(4)広がる世界2
しばらく景色を堪能してから、肩車を姉さんと交代した。時間にして10分くらいだったが、楽しかった。
大通りを外れてからは馬車で行くらしい。
もともと馬車じゃなかったのは、色々歩いて見て回る意味があったみたいだけど、姉さんは馬車を見つけた瞬間、あれに乗ろうと提案してきた。
え、肩車を堪能したかったんじゃなかったの?
姉さんは1分も乗らずに下りることになった。意外と筋肉シートはお気に召さなかったのかもしれない。
お母さまも、さっきの僕の疲れた発言があるから姉さんの提案を了承した。
馬車に揺られることさらに10分ほど。姉さんの通う予定の学園に着いた。
門の柱に何か字が書かれている。ほとんど読めない。
「姉さま。これ何て読むの?」
「スクビア・バルバセク学園よ。そのままね」
「スクビア?」
なんで連合国名が付いているんだろう。
まあ名前の由来は国立とか、県立とか、付属とかそんなところだろう。
僕らはそのまま門にいる人に手続きをしてもらい、坂道を上りながら学園の中に入っていった。
学園は緑を多く取り込んだ、なだらかな坂を上った先にあり、外観は石造りと言えばいいのか、何だかセメントを使った建物みたいに見える。そういう建築技術があるのかな。
しっかりとした造りで、前世みたいなお洒落な私立じゃなくて、公立学校といった風情。
アスファルトが無く、石畳でと土、芝生の地面があり、何だか趣がある。
思っていた学園のイメージと違うな。家を改造した位にしか考えていなかったが、ここは屋敷を広い敷地に建ち並ばせているみたいに見える。結構壮観だ。
「すごいねぇ〜」
「うん……」
姉さんも僕も立ち止まって見上げてしまう。四階建てだよ。この校舎。
「お母さま。そういえば学校見学って何をするんですか?」
「授業見学と施設見学よ」
へー、授業も見せてもらえるのか……。
「でも見学はお昼からよ。早めに来たのは学生食堂でお昼を食べたかったからなの」
母さんがいたずらっぽく教えてくれた。学食が食べられるんだ。すごく興味があるぞ。
「さすがに、学園の生徒と同じ場所は無理だけどね。色々な子どもが見学に来ているから、ユキトとナディアにもお友達が出来るかもしれないわよ」
「さすがにユキトと同い年の子はいないと思うけどね」
姉さんの言うとおりだろう。9歳から入学なのに、5歳の子どもを見学させるのは早すぎだろう。
僕はあくまで姉さんのついでなのだし、気楽に見学させて貰おう。たぶん友達は難しいかな。
僕たちはそのまま昼食をとれるテラスまでやってきた。いつもは生徒が使うらしいが、今日は外来用に見学者のみに解放している。
そして気付いたのだが、お昼休みになって生徒が教室を出ると当然見学者と会うことになる。
生徒たちは礼儀正しく挨拶をしていた。僕たちもテラスに来るまでに何人かとあったが、みんな顔がポ~としている。
何なんだ。人の顔を見詰めて。僕の顔になんか付いているのか?
