(7)灰かぶりと太陽
スクビア連合国。コバルティア首国。首都コバルティア。
青歴617年 閃の月 1夜
二人の男女が、スクビア学府の研究棟を訪れていた。一人は長身の青年。
まだ若く、大人と言うにはやや幼い。鋭い水色の瞳。銀と言うよりは灰に近いくすんだ銀髪。襟足だけを背中に届くほど伸ばしている。
もう一人の女は少女という段階を抜け切れていない、十代特有の大人と子どもとが混在した容姿だ。それぞれのパーツが絶妙に整っており、人目を引きやすい顔立ちをしている。
美しい山吹色の髪を肩の辺りまで伸ばし、瞳はその山吹に橙色を混ぜた夕日のような色を宿す。
「はあっ~~」
「どうしたんだよ。ため息なんて。いつになくアンニュイだな。これから大仕事だってのに」
少女は「こいつ大丈夫か」という目で青年を見る。
「あなた、この仕事の依頼書見ているでしょ。察しなさい」
「いや、見てない」
少女はいよいよ、頭痛を抑えるように額に手を当てる。
「どうして、そんな心構えで仕事を受けられるのよ。危ない仕事を任されているって自覚あるの?」
「あるに決まってる。でもな、俺はあんたの従者だから、あんたが行くなら魔物の領域にだってついてかなきゃいけないんだ。もうその覚悟をしてるから、大抵のことは気にならない」
少女は青年に呆れた視線を向け、小さな額にしわを寄せる。
「あなたねえ。それでも考えなさい。あなたにだって選ぶ自由はあるのだから。従者だって、仕事の一つでしかないのよ」
青年は少女の視線を受けても涼しい顔で答える。
「今はあんたの従者だ。先生に頼まれてるからしばらくは辞めない」
「ならちゃんと考えなさい。私は人形の従者なんてごめんよ」
「努力する」
返事が良すぎることにイマイチ信用が出来ないが、少女は話が進まないので話題を仕事の話に切り替える。
「今回の仕事は、異能者の捕縛よ」
「異能者の捕縛?魔物狩りならまだしも、俺たちじゃ完全な畑違いの仕事だろ。どうして俺たちにお鉢が回ってきたんだ?」
少女と青年は狩人ではあるものの、他の狩人とは少々事情が異なる。
本来の狩人なら、異能者の犯罪者を捕縛することは常識的な仕事の範疇だ。
だが彼らはスクビア学府の学生であり、現在試験段階の兵器を用い、魔物への有効性を見るテストをしている。
そのため、狩人の免許も仮許可証で正式なものでない。魔物との戦闘を主とした依頼しか回されないようになっている。
「依頼書に書いてあった異能者だけど、かなり危ない犯罪者みたい。すでに相当数の人間が殺されているとあったわ」
青年はそれを聞き、目を細める。吊り上がった眼が僅かに光を帯びていた。
「……それ、堕ちてるってことか?」
少女は首を横に振る。
「いいえ。どうやら異能封じは外してないみたいよ。だけど外せば確実に堕ちるでしょうね」
「そんな奴を捕まえろっていうのか。アホか、死ぬだろ、これ」
青年はそう軽い口調で言いながらも、どこか高揚しているように見えた。
そんな彼の様子を見ながら内心快く思わなかった。少女もいくつかの任務で彼の性質を理解している。
この男は戦いにおいて何かしらの矜持を持っていることを。ただし理解できているわけではない。
「だから受けるのが嫌だったのよ。でも、先生はどうしても放置できなかったみたいだけど」
「まあ、先生はなあ……。俺達ならできるって、信頼してるのかな」
「どちらかと言えば、普通の狩人や異能者じゃ難しいと思ったんじゃないの?」
二人は研究棟の一室を訪れた。
少女は黒いカードキーを取り出し、扉を解錠する。
巨大な機械の多く設置され、研究施設というより工場に近い。いや工場だろう。
最近この研究施設の主は飛行ユニットの試作品を造っていた。
そのため細かい金属加工の出来る機械を研究室に持ち込んでいるのだ。
少女は慣れた様子で、入り口の横に置かれた呼び出しボタンを押す。
鶏の鳴く声がけたたましく部屋に響く。
いつ聞いてもうるさい呼び鈴だと少女は眉をしかめる。
すぐに一人の男性が出てくる。30代ほどの人の良さそうな笑みを浮かべた男性だ。来ている服は白衣だが、油などの汚れが所々付いていた。
「ああ、君たちか、話は先生から伺っているよ。生憎先生は不在でね。僕に君たちのことをお願いして、他国に行ってしまったよ」
「え、そうなんですか」
「そうですか……残念です」
少女はどこかホッとして。青年は本当に残念そうにしていた。
「先生のようにはいかないが、それに準じる腕は持っているから安心してくれ」
