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蒼の誓約  作者: 毛井茂唯
第1章〈ユキト〉
22/114

(4.1)幕間.わたしの弟3 閃の月7夜

 青歴617年 閃の月 7夜 晴れ

 

 わたしは、覚えている限りの全てを記しておきたい。



 来年からわたしは、州都の学園に入学する。

 毎日、屋敷から学園に通うのは無理だから、寮に入ることになっている。学園に通うのは楽しみだけど、心配事がないわけじゃない。

 ユキトもそろそろ、姉離れをしなければいけないと考えれば、丁度いいのかもしれない。

 ユキトも5歳になったのだから、外で友達を作るべきでしょう。わたし以外と遊ぶユキト……。

 いや、まだ早いかな。もう少し体が丈夫になってからの方がいいわ。

 

 今日は初めて家族4人で遠出する。前に丘に行ったこともあるけど、あそこはわりと近いからね。

 今回は鉄道で州都まで行くんだから間違いなく遠出だ。


 旅立ちの朝だというのに、ユキトはねぼうしていた。

 でもそれだけじゃなくて、わるい夢を見ているのか、すごく苦しそうな顔をしていた。

 だから思いっきり体重をかけて、ユキトの上でジャンプする。

 ユキトはすぐ目を覚ました。ちょっと苦しかったみたいだ。ごめんなさい。

 何の夢を見ていたのか聞いたが、忘れてしまったらしい。残念。

 朝食を食べながら、お父様にプレゼントの約束を取り付けた。お母様といっしょになって、いろいろ言っちゃったけど許してね。お父様。



 準備が出来てからホーエイ駅まで移動して鉄道に乗った。

 ユキトはわたしから見てもそわそわしていて、それを見せないように大人しくしようとしているが、目を輝かせてあっちこっちに瞳を奪われていた。


 鉄道が走りだした後も、窓にくっついて離れなくなってしまった。

 ユキトの身長が低くて、すごく疲れそうな態勢で座っていたから、わたしの膝の上に座らせた。

 流れる風景も何度見ても飽きないけど、ユキトがこんなに楽しそうな顔は初めて見る気がする。わたしはそちらの方が気になってしまった。

 こうやって抱きしめていると、すごく気持ちがいい。

 最近は大人しく抱かせてくれない。

 こういうスキンシップを避けられるようになった気がするが、なぜだろう。

 お父様に聞いたら「構い過ぎると、嫌がる歳になったのかな」なんて言う。

 まだユキトは5歳なのにそんなこと無いだろう。ミリアとはしょっちゅう仲良くしてるし、お母様とは…………?あれ、お母様とユキトはあんまり記憶にないなあ。

 とにかく今は外に気を取られているから大人しい。しばらくは独り占めさせてもらおう。



 鉄道で数時間後、州都バルバセクに着いた。

 お父様が言っていたけど、ホーエイ領の鉄道駅が真新しいのは、ここ10年で出来たからで、バルバセクは、30年前くらいに出来たらしい。

 だから古く感じる。

 でもホーエイの鉄道駅より、ずっと大きくて線路の数の多い。人もたくさんいる。


 わたしはユキトが迷子にならないように手を繋いであげた。ユキトはキョトンとした顔をして、その後複雑そうな子どもらしくない顔をした。

 まさか人前で手を繋ぐのが恥ずかしい訳じゃないよね。お姉ちゃん悲しくなるんだけど。

 でもお父様がわたしと手を繋ぐと安堵の表情を見せた。そして、珍しくお父様に尊敬の視線を向けていた。何で??

 お母様は、手を繋ぐのを断られてションボリしていた。でもユキトがお母様に耳打ちすると元気になった。いったい何をしたの、ユキト……。


 駅を出てからはホテルに荷物を置いて、街に繰り出す。

 私も学園を見に行くのはすごく楽しみだ。どんなところなんだろう。


 お父様達と別行動になった。

 わたしとお母様とユキトとジアードさんで学園見学に行く。

 わたしはほとんど覚えていないが、以前ジアードさんに怪我をさせてしまったことがある。

 あの後ジアードさんは全く気にせず許してくれた。

 それから時々話し相手にもなって貰っている。

 あの時怪我をした、ジアードさんとダーヴィンはベンジャミン様が治療してくれたため、すぐに治ったらしい。

 ジアードはついでに「ジ」という病気も治してもらったみたい。知らない病気だけど、治って良かったね。


 駅からの大通りを歩いている時だけど、ジアードがお母さまに話しかけた。

 どうやらユキトが疲れてしまったらしい。

 ここは姉の出番だろう。

 わたしがユキトをおんぶするというが、ジアードに邪魔される。身長を持ち出すのは卑怯だわ!