僕は姉さんを振り返るが、ちょっと顔が硬かった。仕方なので、ジアードに顔のことを聞くと、「坊ちゃまがかわいらしいから、見とれているのですよ」と言われた。
いや、それはないだろ。見とれられたことなんて一度もないぞ。第一かわいかったら、キャア、キャア言うものじゃないのかな。
何だか気分悪い。普段しないがお母さまのフレアスカートにしがみついて、顔を隠す。お母さまはいつもと様子の違う僕に心配する。
顔の良さなら華やかな姉さんの方を見るだろう。お母さまだって見とれられてもおかしくないくらい美人だ。
僕は違う。僕は、普通の……黒髪、褐色の目で、いつも部活で日焼けしていて…髪が短くて癖がある。そんな………。
自分の前世の姿を思い浮かべるが、ひどく像が歪む。違う、僕はもうこの顔じゃない。けど……。頭が上手く整理できない。久しぶりの混乱に頭がキリキリする。
「ユキト、どうしたの?俯いてしまって。もう少しで休める場所があるから、そこまで抱っこしましょうか?」
「ううん、大丈夫だよ。お母さま…。疲れたわけじゃなくてお腹空いただけだから」
僕は努めて笑顔で取り繕う。
「そうなの?……本当につらくないの?」
「うん」
今一つ納得できていないようだけど、本当に体調は悪くない。ただ頭の中が、かき乱されているように感じるだけだから。
何も考えるな。考えなければいい。今考えれば混乱する。頭を空っぽにして。何も考えずにいればじきに治まるはずだ。
もう視線は無視することにした。挨拶されても内気さを装えばいい。
楽しみにしていた学食も味気なく感じたけど、ジアードが色々話してくれたお陰で少し気分が良くなってきた。
中々意外な話だけど、ジアードのことをそんなに知っているわけでは無かったので、それも彼の一面なのだろう。
何だか、ほっこり和んだところで、改めて料理を口に運ぶ。
僕は真っ赤なリゾットを食べている。
野菜から出た色で辛くはないけどちょっと酸味がある。キノコの出汁が取ってあり、洋風の見かけと違い、和食みたいな味だった。
お母さまは日替わり定食(メインは魚)をおいしそうに食べている。高校で留学生が日本の学食を食べているみたいで、シュールな光景だった。
ジアードと姉さんは見るだけで、胸焼けしそうなので、テーブルの上のものは見ないようにした。
ただ学食は食べられて良かった。
何だか和食のようなもの結構あったのは意外だった。屋敷では洋食系のものばかりだから。すごく懐かしく感じた。
ジアードは僕とお母さまと同じくらいに食べ終わったけど、姉さんはそれよりあと。
たくさん食べるけど、早食いなわけじゃない。それに今日は周りを気にして食事を取っていた。もしかして食べる量が多いのを気にしているのだろうか。今さらだと思うけどね。
姉さんも食べ終わったので、少し早いけど集合場所の講堂へ向かった。なぜかジアードは場所を知っていた。どうやら事前に地図を覚えておいたという。マメだなあ。
程なくして講堂についたが、例の如く視線が集まる。僕以外の3人は堂々と入っていった。
僕はお母さまに隠れている。今回は僕じゃなくて、3人に視線が集中している。
100人くらいの人がいるように見える。
もしかして僕の気にし過ぎだったのだろうか。今までも僕じゃなくて3人に視線が集まっていたのかもしれない。
そう考えると気楽になるけど、顔は隠す。
やっぱり視線が集まる中、顔を出すのは嫌だ。
姉さんは視線が集まることに不慣れなのか、堅くなっているけど、お母さまは堂々としていて何だかかっこいい。まるで意に介してない。領主の奥さんは以外と人前に出る肩書きなのかな?