男性は謙遜しているが、この人物も相当な腕を持つ技師だ。たんに先生という人物が規格外なのである。
「スマイル教授ならば、安心して任せられますよ。私としても会話が楽ですから」
「先生のご高説は中々難しいからね。私も理解出来るように努力はしているのだけどね」
少女の言葉にスマイル教授と呼ばれる人物はうんうんと頷いた。
「いえ、あれを理解するのは脳の毒です」と言いたいのを少女は何とか飲み込み話を進める。
「『魔法器』の調節はもう終わっているんですか?」
「もちろん。はい、これだよ」
スマイル教授は、脇の作業台に無造作に置かれていた二つの箱をそれぞれに渡す。
「キリエ君は、エッジ・アルテミス、バージョン2」
「ディッケン君は、レンズ・サンドリヨウン、こちらもバージョン2になっているよ」
二人は中から、こぶし大の機械を取り出す。
キリエという少女の持つものは、流線型のボディに、艶を消した新緑色のカバーがしてある。
中心は透明な硝子に覆われ、中には星座のような文様が刻まれている。
ディッケンと呼ばれる青年の持つものは、黒銀のゴツゴツとした四角いボディ。キリエのものと同じように中心が硝子に覆われ、中に星座のような文様が刻まれているが、キリエの魔法器の文様と違うものだ。
「バージョン2の性能は、もうテスト済だから分かっているよね。使用感に合わせて調節は済ませてある。実験場で再度使用してくるといい。僕もついて行こう」
「はい」
「了解しました」
3人で一度、研究棟の建物から出て、第二実験場に向かう。
第一実験場は先生が飛行ユニットの製作で使用しているため、現在使用が出来なくなっている。
実験場の内部は、窓が一切無く分厚い石材に覆われている。石材の中には鉄筋が埋め込まれているため、並みの衝撃ではびくともしない。
「よし。今回の任務のことを考えて、木偶はこいつにしようかな」
スマイル教授が実験室内の機械を操作すると、正面の格納庫のシャッターが開いた。
クレーンを器用に使い、格納庫内から目的のものを取り出す。
「これは以前先生が造っていた機械人形だよ。結局動かなかったから格納庫で埃を被っていてね。中身を取り出して、フレームだけにしてあるから、壊しても問題無いよ。先生からもいつでも実験に使っていいと許可を貰っているし」
「………」
キリエとディッケンの目の前にいるのは、身の丈2エーデルはある熊みたいにゴッツイ金属の塊。
動かないでしょこんなのとキリエは思ったが、隣のディッケンは何だか目がキラキラしている。
「私たちが、受けた依頼は異能者の捕縛ですよ。しかし、これは人間じゃなくて魔物ではないですか?」
「んん?でも先生はこれ人型として造っていたけど。いつかにすごいビビッとくる人間に会ったみたいでね。彼をモデルにしたらしい」
「こんなにでっかい人がいるのか………」
ディッケンはそう感心していたが、キリエは内心「いるわけないでしょ」とツッコミを入れた。
高さならまだ可能性はありそうだが、横幅は絶対盛っている。あれだけ筋肉があったら、素の肉体だけで異能者と渡り合えそうだ。
「では、装備を装着できたら早速、始めようか」
「問題無いですね」
「俺の方もいい感じです」
二人は実験の後の調節は必要なさそうだった。装備を解いてリラックスしている。
「そうか。結局僕の調節は必要なかったね。さすがは先生だ」
キリエは相変わらず、釈然としないものを感じる。
横でディッケンはうんうんと頷いている。
一人の人物の評価に対し、キリエと彼らには決してわかり合えない溝がそこにはあるようだった。
「では、私たちは旅支度がありますからこれで」
「失礼します」
「ああ。任務、がんばってね」
スマイル教授は二人を迎えたときと同じ笑顔で見送る。任務の内容は聞かされているが、犯人の人物がただの異能者なら問題無いだろう。
二人を見送った後、スマイル教授は「さて」と言って後ろを振り返る。
彼の目の前には金属の残骸が鎮座していた。
機械人形は四肢を切り飛ばされ、胸には抉れた傷が覗く。頭部は完全にひしゃげ、鈍い銀色のボディにはすすが目立つ。さらに機械人形の体の急所、関節、心臓、頭部には金属の細い棒が突き立っている。
いくら中身がないとはいえ、胸部フレームは厚さ1センチを超える金属に包まれている。それを切り裂き、突き破るとはどんな力なのだろう。
「やっぱり彼らに、対人捕縛の任務を任せるのはおかしな話だよな……」
誰も答えるもののいない問いを一人呟きながら、スマイル教授はいそいそと片付けの手配をした。