 わたしは憤慨するが、そこで閃いてしまった。

 そうだ最初からユキトに聞けばよかったんだ。

 ユキトは高いところが怖いに違いない。

 少し前だが、わたしが嫌がるユキトをおんぶして木登りを教えたときも泣きそうな顔をしていた。

 結局それをミリアに見つかり、わたしは叱られてしまった。苦い記憶だ。

 だからユキトに「ユキトは、どうしたいの」って聞いたら即答でジアードさんと答えられた。

 えーなんでよ。


 それからジアードさんに肩車してもらったユキトは、鉄道の時みたいに興奮した様子で街を見て回っている。

 ジアードさんに、気を許している様子はこの際置いておくけど、ちょっと人目がわたしたちに集まりすぎている。

 間違いなく原因はユキトだ。

 ユキトは生まれた頃は人形みたいだった。

 すごくきれいに作られた人形。

 何に対しても反応を返さなくて、声も出すこともなかった。


 感情を出すようになってからは、色々な表情を見せるようになった。

 それから気付いたことだけど、ユキトは人として、美しく整いすぎている。

 家族や屋敷にずっといる人間ならかわいいと思えるけど、たぶん初めてユキトを見る人はそんなこと思っていない。

 どんな言葉を使えばいいのかわたしには分からないけど……。

 でも、でも。この人達にはユキトが見えていない気がする。きれいな宝石を見てため息を吐いてしまうような、人の心を揺さぶる芸術をかんしょうしているような。人に対して向ける視線じゃない。


 わたしもさっき思い出してしまったことを考えてしまった。

 わたしも小さい頃、ユキトのことを人形みたいと思い続けていたことを。

 わたしは改めてユキトを見る。

 ユキトは人の視線に気付かないようで色々目移りしている。

 今のわたしには、ちゃんと弟に見える。よかった。


 お母様は言わずもがな。肩車ではしゃぐユキトを見て、はしゃいでいる。

 とりあえずジアードさんにはユキトを下ろしてもらおう。あんまり色々な人にユキトを見せるのはいい気分がしない。

 わたしはジアードさんにユキトと交代してもらうように頼んだ。

 何だか、ユキトの視線が生暖かかった……。

 

 それから大通りを外れたところに、州都で以前お父様と乗った、カゴ馬車が止まっていた。

 もう、人の視線が完全にユキトに集中しているため、肩車から下りてもあまり意味がなかった。

 お母さまもやっとユキトに視線が集まっていたことに気付いたようだ。

 遅いよ。たぶん、お母さんが一番ユキトを見つめていたせいだろう。

 ジアードさんが気付いてないはず無いんだけど、あまりにも普通すぎて、この人鈍感なのかと勘ぐってしまう。

 ジアードさんはすぐに馬車を捕まえ、4人で乗り込む。ふう、一安心。


 わたしは正面に座るユキトの顔を見る。

 僅かに青み帯びた、深い漆黒の髪。これだけとってもこの世に2つとない美しさを誇っている。

 そして、白く光のコントラストを見せる肌。琥珀の深い色合いの瞳は、宝石のように煌めいている。

 幼さのせいか、性別を感じさせず、どちらとも捉えることの出来ない、人の想像さえ超えたバランスで配置された容姿。

 本当に妖精や天使の名が相応しい。

 見慣れるとは恐ろしいものなのかもしれない。今までは、あまりユキトの容姿を意識したことはなかった。

 せいぜいかわいい位にしか思っていなかったが、今日のあの人達の目は違う。

 ユキトを人でないもののように見るあの目が……怖かった。

 ユキトが何か自分の知らないものになっていくようでようで……。

「姉様どうかしたの?」

 少し見詰めすぎてしまったみたいだ。わたしは「何でもないよ」と答えておく。

 わたしの胸に、小さなモヤが立ちこめるのを感じながら。

 

 

