(0.1)どんな者も等しく
この世は、ままならないことが多い。
僕は中学3年にして初恋を経験してしまった訳だが、なんと言っていいのだろうか。僕は努力の方向を完全に間違ってしまっている。
とりあえず好きな相手に色々な面で負けたくないので、受験勉強をがんばった。
そのおかげで、自分の成績では通らないと思われていた高校に、合格することが出来た。
ただし受験勉強の間、彼女とはろくに会話していない。
高校生になり、部活に力を入れた。そのおかげで、1年にして地区の新人戦で優勝することが出来た。
僕の話も彼女の話題に上がったらしい。彼女の妹さんから聞いた彼女に関する驚愕の事実。
彼女は運動全般が苦手で、体を動かすこともスポーツ観戦も嫌いだった。
さすがに落ち込んだが、その頃には僕は部活に対して真剣に取り組んでいたので、あまり気にならず前以上に練習に打ち込んだ。
別にやけっぱちでがむしゃらに、練習に取り組んだ訳じゃない。断じてない。
やがて季節は秋になり僕の初恋は1周年を迎えた。
1年間進展なし。
それどころかよそよそしくしているせいで、距離が開いている気がする。
僕はヘタレと言うやつなのだろうか。それ以前に、僕はいつまでこの不毛な恋を引きずっているのだろうか。告白もしてないのに不毛も何もないけど。
顔に木枯らしが吹きつけ、僕の頬を張り飛ばす。そろそろ冬支度を本格化しなければと考える。僕は暑いのは平気だが寒いのは大の苦手だ。だから人より冬入りが早い。
この時期になると日暮れが早く、部活が早く終わってしまう。僕もその例に漏れず、早めに帰宅している。
部活仲間と別れて自転車で帰り道を疾走しているところ、珍しいものを見つけ立ち止まった。
「蛍だ」
思わず独り言を言ってしまったが、本当にびっくりしたのだ。
僕の家は「どんな場所にある?」と聞かれれば「田舎」と即答できるくらいの田舎だ。山や田んぼに囲まれた地域で、蛍くらいいる。
でもここは僕の家とは自転車で1時間以上離れた、ちょっとハイカラな街だ。蛍なんているはずないだろ、バカチンが。
一匹だけのようで弱々しく彷徨っていた。もう長袖でも寒いと感じるのだ。夏の風物詩には辛い季節だろう。
蛍は暗闇の中「蒼」い光を瞬かせながらこちらに近づいてきて、そのまま僕の周りをゆっくりと漂いだした。
人なつっこく感じるが、よく考えると家の近くで見た蛍も人を避けてはいなかった。
ゆっくり胸の前まで飛んできて、蛍は胸に止まった。光がすっと消えてしまった。
蛍が止まった胸の辺りを擦ってみるが、制服のゴワゴワとした感触しか感じない。
どうやらいなくなってしまったようだ。
「ま、いっか」
珍しいものがみられたため、ちょっと気持ちが浮き足出してきた。
蛍には今からつがいを見つけるのは難しいだろうが、ずっと長い寿命を持つ人間だって好きな女子と好き合うことは難しいのだ。
めげるな、蛍。君の無念は僕が引き継ごう。
まずは、数ヶ月ぶりに彼女とまともに会話をする努力をしよう。
よし、さっそく妹さん話題を提供して貰うとしよう。
誓いを新たにした僕は、決してヘタレではないはずだ。
少年は自転車にまたがり、その場を後にする。先ほどよりずっと速く、力強くペダルを踏みしめながら。
だから知るよしもない。
暗闇の道路。街灯の光さえ届かない場所。
小さな「蒼」の光が見えていることに。
小さく光るそれは、蛍などではなく、実体のない光が形をとったもの。
(……を……の…を……し…い……)
少年の耳にその鬼哭が届くことはなかった。