それからここの先生らしき人が入ってきた。やっと始まるらしく、視線がほとんど外される。まだ僕たちを見てる人もいる。
「ようこそお越しくださいました。これから皆様方には、授業見学に並行して学園の施設を見て頂きたいと思います。人数も多いため4グループに分かれての見学となります」
僕たちが来てからも人が講堂に来ていたので、今は150名くらいだろう。
僕たちは1班に割り振られ、見学することになった。
講堂から移動するようだが、先生の話が終わるとまた視線が集まりだした。
ああ、なんでもいいから顔を隠すものはないのか。
いっそ、お母さまのスカートの中に……いや、それをやるくらいなら堂々としていた方がいいか。
相変わらず僕はお母さまのスカートに捕まって移動した。面目ないです。
「ここが学園初等部1年生のクラスです」
僕は少しスカートから顔を出してクラスの様子を見てみた。身長が足りなくて、見えなかった。むーー。
「坊ちゃん。自分が持ち上げましょう。そのままではご覧になれないでしょう?」
ちょっと照れるがお願いすることにした。教室からは見られてしまうが、ジアードのステキ筋肉があれば他の視線は全てはね除けられる。
僕は脇の下を持たれて、見やすい高さまで持ち上げられる。
クラスのなかの生徒は、20名くらいで教師は2人教室にいた。
みんな、ちゃんと前を見て授業を受けているが、耐えられず廊下をチラ見する生徒がチラホラいた。みんな10歳だから顔が幼い。何だか和む光景だな。
幸い僕は特に見詰められることなく、見学を進めていった。
姉さんも楽しそうにしていて、すっかり夢中になっている。主役は姉さんなのだ。楽しそうで良かった。僕は僕で、なるべく気配を殺し、お母さまにくっついた。
色々見て回ったが、この学園は前世と似ているようでちょっと差異がある。
学園は初等部、中等部、高等部の三つに分かれていてそれぞれ3年間通うことが出来る。
この学園だけで最高9年通うことができるが、別の進路を取る人間もいる。
やっぱり最初に見た門のスクビアというのはスクビア学府の付属学園という意味で、それぞれの学部を卒業するときスクビア学府の中の選択可能な学部に入学できるというもの。
試験は当然あるがすごい仕組みだ。どの州国も必ずスクビア学府付属の学園が1つは在るというのもすごい。
学部も色々あり、農学や軍事教練やマナのことを学べる学部まである。
まさしくスクビア学府は、連合国に教育施設をはり巡らせていた。とんでもないマンモス校だ。
僕も色々普段質問できないような話がいっぱい聞けたので中々楽しかった。僕も学校はスクビア学府の付属学園にしようと心に決めた。
学園の放課時間に見学も終わり、真っ直ぐホテルに戻って来た。
特に寄るところはないし、明日色々観光できるしね。
お父さまがホテルにもう帰ってきていた。仕事は滞りなく終わって、明日は大丈夫とのことだ。よかったね、約束守れて。
夜はホテルで食事だ。ここに泊まるのも、夕食がおいしいから泊まることにしたらしい。
従者のジアードとグレゴは、一時解散して2人で外に繰り出していった。
2人は元々知り合いで気の置けない仲なのだろうか。お父さまに聞いたら「そうだったかなー」と惚けられた。
いや、雑すぎるよ。いくら5歳児相手でも、その惚け方は雑だよ。
まあ僕は空気を読んで聞かないことにする。すごい重たい事情とかを掘り当てたら嫌だし。
このホテルには、娯楽施設があったので夕食まで遊ばせて貰う。
家にも在るものが多かったが、初めて見るものもあった。
僕はお父さまと色々見て回っていたら、「ナイツ」をしているおじさま達がいた。僕も混ぜて貰った。
おじさん達は始め、ジッと僕の顔を見られたが嫌な視線ではなかった。すぐにニコリとされた。孫を見る感じなのが若干複雑だ。
おじさまの中で対戦相手がいない人がいたのでその人と打った。
お父さまとは比べものにならない強さだ。でも僕が子どもだから手加減しているだろうと思い、胸を借りるつもりで本気で打った。
始めはニコニコしていたが、徐々に顔が硬くなり、最後は前のめりになって盤を睨んでいた。
そんなこんなで僕が勝ったけど、これは最初に軽く打たれていたから勝てただけなのは分かっていた。