 やがて馬車は学園へ辿りついた。

 ユキトが門に書かれた文字の読み方を聞いてきた。全部わたしの知っている字でホッとした。

「スクビア・バルバセク学園よ。そのままね」

「スクビア?」

 わたしもふわっとしか分かっていないから、ユキトに説明しなかったけど、スクビア連合国の首国には、スクビア学府という場所がある。

 その機関だったかな?そんな人たちが国ごとに教育機関の支部や学園を経営している。とても教育方法が進んでいて、両親もホーエイ領の学校じゃなくてこちらを勧めてきた。

 わたしも、今の時点でかなり勉学を修めているし勉強は好きなので、難しいところの方が性に合っている。

 本当はスクビア学府に興味があるけど、滅多に帰ることが出来なくなるから選択には入れていない。

 初等教育が終わってから、また考えればいい。

 

 学園のしきちの坂を上っていくと大きな校舎が見えた。石で出来ているのかな?

 かなり大きく、近くで見ると首が痛くなる。

 ユキトも驚いている。地面を見て。

 なぜかユキトは建物より地面に興味を持っているようだった。ただの石畳なんだけど。

 

 今日は学園のテラスで学食が食べられるようになっているのですぐに向かう。

 このときの為に朝食を軽めにしたせいか、お腹が結構空いている。

 テラスに向かう途中、丁度授業が終わって、生徒達が出てきた。

 あんまり同年代の年上の人と話す機会がないないから、挨拶も緊張した。

 お母様は何の気負いもなく堂々としている。やっぱり昔の仕事で鍛えられてるいのかな。

 そしてまたみんなユキトに見とれている。女の子も男の子も、挨拶も出来ないくらい、見入ってしまっている。

 ユキトは顔をぺたぺた触ってから、ジアードさんに質問している。

 何を言っているのか聞こえなかったけど、ユキトは納得いかないように首を傾げている。

 最終的にお母様のスカートにしがみついて顔を隠してしまった。

 一連の姿を見ていた学園の生徒は身悶えせんばかりだ。

 街中の視線より、大分ましだけどユキトもあんな風に人に見られるのは嫌なようだ。

 お母様にべったりくっついてしまっている。何だか珍しい光景だ。

 ユキトはお母様に甘える姿を滅多に見せない。でも今日は何だか様子が違う。ユキトらしくない。何となく、子どもっぽく感じる。

 

 それから注目されながらだけど、学食を食べることになった。

 ジアードさんはユキトを和ませるためか、昔の話を聞かせてくれた。

 ジアードさんは昔から体が大きかったという。

 でも喧嘩や暴力みたいなことがとにかく嫌いだったそうだ。

 だから裁縫や料理、絵などを趣味にしていたらしい。

 大人になって仕事を探すときも、そっちの方の仕事を探したと言うが全く仕事が決まらず、仕方なく警備官になったという。

 ただどうしても諦めきれなかったらしく、うちの屋敷の警備官になったときに、非番の時でもいいので庭師の仕事をしたいと先代の領主に訴えたそうだ。

 先代は快く承諾し、当時庭師をしていた人物に弟子入りもさせてくれた。

 お陰で、庭師の技能を持つ警備官が誕生したというわけだ。

 見かけのわりに荒事が嫌いなのかと呆れてしまったけど、優しい人なのだろう。


 ユキトもジアードさんの話を聞いているうちに、いつもの顔に戻っていてご飯をちびちび食べていた。

 わたしもホッとしたので、残りのパスタの大盛り二皿とリゾット、オムライス、初めて見る焼き飯、山盛りサラダをボウルいっぱい。各種お肉が盛られ盆。デザートは学食で売られていた七種類、全部頼んだ。

 ユキトは食事中、いっさいこっちを見なかった。何でだろ?

 

 それから講堂に行き、班に分かれての学園見学。

 わたしたちと同じ歳の子どもがたくさんいた。わたしも友達はいるけど、そんなに多くはない。学園に通い出したら、みんなと友達になれるのかな?

