笑顔だが、瞳のハイライト消えていた。ディッケンはキリエの本気を感じ、素直に謝った。

「すいません。あれは熊です」

「まあ、許してあげるわ。器が大きいから」

「節穴だから、自分の器の大きさも見えないんだな」とディッケンは思ったが、敬愛する主の手前言葉にはしなかった。彼も失業はいいが、絶命は勘弁だからだ。

「あれが異能者だったら見つけるのも楽でしょうね」

「あんだけでかけりゃ、隠れるのは難しいだろうな」


 どうやら森の熊さん(キリエ命名)には連れ合いがいるようで、その女性と話している。

 淡い色合いの若草色を主体とした、ゆったりとした服を着ている。遠目でもかなり顔が整っていることが分かった。

 華族のご令嬢だろうか。森の熊さんと並ぶと、ギャップが激しすぎる。恐らく護衛だろう。

 もし恋人であったなら、多くの男性が世の不条理に血の涙を流しそうだ。

 そして、森の熊さんはしゃがみ(それでも見える)また立ち上がったときには、さらに身長が伸びていた。いや何かを肩に乗せていた。

「おお!でけえ、肩車だな。俺もして貰いたいぜ」

 森の熊さんならディッケンでも余裕で肩車出来るだろう。

 彼の身長が森の熊さん加われば、かなりの絶景となる。彼の羞恥心がそれに耐え切れれば、の話だが。

「おいキリエ、どしたの、ボーとして。キリエも羨ましいとか」

「………」


 キリエにはディッケンの言葉は届いていない。それほどに魅入られていた。

 森の熊さんに肩車されている子どもに。

 まるで光を集めて創られたような、美しい子。

 あたりの大人や子どものその子に魅入られている。その子は視線に気付かず、無邪気に肩車から見える景色に興奮している。

 白い肌に朱が混じり染まる様子に、ホウッとため息がどこからとも無くもれる。


「おい!」

 ディッケンは、反応のないキリエにしびれを切らし、思いっきり目の前で手を打ち鳴らした。

 キリエは覚醒したが、先ほどの子どものことが頭から抜けなかった。

 子どもと森の熊さんはすでに通り過ぎ、大通りを脇に逸れていった。

「……ディッケン、さっきの子見た?熊の肩車の上に乗っていた子ども」

「え、いいや。熊のオッサンの方を見てたから、子どもの顔まで見てなかったわ」

「ちょっと、追わない?」

 ディッケンは驚いて椅子から立ち上がり、一歩引いた。

「え?何で。まさか狩人の血が騒いで、熊を仕留めようとしてるのか。俺、いくらご主人の命令でも犯罪はちょっと」

「違うわよ!そんなボケはいいから、追いかけるわよ!」

 キリエは言うが早いか、すぐさまアタッシュケースを抱え歩き出した。走っているのと変わらない早歩きだ。

「ええー?」

 主人の奇行に眉をひそめつつも、ディッケンも続く。しかし大通りを外れた道に入ったはずなのに、そこには目立つ熊も子どももいなかった。

「あれ、いないじゃん」

「そんな………」

 肩を落とすキリエ。ディッケンも主人の珍しい態度に、質問をした。

「あの子どもに何か用事があったのか」

「いいえ……無いわよ」

 キリエは項垂れたままそう返した。本当に落ち込んでいるように見えた。

「ならなんで追いかけたんだ?」

「…………………」

 キリエは項垂れたまま無反応だった。

 ディッケンも、敬愛する主人の奇行に大して興味がないため、それ以上何も聞かなかった。


 キリエは現在、あの子どものことを思い、悶々としていた。

(かわいかったなあ。黒髪の子なんで初めて見たわ。髪も綺麗で触り心地良さそうだし、ほっぺもすべすべだろうなあ。すごく楽しそうな笑顔もたまらないわ。抱きしめたらあったかくて、柔らかいんだろうなあ。私、男所帯だからあんな「妹」がほしかったなあ。声をかけられれば、知り合えたかもしれないのに)

 キリエは性別を勘違いしていた。

 子どもは男の子である。

 


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