そのためそのことを指摘すると、目が飛び出さんばかりに驚かれた。
横でお父さまが、天狗のように鼻高々なのはイラッとした。あなたは弱いだろ。
「それに気付いていたのかい?」
「はい。打ち始めて僕より強いことはすぐに分かったので、その後は脇が甘い内に攻めさせて貰いました。どうやっても1手及ばず僕が勝つのは分かっていたので」
「驚いたよ。まさかここまで強い子どもがいたとは。名前を聞いてもいいかい?」
あんまり身分をひけらかすのはいい気がしないから、名前だけ言っておこう。
「ユキトです」
「ユキト君か、私はテルマインというものだよ。もう一勝負どうだい?今度は手加減抜きで」
「是非」
願ってもない。ここまで強い人は初めてだ。これを断るほど野暮ではない。
僕とテルマインさんはお互いだけを意識して、盤上で激しくぶつかり合った。
やっぱり強い。完全にこちらより色々な手を知っている。
もし僕が勝つ要素があるとしたら読みだけだが、それも拮抗、いや僕が負けている。最後には打つごとに打てる手が無くなり、投了した。
「参りました。ありがとうございました」
「ありがとうございました。いや~すごい打ち手だね、ユキト君。君は私と打つ間にも力量が伸びていた気がするよ。正直こんなにはらはらしたナイツは久しくないね」
「ご謙遜を、まだ僕はテルマインさんの底が測れていません。まだまだ勝つのは難しそうです」
そう言うとテルマインさんは笑い出してしまった。
あれ変なこと言ったかな……あっ、言葉遣いがまずかったかな。子どもの話せる言葉じゃなかったかも。
慌ててお父さまを見てみるが、そこで驚いてしまう。もの凄い人だかりが出来ていた。
えええ、いったい何があったんだ。
人だかりの中心は僕とテルマインさんだった。
勝負に集中しすぎて、まったく周りが見えなかった。すごい注目されてる。逃げたい。
「どうやらギャラリーをたくさん呼んでしまったようだね。うちのやからが騒ぎ立てていたみたいでね。すまん、すまん」
どうやら他のおじさま達が横で実況していたみたいです。何てことしている。
お父さまも止めてよ。
視線を向けたが、何だか目頭を押さえて俯いていた。目にゴミが入った演技で誤魔化そうとしてません?
「テルマインさん僕、注目されるのに慣れてないんですが……」
「そうだね。これ以上は続けられそうにないし、お開きにしようか。でも解散の前にこれを受け取ってくれないかい?」
テルマインさんに貰ったのは、……名刺と思う。字が読めないから分かんない。
「僕の名刺だよ。会社のもので悪いが身元が書いてあるからね。訪ねて来てくれるとうれしい。君とはまた勝負をしてみたいからね」
他のおじさまの名前も教えてもらったが、一度に名乗られて覚えきらなかった。
まあテルマインさんだけは忘れないようにしよう。
おじさま達はまだナイツをするみたいだから、僕はそそくさとその場から離れた。
お父さまは復活していたので、人払いをしながら進んでいる。
お母さまも姉さんも、人だかりの中に僕がいるのが分かっていたみたいだけど、近付けなかったみたいで輪の一番外にいたのを見つけた。
「ユキト大丈夫?変なことされなかった?」
姉さんに詰め寄られるが、僕が「ナイツで遊んでた」というと呆れられた。
姉さんはナイツをしないから奥深さを知らないのか、何となく子どもの遊びの延長しか思っていないみたいだ。
ここが男女の差だろうか。
でも、お母さまは普通にナイツの話を聞いてくれる。ルールは分からないみたいだけど楽しそうに聞いてくれる。聞き上手なのかな。
「お母さま、すごく強い人がいたんですよ!僕、あんなに強い人と初めて打ちました」
僕は興奮気味にさっきの話をお母さまにした。お父さまも話しに加わって補足してくれる。
お母さまもニコニコしながら表情豊かに、話を聞いてくれた。
楽しかったなあ。またテルマインさんみたいな強い人と打ってみたい。今度は勝ちたい。
それから夕食を食べながら、船を漕いでしまった。
どうやってホテルの部屋まで辿りついたのか分からないが、ベッドで寝かしつけられたことは分かった。
あやされながら、子守歌を聴いて………。
あっという間に僕は眠りに落ちてしまった。