 わたしは色々目移りをしてしまい。案内の先生の説明をあまり聞いていなかった。

 ……後でお母様に聞いておこう。

 ユキトも学園見学は楽しかったみたいで、帰り道はいっしょにその話をしていた。

 寄り道はせず真っ直ぐホテルに戻った。

 

 ホテルにはお父様がもう戻ってきていた。

 出かけるのも中途半端な時間だったので、ホテルの娯楽施設で遊ぶことになった。

 わたしはあまり遊びたい気分じゃなかったけど、ユキトが喜んでいたのでついて行った。

 お父様とユキトは二人で色々見て回るようで、私はお母様と施設内の椅子に腰掛けた。


「今日のユキトは、本当に楽しそうね。お父様とも一緒に遊んでるし、何だかいつもと違うみたいな」

「そうね。すごく楽しそう。もっと早く連れて来られればよかったわ」

 お母様もやっぱりそう感じているのね。

「ねえ、お母様。ユキトが街中や学園の中で注目されていたのって、どう思った?わたし、なんだかもやもやしてしまったんだけど」

 お母様は小首を傾げ、答える。

「ユキトが可愛いから仕方ないことだと思うけど、さすがにあそこまで注目されるのは、ユキトは嫌みたいね」

「そ、そうかな?でも限度があると思うけど。殆どの人が目を離せなくなってたよ!」

「私も目を離せなかったわ!」

 お母様はなぜか対抗意識を燃やしていた。そういうことじゃないのに……。

「それに今日は甘えん坊になっていたし……」

「屋敷の中と違って不安だったのね」

 確かにそうだとは思うけど何だかやっぱりもやもやとする。でも言葉が見付からなかった。


 そんなことを考えていると、いつも間にか娯楽施設の隅に人だかりが出来ているのに気付いた。

 「何かしら?」とお母様が興味を持つが、私は特に興味はなかった。


「おお、何てことだ!神童が現れたぞ!」

「あのテルマイン殿が本気でナイツを打っているぞ!」

「なんだこの子は、あの攻めを捌いて反撃までしているよ。全然知らない手だ。オリジナルか!」

「どんなもんだ!俺の息子だぞ」

「お父様!?」

 人だかりの中からお父様の声が確かに聞こえた。俺の息子って言っていたから、ユキトがあの人だかりの中心にいるの?

「お母様、ちょっとあそこ覗いてみない」

「ええ。何だか面白そうね」

 人だかりの前に来たもののそれ以上は進めない。もみくちゃにされそうで進みたくない。すごく混み合っている。

「あら、中を見るのは無理みたいね。あの少しいいかしら」

 お母様は手前の背の高い男性に声をかける。

「はい、何でしょう?」

「いったい何が行われているのでしょうか?こんなに人が集まって」

「え、ああ、これはナイツをしているんですよ。テルマイン殿と少年の試合みたいなんですが、その子がすごく強いみたいで」

 気の良さそうな男性は母の顔を見て、若干赤面しながら答えてくれた。

「テルマインさんってお強い人なんですか?」

 わたしは男性に質問する。彼はわたしにその時初めて気付いたようだ。お母様に見とれ過ぎだ。

「それはもう。コバルティア連合国で開かれる全国大会のトップランカーだからね。世界戦で優勝したこともあるんだよ」

「ふーん」

 強い人なのは分かったが、ゲームの話だ。あまり興味は湧かなかった。

 お母様は目を見開いて驚いていたが、そんなにすごいことなのだろうか?


 やがてゲームが終わり、二人が戻ってきた。何だかお父様の目がこすり過ぎたみたいに赤かった。いったい何をしていたのだろう。

 ユキトには何もされなかったか聞いたが、けろっとしていた。

 あんなに注目されていたのに何でもなかったようだ。安堵もしたが呆れの方が大きかった。


 それからユキトは娯楽施設のソファーにお母様と腰掛け、うれしそうに、さっきのゲームの話をしていた。

 普段から、ナイツの話をわたしが好きじゃないのを知っているから、こちらに話しかけてはこない。

 何だか旅行に来てから、お母様にユキトを取られた感じがする。

 屋敷ならあまり気にならないくらいのことだが、何だか寂しい気持ちと、もやもやがまた大きくなったように感じた。


 夕食はしっかりと食べたけど、途中でユキトは、眠気でお皿に顔を突っ込みそうになっていた。

 お母様は元々そんなに食べないので、早めに食事を終え、ユキトを寝室に連れて行った。

 わたしとお父様はまだ食べ終わっていなかったので、そのまま食事を再開する。

「ナディア、どうかしたのか?何だか元気がないぞ」

「うんう、何でもないけど、少し……疲れたのかも」

 わたしとお父様はそれから今日の学園見学の話をした。

 少しもやもや無くなった気がした。




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