(5)急襲
※ここからは話の雰囲気が変わります
残酷な表現も出てきますので注意してください
何か聞こえた気がした。かすかな物音が響いている。
僕はベッドから抜け出すが、いつもと高さが違うことに気付かず転びそうになる。
真っ暗でろくに見えないが、寝ぼけた頭でここが家でないことを思い出した。
ああ、そうだった。オルリアンの州都に来て、ホテルに泊まっているんだ。今、何時だろう。
部屋に備え付けられた時計を、目をこらして探すが、見つからない。
でも明かりを付けるのは止めておく。姉さんと同じ部屋だから、起こしてしまうかもしれない。
また寝ようかと思ったが、また耳に何かの音が聞こえてくる。そんなに遠くない場所からの音みたいだ。
さすがに気になるので音の正体を確かめようと、部屋の外に出る。
僕たちが泊まっているホテルの一室は、大きなリビングと寝室が二つある。お父さまと、お母さまはもう一つの寝室で眠っている。
僕は音を立てないようゆっくりと、音のする方を目指した。
リビングの窓の方から音は聞こえてきていた。
椅子を台にして、僕は窓を開けて外を覗いてみる。窓を開けるとくぐもっていた音がはっきり聞こえてきた。
金属がぶつかる甲高い音、遠雷に似た低く、地鳴りのような音。それが近くに聞こえる。いや、段々と近付いて来ている。
この部屋は4階に位置するが音は下から、それも間近に迫っていた。いったい何の音だろう?取りあえず、何か無いか暗闇に目をこらす。
ドスンッと大きな音が響いた。さらにまた別の空気を裂くような高い音が鳴る。
明らかにおかしな事態になってきた。お父さまとお母さまを起こした方がいい。
そう思い、いったん窓から離れる。
開いた窓から突然、人の怒号が聞こえてきた。そのすぐ後に花火の爆発のような音と大きな振動が建物にはしった。だけどそのあとパッタリと音が止んでしまった。
その後いくら待っても何も聞こえなかったが、念のためお父さまとお母さまを起こして事情を説明しておいた。
その後すぐに眠るように言われベッドに戻ったが、人がザワザワと動き回る気配のおかげでなかなか寝付けなかった。かなり大事なことが起きたのかも知れない。
姉さんにいつも通り起こされ、身支度をする。
今日の朝食は部屋で取ることになっているため、ルームサービスをお願いする。
お父さまも、お母さまももうリビングに来ており、昨日より楽な堅苦しくない服を着ていた。今日は観光だしね。
少し待つとルームサービスのワゴンが来るが、ホテルの従業員が部屋にやってきて少しお父さまと話をして、お父さまは部屋を出てしまった。
僕たちは先に食べていいそうだ。
僕は待っていようかと思ったけど、姉さんが催促し、お母さまのお許しも出たので先に食べることにした。
相変わらず、見ているだけで胸焼けしそうな量を姉さんはぺろっりと平らげた。
そうやって食事をしているとお父さまが戻ってきた。何だか難しい顔をしている。
「ユキト、ナディア。すまないが今日の観光はできそうにない」
昨日の夜の音は、ある犯罪者とそれを捕まえる「狩人」との戦闘があった音だったらしい。
狩人というのはこの世界で言う警邏隊、警備官とは違う。主に魔物が人の領域に出現したときにそれを撃退するスペシャリストのことを指す。なぜ今回彼らが犯人を追っているのか。それは犯人が重罪を重ねた異能者だからだそうだ。
お父さまも言い辛そうにしていたが、姉さんが理由を聞かないと納得しなかったので仕方なく話していた。
ホテルを含む、この区画には外出禁止令とまでいかないが、警告は出ている。もし外出して犯人に遭遇しても、人命より犯人の捕獲を優先するというのだ。
この世界ではこれが常識なのか、それともとんでもなく危険な人物なのか。
とにかく今日は大人しくするしか無さそうだ。
姉さんの元気がなくなったのも気になるため、娯楽施設に行く気にもならないし、やることがない。
そんなやりとりの後、程なくしてジアードとグレゴもホテルに合流した。
正午、あの夜と同じ遠雷のような轟音が聞こえた。
近い!昨夜、最後に聞いた時と同じくらい近くからだ。窓がビリビリと震えていた。
「坊ちゃま、窓から離れてください。大丈夫ですから直に終わりますから」
グレゴの言葉に従い、窓から距離をとる。
離れた瞬間には、昨日の夜以上に大きな音が響いてきた。大砲を撃ち合っているみたいな音だ。
僕はどこか、他人事のように感じていた。自分が巻き込まれることはないという楽観視。
犯人もすぐに捕まると思っていた。
硝子が割れるのではないかという爆発音、そして再び音が暫く止んだ後。
あいつが、窓を突き破って僕の前に現れるまでは。
けたたましい破砕音とともに硝子が突き破られる。同時に何か黒いものが部屋の中に侵入した。
ぼろぼろの黒い布を纏った男。痩身、さび色の髪と茶色の瞳。体の至る所に血の跡が付いている。
何か焦げた匂いが鼻につく。
男は気怠そうに硝子の破片を踏み砕く。
「しつこい奴らだな、狩人ってのは。おまけに変なおもちゃまで持ってやがるし……」
誰にもいい聞かせる気のない独り言。男はこちらをジロリと見る。
「ほう、これまた綺麗な坊主がいるな。人形かと思っちまったが、瞬きする人形なんてないわな」
今この部屋には僕と、グレゴしかいない。
両親はジアードといっしょに、ホテルの従業員と話をする為に部屋の外へ。姉さんは気分が悪いと寝室で横になっている。
グレゴは男の視線を遮るように、僕の前に立つが、顔に余裕がない。男からは得体の知れない気配がする。鈍い僕でも感じるほどの不気味さ。グレゴも感じているのだろうか。
「貴様は何者だ」
「ああん、おれは……まあ、名前なんていいだろ。どうせ俺はすぐどっか行くし、悪いな、邪魔しちまって」
「きさ」
「(グレゴさん穏便に……去るというなら刺激しない方が……)」
十中八九、犯罪を犯したという異能者だと思うが、断言は出来ない。
大人しく帰って貰えるなら無茶をするべきではない。ただの人間では異能者に歯が立たない。
「そうだぜ、グレゴさんよ。おれは危ない人間だから刺激すんなよ」
え、聞こえていた?この距離であんな小さい音を。
「おれの手は滑りやすいからよ」
男の右腕がかすみ、一瞬消えたように見えた。ただそれだけだ。
「あ、が………」
グレゴさんの胸には深々と硝子の破片が突き刺さっていた。




